EP 10
精算と飲み会
『ゴルド商会』を飛び出したリーザと俺は、路地裏で待機していたイグニス、キャルルと合流し、その足で全速力で質屋へと向かった。
時間は待ってくれない。
ルナの魔法が解けるまで、あと数時間しかないのだ。
「お、おじさん! 来ました! お金返します!」
リーザが息を切らして質屋のカウンターに駆け込む。
ドワーフの店主は、カウンターに置かれた革袋(金貨1200枚入り)を見て目を丸くした。
「あん? もう戻ってきやがったのか。利息は一日分取るぞ?」
「構いません! だから早く、おばあちゃんの形見を返してください!」
リーザが金貨1000枚と、利息分の小銭を叩きつける。
店主は怪訝な顔をしながらも、金庫からあの『偽造財宝』が入った箱を取り出した。
「ほらよ。……ったく、騒がしい娘だ」
箱を受け取った瞬間、俺たちは「あばよ!」と叫んで店を飛び出した。
近くの川沿いまで走り、箱を開ける。
中には、まばゆいばかりの金塊と宝石。
「間に合った……!」
「ルナ、処理頼む」
俺が合図すると、こっそりついてきていたルナが茂みから現れ、「はーい」と指を鳴らした。
シュゥゥゥ……。
魔法が解け、国宝級の財宝たちが、ただの河原の石ころへと戻っていく。
完全なる証拠隠滅。
これでゴルド商会が騒ごうが、警察が来ようが、詐欺を立証する物証は何もない。
「ミッション・コンプリートだ」
俺は赤マルに火をつけ、深く煙を吸い込んだ。
***
シェアハウスのリビング。
テーブルの上には、経費(質屋への返済金と利子)を差し引いた純利益――金貨200枚が積み上げられていた。
日本円にして約200万円。日給としては破格の額だ。
「すっげぇ! 山分けだ山分け!」
「わたくし、名演技でしたわよね? オホホホ!」
イグニスとキャルルがハイタッチをしている。
俺はタバコを灰皿に押し付け、冷静に分配を開始した。
「まずは、今回の企画・演出料として、俺が金貨50枚をもらう」
「異議なしだぜ、兄貴!」
「次に、サクラ役兼衣装代としてキャルル、SP役兼危険手当としてイグニス。それぞれ金貨25枚だ」
「わぁい! これでドレス買います!」
「肉だ! 高級肉を買うぞ!」
そして、残る金貨は100枚。
俺はそれをリーザの前に押しやった。
「残りの100枚はお前の取り分だ、リーザ。依頼主特権だな」
「ひゃ、ひゃくまい……!?」
リーザが震える手で金貨の山を抱きしめる。
「こんな大金……初めて見ました……! これで家賃も払えるし、パンの耳卒業だし、お肉も卵も食べ放題ですぅぅ!」
リーザの目から滝のような涙が溢れる。
借金地獄からの生還。マグロ漁船回避。そして手に入れた大金。
彼女の人生の春が、今ここに――
ガチャリ。
リビングのドアが開く音がした。
その瞬間、室内の温度が2度下がった気がした。
「あら、皆様。とてもいい笑顔ですわね」
現れたのは、オーナーのリベラだ。
彼女は慈愛に満ちた(ように見える)微笑みを浮かべ、コツコツとリーザに歩み寄った。
「計画は成功したようですわね。おめでとう、リーザさん」
「あ、ありがとうございます、リベラさん! おかげさまで……」
「ええ、ええ。では――」
リベラの眼鏡がキラリと光った。
「滞納していた半年分の家賃と、遅延損害金、および今回の仲介手数料。……きっちり頂きますわね?」
シュバッ!!
神速の手刀。
リーザが抱えていた金貨100枚の山が、一瞬にしてリベラの手元へと移動した。
テーブルの上には、虚しく輝く一枚の銅貨も残っていない。
「へ……?」
リーザが固まる。
「あら、計算ぴったりですわ。これで借金はチャラ。綺麗な体に戻れましたわね」
リベラは金貨を優雅に懐にしまうと、パンパンと手を払った。
「あ……あぁ……」
「よかったじゃねぇかリーザ! マグロ漁船に乗らなくて済んだんだぞ!」
「プラスマイナスゼロ、いえ、命拾いした分プラスですよ!」
イグニスとキャルルが無邪気に励ます。
だが、リーザの目からは光が消えていた。
「私の……お肉……卵……」
「ひいいいいん!! 結局一文無しじゃないですかぁぁぁ!!」
リーザの絶叫がリビングに響き渡る。
俺は苦笑しながら、彼女の肩をポンと叩いた。
「まあ、そう嘆くな。借金が消えただけでも御の字だろ」
「ううっ……竜さぁん……お腹空きましたぁ……」
俺は呆れながらも、立ち上がった。
「仕方ない。……今日は俺の奢りだ。飲むぞ」
その言葉に、リーザがパッと顔を上げる。
「えっ! いいんですか!?」
「ああ。俺の取り分(50枚)があるからな。今日は高い酒も解禁だ」
俺が冷蔵庫からビールと食材を取り出すと、沈んでいた空気が一気に宴モードへと切り替わった。
「やったー! 竜さんの手料理!」
「兄貴、今日は何作るんだ!?」
「唐揚げと、刺身だ。マグロじゃないけどな」
***
数時間後。
シェアハウスのリビングは、いつもの喧騒に包まれていた。
「美味しい~! タダ酒最高ですぅ~!」
リーザがジョッキ片手に管を巻いている。現金は消えたが、食欲と現金な性格は健在だ。
「わたくしも頂きますわ。……ふふ、悪いことの後の美酒は格別ですわね」
リベラも上機嫌でワインを空けている。この人が一番の悪党かもしれない。
俺はベランダに出て、夜風に当たりながら缶ビールを開けた。
眼下には、平和な(そして一人の悪徳商人が破産した)街の夜景が広がっている。
冒険者になり、武器を作り、魔法を覚え、詐欺まで働いた。
ブラック企業にいた頃には想像もできなかった、波乱万丈で自由な日々。
「……ま、退屈はしないな」
俺は夜空の二つの月に乾杯し、ビールを喉に流し込んだ。
苦味が、心地よく体に染み渡る。
明日は何をしようか。
どんなトラブルが舞い込んでくるのか。
少しだけ楽しみになっている自分がいた。




