EP 3
紫煙の誓い
胃袋が満たされると、次に欲しくなるのは決まっている。
俺は川原の石に腰を下ろし、再び『赤マル』の箱を取り出した。
一本抜き出し、唇に咥える。
ふと視線を感じて横を見ると、イグニスが物欲しそうにこちらを見ていた。
さっきまで野生児のように肉を食らっていたくせに、今は捨てられた子犬(図体は巨大だが)のような目をしている。
「……吸うか?」
「お、いいのか? 人間の嗜好品なんて高級品だろ?」
「構わんよ。在庫だけは腐るほどある」
女神ルチアナの加護、唯一の良心だ。
俺は箱からもう一本取り出し、放り投げてやった。
イグニスはそれを器用に空中でキャッチすると、俺の見よう見まねで口に咥える。
「火は……っと、俺様のブレスでいいか」
イグニスが指先を立てると、ボッ、と小さな炎が灯った。
……便利だな。着火剤いらずか。
俺も自分のタバコに100円ライターで火をつけ、紫煙を吐き出す。
「スゥー…………ゲホッ! ゴホッ!」
「おいおい、最初は肺に入れるなよ。ゆっくりふかせ」
「う、うるせぇ! ……ふぅー……」
イグニスは涙目で煙を吐き出し、それから驚いたように目を見開いた。
「……すげぇな、これ。頭ん中がスッキリする。それに、なんか落ち着く香りだ」
「だろ? こいつがないと仕事にならんのさ」
俺たちは並んで川面を眺めながら、しばらく無言で煙をくゆらせた。
異種族同士だが、不思議と居心地は悪くない。
「……で、イグニス。お前ほどの強そうなのが、なんで森で行き倒れてたんだ?」
俺が問いかけると、イグニスはバツが悪そうに視線を逸らした。
「……クビになったんだよ」
「クビ?」
「ああ。パーティーを組んでも、すぐに追い出されちまう。『お前と組むと赤字だ』ってな」
イグニスが語った内容は、あまりにも不憫で、かつ納得のいくものだった。
彼の武器は巨大な両手斧と、強力な火炎ブレス。
戦闘力は高い。ゴブリンの群れ程度なら一瞬で消し炭にできる。
だが、問題はその「消し炭」にあった。
「依頼で『ウルフの毛皮を取ってこい』って言われてよぉ。俺様が本気でブレスを吐くと、毛皮どころか骨まで燃え尽きちまうんだ。手加減しようとして斧で叩いても、今度はミンチになっちまう」
「なるほど。素材全損(全ロス)か」
「おう。で、報酬はゼロ。むしろ依頼失敗の違約金まで取られて……気づけば一文無しだ」
イグニスは悔しそうにタバコの灰を落とした。
俺は心の中で「ああ、いるなこういう奴」と納得していた。
ホームセンターの資材売り場でもそうだ。
力任せに木材を運んで傷をつける新人。
繊細な加工が必要な場所に、大型の電動工具を使って台無しにする不器用なバイト。
彼らは無能なのではない。「適材適所」と「力の制御」を知らないだけだ。
「もったいない話だな」
「だろ!? 俺様は強いんだぞ! なのにどいつもこいつも……」
「いや、お前の強さの話じゃない。お前の『使い方』がもったいないと言ってるんだ」
俺の言葉に、イグニスがキョトンとする。
「俺は元ホームセンター店員だ。……まあ、道具と資材を管理するプロみたいなもんだと思え」
俺は吸い終わったタバコを携帯灰皿に押し込み、立ち上がった。
そして、イグニスを見下ろして告げる。
「イグニス。お前は重機だ」
「は? じゅうき?」
「ああ。パワーはあるが、細かい作業には向かない。だが、重い荷物を運んだり、堅い岩盤を砕いたりするなら、お前以上の適任はいない」
俺には【ウェポンズマスター】がある。
解体や加工、繊細な戦闘は俺がやればいい。
だが、俺には圧倒的な質量とパワーが足りない。
「俺と組まないか?」
「え?」
「俺が司令塔でお前が動力源だ。俺が指示する通りに暴れろ。素材の回収と換金は俺がやる。利益は折半、飯も食わせてやる」
俺が手を差し出すと、イグニスはポカンと口を開け、それからニヤリと獰猛に笑った。
「飯と、あとこの『赤マル』ってのもつけてくれるか?」
「ああ、福利厚生として支給してやる」
「交渉成立だ! アンタ、変わってるな。俺様の力を怖がらねぇ人間なんて初めてだぜ」
イグニスの巨大な手が、俺の手を握りしめる。
握力で骨が軋んだが、悪い気分じゃなかった。
「俺は鍵田竜だ。好きに呼べ」
「じゃあ、兄貴って呼ぶぜ! 頼りにしてるぜ、アニキ!」
「……兄貴はやめろ。まあいいか」
こうして、元社畜の人間と、破壊魔の竜人。
凸凹な二人の旅が始まった。
「よし、イグニス。まずはその辺の木を調達するぞ。道具を作る」
「おう! 燃やせばいいか!?」
「燃やすな馬鹿。切り倒すんだよ、根元から綺麗にな」
「……へい、努力します」
前途多難だが、少なくとも退屈はしなさそうだ。




