EP 9
令嬢キャルルのオークション
『ゴルド商会』の社長室。
成金趣味の悪趣味な調度品に囲まれた部屋で、リーザは震えながら商談テーブルについていた。
対面に座るのは、脂ぎった禿頭の社長、ゴルドだ。
「……で? この北の荒地を売りたいだと?」
ゴルドは葉巻をふかしながら、リーザが差し出した権利書を鼻で笑った。
「こんな岩だらけの土地、価値なんぞ無いぞ。そうだな……金貨500枚なら買い取ってやってもいい」
500枚。
質屋から借りた元手は1000枚。このまま売れば大赤字だ。
リーザの顔が(演技ではなく本気で)引きつる。
「そ、そんな……! せめて1000枚は……!」
「ハッ! 図々しい小娘だ。嫌なら帰るんだな。その紙切れを持って路頭に迷えばいい」
ゴルドが強気に出る。
彼は先ほど入手した情報――『あの土地にミスリルと温泉が出る』という噂――を信じ込んでいる。内心では喉から手が出るほど欲しい。
だが、目の前の小娘は金に困っているようだ。足元を見れば、タダ同然で買い叩ける踏んでいるのだ。
「ぐぬぬ……」
リーザが押し黙る。
ゴルドが勝利を確信し、契約書を突きつけようとした、その時だった。
バンッ!!
社長室の豪奢な扉が、乱暴に開け放たれた。
「――お待ちなさい! その商談、『待った』ですわ!」
室内の空気が凍りつく。
現れたのは、フリルのついた豪奢なドレスに身を包み、扇子で口元を隠した令嬢――キャルルだ。
普段のパーカー姿とは似ても似つかない、完璧な貴族の装い。
そしてその背後には、黒スーツにサングラス、額に青筋を浮かべた巨漢のSP――イグニスが控えている。
「な、なんだ君たちは! ここは社長室だぞ!」
ゴルドが立ち上がる。
キャルルはカツカツとヒールを鳴らして部屋に入ると、ゴルドを一瞥もしないまま、権利書を覗き込んだ。
「あらぁ? やっぱりここですわね。お父様が探していた土地は」
キャルルは扇子を閉じ、リーザに向かって優雅に微笑んだ。
「貴方が持ち主ですの? わたくし、その権利書を欲しくて探していましたの。……そうですね、金貨1500枚でいかがかしら?」
「せ、1500枚!?」
リーザが素っ頓狂な声を上げる。
ゴルドの顔色がサッと変わった。
「な、何を言っている! ここは私が交渉中だぞ!」
「あら、汚い声。……イグニス、黙らせなさい」
「……御意」
イグニスが一歩前に出る。
彼が纏うのは、演技を超えた本物の『殺気』と『熱気』だ。サングラスの奥の瞳が、爬虫類のように細められている。
ゴルドの背後の用心棒たちが、あまりのプレッシャーに直立不動で震え上がった。
「ひっ……!」
ゴルドが萎縮する。
キャルルは勝ち誇ったように笑った。
「オホホホ! どこの馬の骨かも知れない商人に、わたくしの買い物は邪魔させませんわ! さあ貴女、わたくしに売りなさいな!」
ゴルドの脳内で、計算機がフル回転した。
(貴族が動いている……! しかも護衛は手練れの竜人族! やはりあの土地の情報は本物だ! ミスリルが出れば億万長者……それをみすみす横取りされてたまるか!)
ゴルドは焦った。
1500枚など、ミスリル鉱脈の価値に比べれば端金だ。
だが、彼は商人としてのプライド(とケチな根性)で、キャルルの提示額を上回る勇気がなかった。
ならば――。
「ま、待て! 嬢ちゃん……いや、お客様!」
ゴルドは慌ててリーザの手を握った。
「私は今、ここに現金がある! 貴族様の支払いは手続きが遅いだろう? 私は即金だ! 1200枚! 金貨1200枚を今すぐ払う!」
1500枚よりは安い。だが、即金という魅力。
リーザがチラリとキャルルを見る。
キャルルは「むっ」と眉をひそめてみせた。
「わたくしは小切手になりますわ。換金には数日かかりますけれど……」
ナイスアシストだ。
今日中に借金を返さなければならないリーザにとって、「数日後」は致命的だという設定。
「……あ、あの、貴族のお嬢様、ごめんなさい! 私、今すぐお金が必要なんです!」
「なんですって!? わたくしに恥をかかせる気!?」
「け、決定だ! 商談成立!」
ゴルドはキャルルが文句を言う前に、大急ぎで金庫を開け、金貨の詰まった袋をドンとテーブルに置いた。
さらに契約書にサインをし、リーザに無理やり拇印を押させる。
「よし! これでこの土地は私のものだ! 文句はあるまい!」
ゴルドは権利書を奪い取り、頬ずりせんばかりに喜んだ。
キャルルは扇子をバシッと閉じ、悔しそうに地団駄を踏んだ。
「キィーッ! なんてこと! ……イグニス、帰りますわよ!」
「……へい、お嬢」
キャルルとイグニスは、嵐のように去っていった。
残されたのは、ニヤニヤと笑うゴルドと、金貨の袋を抱きしめるリーザだけ。
「へっへっへ、悪いな嬢ちゃん。だが商売は早い者勝ちなんだよ」
「あ、ありがとうございますぅ……!」
リーザは深々と頭を下げ、逃げるように社長室を飛び出した。
その背中を見送りながら、ゴルドは高笑いした。
「勝った! 貴族を出し抜いてやったぞ! これでミスリル鉱山は俺のものだァーッ!」
彼が握りしめている権利書が、ただの不毛な岩山の紙切れであること。
そして、先ほどの「お嬢様」がただのウサギ耳の冒険者であることに気づくのは、まだ先の話だ。




