EP 8
質屋と権利書
下町の路地裏にある『質屋ドワーフの金槌』。
鉄格子越しのカウンターには、頑固そうなドワーフの店主が座り、ルーペを目に当てていた。
彼の目の前には、ルナが作り出した純金のインゴットと、宝石のネックレスが積まれている。
そのカウンターにしがみついているのは、全身を小刻みに震わせているリーザだ。
「お、お、お願いしますぅ……。こ、これで……お金を……」
リーザの声は裏返り、顔面は蒼白で、額には脂汗が滲んでいる。
誰がどう見ても「借金取りに追われて、家の家宝を泣く泣く持ち出した哀れな娘」だ。
演技指導の必要すらない。彼女は今、本当に(リベラという借金取りに追われて)必死なのだから。
店主は数分間、じっくりと鑑定を続けた後、ルーペを置いた。
「……本物だな」
店主が重々しく頷く。
「しかも、こいつは年代物のハイエルフの細工か? 純度も加工も見事だ。盗品じゃねぇだろうな?」
「ち、違いますぅ! おばあちゃんの形見なんですぅ! でも、今日中にお金がないと……マグロ漁船に乗せられちゃうんですぅ!!」
リーザが半泣きで叫ぶ。
その迫真(本音)の訴えに、疑り深いドワーフも毒気を抜かれたようだ。
「……まあいい。質草としては一級品だ。相場なら金貨二千枚は堅いが、質入れなら半額の千枚だ。利息は十日で一割。いいな?」
「は、はいぃ! ありがとうございますぅ!」
商談成立。
カウンターの奥から、ずっしりと重い革袋が差し出された。
金貨一千枚。日本円にして約一千万円相当の大金だ。
店を出たリーザは、革袋を抱きしめたままへたり込んだ。
「し、心臓が止まるかと思いました……。これ、本当に三日で石に戻るんですよね? 私、詐欺の片棒を……」
「人聞きが悪いな。一時的に『担保能力が消失する』だけだ」
路地裏の影で待機していた俺は、リーザを立たせた。
「行くぞ。次は『仕入れ』だ」
***
次に向かったのは、街外れの安酒場だ。
昼間から安いエールを煽っている、身なりのいい(だが服は擦り切れている)男がいた。
没落貴族の男爵だ。
彼は先祖伝来の土地を持っているが、今は借金まみれで酒に逃げているという情報を、リベラから得ていた。
「あんたが、北の荒地の持ち主か?」
俺が声をかけると、男爵は虚ろな目でこちらを見た。
「……なんだ貴様は。あの土地なら売らんぞ。あそこは我が家の誇り……」
「金貨一千枚」
俺はリーザから受け取った革袋を、テーブルにドスンと置いた。
重厚な音が、酒場の喧騒を一瞬で消し去った。
「即金だ。あの草木も生えない岩山に、これだけの値を付ける物好きは俺たちくらいだぞ」
男爵の目が釘付けになる。
喉がゴクリと鳴る音が聞こえた。
誇り? そんなものは目の前の現ナマの前では紙切れ同然だ。
「……け、権利書はここにある」
男爵は震える手で懐から羊皮紙を取り出した。
俺は中身を確認する。間違いなく、ゴルド商会が狙っている開発エリアの隣接地区だ。
「商談成立だ」
俺は権利書をひったくり、代わりに金貨の袋を押し付けた。
男爵は袋を開け、金貨の輝きを見て狂喜乱舞している。
彼は知らない。自分が手放した土地が、数時間後に倍の値段に跳ね上がることを。
***
最後の仕上げだ。
俺は作業着の上に、どこかで見繕った『測量士』風のベストを羽織り、高級レストラン『金の豚亭』へと入った。
ここは、ゴルド商会の幹部や、情報屋がたむろしている場所だ。
俺はカウンターの端に座り、わざとらしく大きなため息をついた。
「ふぅ……参ったなぁ。あんな『数値』が出ちまうとは」
俺は懐から、偽造した『魔力分布図』と『地質調査書』を取り出し、カウンターに広げた。
そして、独り言のように(だが周囲に聞こえる音量で)呟く。
「北の荒地、ただの岩山かと思ったら……地下深くに『ミスリル鉱脈』と『温泉源』の反応があるなんてな」
ピクリ。
近くのテーブルで食事をしていた男たちの耳が動いた。
「こいつは一大事だ。今のうちに土地を買い占めておけば、億万長者だぞ……。誰にも聞かれないようにしないとな」
俺は慌てて書類を隠すふりをして、その中の一枚――最も重要なデータが書かれた紙を、わざと床に落としたまま店を出た。
店を出て数秒後。
背後で、男たちが床の紙に群がる気配がした。
そして、誰かが店を飛び出し、ゴルド商会の方角へと走っていく足音が聞こえる。
「……撒き餌完了」
俺は路地裏で待機していたリーザたちの元へ戻り、ニヤリと笑った。
「魚が食いついたぞ。……さあ、いよいよ本番だ」
俺はリーザの背中をバンと叩いた。
「行け、リーザ。お前は今、この街で一番価値のある土地を持つ『カモ』だ。震えてる暇はないぞ」
「は、はいぃ! もうどうにでもなれですぅ!」
リーザは権利書を胸に抱き、ゴルド商会の本社ビルへと向かう。
その後ろ姿を見送りながら、俺は無線代わりの通信魔石に向かって言った。
「キャルル、イグニス。出番だ」
『了解ですわ! おほほほ!』
『おう、いつでも行けるぜ!』
舞台は整った。
あとは、悪徳商人が欲望という名の落とし穴に落ちるのを待つだけだ。




