EP 6
月末のマグロ漁船
キメラ討伐という大仕事を終え、俺たちは意気揚々とシェアハウス『メゾン・ド・キャロット』に帰還した。
懐には追加報酬と買取金が入った革袋。
装備のメンテナンス費や、今後の活動経費を差し引いても、一人あたり金貨数枚は余裕で残る計算だ。
「へっへっへ! 今日はステーキだ! 一番高い肉を買うぞ!」
イグニスが肉屋のチラシを見ながら涎を垂らす。
「私は新しいインソールと、靴のお手入れクリームを買います! あ、可愛いリボンも欲しいな」
キャルルも上機嫌だ。
俺も、久しぶりに高いウイスキーでも買おうかと考えていた。
そんな浮かれた空気のまま、リビングのドアを開けた時だった。
「ただいまー……っと、なんだ?」
リビングの空気が、異常に重かった。
どんよりとした黒いオーラが漂っている。
その発生源は、ダイニングテーブルでカレンダーを凝視している、貧乏アイドル・リーザだった。
「…………あと、一日…………」
リーザが亡霊のような声で呟く。
その顔色は真っ青を通り越して土気色。
手には空っぽのガマグチ財布が握りしめられている。
「おいリーザ、どうした? そんな死にそうな顔をして」
「あ、竜さん……おかえりなさい……」
リーザがギギギ、と錆びついた人形のような動きで振り返る。
「明日……明日が来るのが怖いんですぅ……」
「明日? ああ、そういえば月末か」
俺が何気なく言った言葉に、リーザが「ひいっ!」と肩を震わせた。
そう、月末。
それは給料日であると同時に、全ての賃借人にとっての審判の日――『家賃支払日』だ。
「おい、まさか金がないのか? こないだのライブで結構稼いだだろ」
俺が尋ねると、リーザは視線を泳がせた。
「そ、それは……久しぶりにお金が入ったので、つい……」
「つい?」
「パンの耳じゃなくて、白い食パンを買ったり……ハムを乗せたり……あと、新しいステージ衣装(古着)を買ったりしてたら……気づいたら無くなってて……」
計画性の欠如。
典型的な「宵越しの銭は持たない」タイプか。
「……で、今月の家賃は?」
「た、足りません……。あと金貨三枚……」
「働け」
俺が冷たく突き放すと、リーザはその場に崩れ落ちた。
そこへ、コツ、コツ、コツ……と、優雅なヒールの音が廊下から響いてきた。
「あら、皆様お帰りなさい。賑やかですわね」
現れたのは、オーナーのリベラだ。
彼女はいつも通りの上品な微笑みを浮かべている。
だが、その眼鏡の奥の目は笑っていなかった。
手には分厚い『請求書』の束が握られている。
「リ、リベラさん……あの、その……」
「リーザさん? 今日は何の日かご存知かしら? 家賃の集金日、前日ですわよ」
リベラがニッコリと笑う。
背後に不動明王が見えた気がした。
「わ、わかってますぅ! でも、今月はちょっと出費が嵩んで……来月! 来月必ず払いますからぁ!」
「あら残念。先月もそうおっしゃいましたわよね? 滞納分も含めて、金貨五枚。……払えませんの?」
リベラはふぅ、とため息をつき、懐から一枚のパンフレットを取り出した。
そこには荒れ狂う海と、巨大なカニと戦う男たちの絵が描かれている。
『急募! 北海魔導カニ漁船 ※命の保証はありませんが高収入!』
「払えないのでしたら、こちらを紹介しますわ。北の海は今が旬でしてよ?」
「ひいいいん!! マグロ漁船はいやぁぁぁ!!」
リーザが絶叫する。
この世界でも借金のカタは遠洋漁業なのか。
「リーザさん、あなた歌はお上手でしょう? 船員たちの慰問役として、きっと重宝されますわ。……さあ、サインを」
「いやだぁぁぁ! 竜さぁぁぁん!! 助けてぇぇぇ!!」
リーザが俺の足に縋りつく。
涙と鼻水でズボンが汚れそうだ。
「……離せ。俺は金貸しじゃない。自分の尻は自分で拭け」
「そんなぁ! 見殺しにするんですかぁ!?」
俺はため息をついた。
金はある。払ってやることもできる。
だが、それでは彼女のためにならない。安易な救済は依存を生むだけだ。
その時だった。
騒ぎを聞きつけたルナが、二階から降りてきた。
「あらあら、またお金の話ですか~? 大変ですねぇ」
「ルナちゃん! ルナちゃんお金持ってない!?」
「私もお小遣い制ですから無いですよ~。……でも、お金なら作れますけど?」
ルナがキョトンとして言うと、彼女は何もない空間から、光り輝く『金塊』を取り出した。
「はい、どうぞ」
「えっ!? き、金塊!?」
リーザが目を丸くして受け取る。ずっしりと重い、純金の輝きだ。
だが、リベラは冷ややかな目でそれを見た。
「ルナさん、それはダメですわ。貴方の錬金術で作った貴金属は……」
「はい! 三日経つとタダの石ころに戻っちゃいますからね~! お店で使っちゃダメですよっ!」
ルナが「テヘッ」と舌を出す。
そうだ。こいつは以前も、スリッパを純金に変えるという詐欺まがいのイタズラをしていた。
「……三日?」
俺の脳内で、何かがカチリと噛み合った音がした。
三日で石に戻る、精巧な偽造金塊。
そして、目の前にいる金に困ったアイドルと、金を持て余している俺たち。
俺はリーザの手にある偽金塊を奪い取り、しげしげと観察した。
質感、重量、輝き。どれをとっても本物にしか見えない。
鑑定魔法でも見破れないレベルの、ハイエルフ特有の物質変換。
「……おい、ルナ。これ、どれくらい作れる?」
「え? 魔力がある限り、いくらでも作れますよ~? 宝石でもミスリルでも!」
俺はニヤリと口角を吊り上げた。
それは、社畜時代に競合他社を出し抜く策を思いついた時と同じ、悪党の笑みだった。
「リーザ。……マグロ漁船に乗りたくなければ、俺の『業務』に乗れ」
「えっ……?」
俺はイグニスとキャルル、そしてリベラを見回した。
「ターゲットは、この街で阿漕な商売をしてる奴だ。……そいつから、合法的に金を巻き上げる」
俺の提案に、リベラの目が怪しく光った。
彼女もまた、悪徳業者には思うところがある弁護士だ。
「……ふふ。面白そうですわね。リーザさんの借金返済計画、一口乗りましょうか」
こうして、シェアハウスの住人総出による、一世一代の『信用詐欺』が幕を開けることになった。




