EP 2
魔法回路のプログラミング
「いいですか竜さん! 魔法というのはイメージが大事なんです!」
ルナ先生の魔法教室が始まった。
場所は引き続きシェアハウスの裏庭。
ルナは指示棒(そこら辺の枝)を振り回しながら、熱心に説明を続けている。
「まず、お腹の奥にある『魔力の泉』を感じてください。そこから魔力を、こう……ふんわり~っと全身に巡らせて、指先に『きゅっ』と集めるんです!」
「ふんわりして、きゅっ、か」
「そうです! そして最後に、頭の中で『燃えろ!』とか『凍れ!』って強く念じて……ドカーンです!」
ルナが両手を広げて「ドカーン」のポーズをとる。
可愛い。可愛いが、さっぱりわからない。
「……ルナ先生。俺は元ホームセンター店員であって、芸術家じゃないんだ。もう少し論理的な説明はできないか?」
「えぇ~? 論理的って言われても……。魔力は生き物ですから、感覚で語りかけるのが一番なんですけどぉ」
ルナは困ったように頬を膨らませると、「失礼しますね」と言って俺の背中に手を回し、もう片方の手で俺のみぞおち辺りを触れた。
「じゃあ、直接流しますね。私の魔力の動きを追ってください」
「おい、くすぐったいぞ……」
次の瞬間、ルナの手のひらから、温かい何かが流れ込んできた。
血管の中を微弱な電気が走るような、ピリピリとした感覚。
それは不規則に揺らぎながら、俺の体内で拡散しようとしていた。
「(……これが魔力か)」
俺は目を閉じ、その感覚を冷静に分析した。
ルナは「生き物」と言ったが、俺にはそうは感じられなかった。
これはもっと無機質な……そう、エネルギーの波だ。
電圧と電流を持った、未知の電気信号。
「(……なるほど。感覚で制御しようとするから難しいんだ)」
俺は思考を切り替えた。
ファンタジー的な「精霊との対話」や「祈り」は、俺の専門外だ。
だが、これが「エネルギーの変換」と「出力」のプロセスだとするなら、話は変わってくる。
俺は家電売り場の担当だった頃の知識を総動員した。
魔力=電力。
俺の体=基盤。
魔法=プログラム(アプリケーション)。
「竜さん? どうしました? 難しい顔して……」
「いや、掴めてきた。……ルナ、氷魔法を使いたいんだが、原理はどうなってる?」
「え? 原理? えっと……『冷たい精霊さんが熱を奪ってくれる』感じです!」
その説明で十分だ。
つまり、熱力学だ。熱交換システム。
エアコンや冷蔵庫と同じ原理。
俺はバスターソードに【闘気】を流した時の感覚を思い出した。
あの時は「バッテリー」から「モーター」へ直結するイメージだった。
今度は違う。魔力を変換回路に通し、属性を書き換える。
俺は右手に持ったコンパウンドボウの弦に、一本の矢をつがえた。
「(魔力回路、接続。……イメージするのは『冷却サイクル』)」
俺の脳内で、青い設計図が展開される。
圧縮機。凝縮器。膨張弁。蒸発器。
大気中の熱エネルギーを強制的に奪い、絶対零度の冷気を生成するシステム。
「……何ですか? 竜さんの魔力の流れ、すごく……カクカクしてます!?」
ルナが驚きの声を上げる。
俺の体内を流れる魔力は、彼女のような有機的な波ではなく、幾何学的な直線を描いて流れていた。
詠唱など必要ない。必要なのはコードの記述だ。
「――システム起動。出力設定、氷結。……『熱交換』」
キィィィィィン……。
俺が呟いた瞬間、矢の先端に青白い光の幾何学模様――魔法陣というよりは電子回路のような紋様――が浮かび上がった。
周囲の空気が一瞬で凍りつき、ダイヤモンドダストがきらめく。
パキパキパキッ!
矢の鏃が霜に覆われ、極低温の冷気を放ち始めた。
「で、できました!? でも、なんか私の知ってる魔法と違います! 魔法陣が四角いです!」
「俺なりの解釈だ。……これならいける」
俺は凍りついた矢を見つめ、確信した。
イグニスが『火力』なら、俺は『制御』だ。
敵を足止めし、戦場を支配するデバッファー。
「ありがとうルナ先生。おかげでインストール完了だ」
「い、いえ……私はただ『きゅっ』て言っただけなんですけどぉ……」
ルナは狐につままれたような顔をしていたが、結果オーライだ。
これで遠距離からの属性攻撃が可能になった。
物理と、化学(魔法弓)。
二つの武器を手に入れた俺の準備は整った。
その時だった。
シェアハウスの玄関から、キャルルが血相を変えて飛び出してきた。
「竜さん! 大変です! 冒険者ギルドから緊急招集がかかりました!」
「……招集?」
「はい! 北の森に、とんでもない化け物が現れたって……!」
俺は凍った矢の冷気を解除し、ニヤリと笑った。
「タイミングがいいな。ちょうど新兵器の実験台が欲しかったところだ」
俺はバスターソードを背負い、コンパウンドボウを肩にかけた。
「行くぞ。業務開始だ」




