第三章 複合弓と貧乏歌姫
滑車と弦の数式
シェアハウスの裏庭。
そこは今、俺のDIY工房(兼、実験場)となっていた。
俺は愛用の『赤マル』を咥えながら、腕組みをして空を見上げていた。
「……届かねぇな」
視線の先には、悠々と空を飛ぶ鳥型の魔物がいる。
俺の背中には、絶対的な破壊力を持つ『バスターソード』がある。
だが、あいつは重すぎる。
地面を這う相手ならミンチにできるが、空中の敵や、遠距離から魔法を撃ってくる相手には分が悪い。
「石ころの投擲も限界があるし、アトラトル(投槍器)も連射が効かない」
俺は業務改善の必要性を感じていた。
今のパーティーの弱点は『遠距離火力』の不足だ。
イグニスのブレスは射程が短いし、キャルルは突撃特化。
俺が中・遠距離をカバーできる強力な「飛び道具」を用意する必要がある。
「銃……は、火薬の調合が面倒だ。メンテナンスの手間もかかる」
俺のモットーは『安全第一』かつ『高効率』。
構造が単純で、かつ破壊力があり、弾薬(矢)の現地調達が容易なもの。
「……あれを作るか」
俺の脳裏に、ホームセンターのアウトドアコーナーで見た、ある「狩猟具」の設計図が浮かび上がった。
***
俺はインベントリを開き、素材を取り出した。
まずは、先日倒したボアウルフのリーダー格が持っていた『強靭な腱』。
次に、廃材置き場で拾った『特殊合金の歯車』と『ワイヤー』。
そして、弾力性に優れた『ハイオークの肋骨』。
「兄貴、またゴミ拾いか? 今度は何を作るんだ?」
イグニスが斧の手入れをしながら、不思議そうに覗き込んでくる。
「ゴミじゃない。……『複合弓』だ」
俺は作業を開始した。
【ウェポンズマスター】発動。
骨を削り、アーム(弓の腕)を成形する。
普通の弓のようなアーチ型ではない。もっと機械的で、無骨なフォルム。
最大の特徴は、弓の両端に取り付ける『滑車』だ。
「いいかイグニス。普通の弓は、引けば引くほど重くなる。だが、この『偏心滑車』を使えば、物理法則が変わる」
俺は歯車を加工し、楕円形のカムを作成してアームに取り付けた。
そこにワイヤーと腱を複雑に巻き付ける。
テコの原理を応用したこの機構は、引き始めは重いが、最大まで引くとフッと軽くなる(レットオフ)。
これにより、長時間狙いをつけても腕が疲れず、発射時には滑車の回転によって矢に爆発的な加速を与えることができる。
「よし……接合完了。グリスアップ、OK」
一時間後。
完成したのは、ファンタジー世界には似つかわしくない、メカニカルな洋弓だった。
複数の弦が張り巡らされ、両端には金属のホイールが輝いている。
「なんか……弓っていうより、機械だな」
「性能は保証するぞ。試射だ」
俺は適当な木の枝を削って作った矢を、弦につがえた。
ギチチチチ……。
引き始めは硬い。普通の弓なら大の大人でも引けない張力だ。
だが、ある一点を超えた瞬間――カクン、と手応えが軽くなった。
「これが『レットオフ』だ。今、俺の指にかかってる負荷は数キロ程度。だが、蓄えられているエネルギーはその十倍以上だ」
俺は五十メートル先の岩を狙った。
照準器はまだないが、【ウェポンズマスター】の補正があれば百発百中だ。
スッ……と息を止める。
リリーサー(発射装置)のトリガーを引く。
バシュッ!!
弦が空気を叩く乾いた音。
矢は目にも止まらぬ速度でカッ飛び――
ドガァッ!!
岩に突き刺さるどころか、粉々に砕いて貫通し、背後の地面に深く突き刺さった。
「うおっ!? なんだ今の威力!? 岩が豆腐みたいに砕けたぞ!」
イグニスが目を剥く。
「初速はライフル並みだ。これならワイバーンの鱗も抜ける」
俺は満足げに弓を撫でた。
物理的な貫通力は申し分ない。
だが……。
「……物理だけじゃ、まだ足りないな」
俺は砕けた岩を見つめて呟いた。
この世界には、物理攻撃が無効な霊体や、特定の属性でしか倒せない魔物もいる。
ゲームのように「火属性」や「氷属性」を付与できれば、対応力は格段に上がるはずだ。
「矢に油を塗って火をつけるか? いや、弾道が安定しないし効率が悪い」
魔法が使えれば話は早いのだが、あいにく俺は地球生まれの一般社畜だ。
魔力なんてオカルトなエネルギーは持っていない……はずだった。
「あら、竜さん。お悩みですか?」
不意に、背後から鈴を転がすような声がした。
振り返ると、シェアハウスの二階の窓から、ルナが顔を出していた。
長い金髪を風になびかせ、ニコニコと微笑んでいる。
「ルナか。……ああ、ちょっと飛び道具に『属性』を乗せたくてな」
「属性付与ですね! それなら簡単ですよ~」
ルナは窓からふわりと飛び降り(風魔法で着地)、俺のそばにやってきた。
「竜さんは人間ですから、体の中に『魔力回路』があるはずです。使い方がわかっていないだけで、回路を繋げば魔法も使えますわ」
「……俺が? 魔法を?」
「はい! 私がレッスンして差し上げます♡ 特別講師ルナ先生です!」
ルナが胸を張る。
エルフ、それもハイエルフの王族である彼女は、魔法に関しては世界最高峰のエキスパートだ(性格はポンコツだが)。
「回路……か」
俺はその言葉に引っかかりを覚えた。
神秘的な力ではなく、「回路」。
それなら、元工業系(ホームセンター社員)の俺にも理解できるかもしれない。
「頼む、先生。俺に魔法の使い方を教えてくれ」
「お任せください! スパルタでいきますよ~!」
こうして、俺の新兵器開発は「ハードウェア(弓)」から「ソフトウェア(魔法)」の実装段階へと移行した。
だが、天才肌のルナの教え方が、俺の想像の斜め上を行くものだとは、まだ知る由もなかった。




