EP 10
シェアハウスの宴
数々の依頼を片付けた週末。
シェアハウス『メゾン・ド・キャロット』のリビングは、かつてない熱気に包まれていた。
今夜は、臨時収入と平和解決を祝っての、住人総出の大宴会だ。
「よし、仕込み完了だ」
キッチンに立つ俺は、愛用の包丁(ミスリル製ではないが、スキル補正で切れ味は妖刀級)を置いた。
カウンターに並ぶのは、俺が腕によりをかけて作った男飯の数々。
山盛りの『特製唐揚げ』。
ニンニクと生姜を効かせた醤油ダレに漬け込み、二度揚げでカリッと仕上げた自信作だ。
その他にも、『豚バラとキャベツの回鍋肉風』、『だし巻き卵』、『無限枝豆』などが所狭しと並んでいる。
「ふふ、素晴らしい手際ですわね。まるで一流ホテルのシェフみたい」
オーナーのリベラが、高級ワインのボトルを片手にキッチンを覗き込む。
「道具(包丁とフライパン)が良いですから。……それに、ブラック企業時代は自炊で食費を削るのが日課でしたので」
「あら、生活力のある殿方は素敵よ? さ、始めましょうか」
***
リビングのテーブルには、既に腹を空かせた猛獣たちが待機していた。
「兄貴、まだかー! 俺様の胃袋が暴動を起こしてるぞ!」
「いい匂い……! これが本物の『おかず』の匂いなんですね……!」
「竜さーん、私、お腹と背中がくっつきそうですぅ~」
俺が大皿をドスン、とテーブルに置いた瞬間、ゴングが鳴った。
「乾杯!」
リベラの音頭と共に、グラスがぶつかり合う。
俺の手には、キンキンに冷えた缶ビール(『タロー・ドライ』)。
喉に流し込むと、炭酸の刺激が労働の疲れを洗い流していく。
「うめぇッ!」
そして、宴が始まった。
「うおおお! なんだこの肉は! 噛んだ瞬間に汁が爆発したぞ!?」
イグニスが唐揚げを頬張り、目を剥いている。
「熱っ、ハフハフ、でも美味ぇ!」と叫びながら、次々と口へ放り込む。
「美味しい……! パンの耳じゃない、白いパンに合う……! お肉柔らかい……!」
リーザは唐揚げを少し齧っては、感動のあまり涙ぐみ、白米(リベラ提供)をかきこんでいる。
「竜さん、これ何ですか? 緑の豆?」
「枝豆だ。皮は食うなよ」
「ん~、塩加減が絶妙ですぅ。……あ、竜さん。私、手が塞がってるので、あーんしてください♡」
「却下だ。自分で食え」
「ぶー。責任取ってくれないんですかぁ~」
ルナが酔った勢いで絡んでくるのを、キャルルが苦笑しながら引き剥がす。
「もう、ルナちゃん飲みすぎ! 竜さんが困ってるでしょ!」
「キャルルも食えよ。成長期だろ」
「はい! 竜さんのご飯、お店より美味しいです!」
騒がしい。
実に騒がしい食卓だ。
だが、不思議と不快ではなかった。
前世の俺は、いつも一人だった。
深夜のコンビニ弁当。パソコンの画面を見ながら、味のしない食事を胃に流し込むだけの日々。
飲み会といえば、上司の自慢話を聞かされるだけの苦行(残業)だった。
それが、どうだ。
種族も、生まれもバラバラな連中が、俺の作った飯を美味いと笑って食っている。
「……ふっ」
俺は自然と笑みがこぼれるのを止められなかった。
ビールが、いつもより甘く感じる。
「あら、楽しそうですわね」
リベラが隣でグラスを傾ける。
「ええ。……悪くないですね、こういうのも」
「ふふ、ここなら貴方を過労死させるような上司はいなくてよ? あるのは、賑やかな隣人と、ちょっとしたトラブルだけ」
「トラブルは勘弁願いたいですが……まあ、退屈はしなさそうです」
***
数時間後。
宴の跡には、満腹で幸福そうに眠る住人たちの死体(?)が転がっていた。
イグニスはソファからはみ出して大の字になり、リーザは食べかけのパンを抱いて丸まっている。ルナとキャルルは寄り添って寝息を立てていた。
リベラだけは、「お肌に悪いですから」と先に自室へ戻っていった。
俺は一人、静かになったリビングを抜け出し、ベランダへと出た。
夜風が心地よい。
見上げれば、異世界特有の『二つの月』――赤い月と青い月が、夜空に浮かんでいる。
俺はポケットから、相棒の『赤マル』を取り出した。
カシュッ。
ライターの火が顔を照らし、小さな赤い光が灯る。
「スーッ…………ふぅ」
長く、ゆっくりと紫煙を吐き出す。
煙は夜風に流され、二つの月の方へと昇っていく。
血尿を出して死んだあの日から、どれくらい経っただろうか。
気づけば、俺の手には『バスターソード』という重い武器と、それ以上に重くて手のかかる『仲間』たちがいる。
社畜として死に、職人として蘇った。
聖剣も勇者の称号もないけれど、俺にはこの「道具」と「技術」がある。
「さて……」
俺は短くなったタバコを携帯灰皿に押し込んだ。
「明日は何を作るかな」
より快適な生活のために。
そして、この騒がしい居場所を守るために。
俺のDIY(冒険)は、まだ始まったばかりだ。
ベランダから戻った俺は、リビングの雑魚寝組に毛布を掛けてやり、自室へと向かった。
明日は日曜日。
アラームをかけずに眠れる、最高の夜だ。




