EP 2
腹ペコ竜人と石つぶて
一本のタバコを吸い終え、俺は吸い殻を丁寧に携帯灰皿(これもポケットに入っていた)に収めた。
森の中でポイ捨てなんぞして山火事になったら、「安全第一」のモットーに関わる。
「さて、現状確認といくか」
俺は足元に落ちていた手頃な木の枝を拾い上げた。
長さは一メートルほど。何の変哲もない枯れ木だ。
だが、俺がそれを「武器(こん棒)」だと認識して握った瞬間、脳内に不思議な感覚が走った。
重心の位置、強度、木目の流れ、そして最適な振り抜き方。
それら全てが直感として理解できる。
ブンッ!
軽く振ったつもりだったが、枝は風を切り裂く鋭い音を立てた。
プロ野球選手のフルスイングと、剣道の達人の太刀筋を合わせたような感覚。
「なるほど。【ウェポンズマスター】……こいつは使える」
これなら、熊が出ても追い払えるかもしれない。
とりあえず人里か、水場を探そうと歩き出した時だった。
『……ぐぅぅぅぅ~~……』
地響きのような音が森に響いた。
魔物の唸り声か?
俺は木の枝を構え、音のした茂みを慎重に覗き込む。
「……あ?」
そこにいたのは、魔物というよりは怪獣だった。
身長は二メートル近いだろうか。
筋肉の鎧をまとった巨体に、赤い皮膚。額からは二本の太い角が突き出し、背中には折り畳まれた翼が見える。
ファンタジー映画で見る「竜人」そのものだ。
だが、その怪獣は、木の根元で芋虫のように丸まっていた。
「……腹、減った……もうダメだ……」
威厳のカケラもない弱音を吐いている。
さっきの地響きは、コイツの腹の虫か。
見捨てて立ち去るのが、サバイバルの正解だろう。
だが、俺の職業病がそれを許さなかった。
ホームセンター店員時代、困っている客を見ると体が勝手に動いてしまっていた悲しき性分。
「……チッ。しゃあねぇな」
俺はため息をつき、周囲を見渡した。
すると運良く、草むらから一匹の動物が飛び出してきた。
ウサギだ。ただし、額に鋭い一本角が生えている。
こっちの世界じゃ「ホーンラビット」とでも言うんだろう。
ウサギは俺たちに気づくと、キーッと威嚇して角を向けてきた。
距離は十メートル。
俺は足元の石ころを拾った。
握り拳大の、ただの石。
だが、俺の手の中にある以上、これは「投擲武器」だ。
「お客様、通路での威嚇行為は迷惑になりますので」
ワインドアップのモーションから、指先のスナップを最大限に効かせて投擲する。
ヒュンッ!
石は一直線に空気を切り裂き、ウサギの反応速度を遥かに上回る速度で飛翔した。
ドゴォッ!
鈍い音。石はウサギの眉間を正確に撃ち抜き、頭蓋を粉砕した。
ウサギは痙攣することもなく、一撃で絶命する。
「コストゼロ。費用対効果は最高だな」
俺は獲物に歩み寄ると、耳を持って持ち上げた。ずっしりと重い。
さて、次は解体だ。
俺は腰のベルトに手をやった。そこには、転生前の作業着と一緒に装着されていた、愛用のツールポーチがあった。
中に入っていたのは、大型のカッターナイフ。
『特専黒刃』という、切れ味鋭い替え刃が入っているやつだ。
「まさか、異世界でカッターを使うことになるとはな」
カチカチ、と刃を繰り出す。
スキル発動。
今の俺には、このカッターナイフが名刀正宗にも等しい切れ味に感じられる。
俺は手際よく皮を剥ぎ、内臓を取り出し、肉を切り分けた。
血抜きも解体も、まるで何十年もやってきた職人のようにスムーズだ。
これなら肉の鮮度も落ちないだろう。
次に、枯れ木を集めて組む。
ポケットから100円ライターを取り出し、着火。
文明の利器万歳。一瞬で焚き火が出来上がった。
枝に刺した肉を火にかける。
やがて、脂の弾ける音と共に、香ばしい肉の匂いが漂い始めた。
「……んん?」
その匂いに反応して、死体のように転がっていた竜人がピクリと動いた。
のっそりと起き上がり、ゾンビのようにこちらへ這ってくる。
「に、肉……! 匂いがする……!」
「目が覚めたか。ほら、食え」
俺は焼けたばかりのウサギのモモ肉を差し出した。
竜人は驚いたように目を見開き、それからひったくるように肉を掴んだ。
「あちっ! あつっ! でも……ガツガツッ!」
火傷も気にせず、骨ごと噛み砕く勢いで貪り食う。
よっぽど腹が減っていたらしい。
あっという間に一本を平らげ、二本、三本と胃袋に収めていく。
「うめぇ……! なんだこれ、めちゃくちゃ美味ぇぞ……!」
大の男(竜?)が、ボロボロと涙を流している。
俺は残りの肉を焼きながら、苦笑した。
「ただ焼いただけだぞ」
「いや、違う! 俺様が自分で焼くと、いつも黒焦げの炭になっちまうんだ! こんなふっくら焼けた肉、初めて食った……!」
なるほど。火加減が壊滅的に下手くそなのか。
俺は最後の一切れを自分で齧りながら、目の前の巨漢を観察した。
見た目は怖いが、飯を食って泣くような奴に悪い奴はいなさそうだ。
それに、この異世界で一人きりは心細い。
言葉も通じるし、用心棒くらいにはなるかもしれない。
「落ち着いたら話を聞かせろよ。俺は鍵田竜。しがない元店員だ」
「お、俺様はイグニス! イグニス・ドラグーンだ! ありがとな、命拾いしたぜ!」
イグニスは口の周りを脂でギトギトにしながら、ニカっと笑った。
どうやら、俺の異世界生活最初の相棒(客?)は、この燃費の悪そうな竜人になるらしい。




