EP 7
歌姫の舞台装置(リーザ編)
翌日。
スーパー銭湯で英気を養った俺は、イグニスとキャルルを連れて街の散策に出ていた。
特に目的はないが、今後のために地理を把握しておきたいのと、単純に休日出勤のない朝の空気を楽しみたかったからだ。
中央広場に差し掛かった時だった。
喧騒の隙間から、細い歌声が聞こえてきた。
「~♪ お金が欲しいの~ 愛よりご飯~ (チャリンチャリン)」
なんとも世知辛い歌詞だ。
声のする方を見ると、広場の隅にある噴水の前で、一人の少女が歌っていた。
シェアハウスの住人、貧乏アイドルのリーザだ。
彼女は、どこから拾ってきたのかわからない木箱(『みかん』と書かれている)の上に立ち、必死に声を張り上げている。
だが、その努力は報われていなかった。
道行く人々は彼女を一瞥するだけで通り過ぎていく。
足元に置かれた空き缶には、銅貨が数枚入っているだけ。
「……あちゃー。今日も不作みたいだね、リーザちゃん」
キャルルが気の毒そうに眉を下げる。
「歌は上手いんだがなぁ。声が小さくて聞こえねぇよ」
イグニスの言う通りだ。
彼女の歌唱力は確かなものがある。透き通るような高音は、プロ顔負けだ。
だが、広場の雑踏にかき消され、その魅力が伝わっていない。
「……はぁ。今日のパンの耳代も稼げそうにないですぅ……」
曲が終わると、リーザはガックリと肩を落とし、空き缶の中身を確認してため息をついた。
その背中には、哀愁というより悲壮感が漂っている。
俺は持っていた缶コーヒーを飲み干し、静かに呟いた。
「……演出不足だな」
俺の『改善』魂に火がついた。
ホームセンターでも、商品の陳列やポップの配置一つで、売上は劇的に変わる。
彼女という「商品」は良い。悪いのは「売り場環境」だ。
「兄貴? どうした、目がマジだぞ」
「イグニス、キャルル。手伝え。……ステージを作るぞ」
俺は二人に指示を出し、広場の端にある廃材置き場(壊れた馬車の車輪やブリキ缶などが捨てられている)へと向かった。
***
「えっ? り、竜さん!? ステージってどういうことですか!?」
突然現れた俺たちに、リーザが目を丸くする。
俺は説明する手間を惜しみ、作業に取り掛かった。
まずは音響だ。
俺は拾ってきたラッパ状のブリキ缶と、昨日の報酬で買った『風の魔石(小)』を取り出す。
【ウェポンズマスター】発動。
俺の手の中で、ブリキ缶が変形し、内部に複雑な反響板が形成される。そこに魔石を組み込む。
「【接合】、【共鳴加工】……よし」
完成したのは、手作り感満載だが機能性は抜群の『魔導指向性スピーカー(メガホン型)』だ。
魔力を音声信号に変換し、特定の方向にクリアな音を届ける。
次は照明だ。
磨き上げた鍋の蓋(凹面鏡として利用)と、『光の魔石』を組み合わせる。
スタンドは壊れた物干し竿を流用。
『簡易スポットライト』の完成だ。
作業時間、わずか十分。
俺はリーザにスピーカーのマイク部分を手渡した。
「これを持って歌え」
「え、これ……ただのブリキの筒じゃ……」
「いいから。……イグニス、照明係頼む。キャルルはサクラ……じゃなくて、最前列で盛り上げ役だ」
「おう! 任せろ!」
「了解です! リーザちゃん頑張って!」
俺は音響調整卓(に見立てた魔力調整バルブ)の前に立った。
リーザがおずおずとマイクを口元に寄せる。
「あ、あー……テスト……」
『あ、あー……テスト……』
ドォォォン!!
広場の空気が震えた。
リーザの囁くような声が、まるで巨人が喋ったかのような大音量となって響き渡ったのだ。
ノイズはない。クリスタルのように澄んだ音質だ。
「ひゃっ!? な、なにこれ!?」
「音響チェック、OK。……照明、点灯!」
カッ!
イグニスが操作するスポットライトが、リーザを強烈な光で照らし出す。
薄汚れた服も、強い光の中ではステージ衣装のように輝いて見えた。
突然の大音量と光の演出に、広場を行き交う人々が足を止める。
「なんだ?」「誰か歌ってるのか?」「すげぇ声だな」
注目は集まった。あとは演者次第だ。
「リーザ。お前の一番自信のある曲を歌え。……今なら届くぞ」
俺が親指を立てると、リーザはハッと顔を上げた。
集まってきた観衆。自分を照らす光。そして、クリアに響く自分の声。
彼女の瞳に、アイドルとしての炎が宿る。
「……はいっ! 聴いてください! 新曲、『絶対無敵スパチャアイドル伝説!!』」
彼女が息を吸い込む。
『あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!』
突き抜けるようなハイトーンボイスが、スピーカーによって増幅され、広場の隅々まで轟いた。
それはもはや騒音ではない。魂を揺さぶる音の暴力だ。
「おおお! すげぇ迫力だ!」
「歌うめぇなこの子!」
「見ろよ、あの照明! プロの興行か!?」
人々が続々と集まってくる。
キャルルが手拍子を始めると、観衆もそれに釣られてリズムを取り始めた。
リーザは水を得た魚のようにステージ(みかん箱)の上で踊り、歌う。
音響と照明という「武器」を得た彼女は、間違いなくこの瞬間、広場の支配者だった。
曲のクライマックス。
彼女が観客席に向かってウインクを飛ばす。
チャリン、チャリン、チャララララ……!
空き缶めがけて、雨のように硬貨が投げ込まれた。
銅貨だけではない。銀貨も混ざっている。
***
ライブ終了後。
観客からのアンコール(と投げ銭)の嵐を終えたリーザは、俺の元へ駆け寄ってきた。
「り、竜さぁぁぁん!!」
またしてもスライディング土下座かと思いきや、今度は俺の手をガシッと握りしめてきた。
その目は涙で潤んでいる。
「ありがとうございます! こんなに人が集まったの初めてです! それに、見てくださいこの空き缶!」
彼女が差し出した缶はずっしりと重く、中には数日分の食費に相当する額が入っていた。
「自分の声が、遠くの人まで届いて……私、アイドルやってて良かったですぅ……!」
「道具は使いようだからな。お前の歌には、それだけの価値があったってことだ」
俺がそっけなく答えると、リーザは輝くような笑顔で言った。
「はい! これで……これで今夜は、パンの耳じゃなくて『食パン(本体)』が買えます! しかも茹で卵付きで!」
「……目標が低いな」
まあ、幸せならそれでいいか。
俺は撤収作業を始めながら、少しだけ満足感を覚えていた。
誰かの才能を、道具で後押しする。
こういう裏方の仕事も、悪くない。
「よし、撤収だ。この機材はシェアハウスに置いておくから、また使え」
「一生ついていきます! プロデューサー!」
こうして、俺の肩書きに「アイドルプロデューサー(兼・舞台設営スタッフ)」が追加されたのだった。




