EP 6
福利厚生(スーパー銭湯回)
冒険者ギルドから徒歩五分。
大通りから一本入った場所に、その楽園はあった。
『スーパー銭湯 極楽の湯』。
瓦屋根の和風建築に、巨大な『ゆ』の暖簾。
煙突からは魔法で沸かされた蒸気が白く立ち上っている。
太郎国が誇る、異世界文明の最高傑作の一つだ。
「ここが……風呂屋か? 城じゃねぇのか?」
「城よりも偉大な場所だ。行くぞ」
俺たちは魔石式の券売機でチケットを買い、暖簾をくぐった。
靴箱の鍵(木札)を抜き取り、番台へ。
「じゃあキャルル、一時間後にロビーで」
「はーい! ゆっくり温まってくださいね!」
男湯と女湯に分かれる。
ここからは、男たちの聖域だ。
脱衣所で服を脱ぐ。
イグニスは全裸になると、その筋骨隆々な肉体を見せつけるようにポーズをとった。
周囲の客(人間やドワーフ)が「うおっ、デカい……」「あそこもドラゴ級か……」と引いている。
「よし兄貴! 一番風呂だぁ!」
「待て。まずは『かけ湯』だ。さらに言えば体を洗ってから入れ。マナー違反は即退場だぞ」
俺はイグニスを洗い場へ連行し、ナイロンタオルとボディソープの使い方を叩き込んだ。
元社畜として、公共の場でのルール遵守は絶対だ。
***
身を清めた俺たちは、広大な内湯へと足を踏み入れた。
湯気の中に広がる、白湯、ジェットバス、電気風呂、そして日替わりの薬湯。
「すっげぇ! 温かい水がこんなに溜まってるぞ! 泳いでいいか!?」
「ダメだ。ここはプールじゃない。……まずは肩まで浸かって、ふぅ、と言うんだ」
俺たちは広い白湯に浸かった。
適温の四十二度。
お湯が全身の毛穴から疲労物質を溶かし出していくようだ。
「……ふぅぅぅぅ……」
「……ほぉぉぉぉ……」
イグニスも真似をして息を吐く。
強張っていた筋肉がほぐれていくのがわかる。
「悪くねぇな……。川の水浴びとは全然違うぜ」
「まだだ。ここからが本番だぞ」
俺は湯船から上がると、部屋の隅にある木の扉を指差した。
『サウナ』の文字。
「兄貴、あっちの小部屋はなんだ?」
「『整う』ための修行場だ。来い」
中に入ると、ムワッとした熱気が襲ってきた。
九十度の高温乾燥室。
三段あるベンチの最上段に俺は座った。
「なんだ、ただ暑いだけじゃねぇか。俺様は火竜の眷属だぞ? こんな熱さ、ブレスの残り火みたいなもんだ」
イグニスは余裕しゃくしゃくで俺の横に座った。
だが、俺は知っている。サウナの熱は、物理的な火の熱とは違う。
湿度と熱気が、体の芯から水分を絞り出すのだ。
五分後。
「……なんか、汗が止まんねぇぞ」
十分後。
「あ、兄貴……息が……心臓がバクバクする……」
「もう少しだ。己との戦いに勝て」
十二分。限界だ。
俺たちはサウナ室を飛び出した。
「み、水だ! 水をくれぇ!」
「慌てるな。汗を流してから、あそこへ入れ」
俺が指差したのは、キンキンに冷えた『水風呂』。
イグニスは悲鳴を上げながら飛び込んだ。
「冷てぇぇぇッ!? ……あ、でも、気持ちいい……!?」
火照った体に冷水が染み渡る。血管が収縮し、血液がポンプのように全身を巡る。
そして最後は、露天風呂スペースにある『寝転び椅子』だ。
俺たちはタオルを顔にかけて横たわった。
外気浴。
冷やされた体が、外気によって徐々に常温に戻っていく。
その時、脳内で快楽物質が爆発する。
「……あ、あれ? 兄貴……世界が、回ってる……」
「それが『整う』だ。……何も考えるな。ただ宇宙を感じろ」
「宇宙……すげぇ……フワフワするぅ……」
破壊の化身であるイグニスが、生まれたての赤ん坊のような顔で昇天している。
俺も深く息を吐き、夜空を見上げた。
……最高だ。
***
一方、女湯。
「あら~、キャルルちゃんじゃないですか~」
「あ、キャルルさん! 奇遇ですねぇ!」
露天風呂でキャルルが出会ったのは、シェアハウスの住人であるルナとリーザだった。
ルナは長い髪を優雅にまとめ、リーザは「このお湯、持って帰ってスープにできないかな」と呟きながらタオルを絞っている。
「二人とも来てたんですね!」
「ええ、リベラさんが回数券をくれたんです~。キャルルちゃんはお仕事帰り?」
「はい! 今日、すごいことがあったんですよ!」
キャルルは湯船に浸かりながら、今日の武勇伝を語り始めた。
統率されたボアウルフの群れ。
ハイオーク・ジェネラルの出現。
そして、竜が放った『絶対斬』の威力について。
「本当に凄かったんです! 竜さんの剣が青白く光って、ズドォォン!って! ハイオークが一撃で消し飛んだんですよ!」
「へぇ~、竜さんって見た目は地味ですけど、やる時はやるんですね~」
ルナがのほほんと相槌を打つ。
だが、リーザの目の色は違った。
「ハイオーク……ということは、報酬はガッポリ……?」
「はい! 山分けして、すごく貰っちゃいました!」
リーザの瞳が、チャリーンという音と共に金貨の形になった。
「(強い、稼げる、しかも料理上手……。これは太い客……じゃなくて、頼れるスポンサーの予感!)」
「竜さん、今度ご飯奢ってくれないかなぁ……」
「えっ?」
女湯では、竜の知らぬ間に彼の評価(主に経済面)が爆上がりしていた。
***
風呂上がり。
俺たちはロビーの休憩処で合流した。
俺とイグニスは腰に手を当て、瓶入りの『コーヒー牛乳』を一気に煽る。
ゴキュッ、ゴキュッ、ゴキュッ……プハァッ!!
「うめぇぇぇ! なんだこの甘くてほろ苦い飲み物は! 風呂上がりに染みるぜぇ!」
「風呂上がりの作法だからな」
キャルルたち女性陣は『フルーツ牛乳』を飲んでいる。
「ふぅ……生き返りました」
俺は最後に、ロビーの隅に設置された『魔導マッサージチェア』に身を沈めた。
コインを入れると、ウィーンという音と共に、背中の揉み玉が動き出す。
「……あ゛ぁ゛……そこ……」
凝り固まった肩甲骨を、機械の指が的確に捉える。
極楽。
まさに店名の通りだ。
隣ではイグニスがマッサージチェアの強さに悶絶し、キャルルがそれを笑って見ている。
平和だ。
数時間前まで命のやり取りをしていたのが嘘のようだ。
(……この瞬間のために、俺は戦ってるんだな)
俺は目を閉じ、全身の力を抜いた。
明日は明日の風が吹く。
だが今は、この安らぎに身を委ねよう。
俺たちの夜は、まだ始まったばかりだ。




