EP 3
紅蓮と月影
地響きと共に、三十頭のボアウルフが肉の壁となって押し寄せてくる。
統率された波状攻撃。
真正面から受ければ、いかにイグニスが頑強でも押し潰されるだろう。
だが、俺の視界には「恐怖」など映っていない。
映っているのは、効率的な「処理ルート」だけだ。
「数が多すぎるな。まずは露払いが必要だ」
俺は一歩も動かずに、隣に立つ相棒に声をかけた。
「イグニス、道を開けろ。火力処理だ」
「へへっ、待ってましたァ! 汚物は消毒だぜぇッ!」
イグニスが獰猛に笑い、大きく息を吸い込んだ。
肺に満たされるのは空気ではない。高熱の魔力。
喉元が赤熱し、周囲の空気が陽炎のように揺らぐ。
「吹き飛べェェッ!! 『大火炎』ッ!!」
ゴオォォォォォォォォッ!!
それは火の玉などという生温いものではなかった。
口から放たれたのは、指向性を持った灼熱の奔流。まるで巨大な火炎放射器だ。
扇状に広がった炎が、突進してくるボアウルフの前衛部隊を一瞬にして飲み込んだ。
「ギャンッ!?」「グゥオォォ!?」
断末魔すら許さない圧倒的な熱量。
十数頭のボアウルフが炭化し、あるいは炎を恐れて左右に散開する。
密集していた陣形の中央に、ぽっかりと焼け焦げた一本道――『死のロード』が開通した。
「ヒャッハー! こんがり焼けたぜ!」
「ナイスだ。……キャルル、行けるか?」
俺の問いに、小さな背中が答えた。
「行きます! 靴のグリップ、最高です!」
キャルルは既に地面に手をつき、クラウチングスタートの姿勢を取っていた。
安全靴のソールが、地面のアスファルトならぬ固い土をがっちりと噛んでいる。
キュッ!
ゴムの摩擦音と共に、銀色の弾丸が発射された。
速い。
イグニスの炎がまだくすぶる熱気の道を、風を纏って突き抜けていく。
岩場にいたハイオーク・ジェネラルが、部下の壊滅に動揺したのも束の間、迫りくる小さな影に気づいてモーニングスターを振り上げた。
だが、遅い。
「遅いよ豚さん! 私のスピードにはついてこれない!」
キャルルはトップスピードのまま踏み切った。
地面が爆ぜる。
超低空からの跳躍。狙うはハイオークの死角、下顎だ。
「――『月影流・顎砕き(あごくだき)』ッ!!」
ガギィィィン!!
硬質な打撃音が戦場に響き渡った。
キャルルの履く安全靴のつま先――鋼鉄製の先芯が、ハイオークの突き出した下顎を正確に捉え、かち上げたのだ。
「ブギィッ!?」
脳を揺らされた衝撃で、巨体のハイオークが白目を剥き、よろめきながら後退する。
強固な兜も、鋼鉄入りの安全靴とマッハの速度の前には無力だった。
キャルルは華麗に宙返りして着地すると、俺に向かって叫んだ。
「竜さん、入りました! 今です!」
「おう、最高のセットアップだ」
ボスの体勢は崩れた。
護衛の雑魚は散った。
俺の前には、障害物はもう何もない。
俺は背中のバスターソードを握り直した。
ずしりとした鉄塊の重み。
だが、今の俺にはそれが羽のように軽く、そして山のように重く感じられた。
俺はゆっくりと歩き出した。
一歩、また一歩と踏み出すたびに、腹の底から熱い力が湧き上がってくるのを感じる。
「……行くぞ」
俺の業務は、最後の一撃を入れることだ。




