EP 2
現場の異常事態
「――ストップ」
森の奥深くへ進んでいたキャルルが、突然足を止め、片手を挙げて合図を送ってきた。
俺とイグニスは即座にその場にしゃがみ込み、気配を殺す。
イグニスが巨体を縮こまらせて小声で尋ねる。
「おいウサギ、どうした? 敵か?」
「うん。風下から匂いがする。……でも、なんか変」
キャルルは長い耳をピクピクと動かし、眉をひそめていた。
「数は二十……ううん、三十くらい。ボアウルフの群れで間違いないと思うんだけど……静かすぎるの」
「静か?」
「普通、ボアウルフはもっと喧嘩したり、唸り声を上げたりして騒がしいはずなの。でも、今は足並みが揃いすぎてる。まるで、誰かに統率されてるみたい」
俺は眉を寄せた。
魔獣が統率されている?
野生の群れなら、ボス個体がいるのは珍しくないが、そこまで規律が取れているというのは妙だ。
「……目視で確認する。キャルル、案内できるか?」
「任せて。こっちの茂みから覗けるよ」
俺たちはキャルルの先導で、風下から慎重に接近した。
濃いブッシュをかき分けると、開けた場所に出た。
そこには、俺の予想を超える光景が広がっていた。
「……マジかよ」
イグニスが息を呑む。
広場には、確かにボアウルフの群れがいた。
狼の胴体に、猪の牙と突進力を持つ凶暴な合成獣。
だが、彼らは暴れることもなく、広場を取り囲むように整然と整列していた。
外側を向いて警戒する班と、内側で待機する班。
明らかに「陣形」を組んでいる。
「野生動物の動きじゃないな。こいつは……」
俺は目を細めた。
これは群れじゃない。「部隊」だ。
そして、組織があるなら、そこには必ず指揮官がいる。
「おい兄貴、あそこの真ん中を見ろよ。デカいのがいるぜ」
イグニスの指差す先。
群れの中心に、一段高くなった岩場があった。
そこに、そいつは鎮座していた。
身長はイグニスと同じか、それ以上。
全身を分厚い筋肉と、黒光りする金属鎧で固めている。
顔は豚だが、その目には知性と残虐な光が宿っていた。
手には、指揮棒代わりの巨大なモーニングスターが握られている。
「ハイオーク……それも、上位種のジェネラル(将軍)級か」
俺の呟きに、キャルルが青ざめる。
「うそ……! こんな森の手前にハイオークがいるなんて聞いてないよ! あいつ、Bランク相当の魔物だよ!?」
「現場にはトラブルがつきものだが……こいつは想定外だな」
ボアウルフの討伐依頼のはずが、指揮官付きの混成部隊との戦闘になるなんて話は聞いていない。
いわゆる、見積もりの甘い案件だ。
その時。
岩場に座っていたハイオークが、ふと鼻を鳴らし、俺たちの潜んでいる茂みへ視線を向けた。
「ブモッ」
短く、低い鳴き声。
それだけで十分だった。
整列していたボアウルフ三十頭が一斉に振り返り、殺意に満ちた赤い瞳を俺たちに向けた。
「バレたか!」
「キャルル、お前の匂いじゃないか!?」
「違うもん! あいつの勘が良すぎるの!」
ハイオークがゆっくりと立ち上がり、モーニングスターを振り上げた。
それが攻撃開始の合図だった。
「グルルルゥッ!!」
ボアウルフたちが一斉に地面を蹴る。
三十頭の突進。地響きが鳴り、土煙が上がる。
統率された波状攻撃は、単なる獣の暴走とは比べ物にならない圧力だ。
普通なら即撤退の場面だ。
だが、俺は逃げる気はなかった。
背中の『バスターソード』のベルトに手をかける。
「イグニス、キャルル。シフト変更だ」
俺は冷静に声をかけた。
焦りはない。ただ、少しだけ不機嫌なだけだ。
「定時で終わらせてビールを飲むつもりだったが……どうやら残業発生らしい」
ズンッ。
俺は背負っていた鉄塊を地面に突き立てた。
ボロ布が解け、剥き出しになった黒鉄の巨剣が露わになる。
その重量感に、突進してくるボアウルフたちが一瞬怯んだように見えた。
「手当分はきっちり働いてもらうぞ。……総員、戦闘配置!」
「へっ、やっぱり兄貴は肝が据わってやがる!」
イグニスがニヤリと笑い、大きく息を吸い込む。
「了解です! ボーナス査定に期待します!」
キャルルが靴のソールを地面に擦りつけ、クラウチングスタートの構えを取る。
目前に迫る魔獣の群れ。
俺はバスターソードのグリップを握りしめ、深く腰を落とした。
「業務開始。……殲滅する」




