EP 10
廃材の巨剣
太郎国の下町、鍛冶屋街のさらに奥。
オイルと鉄錆の匂いが充満する区画に、その店はあった。
『鉄髭商店』。
看板は傾き、店の前には赤茶けた鉄クズが山のように積まれている。
「おいおい兄貴、本当にここでいいのか? ゴミ捨て場じゃねぇか」
「だからいいんだ。正規品は高くて手が出ないが、ゴミならタダ同然だ」
俺は迷わず敷地に入っていった。
店の奥から、油まみれの作業着を着た頑固そうなドワーフの親父が出てくる。
「あぁん? なんだ人間と竜人か。冷やかしなら帰んな。うちは溶鉱炉の火を落としちまって、今は営業してねぇぞ」
「武器を買いに来たんじゃない。素材を売ってくれ」
俺が言うと、ドワーフは怪訝な顔をした。
「スクラップだぁ? そんなサビついた鉄板や折れた剣なんぞ買ってどうする。煮ても焼いても食えんぞ」
「加工して使う。……この山にある鉄クズ、金貨一枚で全部譲ってくれ」
「はぁ? 正気か? ゴミ処理代が浮いて助かるが……」
ドワーフは呆れながらも、金を受け取ると「好きに持ってけ」と手を振った。
商談成立だ。
「よし、イグニス。作業開始だ。良さそうな鉄板と、重くて硬い棒を探せ」
「へいへい。ったく、兄貴の考えることはわからねぇぜ……」
俺たちは鉄クズの山を漁った。
俺が選んだのは、かつて何かの機械部品だったと思われる分厚い鋼鉄の板、建築資材のH鋼のような鉄骨、そして何本もの折れた大剣の刃先だ。
「兄貴、こんなもん集めてどうすんだ? 溶かす炉もハンマーもねぇぞ」
「鍛造はしない。俺のやり方でやる」
俺は鉄骨を芯にし、その両側に分厚い鋼鉄板を添わせた。
そして、両手をかざす。
イメージするのは「接合」。
ホームセンターには、金属同士をくっつけるための道具がいくつもある。
溶接機、金属用接着剤、ボルト、ナット。
【ウェポンズマスター】は、俺の手そのものを「最強の溶接機」に変える。
「――【接合】」
バチバチッ!
俺の手のひらから、青白い魔力の火花が散った。
ドワーフの親父が「なっ!?」と目を剥く。
熱で溶かすのではない。分子レベルで金属同士を無理やり結合させる、スキルの強制力。
鉄骨と鋼鉄板が、まるで粘土のように融合していく。
さらに、その表面に折れた大剣の刃を貼り付け、硬度を増していく。
「嘘だろ……炉も使わずに鉄を練ってやがる……!」
「次は【研磨】」
俺は融合した鉄塊の「刃」となる部分を、手刀で撫でた。
ギャリガリガリガリ!!
高速回転するディスクグラインダーのような音が響き、火花と共に鉄が削げ落ちる。
鈍らだった鉄の側面が、銀色に輝く鋭利な刃へと変わっていく。
仕上げに、持ち手部分に革のベルト(廃材)を巻き付け、滑り止め加工を施す。
作業時間、約三十分。
「……完成だ」
そこに鎮座していたのは、もはや剣と呼べる代物ではなかった。
全長二メートル弱。
幅は四十センチ。
厚みは五センチ以上ある、巨大な鉄の塊。
洗練された美しさなど微塵もない。
無骨で、醜悪で、ただひたすらに「重い」だけの凶器。
DIY(自作)特製、『廃材断ち(スクラップ・バスター)』だ。
「な、なんだこりゃあ……」
イグニスが引きつった顔で後ずさる。
「剣……なのか? ただの鉄柱に刃をつけただけに見えるぞ……」
「切れ味など求めていない」
俺はグリップを握った。
ずしり、と凄まじい重量が腕にかかる。
普通の人間なら持ち上げることすらできないだろう。
だが、今の俺には「道具」として認識されている。
「切るんじゃない。叩き潰すんだ」
質量による破壊。
それこそが、あのドラゴンの装甲をブチ抜くための唯一の解だ。
「試し斬り(テストラン)に行くぞ」
***
街外れの演習場。
俺の前には、廃棄された石造りのゴーレムの残骸(巨大な岩石)が置かれていた。
直径は二メートルほどある硬い岩だ。
「兄貴、いくらなんでも石は切れねぇだろ……」
「切らないと言ったはずだ」
俺は足を肩幅に開き、腰を落とした。
『安全確認、ヨシ』。
バスターソードを背負うように構える。
全身の筋肉が軋む。だが、心地よい負荷だ。
「ふっ!!」
踏み込みと同時に、全身のバネを使って鉄塊を振り抜く。
遠心力。重力。そして【ウェポンズマスター】による運動補正。
ゴオォォォッ!!
風を切る音ではない。空気が圧縮され、悲鳴を上げる轟音。
ドガァァァァァァァァァン!!!
インパクトの瞬間、爆発のような衝撃波が走った。
岩石が「切れる」のではない。
圧倒的な質量エネルギーによって、分子結合を保てずに「爆散」したのだ。
バラバラになった岩の破片が、散弾銃のように後方の林をなぎ倒す。
砂煙が晴れた後には、粉々になった岩の跡と、地面に深くめり込んだバスターソードだけが残っていた。
「…………」
イグニスが口をパクパクさせている。
ドワーフの親父に至っては、腰を抜かしてへたり込んでいた。
「へっ……へへっ……」
イグニスが乾いた笑いを漏らす。
「アニキ……アンタ、やっぱイカれてるぜ。あんなモン、俺様の斧より凶悪じゃねぇか!」
「そうか? ただの『解体用工具』だ」
俺はバスターソードを肩に担ぎ直し、ポケットから赤マルを取り出した。
火をつけて、深く吸い込む。
震えはもうない。
手のひらに残る、確かな重量感。
これなら戦える。
あの悪夢に出てきたドラゴンだろうが、神だろうが。
俺の平穏な生活を邪魔する障害物は、こいつで「撤去」してやる。
「帰るぞ、イグニス。腹が減った」
「お、おう! 今日は何食うんだ!?」
「牛丼だ。特盛でな」
夕焼けの中、巨大な鉄塊を担いだ元社畜と、竜人が歩いていく。
その背中は、昨日までとは違い、確固たる自信に満ちていた。
こうして、俺の異世界での「業務」が本格的に始まったのだ。




