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魔法が廃れた時代の死神  作者: モノカキ
第一章

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1-4. 鐘楼の密談と徴兵の影

夜の点呼が終わると、寮の廊下は囁き声で満ちていた。保健塔に担ぎ込まれたデルンの噂が瞬く間に広がり、誰もが落ちこぼれの少年を恐る恐る目で追っている。その視線を感じると、背中に冷たいものが張り付く。息を吸うたびに、痛みが広がる。


視線の突き刺さる痛みに耐えきれず、僕は部屋へ戻らず階段を下りた。階段は石造りで、一歩踏み出すたびに足音が響く。その響きが、心臓の音と重なる。


向かった先は校舎裏の古い鐘楼だ。鐘楼は高さ二十メートルほどで、石造りの壁が冷たく、夜更けでも誰も寄り付かない。唯一の友人であるシルヴァ・ウィスパーが「もう一人の自分に会える場所」と教えてくれた場所でもある。その壁に触れると、冷たさが指先から腕へと伝わる。

扉を開けると、暖かなランタンの光に照らされた机いっぱいに古文書が広がっていた。机は幅二メートルほどで、その上に羊皮紙が積み重なっている。その光が、温かく包んでくれる。


シルヴァは僕を見るなり椅子を勧め、


「これ、見て」


と羊皮紙を差し出す。そこには詠唱を省いた刃の呪いについて記されており、


「切り傷が時を越えて疼き続ける。施術者は自覚しない」


と明記されていた。その


僕は


「偶然だ」


と口にしかけたが、喉の奥で言葉がもつれる。声が出ない。シルヴァは小柄な身体で机に乗り出し、


「偶然でも原因を知りたい」


と真剣な眼差しで言う。その瞳は、暗闇を切り裂く。


「君が傷を移したのなら、仕組みを解き明かせば誰かを救える」


彼女の瞳には恐怖だけでなく、知識欲と友情の光が宿っていた。

そこへリナ・フォルテが駆け込んできた。額に汗を滲ませ、息を切らしている。その姿が、何か恐ろしいことを知った顔をしている。


「さっき王都から緊急の伝令が来た」


と息を切らす。その声が、鐘楼に響く。


「敵国が北境を越えた。上層部は卒業前倒しと先行徴兵を検討している」


その言葉に鐘楼の空気が一気に張り詰めた。息を吸うたびに、その空気が重く感じられる。リナは僕へ目を向け、


「リオ、今の噂は本当なの?」


と問う。彼女の声はいつもの冷静さを失い、友を思う不安が滲む。声が震えている。


僕が答えられずにいると、シルヴァが立ち上がって庇った。


「彼は誰も呪ってない。傷が治らないのは体質かもしれないし、敵国の工作かもしれない」


リナは小さく首を振り、


「君を守るために訊いているんだ」


と囁いた。その声が、氷のように冷たい。


その時、シルヴァが机の上の古文書を指さし、


「でも、もし本当に旧文明の呪詛だったら……エリーザが封印したものの残滓かもしれないわ」


と静かに付け加えた。その言葉に、鐘楼の空気がさらに重くなった。息を吸うたびに、その重さが胸を押しつぶす。

鐘楼の窓から見える学院の灯りは遠く、風が塔を揺らす。その揺れが、背骨を震わせる。三人で机を囲み、僕たちは初めて未来について語り合った。


リナは王都の情報を整理しながら


「もし戦場に出るなら、クロウ先生に頼んで同じ部隊にしてもらう」


と約束してくれた。その言葉が、肩を軽く叩く。


シルヴァは


「私は前線に行けないけれど、資料をまとめて密書を送る。どんな呪法でも解析してみせる」


と言う。その言葉が、胸の奥を照らす。


僕は二人の真剣な顔を見ながら、胸の奥で何かが決まる音を聞いた。心臓が強く打つ音。逃げるのではなく、向き合うしかない。僕は背筋を伸ばした。肩の力が抜け、視線が前に向く。

その夜、寮へ戻ると机の上に父ケインからの封書が届いていた。封筒の紙は濡れており、急いで書かれたことが伺える。その紙の質感が、指先に伝わる。


開封すると


「王国全土が緊張している。召集が来ても、お前はここで身を守れ」


とだけ記されていた。勇敢な兵士でありながら、息子には安全を願う父の複雑な心情が滲んでいる。その文字が、父の声として響く。


封筒の底には母アリアの古いロザリオが入っていた。銀細工は少し錆びているが、握ると幼い日の記憶が鮮明に蘇る。その感触が、指先を温める。


母は病床で僕の手を取り、


「この力を使ってはだめ」


と繰り返していた。その意味を理解できないまま、僕は言葉だけを守ってきた。その言葉を思い出すたび、胸の中心が凍える。

窓を開けると、冷たい夜風が頬を刺し、遠くの鐘楼が闇に溶け込んでいる。その風が、頬を刺すほど冷たい。僕はロザリオを首に掛け、剣を抜き放った。薄暗がりの中で刃が鈍く光り、心臓の鼓動が早まる。その鼓動が、警告を鳴らすように響く。


「いつか誰かを守れるなら、どんな痛みでも耐える」


と呟くと、不思議と手の震えが少し治まった。震えが消えていく。誰かに認められるためではなく、自分で選んだ道として立ち向かう準備が整い始める。鐘楼で交わした約束、父の手紙、母の遺言──全てが交差して、一つの覚悟へ収束していった。僕は手を握りしめた。指先に力が入り、手のひらに爪が食い込む。

翌朝、クロウが渡してくれた添削紙の赤字が目に入る。


「状況を観察できる者は、いつでも兵を支えられる」


彼は何かを見抜いているのだろう。その文字が、背中を押す。


心の奥底で燃え始めた火はまだ小さいが、凍えるような孤独を少しだけ溶かしてくれた。その温かさが、指先まで届く。落ちこぼれとして過ごした日々が終わるわけではない。だが、鐘楼で過ごした夜が僕の世界を確かに変えた。次に鳴る警鐘は、もう逃げ場のない現実を連れてくる。僕はそれでも前を向いていた。その前を向く姿勢が、暗闇を切り裂く。

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