4-2. 王の決断と偽りの説明
研究所を出たリオは、王都の石畳を歩きながら、頭の中でエレナの言葉を繰り返していた。治らぬ傷を生む力――それは、旧文明の呪詛だ。使い続ければ、世界を滅ぼす可能性がある。そして、母親アリアは魔法使いの残党だった可能性が高い。
「僕は……何者なんだろう」
リオは手のひらを見つめた。常に微かな熱が宿っている。血管の中を何かが流れているような、不気味な感覚だった。リオは自分の手を見つめた。この手で多くの命を奪ってきた。それでもこの手は人間の手だ。罪悪感を感じ、苦しむ――それこそが人間の証だ。だが、それでも恐怖は消えない。手のひらに汗が滲み、指先が震える。
王都の門を出ると、前線基地へ向かう馬車が待っていた。リオは馬車に乗り込み、窓の外を見つめた。街並みが後ろに流れ、やがて戦場の風景へ変わる。馬車の車輪が石畳を転がる音が、リオの耳に響く。戦場では、リオが切った敵兵が治らぬ傷で死んでいる。それは、リオのせいだ。
「でも、僕は……ただ剣を振っただけのはずだろ……」
リオはあまりの重さに、真実を受け入れることができない。だが、エレナの資料は確かだった。七十二名、百二十名――すべて、リオが切った敵兵だ。すべて、治らぬ傷で死んだ。
馬車が基地に到着すると、ゼロが待っていた。彼はリオの顔を見て、すぐに異変に気づいた。
「リオ、どうした? 研究所で何があった?」
「エレナさんが……僕の力を調べました。旧文明の呪詛だそうです」
その言葉に、ゼロの表情が硬くなる。彼はリオの肩を叩き、小声で言った。
「だからどうした? 正しく使えばそれでいいだろう?」
「でも僕の力は呪詛で、使い続ければ世界が滅びる可能性だってあるって」
「それでもお前には人の心がある。それさえ守っていれば何の問題もないはずだ」
ゼロはリオの肩に手を置いた。その重みが、少しだけリオの心を支える。だが、それでも不安は消えない。リオは剣の柄を握り直した。指先に力が入り、手のひらに爪が食い込む。それでも訓練を続けた。
一方、王都の王宮では、エレナ・ブライトがレオナルド国王の前に立っていた。彼女は報告書を手に持ち、無表情で国王を見つめている。王宮の床は冷たく、エレナの足元に冷たさが伝わる。
「陛下、リオ・アーデンの力について、調査が完了しました」
「報告せよ」
レオナルド国王は王座に座り、冷静にエレナを見つめている。ヴィクトル総司令が横に立ち、エレナの報告を聞いている。
「リオ・アーデンの力は、旧文明の呪詛体系です。エリーザが封印した魔術です」
「封印した魔術か。興味深い」
レオナルドは報告書を手に取り、目を通した。報告書には、治らぬ傷の詳細な記録と、旧文明の呪詛体系の説明が記されている。
「この力は、戦争に使えるか?」
「使えます。ただし、使い続けることで世界を激変させる何かが起きる可能性があります」
「世界が滅びる? それは、敵のデマだ」
レオナルドは報告書を机に投げ捨てた。その音が、静かな王宮に響く。冷笑が、国王の口元に浮かぶ。世界が滅びる? それは、敵のデマだ。レオナルドは、何度も同じような警告を聞いてきた。だが、王国は滅びなかった。今度も、同じだ。戦争に勝つことだけが、すべてだ。レオナルドは王座に座り、遠くを見つめた。戦場で失った兵士たちの顔が、一瞬だけ頭をよぎる。だが、それはすぐに消えた。感情は、戦争に勝つためには不要だ。リオ・アーデンも、いずれ同じように感情を捨てるだろう。それが、戦場で生き残る唯一の方法だ。
「エレナ、リオ・アーデンの力を最大限に引き出す方法を見つけろ。彼は王国の希望だ」
「でも、陛下。この力は危険です」
「いいか、エレナ。これは戦争だ。勝つことがすべてだ。リオ・アーデンの力で勝てるなら、それでいい」
レオナルドの言葉は冷たい。エレナは背筋を伸ばした。肩の力が抜け、視線が前に向く。報告書を折り、深々と頭を下げた。
「ヴィクトル、リオ・アーデンを特別部隊に編入せよ」
「了解しました、陛下」
ヴィクトルは深々と頭を下げ、エレナと共に王宮を出た。廊下で、エレナはヴィクトルに小声で言った。
「ヴィクトル、本当にこれでいいんですか? リオ・アーデンの力は、危険です」
「エレナ、我々は兵士だ。命令に従うだけだ」
「でも、リオ・アーデンは人間です」
「戦争では、人間も兵器になる」
ヴィクトルの言葉は冷たい。エレナは報告書を握りしめた。指先に力が入り、手のひらに爪が食い込む。反論できなかった。研究所へ戻った。
エレナは廊下を歩きながら、頭の中でヴィクトルの言葉を繰り返す。戦争では、人間も兵器になる。それは、エレナも知っていることだ。だが、リオを実験材料として扱うことへの後ろめたさが、胸の奥で重くのしかかる。エレナは目を閉じた。科学のため、国家のため。それでも、リオの目に映った恐怖が、頭から離れない。エレナは、この実験を続けるべきなのだろうか。その疑問が、エレナの頭の中で響く。だが、エレナには選択の余地がない。国王の命令は、絶対だ。エレナは研究所へ戻り、実験の準備を始めた。その手の動きは、何千回と繰り返してきた動作だ。だが、その手が、わずかに震えている。エレナは、この実験を続けるべきなのだろうか。その答えは、まだ誰も知らない。
三日後、前線基地にヴィクトル総司令が現れた。彼はリオを呼び出し、特別な部屋に案内した。部屋には机と椅子があり、壁には地図が貼られている。
「リオ・アーデン、座れ」
「はい」
リオは椅子に座り、ヴィクトルを見つめた。ヴィクトルは机の向こうに座り、資料を広げた。
「リオ・アーデン、君には特別な才能がある。それは、王国にとって非常に価値のある力だ」
リオは呪詛のことと悟り、唾を飲み込む。ヴィクトルは資料を広げながら、リオの反応を観察した。その目には、わずかな同情が混じっていた。だが、それはすぐに消えた。感情は、戦争に勝つためには不要だ。
「君の力は、治らぬ傷を生む。戦場で非常に有効だ。敵を切れば、必ず死に至る」
その言葉を聞いた瞬間、リオの胸が締め付けられる。治らぬ傷を生む力――それは、人を殺す力だ。リオはそれを望んでいない。息をするたびに、その重さが強まる。
「でも、僕は……人を殺したくありません」
「分かっている。だが、これは戦争だ。敵を殺さなければ、味方が殺される。君の力で、戦争を早く終わらせることができる」
ヴィクトルの言葉は論理的で、リオは反論できなかった。確かに、戦争を早く終わらせれば、多くの命が救われる。だが、それでもリオは人を殺したくない。
「リオ・アーデン、君は特別部隊に編入される。詳細は、後日発表する。それまで、訓練を続けろ」
「特別部隊……」
「そうだ。国家のために、力を貸してほしい」
リオは国家のためという言葉にすがりたくなりつつも、それでも納得のいく答えを出せなかった。王国のために――それは、正しいことかもしれない。だが、それでもリオは人を殺したくない。とはいえ反論できない以上断るわけにはいかない。リオは目を閉じ、深く息を吸い込んだ。その呼吸が、体の奥まで届く。
「分かりました。王国のために、力を貸します」
「良い答えだ。編成が整い次第、活動を開始する。それまで、訓練を続けろ」
ヴィクトルの言葉は優しく聞こえるが、リオは違和感を感じている。特別部隊――それは、リオを「兵器」として使うための組織かもしれない。だが、リオは選択をした。王国のために、力を貸す。
ヴィクトルは資料をまとめながら、リオの目を見つめた。その目には、まだ人間らしさが残っている。だが、それはいずれ消えるだろう。戦場で生き残るためには、感情を捨てなければならない。ヴィクトルは、何度も同じ光景を見てきた。リオも、いずれ同じように変わるだろう。それが、戦場で生き残る唯一の方法だ。
ヴィクトルは資料をまとめ、部屋を出て行った。リオは一人、机の前に座り続けた。王国のために――それは、正しいことかもしれない。だが、それでもリオは人を殺したくない。
夜、仮設宿舎に戻ると、机の上にシルヴァからの密書が置かれていた。封を切ると、短い手紙が入っている。
「リオ、あなたの力について、王国が動き始めたと聞いたわ。特別部隊への編入計画があるらしい。でも、あなたは人間よ。兵器じゃない。それを忘れないで。もし何かおかしいと思ったら、すぐに逃げて。私はあなたの味方よ」
その言葉を握りしめ、リオはベッドに横たわった。天井を見つめながら、ヴィクトルの言葉を頭の中で繰り返す。王国のために――それは、正しいことかもしれない。だが、それでもリオは人を殺したくない。シルヴァの手紙を胸に、リオは少しだけ心が落ち着いた。遠くに、自分を支えてくれる人がいる。その事実が、暗闇の中で小さな希望となって輝いていた。
「僕は……何をすべきなんだろう」
リオは目を閉じ、答えが見つからない。王国のために力を貸す――それは、正しいことかもしれない。だが、それでもリオは人を殺したくない。治らぬ傷を生む力――それは、呪詛かもしれない。この力を継続して使えば、世界が破滅するかもしれない。
リオは剣の柄を握り、手のひらに走る熱を感じた。体内に眠る何かが目覚めようとしている。不気味な感覚だった。リオは窓の外を見た。街の灯りが、遠くで揺らめいている。
その光を見つめながら、リオは考えた。自分は何のために生きているのか。
「王国のために?
それとも、自分自身のために?」
答えは見つからない。だが、一つだけ分かることがある。この力を使い続ければ、世界が滅びる。その時、ゼロは本当に止めてくれるのだろうか。シルヴァは、本当に味方でいてくれるのだろうか。その疑問が、リオの胸の奥で重くのしかかる。
翌朝、リオはヴィクトル総司令から特別部隊への編入が正式に決定したことを告げられた。詳細な編成や部隊名は、まだ決まっていない。リオは「やっと役に立てる」という気持ちと、「人を殺したくない」という気持ちの間で揺れ動いていた。
「リオ・アーデン、君は特別部隊に編入される。詳細は後日、正式に発表する。それまで、訓練を続けろ」
「はい、了解しました」
リオは深々と頭を下げた。王国のためにこの力を使う。世界が破滅するかもしれない。だがリオは選択をした。王国のために、力を貸す。それは、多くの命を救うことになるかもしれない。しかしそれは多くの人の命を奪うことでもある。その矛盾が、リオの心を重くする。
ヴィクトルが部屋を出て行くと、ゼロがリオの肩を叩いた。
「リオ、大丈夫か?」
「ええ、でも……僕は、人を殺したくありません」
「変わらないなお前は。その人を殺すことに対する抵抗感が残っている限りは大丈夫だ」
ゼロの言葉は暖かく、リオの胸に響く。特別部隊としての活動は、まだ始まっていない。だが、その日は近づいている。
リオは指先に熱が走るのを感じた。手のひらから腕にかけて、熱がじわじわと広がっていく。体内に眠る呪詛が、使われるのを待っている。リオは目を閉じた。ゼロの言葉が頭の中で響く。「変わらないなお前は」。その言葉が少しだけ心を軽くしてくれた。肩の力が抜け、視線が前に向く。だが、一つだけ分かることがある。この力を使い続ければ、世界が滅びる。その時、ゼロは本当に止めてくれるのだろうか。その疑問が、リオの胸の奥で重くのしかかる。




