表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法が廃れた時代の死神  作者: モノカキ
第一章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/18

1-2. 落ちこぼれの朝

まだ霜が残る寮の中庭で、僕――リオ・アーデンは木剣を握ったまま固まっていた。朝練の号令が鳴っても肩の力は抜けず、指先は冷たさと緊張で痺れている。対面に立つガルド・ストームは貴族らしい金髪を無造作に束ね、雷属性の魔刀を肩に担いでいた。彼が剣を振るうたびに稲妻の尾が芝を焼き、周囲の生徒たちがどよめく。


「また外したぞ、落ちこぼれ」


背後から笑う声が降り注ぎ、僕は否定も出来ずに黙礼した。

リナ・フォルテは同じ学年で最年少首席候補だ。整えられた栗色の髪と鋭い眼差しで、教師陣の難解な質問にも論理的に答える。彼女はいつも


「努力すれば誰だって変われる」


と言うが、僕の足取りの重さはその言葉に追いつけない。訓練を終えて教室へ向かう廊下で、リナは僕の木剣を見て眉を寄せた。


「握りが緩んでる。手の甲に力を乗せて」


と淡々と助言する。短い言葉に優しさが滲んでいるのに、僕は


「ありがとう」


と囁くのが精一杯だった。

午前の座学は戦術史。マスター・クロウは銀灰の髪を後ろで束ね、厳格な横顔を崩さないまま黒板に古戦場の陣形を描いていく。


「魔刀は速さだけが武器ではない。判断を誤れば、どれほど輝かしい刃でも無力だ」


クロウはそう言いながら、僕の席の前で一瞬足を止めた。彼の視線は叱責でも失望でもなく、何か確かめるように柔らかい。


「リオ、前回のレポートを添削しておいた。余裕があれば読み返せ」


机の上に置かれた紙には、丁寧な赤字で


「状況描写は良い。あとは自分の役割を決めろ」


と書いてあった。劣等生の自分に時間を割いてくれる人がいる──その事実だけで胸が熱くなる。

昼休みになると、僕は図書塔の片隅へ逃げ込む。そこには、いつも羊皮紙を抱えたシルヴァ・ウィスパーがいる。細い指で古い文字をなぞりながら、彼女は


「詠唱無しでも発動する魔法があったみたい」


と目を輝かせた。魔刀を扱えない彼女は学院内で異端視されているが、知識の深さでは誰にも負けない。


「リオは何か感じたことない?」


と問われ、僕は曖昧に笑う。感じるどころか、魔法の発動感覚すら掴めていない。それでもシルヴァは


「君は観察眼がある。剣の動きより、周囲の空気を読むのが上手い」


と真っ直ぐな声で肯定してくれる。世界中で彼女だけが僕を落ちこぼれと呼ばない。

夕刻、寮へ戻る階段で父ケインからの手紙を受け取った。封を切ると、不器用な筆跡で


「無理をするな、でも自分を信じろ」


とだけ綴られている。父は前線勤務でほとんど家に戻らない。息子の成績表を見て落胆しているはずなのに、手紙からは焦りよりも温かさが伝わった。小さな紙片を握りしめると、幼い日の記憶が蘇る。母アリアが膝に座らせてくれて、


「この力を使ってはだめ」


と言った時の真剣な眼差し。何の力かも知らないまま、僕はその言葉だけを錆びた釘のように心に刺したまま生きている。

夜になると、窓の外では風が塔の角を叩き、寮全体がきしむ。ベッドに横たわっても眠気は訪れず、天井の木目をなぞりながら


「せめて誰かの役に立てるなら」


と呟いた。学院では、才能ある者ほど早く戦場へ送られ、名誉を手にする。僕にはどの列にも属せない居場所の無さが重くのしかかる。だが、クロウが書いてくれた


「自分の役割を決めろ」


という言葉が、薄明かりの中で静かに輝いていた。役割が決まれば、遅れている身体にも意味が宿るのだろうか。眠れぬ夜を抱えたまま、次の朝も木剣を握る自分を想像する。落ちこぼれの日々は続くが、その継続こそが、いつか誰かを救う一歩になると信じたかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ