4-1. 異常事態の分析
警告が無視されてから二週間後、王立魔刀研究所のエレナ・ブライトは研究室で戦場の報告書を山のように積み上げていた。机の上には「治らぬ傷による死者」の記録が散らばり、すべてリオ・アーデンが関わった戦闘と一致している。
「これは……異常すぎる」
エレナは記録をめくりながら、眉をひそめた。治癒魔法が効かない傷――それは、魔刀の体系には存在しない。魔刀は炎や雷、氷などの属性を操るが、傷を「治らなくする」力はない。
「助手、過去三ヶ月の戦場報告をすべて持ってこい」
エレナは助手に命じ、さらに多くの資料を集めた。資料を分析すると、一つのパターンが見えてきた。リオ・アーデンが関わった戦闘では、必ず「治らぬ傷による死者」が発生している。しかも、その傷は時間が経っても治らず、最終的に死に至る。
「これは……魔刀ではない」
エレナは古い文献を開き、旧文明の魔術体系を調べ始めた。文献には、呪詛魔法の記録が残っている。その中に、「治らぬ傷」を生む呪詛の記述があった。
「旧文明の呪詛体系……エリーザが封印した魔術だ」
エレナの目が光る。もし本当なら、リオ・アーデンは旧文明の魔術を使っている。それは、魔刀の体系とは全く異なる力だ。
「助手、リオ・アーデンの記録をすべて持ってこい。学校時代から、現在まで」
エレナは助手に命じ、リオの全記録を集めた。記録を分析すると、学校時代から「魔法が使えない落ちこぼれ」として扱われていたことが分かった。だが、戦場では「治らぬ傷」を生む力を使っている。
「学校時代は使えなかった……いや、使えなかったのではなく、使う方法が分からなかったのかもしれない」
エレナは仮説を立て、さらに調査を進めた。リオの母親アリアの記録も調べたが、ほとんど情報が残っていない。ただ、アリアが若くして亡くなったことだけが記録されていた。
「母親が魔法使いの残党だった可能性……いや、確証はない」
エレナは記録をまとめ、レオナルド国王への報告書を作成し始めた。だが、その前に、もう一度確認する必要があった。リオ・アーデンの力を、直接観察する必要がある。
「助手、リオ・アーデンを研究所に呼べ。実験のためだ」
エレナは助手に命じ、リオを研究所に呼び寄せた。だが、それは「実験」という名目で、実際にはリオの力を確認するためだった。
一方、前線基地では、リオが訓練を続けていた。ゼロが横に立ち、他の兵士たちが遠くで術式の練習をしている。
「リオ、調子はどうだ?」
「大丈夫です、でも……最近、手のひらが妙に熱いんです」
リオは手のひらを見つめ、熱を感じていた。
「あまり気にしすぎるなよ」
ゼロの言葉は温かく、リオの不安を和らげようとしている。だが、リオは違和感を感じている。手のひらの熱は、単なる疲労ではない。何か、もっと深刻な理由がある。
そのとき、基地の伝令が走ってきた。
「リオ・アーデン、王立魔刀研究所から呼び出しだ。すぐに王都へ向かえ」
「研究所? 何のためですか?」
「実験だ。詳しくは研究所で聞け」
伝令はそれだけを言い、走り去った。リオは剣を握りしめ、不安を感じていた。研究所での実験――それは、何を意味するのか。
「リオ、行け。でも、何かおかしいと思ったら、すぐに戻ってこい」
ゼロがリオの肩を叩き、小声で言った。
「研究所のエレナは……危険だ。気をつけろ」
「危険?」
「あの女は、お前を実験材料としてしか見ていない。人間としては見ていない」
ゼロの言葉は重く、リオの胸に響く。だが、命令は命令だ。リオは剣を鞘に収め、王都へ向かった。
王都の研究所は、石造りの建物で、高い塔が空に突き刺さっている。リオは研究所の入口で待たされ、やがてエレナが現れた。
「リオ・アーデン、よく来た。今日は、君の力を確認させてもらう」
エレナは白衣を着て、無表情でリオを見つめている。その目には、興味と、わずかな恐怖が混じっていた。
「力って……何の力ですか?」
「治らぬ傷を生む力だ。君は、それを使っている」
その言葉に、リオの体が凍りつく。治らぬ傷を生む力――それは、リオが知らなかった真実だ。
「僕は……そんな力、使っていません」
「使っている。戦場で、何度も使っている。君は気づいていないだけだ」
エレナはリオを研究室に連れて行き、机の上に資料を広げた。資料には、治らぬ傷の詳細な記録が記されている。
「これを見ろ。すべて、君が関わった戦闘だ。すべて、治らぬ傷による死者が発生している」
リオは資料を見つめ、恐怖が心を重くする。七十二名、百二十名――すべて、リオが切った敵兵だ。すべて、治らぬ傷で死んだ。
「これが……僕のせい、ですか?」
「そうだ。君の力のせいだ」
エレナの言葉は冷たく、リオの胸に突き刺さる。リオは資料を握りしめ、真実を受け入れることができない。
「でも、僕は……普通に剣を振っただけです」
「そうだな、だがそれだけで発動するんだ。君の剣が触れた瞬間、呪詛が発動する。君は意識していないが、力を使っている」
エレナはさらに資料を広げ、旧文明の魔術体系の記録を見せた。
「これは旧文明の呪詛体系、エリーザが封印した魔術だ。君は、その力を遺伝で受け継いだ」
「遺伝?」
「君の母親、アリア・アーデン。彼女は魔法使いの残党だった可能性が高い」
その言葉に、リオの世界が崩れ落ちる。母親は魔法使いの残党だった――それは、リオが知らなかった真実だ。
「でも、母親は……本当に普通の人でした」
「表向きはそう見えるだろう。だが、実際には違う。彼女は旧文明の魔術を継承していた。そして、その力を君に遺伝させた」
エレナの言葉は確信に満ちており、リオは反論できなかった。リオは資料を握りしめ、苦しそうに続ける。
「でも、なぜ……なぜ僕だけが?」
「それは分からない。だが、一つだけ分かることがある。君の力は、魔刀ではない。旧文明の呪詛だ。そして、その力は使い続ければ、世界を滅ぼす可能性がある」
その言葉に、リオの体が震える。使い続ければ、世界を滅ぼす――それは、敵の警告と同じだ。
「でも、王国は……警告を無視しました」
「そうだ。王国は君の力を戦争に使いたい。有用だからな。だから警告を無視した。だが、ことはそう簡単じゃない。君の力は戦争のためだけのものではない。もっと、深刻な問題だ」
エレナは資料をまとめ、レオナルド国王への報告書を完成させた。机の上には、古い文献のコピーが散らばっている。その中に、エリーザが封印した呪詛についての記述があった。リオはその文字を見つめながら、母の遺言を思い出した。「この力を使うな」――その意味が、ようやく理解でき始めていた。
「リオ・アーデン、君は今重大な選択を迫られている。君の力を使い続けるか、それとも止めるか。」
その言葉を残し、エレナは研究室を出て行った。リオは一人、資料を見つめ続けた。治らぬ傷を生む力――それは、リオが知らなかった真実だ。そして、その力は使い続ければ、世界を滅ぼす可能性がある。エリーザが封印した呪詛、母が遺伝させた力、そして王国が兵器として使おうとしている現実――すべてが、リオの心を重くする。
リオは剣の柄を強く握り、指先に走る熱を感じた。手のひらから腕にかけて、まるで血管を這うように熱が広がっていく。これは単なる疲労ではない。エレナの言葉が頭の中で響く。旧文明の呪詛――エリーザが封印した魔術。リオは資料の上に手を置いた。七十二名、百二十名――すべて、自分が切った敵兵だ。その名前の一つ一つが、胸に突き刺さる。だが、それでもリオは選べる。この力を使うか、使わないか。その選択は、まだ自分にある。しかし、恐怖は心の底に居座り続ける。この力が呪詛であり、使い続ければ世界が滅びる――その可能性は、否定できない。




