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魔法が廃れた時代の死神  作者: モノカキ
第三章

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3-1. 連続する異常死

あの敵兵が死んでから、さらに数週間が経った。僕は補助部隊としての任務を続けていたが、戦場では奇妙な噂が広がり始めていた。


「最近、治らない傷で死ぬ兵士が増えているらしい」

「治癒魔法も効かないんだって」

「何か呪いでもかかっているのかな」


兵士たちの会話を聞きながら、僕は少し不安になった。治らない傷――それは、あの敵兵と同じ症状だ。もしかしたら、同じ原因かもしれない。だが、僕には分からない。僕はただ、物資運搬や負傷兵の後送を続けていた。


その数週間の間、僕は何度か敵兵と遭遇した。補助部隊として戦闘を避けるべき立場だったが、戦場では何が起こるか分からない。混乱の中で、逃げ場を失うこともあった。


最初の遭遇は、物資を運んでいたときだった。敵兵の小隊が補給線を襲撃し、僕は全力で走り出した。だが、一人の敵兵が僕を追いかけてくる。振り返ると、剣を構えた敵兵が迫っていた。彼の剣が空を切り裂き、僕の顔面を狙ってくる。僕は身をかがめ、剣の軌道を避けた。しかし、敵兵の次の攻撃がすぐに来る。上から下へ、剣が垂直に振り下ろされる。腰に手を伸ばし、剣の柄を握る。鞘から抜いた刃を、必死に振り上げた。交錯する瞬間、僕の刃が敵兵の肩を掠めた。皮膚が裂け、赤い血が滲む。深い傷ではない。敵兵は一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに後ずさりした。僕は「これで終わりだ」と思い、その場から離れた。軽い傷だ。すぐに治るだろう。


二度目の遭遇は、負傷兵を後送していたときだった。敵兵が野戦病院を襲撃し、僕は担架を置いて逃げた。だが、敵兵の一人が僕を追いかけてくる。彼の剣が担架を切り裂き、負傷兵が叫ぶ。腰の剣に手を伸ばし、刃を引き抜く。敵兵の攻撃を避けようと、体を横にずらした。敵兵の剣が僕の鎧をかすめ、火花が散る。必死に剣を振り回すと、刃先が敵兵の前腕に触れた。傷口から血が滴り落ちる。命に関わる傷ではない。敵兵は剣を落とし、後退した。僕は「大した傷じゃない」と思い、その場から立ち去った。


三度目の遭遇は、弾薬を運んでいたときだった。敵兵の襲撃を受け、僕は全力で駆け出した。だが、敵兵の一人が僕を追いかけてくる。彼の剣が弾薬箱を切り裂き、爆発の危険が迫る。腰から剣を引き抜き、敵兵の攻撃を迎え撃とうとした。敵兵の剣が僕の剣を弾き飛ばし、次の瞬間、僕の剣が敵兵の胸に当たった。刃が胸板を擦り、細い傷ができる。血がにじむ程度の傷だ。敵兵は傷を押さえながら、霧の中へ消えていった。僕は「軽い傷だ」と思い、任務に戻った。


どの遭遇でも、僕は「大した傷ではない」と自分に言い聞かせていた。軽い傷だから、数日もすれば塞がるはずだ。そう思い込んでいた。だが、現実は違っていた。その傷は、決して治らない。そして、その兵士たちは、やがて死んでいく。


一方、敵国連合の司令部「灰檀砦」では、緊急会議が開かれていた。ノワール・デス将軍は長い机の前に立ち、壁に貼られた地図を指し示している。地図には赤い印が無数に散らばり、すべて「治らぬ傷による死者」を示している。その数は、日に日に増えている。


会議室には、将官たちが集まっていた。彼らの顔には、困惑と恐怖が浮かんでいる。この異常事態は、誰も予想していなかった。


「過去一ヶ月で、死者は二十名を超えた。すべて治癒魔法が効かない傷で死亡。共通点は、マグノリア王国の補助部隊が関わった戦闘だ」


ノワールの声は重く、会議室の空気が凍りつく。将官たちは地図を見つめ、恐怖を隠せずにいる。一人の将官が立ち上がり、声を震わせながら言った。


「これは……普通の傷ではない。何か異常な力が働いている」

「その通りだ」


医官ラーディアが立ち上がり、記録板を差し出した。彼女の顔は青白く、疲労の色が濃い。この数週間、彼女は死者の傷口を調べ続けていた。


「傷口を調べた結果、呪詛魔法の可能性が高いです。ただし、魔刀の体系には存在しない呪詛です」

「魔刀ではない?」


ノワールの声には、驚きが混じっていた。魔刀以外の力が、戦場で使われている。それは、常識を覆す事実だった。


「はい。魔刀の痕なら、炎か雷の侵食が残ります。しかし、この傷は違います。血が黒く固まり、結晶のような粉が滲み出ています。傷口からは、鎖のような結晶が発見されました。これは……旧文明の呪詛体系に似ています」


ラーディアは記録板を開き、傷口のスケッチを見せた。そこには、黒ずんだ傷口と、そこから滲み出る結晶が描かれている。それは、誰も見たことのない光景だった。


ノワールは眉をひそめた。


「旧文明の呪詛……エリーザが封印した魔術体系か」

「可能性は高いです。ただし、確証はありません。もっと詳しく調べる必要があります。一つ確かなのは、この呪詛は治癒魔法が一切効かないということです。触れた者も、同じように侵食される可能性があります」


会議室に、重い沈黙が流れる。将官たちは、この事実を受け止めようとしている。旧文明の呪詛が、再び現れた。それは、世界を揺るがす事態だった。


ノワールは机を叩き、全員の注意を引いた。


「諸君、我々の敵は魔刀ではない。マグノリアの中に、旧文明の呪詛が眠っている。放置すれば、戦線が崩壊する。すぐに調査班を編成し、原因を特定せよ。この呪詛の使い手を、特定する必要がある」


その頃、前線では奇妙な噂が広がりつつあった。夜営地で焚き火を囲む兵たちは、誰かの囁きを信じ始める。噂は、まるで伝染病のように広がっていく。


「痩せた少年に斬られた者は三日で死ぬ」

「傷を治そうとした術師も、同じように手が黒ずんだ」

「あの少年を見たら、逃げろ。さもなければ、死ぬ」


噂はやがて怖れに変わる。兵士の一人が戦列を離れようとし、監督官に捕まった。彼は泣きながら訴えた。


「あの少年が笑っていた……目を合わせたら、胸が冷えたんだ……!あいつは、死神だ……!」


監督官は迷いながらも報告書に印を押した。そこには「心理戦効果:甚大」とだけ記される。だが、監督官自身も、この噂を信じ始めていた。戦場では、何が真実で何が嘘か、分からなくなる。


噂は、やがて前線全体に広がる。兵士たちは、痩せた少年を見ると、逃げ出すようになった。それは、戦場の士気を大きく下げた。だが、王国軍の上層部は、この噂を「敵の心理戦」として片付けようとしていた。


だが、僕はその噂を知らない。僕はただ、物資運搬や負傷兵の後送を続けていた。治らない傷で死ぬ兵士が増えているという噂は聞いたが、それが自分と関係があるとは、まだ気づいていない。


僕は、自分が切った敵兵たちが、次々と死んでいることを知らない。どの遭遇でも、僕は「大した傷ではない」と自分に言い聞かせていた。軽い傷だから、数日もすれば塞がるはずだ。そう思い込んでいた。


だが、現実は違っていた。僕が切った敵兵たちは、すべて死んでいった。その傷は、決して治らない。そして、その死が、やがて僕を「脅威」として認定するきっかけとなる。


夜が更けても、僕は床に就けなかった。ベッドに横たわっても、頭の中に敵兵たちの顔が浮かぶ。彼らは苦しみながら死んだ。そして、それは僕のせいかもしれない。そんな思いが、胸を締めつける。


窓の外では、月が雲に隠れ、闇が深くなっていく。遠くで何かが鳴っている。死者を送る鐘の音だろうか。その響きを聞きながら、僕は自分の無知と向き合い続けた。真実は、まだ見えていない。

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