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魔法が廃れた時代の死神  作者: モノカキ
第二章

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2-3. 敵兵の死

あの霧の戦闘から数日が経った。僕は補助部隊としての任務を続けていたが、心のどこかで、あの敵兵のことが気になっていた。浅い傷だったはずだが、もしかしたら感染症にかかったかもしれない。戦場では、小さな傷でも命取りになることがある。そう考えながら、僕は負傷兵の手当てを手伝っていた。


毎日、前線と後方の間を往復し、担架を運び、弾薬を届ける。その繰り返しの中で、僕はあの敵兵のことを思い出す。彼は無事に撤退できたのだろうか。あの浅い傷は、もう治っただろうか。そう願いながらも、どこかで不安が頭をもたげる。


その日、敵軍の捕虜が運ばれてきた。彼らは治療を受けるために、王国軍の野戦病院に収容されていた。捕虜たちは疲れ果てた様子で、多くが負傷していた。王国軍は、捕虜にも治療を施す。それは戦場の不文律だった。


僕は補助として、医療班の手伝いをしていた。包帯を運び、薬を配り、負傷兵の世話をする。その中で、一人の捕虜が目に留まった。


「この兵士、傷が治らないんだ」


医療班の一人が、捕虜の一人を指差した。その兵士は左腕に包帯を巻いており、その下から血が滲んでいる。包帯は何度も交換されたようで、新しいものに替えても、すぐに血が染み出してくる。僕はその兵士の顔を見て、驚いた。


あの霧の中で、僕が切った敵兵だった。


彼の顔は青白く、汗で濡れている。目は虚ろで、痛みに耐えている様子が分かる。数日前に見たときよりも、ずっと弱々しく見えた。僕はその姿を見て、胸が締めつけられた。


「どうしたんだ?」


医療班の兵士が尋ねる。捕虜の兵士は震える声で答えた。その声は弱々しく、まるで力が抜けているようだった。


「数日前、霧の中で切られたんだ。浅い傷だったはずなのに、治らない。治癒魔法も効かない」

「治癒魔法が効かない?」


医療班の兵士は驚いた様子で、捕虜の包帯を解いた。その下に現れた傷口を見て、僕は息を呑んだ。


傷口は黒ずんでおり、まるで腐っているように見える。浅い切り傷のはずなのに、傷口の周りが広がり、皮膚が変色している。血は黒く固まり、まるで結晶のような粉が滲み出ている。それは、普通の傷ではなかった。


「ああ。何度も試したが、傷口が黒ずんで、どんどん広がっていく。痛みも止まらない。夜も眠れないほどだ」


捕虜の兵士は、震える手で傷口を押さえた。その手は、痛みで震えている。僕はその様子を見て、自分の体が震えるのを感じた。あの傷は、僕がつけたものだ。だが、なぜ治らないのか。普通の傷だったはずなのに。


医療班の兵士は、治癒魔法を試した。緑色の光が傷口を包むが、傷は塞がらない。むしろ、傷口が広がっていくように見える。医療班の兵士は困惑した様子で、何度も魔法を試したが、効果はなかった。


「これは……普通の傷じゃない。何か呪いがかかっているようだ」

「呪い?」

「ああ。治癒魔法が効かないということは、何か異常な力が働いている。敵軍の医療班に報告する必要がある」


その時、リナが診療所に入ってきた。指揮班の報告書を持っており、彼女もこの異常事態を把握していたようだ。捕虜の傷口を見て、リナは顔色を変えた。


「リオ、これ……」


彼女は何か言いかけたが、言葉を飲み込んだ。学院でデルンの傷が治らなかったことを、彼女も覚えているはずだ。だが、リナは何も言わず、ただ報告書を医療班に渡した。


その日の夜、敵軍の医療班から報告が届いた。あの兵士は、治らない傷で苦しみながら死んだという。報告書には、こう書かれていた。


「治癒魔法が一切効かない傷。傷口は黒ずみ、時間とともに広がる。傷口からは結晶のような粉が滲み出る。原因不明。異常事態として記録する」


その報告書には、敵軍の将軍ノワール・デス将軍の署名があった。彼はこの異常事態を記録し、調査を開始したという。報告書の最後には、


「このような傷は、過去に例がない。魔刀の体系には存在しない。旧文明の呪詛体系の可能性がある。エリーザが封印した呪詛の残滓かもしれない」


と書かれていた。その言葉を見て、僕は学院でシルヴァが言っていたことを思い出した。エリーザが封印したもの──それは、旧文明の呪詛体系だった。


僕はその報告書を読みながら、自分の手を見た。あのとき、僕は敵兵の腕を切った。浅い傷だった。だが、その傷は治らなかった。そして、その兵士は死んだ。


「僕のせいだ……」


僕はそう呟いたが、まだ真実は分からなかった。なぜ治らないのか。なぜ治癒魔法が効かないのか。僕は「普通の傷」と思い込んでいた。自分の剣がどれほど恐ろしい力を秘めているのか、まだ知らない。


その夜、僕は眠れなかった。あの敵兵の顔が、頭から離れない。彼は苦しみながら死んだ。そして、それは僕のせいだった。だが、なぜそうなったのか。僕には分からなかった。


テントの中で横になりながら、僕は天井を見つめた。外では、負傷兵の呻き声が聞こえる。その中に、あの敵兵の声が混じっているような気がした。僕は目を閉じたが、すぐに開けた。眠れない。


霧が深い夜、遠くから鐘の音が聞こえた。それは、死者を弔う鐘の音だった。僕はその音を聞きながら、自分の罪を考え続けた。まだ、真実を知らないまま。

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