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減速の冒険者  作者: 加ヶ谷優壮
第一章 〝二つの幻影〟

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第8話 〝傷つけ合って、生きている〟


 ――ナギサ・グローティーが立ち去った冒険者ギルドにて。


「ラナ、大丈夫か? あのクソ野郎の言うことなんて気にしなくていいからな」


 黒髪の青年――グルト・フランクリンが、銀髪の少女にそう声をかける。ラナ、と呼びかけられた少女はグルトに目を向け、


「心配してくれてありがとうございます。全然気にしてないので、私は大丈夫ですよ」


 そう微笑むラナ。

 それを見て何かを思い出したかのように、桃色の髪をした少女――アリス・ミキサスがポンと両手を打ち合わせた。


「前にもこんなことあったわよね。あたし思うんだけど、ナギサってラナへの当たりが強くない?」


「……大人しそうな女にしか喧嘩を売れなくなったんだろ」


 そんなグルトの言葉に、ユアンが「――いや」と口を挟んだ。


「ナギサとラナは『一刃の風』に入る前から親しかったからな。それが影響してるんじゃないか」


「そうなの? ラナ」


「……まあ、そうですけど」


 アリスの質問に、ラナが苦い顔で返答する。それを怪しく思ったのか、アリスが「前から思ってたんだけど」と前置きして、


「ナギサとラナって容姿が似てるわよね。瞳の色は少し違うけど、髪の色とか全く同じだし」


「ただの偶然じゃねえか?」


「それに、ナギサの家名がグローティーで、ラナの家名がクロッティでしょ? 心なしか似てない? 実は血縁関係があるとか?」


 そんなアリスの推測に、ラナは「ないですよ」と断言し、続けて、


「グルトの言う通り、ただの偶然です。――それよりユアン。今日は依頼を受けないんですか?」


「ああ、ちょっとな。……今日は少し、考えたいことがある。悪いが、依頼を受けるのは明日にしてくれ」


 伏し目がちに、言葉を紡ぐユアン。リーダーのそんな姿が気に入らなかったのか、グルトが声を上げる。


「らしくねえぞ、ユアン。まさか……後悔してるのか?」


 グルトが、緑色の瞳で鋭く問う。

 あの銀髪の少年を――ナギサ・グローティーを追放したことを後悔しているのか、と。


 それを赤色の瞳で真っ向から受けて、ユアンが言う。


「後悔なんてしていない」


 一刃の風はギルドから成果を認められ、そう遠くないうちにAランクパーティーになる。


 Aランク、Aランクだ。

 Bランクの依頼とは訳が違う。

 相対するのは、これまでとは比べものにならないほど獰猛(どうもう)な魔物だ。


 だから、今までのようにナギサを敵から護り切れる自信がなかった。リーダーとして、本当に情けない話だと思う。


 でも、嫌だった。

 仲間が死ぬのは。

 自分の目の前で、ナギサを(うしな)うのは。

 想像するだけでも、嫌だった。


 ナギサは、自分からパーティーを抜けようとはしないだろう。だから――、


「あれは、正しい選択だった」


 自分に言い聞かせるような、ユアンの言葉。グルトはそれに気づかない振りをして、「そうか、ならいい」と会話を終わらせた。



 §



 陽の光が、俺の意識を暗闇から引っ張り上げる。


「ん、うう……」


 目が覚めた。

 久しぶりに熟睡できた気がする。

 疲れていたのだろうか。


 まあ、昨日は濃い一日だった。

 疲れていない方がおかしいだろう。


 そんなことを思いながら、俺は緩慢とした動作で朝の身支度を済ませた。冒険者ギルドに行くために、宿屋から出る。


 外に出て、一番に目に入ったのは――、見覚えのある銀色の髪だった。紺色の瞳が、俺の姿を捉える。


「ら、ラナ」


 思わず名前を呼んでしまう。

 目の前に、肩口まで髪を伸ばしている元仲間――ラナ・クロッティが立っていた。


「なんでじゃないですよ。もしかして、私のイドラを忘れたんですか?」


 ラナのイドラは精神感応(メンタルテレパシー)。人の心を読むことができる能力だ。いや、そんなことはわかっている。知っている。

 俺が聞きたいのは――、


「ほら、これ。早く受け取ってください」


 ラナが何やら、大きな袋を俺に押し付けてくる。それを見て、ラナがなぜ俺に会いにきたのか、ようやく合点がいった。


「屋敷に置いてた俺の荷物、届けに来てくれたのか。……悪いな。無駄に魔力使わせて」


 言って、ラナから荷物を受け取る。

 思いの(ほか)、重かった。


「ホントですよ。気まずいのはわかりますけど、自分で取りに来てください」


「ごめん……それと、ラナ」


「なんですか」


「昨日……酷いこと言って、本当に悪かった。オマエはちゃんと、自分の役割を果たしていたのに」


 出来損ないの、俺とは違って。


「別にいいですよ。気にしてないので、頭を上げてください」


「荷物も届けてくれて、本当にありがとう。オマエには、感謝してる」


「きゅ、急になんですか……! なんかナギサらしくないですよ?」


 頭を上げると、前髪を指で(いじ)っているラナの姿が見えた。ほんのりと顔が赤くなっていて、目を()らされる。


 照れているのだろうか。

 いや、こいつが俺にそんな感情を抱くはずがない。


「なんで怒ってるんだよ……」


「怒ってなんてない――」


 瞬間、俺の手首に巻かれている包帯を見て、ラナの動きが止まった。


「あ、いや、これは違くて」


「――なんだ、そういうことですか。ちゃんと理由があるなら、いいです」


 理由を話す前に、自己解決するラナ。

 精神感応(メンタルテレパシー)を使ったのだろう。前から思ってたが、このイドラ強すぎないか?


「手、出してください。治しますから」


「いや、このくらい大丈夫だよ。第一、自分でやったものだし」


「いいから早く出してください。ただでさえ弱いんですから、万全の状態で依頼を受けないと死にますよ」


「うぐぐぐぐ……」


 観念して、ラナに向けて左腕を伸ばす。

 ラナは俺の左手首に優しく触れると、治癒魔術を発動した。淡い光が包帯を通り抜け、傷を癒していく。


「ありがとう、ラナ」


「……仲間じゃなくなったので、次からはお金取ります」


「ああ、うん。わかってるよ」


 そう言うと、ラナが別れの挨拶をして去っていった。宿屋に戻り、受け取った荷物を自分の部屋に置く。少しだけ、心が落ち着いたのがわかった。


 手首に巻いていた包帯を外し、俺は冒険者ギルドへと足を向けた。



 §



 冒険者ギルドに着いた。

 扉を開けようと、手を――


「――――」


 伸ばせない。

 扉を開けることができない。

 怖い、怖いのか俺は。

 ユアンたちと鉢合わせるのが。

 

 情けないにも程がある。

 開けろ、開けろ、開けろ。

 Sランク冒険者になるんだろ?

 こんなことで怖がって、どうする!?

 いいから早く、扉を開け――


「ナギサの兄貴! 今日もお会いできて光栄っス!」


「――は?」


 振り向くと、背中に戦斧(せんぷ)を背負った体格のいい青年――マルコスが立っていた。



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