第8話 〝傷つけ合って、生きている〟
――ナギサ・グローティーが立ち去った冒険者ギルドにて。
「ラナ、大丈夫か? あのクソ野郎の言うことなんて気にしなくていいからな」
黒髪の青年――グルト・フランクリンが、銀髪の少女にそう声をかける。ラナ、と呼びかけられた少女はグルトに目を向け、
「心配してくれてありがとうございます。全然気にしてないので、私は大丈夫ですよ」
そう微笑むラナ。
それを見て何かを思い出したかのように、桃色の髪をした少女――アリス・ミキサスがポンと両手を打ち合わせた。
「前にもこんなことあったわよね。あたし思うんだけど、ナギサってラナへの当たりが強くない?」
「……大人しそうな女にしか喧嘩を売れなくなったんだろ」
そんなグルトの言葉に、ユアンが「――いや」と口を挟んだ。
「ナギサとラナは『一刃の風』に入る前から親しかったからな。それが影響してるんじゃないか」
「そうなの? ラナ」
「……まあ、そうですけど」
アリスの質問に、ラナが苦い顔で返答する。それを怪しく思ったのか、アリスが「前から思ってたんだけど」と前置きして、
「ナギサとラナって容姿が似てるわよね。瞳の色は少し違うけど、髪の色とか全く同じだし」
「ただの偶然じゃねえか?」
「それに、ナギサの家名がグローティーで、ラナの家名がクロッティでしょ? 心なしか似てない? 実は血縁関係があるとか?」
そんなアリスの推測に、ラナは「ないですよ」と断言し、続けて、
「グルトの言う通り、ただの偶然です。――それよりユアン。今日は依頼を受けないんですか?」
「ああ、ちょっとな。……今日は少し、考えたいことがある。悪いが、依頼を受けるのは明日にしてくれ」
伏し目がちに、言葉を紡ぐユアン。リーダーのそんな姿が気に入らなかったのか、グルトが声を上げる。
「らしくねえぞ、ユアン。まさか……後悔してるのか?」
グルトが、緑色の瞳で鋭く問う。
あの銀髪の少年を――ナギサ・グローティーを追放したことを後悔しているのか、と。
それを赤色の瞳で真っ向から受けて、ユアンが言う。
「後悔なんてしていない」
一刃の風はギルドから成果を認められ、そう遠くないうちにAランクパーティーになる。
Aランク、Aランクだ。
Bランクの依頼とは訳が違う。
相対するのは、これまでとは比べものにならないほど獰猛な魔物だ。
だから、今までのようにナギサを敵から護り切れる自信がなかった。リーダーとして、本当に情けない話だと思う。
でも、嫌だった。
仲間が死ぬのは。
自分の目の前で、ナギサを喪うのは。
想像するだけでも、嫌だった。
ナギサは、自分からパーティーを抜けようとはしないだろう。だから――、
「あれは、正しい選択だった」
自分に言い聞かせるような、ユアンの言葉。グルトはそれに気づかない振りをして、「そうか、ならいい」と会話を終わらせた。
§
陽の光が、俺の意識を暗闇から引っ張り上げる。
「ん、うう……」
目が覚めた。
久しぶりに熟睡できた気がする。
疲れていたのだろうか。
まあ、昨日は濃い一日だった。
疲れていない方がおかしいだろう。
そんなことを思いながら、俺は緩慢とした動作で朝の身支度を済ませた。冒険者ギルドに行くために、宿屋から出る。
外に出て、一番に目に入ったのは――、見覚えのある銀色の髪だった。紺色の瞳が、俺の姿を捉える。
「ら、ラナ」
思わず名前を呼んでしまう。
目の前に、肩口まで髪を伸ばしている元仲間――ラナ・クロッティが立っていた。
「なんでじゃないですよ。もしかして、私のイドラを忘れたんですか?」
ラナのイドラは精神感応。人の心を読むことができる能力だ。いや、そんなことはわかっている。知っている。
俺が聞きたいのは――、
「ほら、これ。早く受け取ってください」
ラナが何やら、大きな袋を俺に押し付けてくる。それを見て、ラナがなぜ俺に会いにきたのか、ようやく合点がいった。
「屋敷に置いてた俺の荷物、届けに来てくれたのか。……悪いな。無駄に魔力使わせて」
言って、ラナから荷物を受け取る。
思いの外、重かった。
「ホントですよ。気まずいのはわかりますけど、自分で取りに来てください」
「ごめん……それと、ラナ」
「なんですか」
「昨日……酷いこと言って、本当に悪かった。オマエはちゃんと、自分の役割を果たしていたのに」
出来損ないの、俺とは違って。
「別にいいですよ。気にしてないので、頭を上げてください」
「荷物も届けてくれて、本当にありがとう。オマエには、感謝してる」
「きゅ、急になんですか……! なんかナギサらしくないですよ?」
頭を上げると、前髪を指で弄っているラナの姿が見えた。ほんのりと顔が赤くなっていて、目を逸らされる。
照れているのだろうか。
いや、こいつが俺にそんな感情を抱くはずがない。
「なんで怒ってるんだよ……」
「怒ってなんてない――」
瞬間、俺の手首に巻かれている包帯を見て、ラナの動きが止まった。
「あ、いや、これは違くて」
「――なんだ、そういうことですか。ちゃんと理由があるなら、いいです」
理由を話す前に、自己解決するラナ。
精神感応を使ったのだろう。前から思ってたが、このイドラ強すぎないか?
「手、出してください。治しますから」
「いや、このくらい大丈夫だよ。第一、自分でやったものだし」
「いいから早く出してください。ただでさえ弱いんですから、万全の状態で依頼を受けないと死にますよ」
「うぐぐぐぐ……」
観念して、ラナに向けて左腕を伸ばす。
ラナは俺の左手首に優しく触れると、治癒魔術を発動した。淡い光が包帯を通り抜け、傷を癒していく。
「ありがとう、ラナ」
「……仲間じゃなくなったので、次からはお金取ります」
「ああ、うん。わかってるよ」
そう言うと、ラナが別れの挨拶をして去っていった。宿屋に戻り、受け取った荷物を自分の部屋に置く。少しだけ、心が落ち着いたのがわかった。
手首に巻いていた包帯を外し、俺は冒険者ギルドへと足を向けた。
§
冒険者ギルドに着いた。
扉を開けようと、手を――
「――――」
伸ばせない。
扉を開けることができない。
怖い、怖いのか俺は。
ユアンたちと鉢合わせるのが。
情けないにも程がある。
開けろ、開けろ、開けろ。
Sランク冒険者になるんだろ?
こんなことで怖がって、どうする!?
いいから早く、扉を開け――
「ナギサの兄貴! 今日もお会いできて光栄っス!」
「――は?」
振り向くと、背中に戦斧を背負った体格のいい青年――マルコスが立っていた。




