第7話 〝抱えた傷を愛せない〟
帰り道。
乗合馬車に乗るために、近くの町を目指して歩いていると、リレが話を切り出した。
「クシェラさんが戦った相手って、あのアデル・エドガーですよね?」
「ええ、イドラからして間違いないわ」
アデル・エドガー?
聞き覚えのある名前だが、どんな人物なのか思い出せない。一人首を傾げている俺を見かねて、クシェラが口を開いた。
「Sランク冒険者の名前よ。攻撃が当たらないことから、『霧の悪魔』と呼ばれている男だわ」
「でも、クシェラさんの攻撃は」
「見えていても、避けられなかったんでしょう。アタシを普通の尺度で測っちゃダメよ、ナギサ」
確かに、その通りだった。
クシェラはSランク冒険者で、俺とは違う世界に住んでいる人物なのだ。
そんなことわかっていたはずなのに、どうして俺はクシェラに親近感を感じてしまうのだろう。今日会ったばかりだというのに。
俺がそんなことを思っていると、リレの視線が俺に向いていることに気づいた。目が合う。
「ナギサさんって最近冒険者になったんですか?」
「いや、一応、二年前からやってます」
正確に言うと二年三ヶ月前からだが……
「す、すみません。アデル・エドガーの名前を知らなかったので、早とちりしてしまいました」
そう謝るリレに、俺は全然気にしていないと言葉を返す。
――そっか。
冒険者は普通、Sランク冒険者の名前を知っているものなのか。俺も覚えないとな。
§
第三都市ミャリールに帰ってきた。クシェラやリレと共に、冒険者ギルドに向かう。
ギルドに着くと、クシェラは受付へと歩いていった。そして、職員と何やら話をするクシェラ。
どうやら、ロワボヨンボが既に死んでいたことを正直に伝えたらしい。今回の依頼は無効になったようだ。
クシェラはロワボヨンボから剥ぎ取った素材を売却し、こちらに戻ってきた。一度断ったものの、クシェラが俺にお金を押し付けてくる。そこまで頑なに拒む理由もないので、ありがたく受け取った。
クシェラやリレと挨拶をして、別れる。
夜道を歩き、適当な宿屋に入った。――ユアンが所有している屋敷には、もう寝泊まりできないから。
そういえば、荷物が置きっ放しだったな。明日にでも、私物を取りに行こうか。
――いや。
貴重なものなんてないし、屋敷に行くのも気まずいからやめておこう。
そんなことを考えながら、俺は宿屋の主人に金を払う。そして、貸し与えられた部屋の扉を開けた。
部屋の中に入った瞬間、どっと疲れが押し寄せてくる。俺は扉を閉めると、着替えもせずにベッドに倒れ込んだ。ちょっと寝心地が悪い。
眠ろうと目を閉じると、余計なことを考えてしまう。ユアンたちと過ごした二年間の日々のことを、思い出してしまう。
――ああ、本当に、やめてくれよ。
「うっ……ぅ……、うっ……うぅ……っ……ぐふっ」
涙が。
心が痛くて、たまらなかった。
§
約束であった『梔子の魔人』の情報をリレに伝え、クシェラは一人夜道を歩く。
――リレに出会えたのは、本当に運が良かった。これでうまく事が進めば、自分の目的を最良の形で果たすことができるだろう。
いや、まだ安心はできない。あの敵を打倒するには、ナギサ・グローティーの力が必要不可欠だ。だが、
「――――」
今はナギサの精神状態が悪化している。色々と原因は考えられるが、一番はやはり、減速を発動したことだろうか。
正確には減速を発動するために行ったある行為が原因だが――まあ、いくら考えたところであれ以外の選択肢はなかったのだ。悩んでも意味がない。
――とにかく念のため、
「しばらくは会わない方が良さそうね」
クシェラのそんな呟きは、一陣の風によって掻き消された。




