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減速の冒険者  作者: 加ヶ谷優壮
第一章 〝二つの幻影〟

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第7話 〝抱えた傷を愛せない〟


 帰り道。

 乗合馬車に乗るために、近くの町を目指して歩いていると、リレが話を切り出した。


「クシェラさんが戦った相手って、あのアデル・エドガーですよね?」


「ええ、イドラからして間違いないわ」


 アデル・エドガー?

 聞き覚えのある名前だが、どんな人物なのか思い出せない。一人首を傾げている俺を見かねて、クシェラが口を開いた。


「Sランク冒険者の名前よ。攻撃が当たらないことから、『霧の悪魔』と呼ばれている男だわ」


「でも、クシェラさんの攻撃は」


「見えていても、避けられなかったんでしょう。アタシを普通の尺度で測っちゃダメよ、ナギサ」


 確かに、その通りだった。

 クシェラはSランク冒険者で、俺とは違う世界に住んでいる人物なのだ。


 そんなことわかっていたはずなのに、どうして俺はクシェラに親近感を感じてしまうのだろう。今日会ったばかりだというのに。


 俺がそんなことを思っていると、リレの視線が俺に向いていることに気づいた。目が合う。


「ナギサさんって最近冒険者になったんですか?」


「いや、一応、二年前からやってます」


 正確に言うと二年三ヶ月前からだが……


「す、すみません。アデル・エドガーの名前を知らなかったので、早とちりしてしまいました」


 そう謝るリレに、俺は全然気にしていないと言葉を返す。


 ――そっか。

 冒険者は普通、Sランク冒険者の名前を知っているものなのか。俺も覚えないとな。



 §



 第三都市ミャリールに帰ってきた。クシェラやリレと共に、冒険者ギルドに向かう。


 ギルドに着くと、クシェラは受付へと歩いていった。そして、職員と何やら話をするクシェラ。


 どうやら、ロワボヨンボが既に死んでいたことを正直に伝えたらしい。今回の依頼は無効になったようだ。


 クシェラはロワボヨンボから剥ぎ取った素材を売却し、こちらに戻ってきた。一度断ったものの、クシェラが俺にお金を押し付けてくる。そこまで頑なに拒む理由もないので、ありがたく受け取った。


 クシェラやリレと挨拶をして、別れる。


 夜道を歩き、適当な宿屋に入った。――ユアンが所有している屋敷には、もう寝泊まりできないから。


 そういえば、荷物が置きっ放しだったな。明日にでも、私物を取りに行こうか。


 ――いや。

 貴重なものなんてないし、屋敷に行くのも気まずいからやめておこう。


 そんなことを考えながら、俺は宿屋の主人に金を払う。そして、貸し与えられた部屋の扉を開けた。


 部屋の中に入った瞬間、どっと疲れが押し寄せてくる。俺は扉を閉めると、着替えもせずにベッドに倒れ込んだ。ちょっと寝心地が悪い。


 眠ろうと目を閉じると、余計なことを考えてしまう。ユアンたちと過ごした二年間の日々のことを、思い出してしまう。


 ――ああ、本当に、やめてくれよ。


「うっ……ぅ……、うっ……うぅ……っ……ぐふっ」


 涙が。

 心が痛くて、たまらなかった。



 §



 約束であった『梔子(くちなし)の魔人』の情報をリレに伝え、クシェラは一人夜道を歩く。


 ――リレに出会えたのは、本当に運が良かった。これでうまく事が進めば、自分の目的を最良の形で果たすことができるだろう。


 いや、まだ安心はできない。あの敵を打倒するには、ナギサ・グローティーの力が必要不可欠だ。だが、


「――――」


 今はナギサの精神状態が悪化している。色々と原因は考えられるが、一番はやはり、減速(リテヌート)を発動したことだろうか。


 正確には減速(リテヌート)を発動するために行ったある行為が原因だが――まあ、いくら考えたところであれ以外の選択肢はなかったのだ。悩んでも意味がない。


 ――とにかく念のため、


「しばらくは会わない方が良さそうね」


 クシェラのそんな呟きは、一陣の風によって掻き消された。



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