第6話 〝イドラ『蒼き千里眼』〟
突如、前方に藍色の髪をした男が現れる。その手には、威圧的な存在感を放つ魔剣が握られていた。霧のせいで、表情はよく見えない。
右の瞳を赤く光らせながら、クシェラが一歩前に出る。手は、腰に下げた剣の柄を握っていた。
「いったい、アタシたちに何の用かしら」
「うんうん、うんうんうん」
クシェラの言葉を聞いていないのか、男はそう五回ほど頷くと、
「やっぱり……どこからどう見ても、乳飲み子には見えないな」
――こいつ。
「そんな怖い顔しないでよ。僕なりの冗談だったんだけど、うまく伝わらなかったかな」
「――そうね。もう少し直接的に言ってくれると、アタシも助かるのだけれど」
「じゃあ、これを言えば伝わるかな」
男は左の瞳を青く光らせて、言った。
「僕のイドラは蒼き千里眼。あらゆる人物の未来を見ることができるんだ」
男がそう言い終えた瞬間だった。
矢のように鋭く、クシェラの体が男へと跳ぶ。刹那、辺りに剣戟の音が鳴り響いた。
「ひどいよ。いきなり斬りかかるなんて」
「白々しいわね。見えていたくせに」
剣と魔剣が荒々しく衝突し、鍔迫り合いになる両者。歯を食い縛り、男がクシェラの剣を押し返そうとするが、
「無駄よ」
抵抗虚しく、魔剣が男の喉に僅かに食い込み――瞬間、男の体がこの世界から消失した。
「――ッ」
前に倒れかかるクシェラ。
その隙を男が見逃すはずもない。
再びこの世界へと舞い戻った男は、クシェラの首を落とそうと、魔剣を振るうが、
「――っ」
肉体に魔力を流すことで強引に体勢を整えたクシェラに、弾かれる。クシェラはそのまま全身に魔力を込め続け、稲妻の如く斬撃を男に放つ。
直前、青の瞳に最悪な未来が映ったのか、男の体が立ち消えた。結果、空振りとなるクシェラの一撃。凄まじい剣圧により、古木に新たな傷が刻まれた。
風が唸る。
それと同時に、男の体が現し世へと帰還する。クシェラの背後へと現れたが、赤の瞳によりその優位性を生かせない。
嵐のように、斬撃が飛び交う。白刃が煌めき、火花が散り、剣戟の音が激しくなる。
男の体に次々と裂傷が刻まれる。致命傷は避けているようだが、兵刃を交えるのはもう限界のようだ。息が上がっている。
そんな男を、クシェラは卓越した剣の技量で追い詰める。涼しい顔で、男の命を奪わんと鋼鉄を振るう。
そして、とうとうクシェラの苛烈な連撃に耐えられなくなったのか、男の体が掻き消えた。
「――チッ」
男が持つ魔剣の能力に苛ついたのか、クシェラが舌打ちをする。辺りを警戒したまま、クシェラが口を開いた。
「みっともないわね、アンタ。強いイドラを持ってるくせに、魔剣なんかに頼るなんて」
クシェラがそう男を煽る。すると、遠方に男の姿が現れた。戦う気が失せたのだろうか。瞳が青く光っていない。
「僕も普段は魔剣なんて趣味じゃないんだけどね……君とやり合う以上、どうしてもこれが必要だった」
「そう。なら続きを早く始めましょう」
「いいや」
男はそう言って首を振ると、
「ただ僕は自分と世界のどっちを信じればいいか、確かめたかっただけだ。君の生死に興味はない。いや、むしろ君には生きて、幸せになってほしい」
「嘘ね。アタシを殺そうとしたでしょう?」
「僕のイドラは蒼き千里眼だよ? 結果なんて、攻撃する前に全部見えている」
「――――」
「それじゃあね。君たちに危害を加えるつもりはないから、僕のことは安心して忘れてくれ」
そう言うと、男は魔剣に魔力を注ぎ込み、自らの体をこの世界から消した。
「クシェラさんっ! 追わなくていいんですか!?」
俺の言葉を聞いていないのか、クシェラは男が今まで立っていた場所を睨み続けている。俺はもう一度、「クシェラさんっ!!」と強く名前を呼んだ。クシェラの黄土色の瞳に、俺の姿が映る。
「あの魔剣の能力を見たでしょう? アタシのイドラでも姿を視認できないのよ。それに、あれは生かしておいても問題ないわ」
「でも……!!」
あいつは生かしておけない。
あいつは殺さないといけない。
一刻も早く、あいつの口を封じなければ。
どんな手を使っても、あいつを――、
「ナギサさん! 聞こえてますか!?」
「え?」
目の前にリレの姿があった。
紫色の瞳に見つめられる。
「『え?』じゃないですよ。いつまでぼーっとしてるんですか。帰りますよ」
「あ、ああ」
リレに言われ、俺は――俺たちはニュエラム湿地を後にした。




