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減速の冒険者  作者: 加ヶ谷優壮
第一章 〝二つの幻影〟

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第6話 〝イドラ『蒼き千里眼』〟


 突如、前方に藍色の髪をした男が現れる。その手には、威圧的な存在感を放つ魔剣が握られていた。霧のせいで、表情はよく見えない。


 右の瞳を赤く光らせながら、クシェラが一歩前に出る。手は、腰に下げた剣の(つか)を握っていた。


「いったい、アタシたちに何の用かしら」


「うんうん、うんうんうん」


 クシェラの言葉を聞いていないのか、男はそう五回ほど頷くと、


「やっぱり……どこからどう見ても、乳飲み子には見えないな」


 ――こいつ。


「そんな怖い顔しないでよ。僕なりの冗談だったんだけど、うまく伝わらなかったかな」


「――そうね。もう少し直接的に言ってくれると、アタシも助かるのだけれど」


「じゃあ、これを言えば伝わるかな」


 男は左の瞳を青く光らせて、言った。


「僕のイドラは蒼き千里眼(オメガヴァイアンス)。あらゆる人物の未来を見ることができるんだ」


 男がそう言い終えた瞬間だった。

 矢のように鋭く、クシェラの体が男へと跳ぶ。刹那(せつな)、辺りに剣戟(けんげき)の音が鳴り響いた。


「ひどいよ。いきなり斬りかかるなんて」


「白々しいわね。見えていたくせに」


 剣と魔剣が荒々しく衝突し、鍔迫(つばぜ)り合いになる両者。歯を食い縛り、男がクシェラの剣を押し返そうとするが、


「無駄よ」


 抵抗(むな)しく、魔剣が男の喉に僅かに食い込み――瞬間、男の体がこの世界から消失した。


「――ッ」


 前に倒れかかるクシェラ。

 その隙を男が見逃すはずもない。

 再びこの世界へと舞い戻った男は、クシェラの首を落とそうと、魔剣を振るうが、


「――っ」


 肉体に魔力を流すことで強引に体勢を整えたクシェラに、弾かれる。クシェラはそのまま全身に魔力を込め続け、稲妻の如く斬撃を男に放つ。


 直前、青の瞳に最悪な未来が映ったのか、男の体が立ち消えた。結果、空振りとなるクシェラの一撃。凄まじい剣圧により、古木に新たな傷が刻まれた。


 風が唸る。

 それと同時に、男の体が(うつ)()へと帰還する。クシェラの背後へと現れたが、赤の瞳によりその優位性を生かせない。


 嵐のように、斬撃が飛び交う。白刃が煌めき、火花が散り、剣戟の音が激しくなる。


 男の体に次々と裂傷が刻まれる。致命傷は避けているようだが、兵刃を交えるのはもう限界のようだ。息が上がっている。


 そんな男を、クシェラは卓越した剣の技量で追い詰める。涼しい顔で、男の命を奪わんと鋼鉄を振るう。


 そして、とうとうクシェラの苛烈な連撃に耐えられなくなったのか、男の体が掻き消えた。


「――チッ」


 男が持つ魔剣の能力に苛ついたのか、クシェラが舌打ちをする。辺りを警戒したまま、クシェラが口を開いた。


「みっともないわね、アンタ。強いイドラを持ってるくせに、魔剣なんかに頼るなんて」


 クシェラがそう男を煽る。すると、遠方に男の姿が現れた。戦う気が失せたのだろうか。瞳が青く光っていない。


「僕も普段は魔剣なんて趣味じゃないんだけどね……君とやり合う以上、どうしてもこれが必要だった」


「そう。なら続きを早く始めましょう」


「いいや」


 男はそう言って首を振ると、


「ただ僕は自分と世界のどっちを信じればいいか、確かめたかっただけだ。君の生死に興味はない。いや、むしろ君には生きて、幸せになってほしい」


「嘘ね。アタシを殺そうとしたでしょう?」


「僕のイドラは蒼き千里眼(オメガヴァイアンス)だよ? 結果なんて、攻撃する前に全部見えている」


「――――」


「それじゃあね。君たちに危害を加えるつもりはないから、僕のことは安心して忘れてくれ」


 そう言うと、男は魔剣に魔力を注ぎ込み、自らの体をこの世界から消した。


「クシェラさんっ! 追わなくていいんですか!?」


 俺の言葉を聞いていないのか、クシェラは男が今まで立っていた場所を睨み続けている。俺はもう一度、「クシェラさんっ!!」と強く名前を呼んだ。クシェラの黄土色の瞳に、俺の姿が映る。


「あの魔剣の能力を見たでしょう? アタシのイドラでも姿を視認できないのよ。それに、あれは生かしておいても問題ないわ」


「でも……!!」


 あいつは生かしておけない。

 あいつは殺さないといけない。

 一刻も早く、あいつの口を封じなければ。

 どんな手を使っても、あいつを――、


「ナギサさん! 聞こえてますか!?」


「え?」


 目の前にリレの姿があった。

 紫色の瞳に見つめられる。


「『え?』じゃないですよ。いつまでぼーっとしてるんですか。帰りますよ」


「あ、ああ」


 リレに言われ、俺は――俺たちはニュエラム湿地を後にした。



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