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減速の冒険者  作者: 加ヶ谷優壮
第一章 〝二つの幻影〟

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第5話 〝運命の悪戯〟


「少し……やりすぎじゃないかしら」


 気を失って、土の上に倒れているマルコスを見ながら、クシェラがそんな言葉を漏らす。


「いや、俺だってやりたくてやったわけじゃないですよ」


 マルコスが自分の負けを認めなかったから、戦闘不能に追い込むしかなかったのだ。別に他意はない。


「クシェラさん、マルコスのイドラって」


重力異常(グレートアトラクター)よ。自分自身と手で触れた物体の重力を操ることができる、だったかしら」


 俺の推測は当たっていたようだ。

 良かった、良かった。


「ナギサ、マルコスのこと診療所まで運べる?」


「いや、無理ですね」


 ごめん、マルコス。左肩が痛くて、お前のことを運べそうにない。どうか安らかに――じゃなくて、


「クシェラさんは運べないんですか?」


「嫌よ。こんな汚いの触りたくないわ」


 血と汗と土でマルコスが汚いのはわかるけど、言い方酷くない? まるで人じゃないみたいだ。


「アンタの魔力……いや、使える魔術は土属性だからマルコスを水洗いできないし……」


「あれ、クシェラさん。どうして俺の魔力属性を知ってるんですか」


 言いましたっけ、と続けて言う。


「ただの勘よ」


 クシェラはそう短く答えると、「それと」と前置きし、


「ちょっとここで待ってなさい。治癒魔術師を見つけてくるから」


 話を逸らされた気がするけど、赤く光っているクシェラの瞳がかっこいいのでどうでもよくなってしまった。


「じゃあね。なるべく早く戻ってくるわ」


「わかりました」


 そんな会話を交わして、クシェラの後ろ姿を見送って、二十分後くらいだろうか。


 俺が地面に座り込んでいると、前方からクシェラと黒髪の少女がこちらに歩いてくるのが見えた。あの少女がクシェラの見つけてきた治癒魔術師だろうか。


 大きな紫色の瞳に、しっとりとした黒色の髪。髪型はショートヘアで、背は百六十センチくらいだろうか。衣服は黒色のローブを着用しており、年は十七歳前後に見えた。


「待たせたわね」


 歩き、クシェラがそう声をかけてくる。


「いやいや全然待ってないですよ。えっと、そちらの方が?」


「ええ、治癒魔術師よ」


 連れてきたわ、とクシェラが言葉を続ける。

 マルコスのことも心配だったし、左肩の痛みに耐えかねていたので、本当にありがたい。


「はじめまして。リレ・ネルウェスです。本日はよろしくお願いします」


 黒髪の、治癒魔術師の少女――リレがそう挨拶をしてくる。俺もすぐに挨拶を返した。


「えっと、左肩に怪我をしてるんですよね」


 クシェラから聞いていたのだろう。

 話が早くて助かる。

 俺は「はい、そうです」と答えた。


「動かないでくださいねー」


 リレはそう言いながら、そっと俺の左肩に手を置いた。次の瞬間、リレの手の平から淡い光が発生して、俺の打撲傷を癒していく。


「どうですか?」


 俺の体から手を離して、リレがそう聞いてくる。痛みや違和感がないかを確かめるために、左腕をぐるぐると回すが特に不快感はない。


「治りました! ありがとうございます」


「良かったです」


 彼女はそう言って微笑むと、地面に倒れているマルコスに早足で近づいた。体に手を当て、俺と同じようにマルコスにも治癒魔術を施す。


「クシェラさん、クシェラさん」


「なに?」


「俺お金少ししか持ってないんですけど、大丈夫ですか?」


 俺がそう問いかけると、クシェラが合点がいったように「ああ」と声を発し、


「リレに払う報酬のことなら心配しなくていいわ。アタシが払っておくから」


「ありがとうございます、クシェラさん」


 そんな会話をしているうちに、マルコスの治療が終わったようだ。体が血や土で汚れているのは相変わらずだが、マルコスの傷が治っている。


「リレ、マルコスに水ぶっかけて」


「え、いや、さすがに可哀想だと思います」


「マルコスはアタシに何されても喜ぶから大丈夫よ」


「そ、そうなんですか。それなら、まあ」


 そう言うと、リレは手の平から大量の水を射出した。マルコスの体がずぶ濡れになる。まるでボロ雑巾みたいだ。


 俺がそんな感想を抱いていると、クシェラがマルコスに手をかざし、風魔術を行使した。急速に、マルコスの服が乾いていく。


 ――ん? 風魔術?


「クシェラさん、聞いていた話と違うんですが」


 リレの目付きが、鋭くなる。


「嘘はついてないわよ。アタシの魔力は火属性だもの」


 風魔術の行使を中断し、クシェラは自分の手の平の上に小さな炎球を浮かべた。


「アタシの魔動器官はちょっと特別でね、使おうと思えば水魔術以外は使えるのよ」


「そ、そうなんですか。すみません。疑ってしまって」


「気にしなくていいわ」


 クシェラはそう言うと、再び手の平から強風を放った。三十秒後くらいだろうか。マルコスの服が完全に乾いたらしく、クシェラは満足気に頷いた。


 視線を移すと、汚かったマルコスが綺麗なマルコスになっていた。まあ、表側だけだけどな。


「あとはこれを飼い主に返品すればいいだけね」


 マルコスは人間なのか、動物なのか、物体なのか。解釈に困るな。


「じゃあ、アタシはマルコスを引き渡しに行ってくるから。リレ、ナギサに自分のイドラを説明しといて」


「わかりました」


「え? どうしてですか?」


 今から一緒に、依頼を受けに行くわけでもあるまいし――、


「ああ、言ってなかったわね。色々あって、リレもロワボヨンボの討伐に加わることになったのよ」


 そう言って、クシェラはマルコスの胸ぐらを掴んだ。そして、そのままマルコスをずるずると引きずりながら、どこかへと迷いなく歩いていく。

 ホントなんなんだ、あの人は……。


「リレさん。俺のことはクシェラさんから聞いているんですよね」


「そうですね。減速(リテヌート)とか、魔力属性とかいろいろ知ってます」


 自分の能力を説明する必要はない、か。

 それにしてもクシェラさん、いったいどこで俺の魔力属性を知ったんた……?


「それで、リレさんのイドラは?」


不彁視の砲弾(ゴーストフィスト)です。拳を振るうことで、指向性のある衝撃波を放つことができます」


 単純ながら強そうだ。

 この人なら、ロワボヨンボを吹っ飛ばしてくれるかもしれない。俺はリレに新たなる希望を見出した。



 §



 まだ明るい空の下、俺たちはニュエラム湿地に足を踏み入れていた。


 木々は少ないが、周囲には淡い霧が漂っており、視界がやや悪い。点在する浅い水たまりを避けながら、歩く。地面は大部分が背の低い草に覆われていた。


 進むたび、歩くたびに不安が強くなっていく。ロワボヨンボと戦って、俺は今日無事に生きて帰ることができるのだろうか――と。


 そんな弱気なことを考えていると、先頭を歩いていたクシェラが突然立ち止まった。


「クシェラさん?」


「ロワボヨンボの死体を見つけたわ」


 周囲を警戒しながら、クシェラがそう答える。ロワボヨンボの死体――いや、そんなことはどうでもいい。


 なんだなんだなんだ。

 この感覚は。

 ぞわりとぞわりと全身が粟立(あわだ)つ。


「クシェラさん、これは……」


「魔剣の気配ね」


 魔剣の気配――これが?

 嘘だ、そんな。

 俺だって魔剣の気配ぐらい知っている。


「それも相当強力な」


 クシェラがそう言葉を付け加えた時だった。

 ――淡く霧がかった世界に、新たな登場人物が現れたのは。



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