第2話 〝劇薬〟
翌日の朝。
俺が起床すると、マルコスとアンバーは既に目を覚ましていた。
「ナギサの兄貴! 本当にありがとうございましたっス!」
そう言ってお辞儀をするマルコス。続いて、アンバーも俺にお礼を言うと、頭を下げた。
「いや別に俺は何も……というか、二人とも体の方は大丈夫なのか?」
「大丈夫っス」
その言葉にアンバーが同意を示す。
心配する必要はなさそうだ。
「そっか。良かったな」
それから少しの間、たわいもない話を二人と繰り広げた。
§
挨拶をして、カルフたちと別れる。
去っていく彼らの後ろ姿を見て、改めて思った。――本当に、誰一人欠けずに済んで良かったと。
「――ナギサさん」
名前を呼ばれ、黒髪の少女に顔を向ける。
「昨日からずっと……聞きたかったことがあるんですけど、いいですか?」
「はい、いいですけど……」
その前置きは何か怖い。
「どうして、Sランク冒険者を目指しているんですか?」
そんなの決まってる。
あんな鮮烈な出来事を、忘れるわけがない。
――ナギサ・グローティーの生き方を決定付けることになった、あの禍事を。
「子供の頃、冒険者に命を救われたことがあったんです。それからずっと冒険者って職業に憧れていて、どうせ目指すならSランク冒険者になろうって――そう思ったんです」
自分の口からすらすらと出てくる嘘、嘘、嘘。臭い臭い模範解答。憧れ如きで命を懸けられるほど、俺の人間性は壊れていない。
そもそもとして、俺は誰にも助けられていない。救ってもらっていない。そんな資格、あるはずがない。
俺はただ運命に縛られているだけだ。
自分の意志で動いていない。
先天的にも、後天的にも、俺は一刃の風とは違うのだ。
月と鼈。
丸いカタチが似ているだけの、まったくの別物。
カタチが似ているからこそ、鼈は強く思ったはずだ。月と自分はどうして、こんなにも違うのだろうかと。自分も月のようになりたいと。
胸中を渦巻くのは、劣等感と、
「――羨ましいです」
――羨望だった。
「え?」
リンクした感情に驚いて、思わずそんな声を上げてしまう。その驚きの声をリレは単なる疑問の声だと思ったのか、
「私は……そんな前向きな理由で、冒険者になったわけではないので」
そう、先の発言をした理由を告げる。
「――――」
目の前にあるのは境界。
リレが冒険者になった理由を聞いてしまえば、俺はもう引き返せなくなる。
そんな確証のない予感。
ナギサ・グローティーという人間が仲間を作ってもいいのか――そんな疑問が頭の中に生じる。どうしてかは、わからない。
恐らく過去の出来事に起因したものだと思うのだが、その肝心の中身がわからない。なぜ、なぜ、なぜ。都合のいい脳みそ、都合のいい壊れ方をした自分を殺してやりたくなってくる。
「リレさんは」
どこか暗澹とした彼女の内面。
親近感を覚えるその様に、俺は認知欲求を抑えられない。故に――、
「リレは、どうして冒険者になったんですか?」
境界を踏み越える。
唐突に名前を呼び捨てにされ、怪訝な顔をするリレだったが、すぐに自らの身の上を話し始める。
「私は――梔子の魔人を殺すために、冒険者になりました」
梔子の魔人。
――文献や口伝などで、大昔から存在が確認されている人型の生命体。神出鬼没であり、人喰いを好むその性質から、食人鬼とも称される。
また、人智を超える圧倒的なチカラを有していることから、万花教という宗教団体に神の化身として崇拝されている。
「もしかして、一年前の」
「ああ――私がミャリールに来た理由はそれですよ」
来た理由?
てっきり、あの事件が復讐の理由だと思っていたが……
「復讐で合ってます」
心の内を読まれ、少し驚く。
そんなに顔に出ていただろうか。
「私……故郷の村を梔子の魔人に滅ぼされたんですよ」
「――え?」
口の中に血の味が広がる。
――痛い。
衝動を抑えるために、頬肉を噛み切るのはやりすぎだったか。でも、そうでもしないと俺は。
「みんなアイツに喰べられて、自分一人だけが生き残って……思ったんです」
リレが紫色の瞳で俺を見つめる。
「アイツを殺す」
だが、その瞳は俺を見ているようで見ていない。
「殺さないといけない」
彼女が見ているのは遠い風景。
「殺して殺して」
故郷という名の、殺戮現場。
「あの命を狩り殺すのが、私の存在理由なんだ――って」
――サバイバーズ・ギルト。
戦争や災害など、死を伴う状況下で自分だけが生き残ったという事実が、当人にとって強烈な罪悪感となる心理現象。
彼女の心を蝕んでいるのはそれだと思ったが、どうやら違うようだ。だって、彼女は明らかに嘘をついている。話の根幹を成す致命的な部分が、一箇所間違っている。
なぜなら――、
なぜ――、
俺は、そんなことがわかるんだ?
「う――ッ」
「な、ナギサさん大丈夫ですか!?」
軽くえずいた俺を見て、リレが心配そうな目を向けてくる。駆け寄ろうとした彼女を、思わず手で制す。感じが悪かっただろうか。リレが悲しげに目を伏せた。
「すみません……気分が悪くなる話をしてしまって」
「いや、リレは悪くない。話を聞いたのは俺なんだから」
「それは場を繋ぐためでしょう? ナギサさんが私に興味がないことなんて、見ていればわかります」
俺がリレに興味がない?
そんな態度を取ったことは一度もないはずだ。話を無視したことなんてないし……まあいいか。考えても無駄なことだ。
「まあ確かに興味はないかもな」
否定するのもめんどくさいので、本心とは別なことをリレに告げる。俺の言葉を受けて、リレは何も言わない。黙ったままだ。
ただ、彼女の大きな紫色の瞳が揺れているのが見えてしまって、少し罪悪感に駆られる。
いったい、クシェラに何を吹き込まれたんだ……こいつは。
変なこと言わなきゃ良かった……。
「でも、梔子の魔人を殺すことには興味がある」
紛れもない俺の本心に、リレが「――え?」と驚きの声を上げる。
「リレ、俺とパーティーを組まないか? もし組んでくれたら、俺はお前の目的を第一にして行動する」




