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減速の冒険者  作者: 加ヶ谷優壮
第二章 〝絆と傷名〟

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第1話 〝瞳に映るもの〟


「――クシェラさん。見てるんですよね?」


 そんな、根拠のない確信があった。

 視線を空に固定しつつ、言葉を続ける。


「少し……聞きたいことがあるので、今日からちょうど一週間後の朝方に、ネグラム草原で待ってます」


 千里眼(クレアヴォイアンス)は、遠い場所で起きている出来事の状況を見通すことができるイドラだ。音を文字として見ることができても、おかしくはないだろう。――否、クシェラの持つイドラはそうでなくてはならない。


「魚……取るか」


 クシェラに聞きたいことを考えるのをやめ、俺は川に入るために裾を(まく)った。



 §



 夜中、不意に目が覚めた。

 さすがに外で熟睡するのは難しかったらしい。


「――――」


 上体を起こし、マルコスとアンバーの様子を見る。寝ていて、未だに起きる気配はない。まあ、リレの治癒魔術で体の傷は治っているし、朝方には起きるだろう。


 唯一の光源と言ってもいい、焚き火へと目を向ける。火を見ていたリレと目が合った。手招きをされる。張り番の交代だろうか。彼女の元へと足を進める。


「こんばんは、ナギサさん」


「こんばんは」


 同じように俺が挨拶を返すと、リレが地面をぽんぽんと叩いた。ここに座れ、という意味だと解釈し、リレの隣に腰を下ろす。


「あの、実は聞きたいことがあって……」


「聞きたいこと、ですか」


 クシェラに変なことを吹き込まれてなければいいが……。

 警戒しつつ、彼女の瞳の色を探る。


「その……勝ったんですか?」


「俺は褐炭(かったん)じゃないですよ」


 褐炭とは、石炭の種類の一つである。特徴としては水分量が多く、名の通り褐色に近い色をしていることが挙げられるだろう。


「え……?」


「だから俺は褐色の石炭じゃないですって」


「ああ……勝ったんと褐炭……」


 納得したように小声で呟くリレ。

 理解してもらえたようだ。

 嬉しい。


「じゃなくて! 私が聞きたいのは……その、ナギサさんはユアンさんと戦ったんですよね」


「なんでそれを?」


「今日最初に会った時、盗み聞きするつもりはなかったんですけど、カルフさんとの会話が聞こえてしまって……それにナギサさん凄い怪我をして帰ってきたから、そうなのかなと」


「じゃあ、さっきの質問は俺がユアンに勝ったのかどうかを聞きたかったってことですか」


 最初からわかりきっていたことを、あえてリレに問う。返ってきたのは「……はい」という肯定の言葉。だろうなと感じつつ、どう返答すべきか思考を巡らせる。


 あんたには関係ないと、突き放すことは簡単だ。だが、リレには俺の傷を二度も治してくれた恩がある。そんな冷たい態度を取ることはしたくない。それに、別に隠してるわけでもないしな。


「結果的に言えば、勝ちました。ただ、ユアンはカルフたちから受けた傷もあったし、魔力も少なかったので運に味方された感じです。それに、殺し合いなら俺に勝ち目はありませんでした」


「そう、なんですか。答えてくださってありがとうございます」


「……なんで、戦いの勝敗を知りたがったんですか?」


 湧き上がった純粋な疑問をリレにぶつける。

 彼女は俺に興味なんて持っていなかったと思っていたが……やはり、


「単なる好奇心です。それと」


 一度言葉を区切り、リレが焚き火から俺の顔へと視線を移す。向けられたのは俺の人柄を、実力を探るような紫の瞳。


 その瞳を見ていると、見てはいけないものを、知ってはいけないものを、彼女の心の深層へと、世界の禁忌に踏み込んでしまいそうで――俺はリレから視線を外した。


「クシェラさんからナギサさんはSランク冒険者を目指しているって聞いたので、どのくらい強いのか少し気になったんですよ」


「そうなんですか、合点がいきました」


 必死に、平静を取り繕う。

 今のところ、俺の異常にリレは気づいていないようだ。


 心を落ち着かせるために、俺はリレと雑談をすることにした。冒険者生活で楽しかったこと、好きな食べ物、趣味――次々と話題が移り変わっていく。


 生産性のない、そんなたわいもない話を彼女と二人でするのが意外と楽しかった。



 §



「心を読めるイドラって聞いて期待してたんだが……普通に弱くて拍子抜けだ」


 薄暗い部屋にて。

 男は帰還すると開口一番に、そうクシェラへと愚痴をこぼした。


「そうね。アンタにとっては弱かったかも」


「と、言うと?」


精神感応(メンタルテレパシー)は自分に近しい存在ほど、その思考をすぐに読み取れるっていう性質があるのよ。だから、アタシから見ればラナは強敵ってわけ」


「……仮に、あんたが戦ったらどうなる?」


「死んでたかもね」


 軽く笑みを浮かべなら、平然とそう言うクシェラ。「おいおい」と男が面食らう。


「本当に殺さなくて大丈夫なのか?」


「なんか……殺したくないのよね。勝手に死んでくれたら助かるのだけれど」


「あんたにしちゃ甘いな。身内だからか?」


「それもあるけれど……」


 言葉に詰まるクシェラ。

 その珍しい姿に、男が目を剥く。


「ラナの魂が天獄(てんごく)で正しく浄化されるのか不安なのよ」


「――天獄、か」


 男は知っていた。

 クシェラの言う天獄は、常人が思い浮かべる〝天国〟ではないということを。


「なに、まだ信じてないの? アタシの瞳に映った景色を見たでしょう」


「前々から思ってたんだけどよ、地獄じゃないのか?」


「空の上にあるのに、なんでそれを地獄と呼ばなきゃいけないのかしら。そもそも地獄は、人間が勝手に作り出した概念でしょう」


「確かに……言われりゃそうだな」


 男はそう納得すると、まだクシェラに聞きたいことがあったのか「それで」と言葉を前置きする。


「あのガキが編み出したMezzo(メッゾ) ()Forte(フォルテ)……だっけ。そいつはアンタのお眼鏡に適ったのか」


「ええ。まさか減速(リテヌート)で身体能力を強化できるなんて……アタシの想像を超えてきたわ」


 興奮した様子でそう話すクシェラ。

 それが気に入らなかったのか、


「そうかいそうかい。オレも仕事を頑張った甲斐があったぜ」


 男がぶっきらぼうに、そう言葉を返した。

 その拗ねた様子にクシェラが破顔する。


「凄い凄いアンタも十分凄いわよ」


「お前、オレに殺されたいのか」


「そうね。全てが終わった後なら、アタシはアンタに殺されたい」


「らしくないこと、言いやがって」


 そう言って、男がクシェラから顔を背けた。

 場を沈黙が支配する。

 その沈黙に耐えられなくなったのか、クシェラが口を開いた。


「――それ、間違って潰すんじゃないわよ。綺麗に抉り出すのって結構難しいんだから」


 クシェラが指を差したのは、男の左の手の平。否、正確に言うならば、その手の平の中央にある瞳。

 移植された、瞳。

 クシェラの、瞳。

 ――治癒魔術によって複製された瞳。


 白目も、網膜も、視神経も必要ない。

 なぜなら、それは『見る』ために使われる器官ではなく、『クシェラの視界を映す』ために使われる器官なのだから。


「自分でやるからじゃないのか? 次はオレに任せてみろよ」


「機会があれば、ね」


 クシェラはそう言うと、男の手首を掴み、自らの方へと引き寄せた。



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