最終話 〝審判〟
「……ラ、ナ」
「何をそんなに驚いているんですか。ここに私がいるのは当然のことでしょう?」
「それは、そう……だけど」
会いたくない/会ってはいけないから、ずっとオマエの存在を忘れていたのに……ダメだ。この女と話してはダメだ。
壊れてしまう。
仮面が、剥がされてしまう。
予感/直感/門門門門/がする。
立ち去らなければ。
耳を塞がなければ。
早く早く早く早く。
体は、動かない。
「それで、ナギサ。どうしてここに?」
「――――」
「〝何をしに、来たんですか?〟」
そうだ/そうだった。
俺は、この女の問いを無視はできない。
だって、彼女はそういう風に作られたのだから。
「俺はただ、カルフの敵を討ちに」
「嘘ですよね」
「――ッ」
「そもそもあなた、そんなにカルフと仲が良かったんですか?」
「……良かったよ」
「屋敷に殴り込みをかけるほど、ですか?」
「――それは」
やめろ、やめろやめろ。
それ以上はダメだ。
自分を騙せなく、く――
「行動原理が破綻してるんですよ。ユアンが理由もなく人を襲う人間じゃないことくらい、あなたは知っていたはずです。それなのに、あなたは理由を聞こうともしなかった」
「――――」
「聞きたく、なかったんですよね。もしカルフが嘘をついていたら、あなたはユアンを加害できる正当な理由を失ってしまいますから」
「――――」
「あなたがここを襲撃した理由は、ただの私怨でしょう? 自分をSランク冒険者にさせてくれなかった私たちが、憎くて憎くて堪らなかった」
「――――」
「だから、無関係のグルトとアリスにも危害を加えた。――次は、私ですか? 魔力はあまり残っていませんが、相手をしますよ?」
「――――」
「〝何か言ったら、どうですか?〟」
「俺は……本当に、カルフのためを思って……!」
「自分のため、の間違いでしょう?」
「なんで、オマエに……んなことが」
「わかりますよ」
一拍置いて。
ラナが海の底を思わせる紺色の瞳で、俺を射抜きながら言った。
「私は、あなたですから」
「――――ぁ」
§
「――ぇ?」
視界いっぱいに広がる夜空を目にして、俺はそんな声を上げた。上体を起こして、辺りを見回す。どうやら、林の中に俺は倒れていたようだ。
「ここで、なにを」
ああ、そうか。
「逃げて、きたのか」
ラナに図星を突かれ、俺はあの場から逃げ出した。そして、カルフたちと合流しようとしたが、その途中で気を失い――今に至るのだろう。
「――っと」
地面に手を突いて、立ち上がる。体と頭は絶えず痛みを訴えているが、なんとか歩くことはできそうだ。
「帰ら、ないと」
――友人を傷つけられた怒り。
それは確かに、あったと思う。
でも、それ以上に、どす黒い個人的な恨みが、身勝手な恨みが胸中を渦巻いていたのは確かで。
「はは……本当にクズだな、俺」
そもそもとして、パーティーから追放された原因は、オマエの無能さが、弱さが、怠惰が原因だというのに。
自分の非を棚に上げて、ユアンたちを恨む醜悪さ。カルフが傷つけられたことを口実に、屋敷を襲撃する下劣さ。
クズ、クズ、クズ。
真性のクズだ。
あまりにも救いようがない。
――オマエなんか、犬に喰われて死んでしまえばいいのに。
「……雨だ」
頭にわずかな衝撃を感じて、空を見上げる。いつのまにか、分厚い灰色の雲が頭上を覆っていた。
また、雨粒が頭を打つ。
そして、雨はだんだんとその激しさを増していった。
「……っ」
雨水が傷口に沁みて痛い。
痛くて痛くて、足が止まりそうになる。
でも、帰らないと。
帰って、カルフたちの傷が癒えているか、自分の目で確認しないと。
そうしないと、俺は――。
足を、前へと進ませる。
「……はぁ……はぁ……はぁ」
森を抜ける。
確か、この先にカルフたちは倒れていて――
「――あ」
視界がわずかに明るくなる。目を凝らすと、遠くに焚き火があるのがはっきりと見えた。雨に打たれながらも、焚き火はしっかりとこの暗闇の世界に光を与えてくれている。
「……あれは」
近くに、二つの人影があるのが見えた。遠くて誰かはわからないが、恐らく――、
「――っ」
歩く。
魔物の死体を避けながら、歩く。
自然と早足になる。
体が一刻も早く、休息を求めているのだろう。
「――ナギサさん!」
「……え?」
俺の姿に気がついたのか、カルフが駆け寄ってくる。服は血だらけだが、傷は治っているようだった。
「だ、大丈夫ですか!?」
「ああ、なんとかな」
「……ユアン・グラネルドに、やられたんですか」
カルフの核心を突いた問いに、息が止まりそうになる。なんとか平静を装って、俺はあらかじめ考えておいた言葉を――真っ赤な嘘を口にする。
「最初は、戦うつもりなんてなかったんだ。ただちょっと聞きたいことがあっただけで……でも、いろいろあってな。結果的に、お前たちの敵を討つことになっちまった」
「――――」
「だから、その……お前が責任を感じることは何もないよ。あと、ギルドには報告しないでくれると助かる」
「わかりました」
「……ごめん」
「いいですよ。肩、貸します」
「ありがとう」
カルフに肩を貸してもらい、俺は焚き火の元へと足を進ませる。
「カルフ、マルコスとアンバーは?」
「傷はリレさんが全部治してくれました。意識はまだ戻っていませんが、そのうち目を覚ますと思います」
「そうか。それは良かった」
「そうですね」
会話が途切れる。
何を話していいのか、わからない。
カルフはいったい、俺の行動にどんな感情を抱いているのだろうか。それを想像するのが、少し怖かった。
「ナギサさん」
「あ、え、なに?」
「あの時……僕の話を最後まで黙って聞いてくれて、嬉しかったです」
「別に、気の利いた言葉を言えないだけだよ」
「ナギサさんって、感謝を素直に受け取れない呪いにでもかかっているんですか?」
「んなことはないと思うけど……」
そんな会話をしながら、焚き火に近づく。パチパチと木の枝が弾ける音が、耳朶を打った。
「――あ」
植物を駆使して、即席の雨除けを作っていたリレと目が合う。彼女は俺の姿を見るなり目を丸くして、こちらに駆け寄ってきた。
「その傷、いったいどうしたんですか……!?」
「ちょっと、ヘマをして……」
「よく診せてください!」
そう言って、リレが俺の服をずらす。その様子を見て、カルフが俺に断ってから体を離す。「それでは」と言うと、カルフは焚き火の方へと戻っていった。何か、他にやるべきことがあるのだろう。
「今の魔力量でも充分治せそうです……」
「お願いしてもいいですか?」
「任せてください」
リレが俺の体に触れる。
対象に触れるという治癒魔術の発動条件を満たし、眩い光が全身の傷口を覆うが――、
「――? 内臓に……」
一部の光が皮膚を通り抜けて、俺の体内に入っていく。Mezzo Forteによって損傷した血管や内臓を癒してくれているのだろう。
「治ったと思うんですけど、どうですか?」
「……はい、問題ないです。ありがとうございます」
「どういたしまして」
リレのおかげで体の痛みが消失する。
やはり治癒魔術は凄いな。
「何か……俺に手伝えることありますか?」
「そうですね。私はマルコスさんとアンバーさんの様子を見ながら、雨除けを作るので……」
地面に寝かせられている二人を見ながら、リレが顎に手を当てて考える。
「あの、魚を取ってきてもらえませんか?」
「魚、ですか?」
「あっちにですね、川があるんですよ」
そう言って、リレが後ろを指差す。
「わかりました、取ってきます」
「はい、お願いしますね」
リレが指を差した方向に向かって、歩を進める。その途中で、素手で土を掘り返しているカルフを見た。血が付着した土を除去することで、魔物を寄せ付けないようにしているのだろう。
月明かりを頼りに、森の中に入る。
そしてしばらく歩くと、リレの言った通りに川に出た。さらさらと水の流れる音が鼓膜を打つ。
「――――」
あの三人が生きていてくれて、本当に良かった。これで心置きなくこの言葉を言える。
「――クシェラさん。見てるんですよね?」
これにて『減速の冒険者』第一章完結となります。
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