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減速の冒険者  作者: 加ヶ谷優壮
第一章 〝二つの幻影〟

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 最終話 〝審判〟


「……ラ、ナ」


「何をそんなに驚いているんですか。ここに私がいるのは当然のことでしょう?」


「それは、そう……だけど」


 会いたくない/会ってはいけないから、ずっとオマエの存在を忘れていたのに……ダメだ。この女と話してはダメだ。


 壊れてしまう。

 仮面が、剥がされてしまう。

 予感/直感/門門門門/がする。


 立ち去らなければ。

 耳を塞がなければ。

 早く早く早く早く。

 体は、動かない。


「それで、ナギサ。どうしてここに?」


「――――」


「〝何をしに、来たんですか?〟」


 そうだ/そうだった。

 俺は、この女の問いを無視はできない。

 だって、彼女はそういう風に作られたのだから。


「俺はただ、カルフの(かたき)を討ちに」


「嘘ですよね」


「――ッ」


「そもそもあなた、そんなにカルフと仲が良かったんですか?」


「……良かったよ」


「屋敷に殴り込みをかけるほど、ですか?」


「――それは」


 やめろ、やめろやめろ。

 それ以上はダメだ。

 自分を騙せなく、く――


「行動原理が破綻してるんですよ。ユアンが理由もなく人を襲う人間じゃないことくらい、あなたは知っていたはずです。それなのに、あなたは理由を聞こうともしなかった」


「――――」


「聞きたく、なかったんですよね。もしカルフが嘘をついていたら、あなたはユアンを加害できる正当な理由を失ってしまいますから」


「――――」


「あなたがここを襲撃した理由は、ただの私怨でしょう? 自分をSランク冒険者にさせてくれなかった私たちが、憎くて憎くて堪らなかった」


「――――」


「だから、無関係のグルトとアリスにも危害を加えた。――次は、私ですか? 魔力はあまり残っていませんが、相手をしますよ?」


「――――」


「〝何か言ったら、どうですか?〟」


「俺は……本当に、カルフのためを思って……!」


「自分のため、の間違いでしょう?」


「なんで、オマエに……んなことが」


「わかりますよ」


 一拍置いて。

 ラナが海の底を思わせる紺色の瞳で、俺を射抜きながら言った。


「私は、あなたですから」


「――――ぁ」



 §



「――ぇ?」


 視界いっぱいに広がる夜空を目にして、俺はそんな声を上げた。上体を起こして、辺りを見回す。どうやら、林の中に俺は倒れていたようだ。


「ここで、なにを」


 ああ、そうか。


「逃げて、きたのか」


 ラナに図星を突かれ、俺はあの場から逃げ出した。そして、カルフたちと合流しようとしたが、その途中で気を失い――今に至るのだろう。


「――っと」


 地面に手を突いて、立ち上がる。体と頭は絶えず痛みを訴えているが、なんとか歩くことはできそうだ。


「帰ら、ないと」


 ――友人を傷つけられた怒り。

 それは確かに、あったと思う。


 でも、それ以上に、どす黒い個人的な恨みが、身勝手な恨みが胸中を渦巻いていたのは確かで。


「はは……本当にクズだな、俺」


 そもそもとして、パーティーから追放された原因は、オマエの無能さが、弱さが、怠惰が原因だというのに。


 自分の非を棚に上げて、ユアンたちを恨む醜悪さ。カルフが傷つけられたことを口実に、屋敷を襲撃する下劣さ。


 クズ、クズ、クズ。

 真性のクズだ。

 あまりにも救いようがない。

 ――オマエなんか、犬に喰われて死んでしまえばいいのに。


「……雨だ」


 頭にわずかな衝撃を感じて、空を見上げる。いつのまにか、分厚い灰色の雲が頭上を覆っていた。


 また、雨粒が頭を打つ。

 そして、雨はだんだんとその激しさを増していった。


「……っ」


 雨水が傷口に沁みて痛い。

 痛くて痛くて、足が止まりそうになる。


 でも、帰らないと。

 帰って、カルフたちの傷が癒えているか、自分の目で確認しないと。

 そうしないと、俺は――。

 足を、前へと進ませる。


「……はぁ……はぁ……はぁ」


 森を抜ける。

 確か、この先にカルフたちは倒れていて――


「――あ」


 視界がわずかに明るくなる。目を凝らすと、遠くに焚き火があるのがはっきりと見えた。雨に打たれながらも、焚き火はしっかりとこの暗闇の世界に光を与えてくれている。


「……あれは」


 近くに、二つの人影があるのが見えた。遠くて誰かはわからないが、恐らく――、


「――っ」


 歩く。

 魔物の死体を避けながら、歩く。

 自然と早足になる。

 体が一刻も早く、休息を求めているのだろう。


「――ナギサさん!」


「……え?」


 俺の姿に気がついたのか、カルフが駆け寄ってくる。服は血だらけだが、傷は治っているようだった。


「だ、大丈夫ですか!?」


「ああ、なんとかな」


「……ユアン・グラネルドに、やられたんですか」


 カルフの核心を突いた問いに、息が止まりそうになる。なんとか平静を装って、俺はあらかじめ考えておいた言葉を――真っ赤な嘘を口にする。


「最初は、戦うつもりなんてなかったんだ。ただちょっと聞きたいことがあっただけで……でも、いろいろあってな。結果的に、お前たちの敵を討つことになっちまった」


「――――」


「だから、その……お前が責任を感じることは何もないよ。あと、ギルドには報告しないでくれると助かる」


「わかりました」


「……ごめん」


「いいですよ。肩、貸します」


「ありがとう」


 カルフに肩を貸してもらい、俺は焚き火の元へと足を進ませる。


「カルフ、マルコスとアンバーは?」


「傷はリレさんが全部治してくれました。意識はまだ戻っていませんが、そのうち目を覚ますと思います」


「そうか。それは良かった」


「そうですね」


 会話が途切れる。

 何を話していいのか、わからない。

 カルフはいったい、俺の行動にどんな感情を抱いているのだろうか。それを想像するのが、少し怖かった。


「ナギサさん」


「あ、え、なに?」


「あの時……僕の話を最後まで黙って聞いてくれて、嬉しかったです」


「別に、気の利いた言葉を言えないだけだよ」


「ナギサさんって、感謝を素直に受け取れない呪いにでもかかっているんですか?」


「んなことはないと思うけど……」


 そんな会話をしながら、焚き火に近づく。パチパチと木の枝が弾ける音が、耳朶を打った。


「――あ」


 植物を駆使して、即席の雨除けを作っていたリレと目が合う。彼女は俺の姿を見るなり目を丸くして、こちらに駆け寄ってきた。


「その傷、いったいどうしたんですか……!?」


「ちょっと、ヘマをして……」


「よく診せてください!」


 そう言って、リレが俺の服をずらす。その様子を見て、カルフが俺に断ってから体を離す。「それでは」と言うと、カルフは焚き火の方へと戻っていった。何か、他にやるべきことがあるのだろう。


「今の魔力量でも充分治せそうです……」


「お願いしてもいいですか?」


「任せてください」


 リレが俺の体に触れる。

 対象に触れるという治癒魔術の発動条件を満たし、眩い光が全身の傷口を覆うが――、


「――? 内臓に……」


 一部の光が皮膚を通り抜けて、俺の体内に入っていく。Mezzo(メッゾ) ()Forte(フォルテ)によって損傷した血管や内臓を癒してくれているのだろう。


「治ったと思うんですけど、どうですか?」


「……はい、問題ないです。ありがとうございます」


「どういたしまして」


 リレのおかげで体の痛みが消失する。

 やはり治癒魔術は凄いな。


「何か……俺に手伝えることありますか?」


「そうですね。私はマルコスさんとアンバーさんの様子を見ながら、雨除けを作るので……」


 地面に寝かせられている二人を見ながら、リレが顎に手を当てて考える。


「あの、魚を取ってきてもらえませんか?」


「魚、ですか?」


「あっちにですね、川があるんですよ」


 そう言って、リレが後ろを指差す。


「わかりました、取ってきます」


「はい、お願いしますね」


 リレが指を差した方向に向かって、歩を進める。その途中で、素手で土を掘り返しているカルフを見た。血が付着した土を除去することで、魔物を寄せ付けないようにしているのだろう。


 月明かりを頼りに、森の中に入る。

 そしてしばらく歩くと、リレの言った通りに川に出た。さらさらと水の流れる音が鼓膜を打つ。


「――――」


 あの三人が生きていてくれて、本当に良かった。これで心置きなくこの言葉を言える。




「――クシェラさん。見てるんですよね?」



 これにて『減速の冒険者』第一章完結となります。

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