第33話 〝決着〟
体が熱い。
心臓が、もう限界だと訴えてくる。
だが、ここでMezzo Forteを解除したら、俺にもう勝ち目はない。耐えろ耐えろと体に言い聞かせ、俺はユアンを正面から見据えた。
「オレも本気で全力で――何をしてでも勝たせてもらう」
「神速を使えないくせにか?」
俺の言葉に、ユアンが表情を変える。
やはりか。神速が使えるのなら、風魔術を使って俺の攻撃を避けるなんて、そんな回りくどい真似をするはずがない。少し信じられないが、今のユアンには魔力があまり残されていないのだろう。
「問題ねぇよ」
そう言って、ユアンが地面を強く蹴った。俺のMezzo Forteを目にして、遠距離から風魔術を当てることは難しいと判断したのだろう。
「疾風刃ッ!」
§
走りながら、ナギサ目掛けて風の刃を放つ。またもやナギサはそれを軽々しく避けると、一息でオレの懐へ飛び込んできた。
「――ッ」
眼前に拳が迫る。
――やはり、身体強化だけでは避けられない。壊れた右手から風を噴射し、既のところで避ける。右手が強く痛みを発し、視界の隅が黒く染まった。
飛び退る。
刹那で距離を詰められる。
ナギサの足が空気を裂いて、オレの顔を狙う。
「ぐ……!」
左腕で受け止めるが、あまりのチカラの強さに体が蹴り飛ばされる。すかさず、オレを追うナギサ。右手から風を出し、体の向きを強引に変える。
そして、左手をナギサに向けた。
「――風切」
初級魔術のメリット。
それは、構築が容易であるが故に、
「〝散弾〟――ッ!」
応用性が高いことにある――!
「――ッ」
オレの手の平を起点として、細かな風の刃が空気中にばら撒かれる。避けるため、ナギサが上空に跳び上がった。
――それは悪手だ。
空中を移動する手段がないお前にとって、
「風切――!」
この風の刃は避けられない!
「――減速ッ!」
ナギサが手の平で、初級魔術を受ける。
「いっ――ぁぁぁああああああ!」
叫びながら、右手から血を流すナギサ。
それは減速が、風切を防げなかったことを意味しており――、
「なんだよ……! やっぱりお前も魔力少ないんじゃねぇか!!」
防御より、謎の身体強化に重きを置いたナギサの戦略。〝攻撃は最大の防御〟とは言うが、それは圧倒的な攻撃力を持つ者が言うから真になるのだ。
今のナギサは確かに強いが、その域には達していない――!
「風切」
着地したナギサに風の刃を放つ。
避け、ナギサがオレの間合いに踏み込んだ。
その、刹那。
「――〝歪曲〟」
オレの元に戻ってくるように設計した風の刃が、ナギサの背中を切り裂いた。「う――ッ!」と呻き声を漏らすナギサに、オレは渾身の一撃を叩き込む。
後ろへ吹っ飛ぶナギサ。
オレはそれを追いかけながら、風切を手の平から射出する。
ナギサは起き上がると、驚異的な身体能力でそれを避け――なかった。またしても右手で受け、辺りに鮮血を撒き散らす。
なんだ……?
今のは明らかに避けられたはず……。
オレの歪曲を警戒して、手で受けたのか?
いや、あれは初手だからこそ通じた技だ。
警戒していれば、容易に避けられるはず……! わざわざ無駄に傷を増やして、ナギサは何がしたいんだ……?
思考を巡らせながら、地を強く蹴る。
そして、オレは拳を握り締めると、ナギサに殴りかかった。
「……っ!」
左手で、受け止められる。
痛みに顔を歪めながら、ナギサがオレの拳を覆うように握り締めた。
「ぐ……!」
チカラが強くて拳を開けない。
抜け出すために、壊れた右手でナギサの手首に魔術を放つ。ナギサが腕を引く。左拳が解放された。
間髪入れずに、ナギサが鋭い回し蹴りを放つ。回避行動を取るが、間に合わない。オレの右頬をナギサの足先が切り裂いた。
「ああああああああああああ!!」
溢れ出る血液。
焼けるような痛み。
蹲りたくなる衝動。
その全てを絶叫で誤魔化し、ナギサに拳撃を浴びせた。
「――っうううゔゔ!」
減速を使ったのか、ナギサの体は後退しない。電光石火の勢いで、拳がオレに迫る。
「――疾風刃」
「が、あああああああああああ――ッ!!」
紫電一閃、ナギサの左肩から血が噴き上がった。それに伴い、オレの頬を打つはずだった拳が下に落ちる。
「ハ――ッ!」
……想定以上にナギサの出血が多い。肩を切り裂いただけで、奴の顔にまで血がかかるとは思わなかった。
まあ、いい。ナギサはそんなに柔じゃない。トドメを刺した後に、止血すれば死にはしないだろう。
そう考え、オレは血に濡れたナギサの頬に全力の一撃を――
「いいのか? 俺の血に触れても」
ナギサはそう言うと、不気味に口の端を歪ませた。
§
――あの状況から見て、ユアンは間違いなく凍血能力を食らっている。血を凍らせるという、あの恐るべきチカラを身をもって知っている。
その前提があるからこそ、俺のハッタリは通用する。既視感を覚えるはずだ。連想するはずだ。お前の中で結びつくはずだ。
減速は体外に出た血液も遅くできるのではないか――、と。
「――――」
俺の狙い通りに、ユアンが攻撃を躊躇する。その隙を突いて、俺はユアンに渾身の一撃を叩き込んだ。
呻き声を上げながら、後方へ吹っ飛んでいくユアン。間を置かずに、俺はユアンへ鋭く迫った。
「クソ、野郎が……!!」
俺の言葉がハッタリであることに気がついたのか、ユアンがそんなことを言う。倒れたまま、ユアンが俺に手の平を向けた。
「風――」
「させねぇよ」
ユアンの腹に、蹴撃を打ち込む。「がは――ッ」と声を漏らし、ユアンが白目を剥いた。
「はぁ……はぁ……」
ユアンは動かない。
……勝った。
俺の、勝ちだ。
「――ッ」
そう自覚した瞬間、体が強く痛み出した。左肩に、熱した鉄板を押し当てられているみたい。頭痛がする。心臓の音がドクンドクンと……気分が悪い。
とりあえず、止血を――
「ユアンっ!」
振り向くと、アリスが屋敷の二階の窓から飛び降りていた。そして着地すると、俺に手の平を向け、
「土砲弾〝棘刺〟――ッ!」
棘が付いた土弾が俺に迫る。大きさは拳大。俺の近くにユアンがいることを考慮してか、星の進化は使わなかったようだ。都合がいい。
痛みを頭の外に追いやり、俺は先の土弾を避けた。再び土弾を放とうとするアリス。その時には、俺は既にアリスの背後を取っていて――
「――ぁ」
首の後ろに手刀を打ち込む。失神し、膝から崩れ落ちるアリス。その体を右腕で支えて、地面へと寝かせた。そして、Mezzo Forteを解除する。
「……はぁ……はぁ、あ……はぁ……」
眩暈がする。
体が揺れる。
あたまあたま頭が、割れそうだ。肩は熱いのに、足先はひどく冷たい。視界がてん、めつする。
「……くそ、が」
体がまともに動かず、減速で止血をする。
わかってはいたが、これがMezzo Forteの反動。ヒヒコーン相手に誤って使った時と、門を破壊した時はすぐに解除したため、反動はほとんどなかった。
そのせいで、少し楽観的に捉えていたのかもしれない。こんなにも、反動が重いとは……。しばらく休憩してから、この場を――
「血管の柔軟性や弾力性を減速で損ねて、血流速度を上げる。そして、大量の酸素を筋肉に供給し、身体能力を上昇させる――ですか」
「……え?」
「減速だからこそできる技ですね。常人がやったら、血管や内臓が破裂してお陀仏です」
顔を上げると。
目の前に、銀髪の少女が――ラナ・クロッティが立っていた。




