第30話 〝減速vs.〟
ナギサが減速を使えるようになっていた。
その想定外の事実に、ユアンは顔をしかめていた。
「気に食わねぇな。なぜ最初から努力しなかった、ナギサァア!」
一年も猶予があったのに……!
最初からお前が本気を出していたら、オレたちは仲間でいられたのに……!
どうして、どうして追放後なんだ……!?
いま、なんだよ……?
「――――」
ナギサは目を伏せて、答えない。
ぶん殴ってやりたい衝動に駆られるが、深呼吸をして己を抑える。
――整理、しよう。
ナギサが減速を使えると判明した時点で、この戦いの様相は大きく変わった。
力押しでは負ける。
戦いで鍵を握るのは、いつだって思考力だ。理解しろ、分析しろ、推論しろ、判断しろ、創造しろ。常に最善の一手を考え抜け――!
考えるべきは、やはり減速についてだろう。魔力で強化したオレの拳を破壊するほどの硬さ……普通じゃない。
神速を使えばあの硬さを破れるかもしれないが、あれは最終手段だ。硬さの程度が正確にわからない以上、あれを直接肉体に叩き込むのは危険すぎる。
減速発動前の体に打撃をぶち込む……という案もあるが、これは現実的じゃない。今の魔力量では神速を使っての移動はできない。身体強化のみで、ナギサの反応速度を上回ることは不可能に近いだろう。
これらのことを踏まえると、事実上神速の使用が封じられている今のオレに、肉弾戦で勝ち目はない。
ならば、剣を使うか?
いや、ナギサに抜剣する気配はない。
それに、片手は壊れている。
両手で剣を振れない以上、身体強化を持ってしても、あの減速を突破することは不可能だろう。ナギサの肌の硬さに負けて、剣が折れるのがオチだ。
と、なると。
オレが取るべき最善の行動は――。
§
ユアンが後ろに跳びながら、風の刃を放つ。それを避けると、俺は再度ユアンに肉薄した。
今の行動からして、ユアンは遠距離戦――魔術戦を望んでいる。目的は恐らく、魔術を使って減速の防御力を測るため……。
俺の体に神速を使った拳撃を打ち込んでいいか、見極めたいのだろう。
そう、これは殺し合いではない。
お互い、敵は二年間一緒に苦楽を共にした相手なのだ。俺が感情的な理由でユアンを殺せないように、ユアンも俺を殺せない。
この縛りは、一撃必殺の神速を持つユアンにとって非常に大きな枷となっている。
だから、ユアンがその枷を外そうと動くのは納得がいく。しかし、その前に取れる選択肢がユアンには一つあったのではないか?
減速発動前の俺の体に拳を打ち込む。常人にはまず無理だが、神速で移動できるユアンにとっては、赤子の手を捻るようなものだろう。
なのに、それをしてこない。
ユアンがそれを思いつかないはずがない。
まだ俺のことを舐めているのか?
いや、片手を破壊されているのに、ユアンがそんな甘い態度を取るはずがない。
まさか、本当に魔力が不足しているのか……? それとも、何かの作戦……? くそ、確かめる手段がない。考えても無駄か。
とにかく、いま俺がやるべきことは一つだけだ。ユアンに魔術を使わせない。
距離を詰めて、魔術の発動を阻止する。
ユアンに枷を外された時点で、俺の勝ちは一気に遠のくのだから――!
「――ッ!」
再度放たれる風刃。
これは恐らく初級魔術。
威力が低い。
減速で受け止めても、問題がないだろう。
そう思った瞬間だった。
神速を使ったのか。
ユアンが目にも止まらぬ速度の蹴りを、地面に叩き込み――、土砂を伴った突風が俺に向けて放たれた。
「減速――ッ!」
わかっていた。
予期していた。
ユアンが神速を使用しないのは、俺の体に対する直接的な攻撃だけだと。
しかし、普通自分の家の庭をこんな風に破壊するか? できるか? イカれてやがる。
突風は止まない。
土や砂、石などが凄まじい速度で体に当たり続けている。全身の皮膚に発動している減速を解除できない。
咄嗟に目を閉じたせいで、ユアンの姿も視認できない。否、仮に目を開けていたとしても、こんな突風ではユアンの姿は見れないだろう。
そんな時間が十秒近く過ぎ、突風が止んだ瞬間だった。減速を解除しようとする俺を引き止めるように、
「――構え太刀」
ユアンが、風属性上級魔術を放ったのは。




