第3話 〝立ちはだかるもの〟
主要な街に存在しており、冒険者を取りまとめている組織――冒険者ギルド。
主な業務は冒険者の登録や除名、依頼による仕事の斡旋、報酬の受け渡し、素材の買い取りなどである。
そして、いま俺は――その施設の前に立っていた。いや、連れてこられた。目の前にいる赤髪の女剣士クシェラによって。
そして、クシェラがギルドの扉を開けようと手を伸ばし、
「ちょ、ちょっと待ってください!」
「大丈夫よ。中に一刃の風はいないわ」
「ほ、本当ですか?」
「本当よ……めんどくさいわね、アンタ」
クシェラが振り向き、呆れたような目つきで俺を見る。――右の瞳が赤く光っていた。そして、その瞳にギルドの室内の光景がはっきりと映っている。
「千里眼って片目だけに発動できるんですね」
「できなきゃ不便でしょ。色々と」
そう言って、クシェラがギルドの扉を開けた。後ろから室内を覗き込むが、ユアンたちの姿は見えない。クシェラの言った通りだ。
俺は胸を撫で下ろし、ギルドの中に足を踏み入れた。
§
「Aランク依頼……」
クシェラが手渡してきた依頼書に目を通しながら、俺はそう呟いた。
「なによ、怖いの?」
「ええ、まあ……討伐対象のロワボヨンボと戦ったことがないので」
クシェラが引き受けた依頼。
その仕事の内容は、ニュエラム湿地に棲息しているロワボヨンボの討伐だった。
ボヨンボ。
柔らかくて弾力のある泥色の体を持ち、高い再生能力を持っている魔物。物理攻撃が効きにくいのが特徴だ。
そして、ボヨンボは群れをなすことがあり、その親玉がロワボヨンボ。言わば、ボヨンボの上位種だ。
間違いなく、俺より強い。
クシェラが居るとはいえ、ちょっと不安になってくる。
「大丈夫よ。アンタを死なせたりはしないわ」
顔に出ていたのだろうか。
クシェラにそんなことを言われてしまう。
「はぁ……」
情けないなぁ――と、俺がそんなことを思っていると、冒険者ギルドの扉が勢いよく開かれた。
中に入ってきたのは、背中に戦斧を背負った体格のいい茶髪の青年だった。目が合う――いや、クシェラさんのことを見てるのか?
「お久しぶりです、クシェラの姉貴! 冒険者ギルドにいるなんて珍しいっスね!」
青年がそう声を発した瞬間、ギルドにざわめきが起こる。ああ、そうか。みんなさっきまでの俺と同じように『赤き猛獣』クシェラの名前は知っていても、顔や姿は知らないのか。
「な、なあ」と言いながら、ある一人の男が椅子から立ち上がり、
「あんた本当にあの『赤き猛獣』なのか?」
「そうよ。ほら、冒険者カード」
冒険者カード――冒険者登録の際に、ギルドから貰えるものだ。名前や年齢、ランクなどの個人情報が書かれており、主に依頼を受ける時やパーティーを組む際に必要となる。
「おお、凄げぇ……本物のSランク冒険者だ……!」
クシェラが懐から取り出した冒険者カードを見ながら、男はそう感嘆の声を上げる。俺もクシェラと普通の出会い方をしていたら、きっとこの男と同じような反応をしていただろう。
何せこの国――エルリル王国に現在、十七人しかいないSランク冒険者の内の一人だし。
「そうっス! 姉貴はめちゃくちゃ凄いんスよ!」
茶髪の青年がそう誇らしげに言う。いったい、お前はクシェラとどういう関係なんだ……? もしかして、仲間? いや、クシェラはパーティーに属していないはずだ。
「ところで、姉貴」
茶髪の青年がそう前置きをして、男から冒険者カードを返されたクシェラに近寄る。
「折り入って、ご相談が――」
「アタシは誰のパーティーにも入らないわよ」
クシェラのその言葉を聞いて、うなだれる茶髪の青年。その隙に俺は「クシェラさん」と名前を呼んで、
「あの人とは、いったいどういうご関係なんですか」
「ただのアタシのストーカーよ」
「ストーカーじゃないっス! 姉貴の一番弟子っス!」
ストーカーはそう言うと、また懲りずに、
「お願いしますよ、クシェラの姉貴ィー。Dランクに降格したくないっスー」
「――――」
「え、無視っスか!?」
「ねえ、ナギサ」
え、なんで俺?
ストーカーに睨まれてるんだけど。
「アンタ、自分がどうしてイドラを使えないのか、理解してる?」
「いや……」
――オマエは何もわからない、はずだ。
「いい? よく聞きなさい。アンタは今まで魔動器官を通してイドラを使っていたの。イドラの別名は簡易魔術。ただ魔力器官から魔力を流し込むだけでいいのよ」
――人間や魔物の体には、『魔力器官』と『魔動器官』と呼ばれる特殊な器官が存在する。
魔力器官は、魔力を生み出し、それを蓄える役割を持つ。また、必要に応じて魔力を魔動器官や魔術紋に供給する働きもある。
魔動器官は、魔力器官から引き出した魔力を加工し、魔術の発動や身体能力の強化などに利用するための器官である。
魔術紋とは、『天の宝玉』によって人体に刻まれたイドラを発動するための紋章のことである。普段は目に見えないが、イドラのチカラを極限まで引き出すことで浮かび上がることがあるという。
「――安心しなさい。アンタが危惧してることは何一つ起こらないから」
「……わかりました」
「なら、早速イドラを使ってみて」
クシェラに言われ、俺は魔力器官から魔力を引き出し、
「っ! はあああ! んー!!」
「もういいわ」
発動できなかった。
「マルコス」
「はいはい! なんスか、姉貴!」
「今からそこの銀髪の冒険者と戦って。もしアンタが勝ったらアタシが『マルコス冒険団』に入ってあげてもいいわよ」
――は?
ギルド内をキョロキョロと見回すが、銀色の髪をした人は俺以外にいない。
「クシェラさん、いったい何を――」
「え、ほんとっスか!?」
俺のそんな言葉はストーカー――マルコスの大声によってかき消された。
「やります、やります! おれ戦います!」
そう勢いよく言うと、マルコスは俺の顔をじーっと見てきた。もしかして、戦いってのは、にらめっこのことなのか? 変顔とかした方がいいかな。
「確か……どこかで見たような」
そう呟くマルコス。
どうやら、にらめっこではなかったらしい。
「あ! 『一刃の風』の冴えない奴だ!」
俺が否定する前に、クシェラが、
「今は『一刃の風』じゃないわよ」
「え、じゃあ――ただの冴えない奴ってことっスか?」
「否定できないわね」
俺もちょっとだけ、マルコスと戦いたくなってきた。




