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減速の冒険者  作者: 加ヶ谷優壮
第一章 〝二つの幻影〟

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第28話 〝グルト・フランクリン〟


 剣を振るう。

 斬り上げ、斬り返し、斬り結び――、ただひたすらに鈍色(にびいろ)の刃を走らせる。


 単調な太刀筋では軌跡を読まれる。

 角度を変えろ、リズムを乱せ、思考を止めるな。

 夢想(イメージ)しろ、相手を打ち負かす太刀筋を――!


「ハ――ッ!!」


 おれが放った渾身の一撃。

 それをユアンが力任せに受け流す。

 ひどく暴力的な剣技。

 火花が散り、金属が悲鳴を上げる。

 チカラが見当違いの方向に流れていった。


 瞬間、次はオレの番だと主張するように、ユアンの剣が煌めいた。太刀筋を読み、刃を重ねる。


 純粋なチカラの押し合い。

 剣が震える。大地が割れるほどに、両足にチカラを込める。


 ――限界だ、と心が叫んだ。

 わかっている。

 身体強化の使えないおれでは、零術を会得しているユアンには敵わないと。

 だから――、


「――回転運動(センバンキッシュ)


 イドラを発動する。

 自分自身と触れたものに回転力(トルク)を与えることができる能力を行使する。


「――ッ!」


 肩先に仮想の軸を作り出し、そこへ下向きのトルクを加える。腕力とイドラの重ね掛け――ユアンの顔から余裕が消え、骨が軋む音がした。


 ユアンはイドラを使おうとしない。

 そりゃそうだ。

 神速(ディヴェロチタ)はあくまでも、自らの動きを爆発的に加速することができる能力だ。


 回転運動(センバンキッシュ)とは違い、力そのものを生み出すことはできない。故に、鍔迫り合いではおれに軍配が上がる――!


「ハアアアァァァァァァァァァ!!」

「ラアァァァァァァァァァアア!!」


 二つの剣がユアンの喉元へと迫っていく。

 勝てないと判断し、ユアンが後ろへ大きく跳んだ。


 逃がさない――!

 両脚の付け根に回転軸を作り上げ、地面を蹴りつける瞬間に強力なトルクを付加する。


「――加速(アフレッタ)


 矢のように鋭く、ユアンに迫る。

 視線が衝突し、おれは剣を右へと流した。


「手ぇ抜くなよ」


 ユアンの声が鼓膜を打つ。

 それは神速(ディヴェロチタ)を使うという宣言であり、思わず顔が綻んでしまう。


 ――自分は、ユアンを追い詰めることができたのだと。


 肩先に再び仮想の軸を通し、魔術紋にありったけの魔力を注ぎ込む。

 そして、舞台が整い――、


「ハ――ッ!!」

「――ッ!!」


 左向きにトルクを付与し、ユアンに向けて一文字斬りを放つ。それをユアンは神速(ディヴェロチタ)を発動し、真っ向から叩き落とした。


 凄まじい衝撃が腕を伝って、全身に突き抜ける。すぐに動けない。ユアンの追撃が迫る。剣が折れた。両腕は折れていない。

 まだ、戦える――!


コップの中の嵐(トルニタラネード)――ッ!!」


 おれとユアンの間。

 その空中に回転軸を作り出し、右向きのトルクを加える。


「――ッ」


 小型の竜巻が発生し、ユアンが追撃を取り止める。そして、おれは折れた剣をユアンに向けて投擲(とうてき)した。



 §



 ――優しい嘘ほど残酷なものは、きっとこの世には存在しないだろう。


 グルト・フランクリンは幼い頃、自分のことを天才だと思っていた。他の人には使えない特別なチカラを持っていたからだ。


 グルトは調子に乗っていた。

 同年代の子供たちに能力を見せびらかし、自分のチカラを誇示していた。

 そんなグルトを、子供たちは凄いと誉めそやした。


 グルトは自分を褒めてくれるみんなのことが大好きだった。そして、同時に特別なチカラを持っていないみんなのことを見下していた。


 時々、気になることがあった。

 大人たちが冷ややかな視線で、自分のことを見つめてくるのだ。

 嫉妬、だろうか。

 わからない。



 §



 小さな村の生まれだったのもあって、グルトの誤解が解かれることはしばらくなかった。

 そう、しばらくは。


「兄ちゃんが言ってたんだけどさ……グルトの回転運動(センバンキッシュ)ってイドラってやつらしいよ」


 初めて耳にする単語だった。

 思わず「――いどら?」と聞き返す。


「そう、イドラ。天の宝玉って貴重なもんを使えば、誰でもイドラって呼ばれる特別なチカラを使えるようになるらしい」


「え? そうだったの?」


「じゃあ、グルトって全然凄くなくね? ただ天の宝玉ってやつを使っただけじゃん」


「おい、グルト! オレたちのこと騙してたのか?」


「な、何言って……んなわけねえだろ!!」


 反射的に、そう言い返す。

 だって、天の宝玉なんてものを使ったような記憶はない。正真正銘、これはオレが生まれつき持っていたチカラだ。


「証拠、証拠はー? 証拠あるのー?」


「それは……だって! 爺ちゃんと婆ちゃんがおれに嘘吐くわけねえだろ!!」


「吐くかもしんないじゃん!」


「はっきり聞いたことあるのー?」


「それはねえけど……」


 そもそも今までイドラなどという言葉を知らなかったのだ。聞きようがない。


「じゃあ嘘かもしんないじゃん!」


「――ッ! わーったよ! 聞きに行ってやる!!」


 みんなに背を向けて、家に向かって走り出す。

 大丈夫、大丈夫だ。

 おれの回転運動(センバンキッシュ)はイドラなんかじゃ――、


「――本当の、話だよ。ごねんねグルト。今まで嘘を吐いてしまって」


 話をはぐらかす二人を問い詰めた結果、そんな言葉がグルトの耳朶を打った。



 §



 グルト・フランクリンには、生まれつき魔動器官がなかった。体は魔力を生み出すのに、それを加工することができなかったのだ。


 それは体内の魔力を排出することができないということであり、当然体には魔力が溜まり続ける。


 魔力とは余剰な生命力な現れ。

 良いものではあるが、魔力器官の収容能力(キャパシティ)を超過すると体には害となる。


 そのため人間や魔物には魔力器官の収容能力(キャパシティ)が限界に達すると、魔動器官が魔力を加工し、害のないエネルギーに変換するという魔力調節機能が備わっている。


 だが、魔動器官を欠損して生まれたグルトにはそれができない。その事実はグルトが長く生きられないことを示しており、グルトの両親はそれを許容することができなかった。


 だから、とある解決策を実行に移したのだ。その解決策とは、魔術紋と呼ばれる第二の魔動器官をグルトに与えるというものだった。


 必要なのは、貴重な秘石〝天の宝玉〟。

 手に入れるには人から買うか、魔物がひしめく迷宮に潜るしかない。だが、グルトの両親にはそのどちらの手段も無理難題に等しく――


「――クソッ! くそくそくそくそくそ!」


 どれだけ詰問しても、祖父と祖母の二人はそこから先の話を口にしようとはしなかった。


 ――グルトには、両親がいない。

 それが、その事実が暗に答えを示していて。


「最悪だ……こんな、チカラ……!」


 今まで得意げに能力を見せていた自分を殺してやりたい。死ね死ね死ね死ね、しんじまえ。


 怒りと嫌悪感がごちゃ混ぜになって、吐きそうだ。衝動のままに木を殴る。

 殴る殴る殴る殴る。


「はあ……はぁ……はあ……はぁ……」


 森の中だからだろうか。

 自分自身が発する荒い息が、やけに大きく聞こえた。


「――手、血だらけだよ」


「え?」


 突然後ろから声が聞こえて、グルトが振り返る。視界に入ったのは、顔馴染みの少女――シャーリーだった。心配そうに、こちらを見ている。


「何の、用だ。おれなんかと喋ってると、みんなからハブられるぞ」


「大丈夫だよ! みんな、そんなに悪い子じゃないから」


「そうかよ……!」


 そんなこと、聞きたくない。

 グルトにとって、あいつらは正真正銘悪い子なのだから。


「ね? 手、出して」


「なんで」


「いいから!」


 語気に負け、グルトがしぶしぶと両手をシャーリーに向かって伸ばす。その血塗れの両手に、シャーリーは躊躇(ためら)いもなく触れると、


「これは……」


 シャーリーの手の平から、光が溢れ出す。

 それと同時に、両手の傷がみるみると治っていく。


「治癒、魔術」


「そう! お母さんに教えてもらったんだ!」


 危険だからって、水魔術は教えてもらえなかったんだけどね、と少女が言葉を付け足す。


 両手がじんじんと温かくなっていく感覚とは裏腹に、グルトの心はじんじんと冷えていった。


 両手の傷が治り切り、シャーリーが「どう? もう痛くない?」とグルトに問いかける。その問いにグルトは「ああ、ありがとうな」とぶっきらぼうに言葉を返した。


「わっ! わたしの手に血がっ!」


 ポケットからハンカチを取り出して、自分の両手を拭くシャーリー。その姿にグルトは「気づいてなかっただけかよ……」と言葉を(こぼ)した。


「ねえ、グルト」


「なんだよ」


「本当なの? アーサーとスティーブに怪我を負わせたって」


「……ホントのことだよ」


 あまりにもしつこくて。

 嫌なことをずっとずっと聞いてくるから。


「むしゃくしゃして、やった。それだけだ」


「そっか」


 そう、短くシャーリーが答える。

 そして、会話が途絶えた。

 グルトは口を開く気になれず、ただ無意味に一本の木を見つめていた。

 気まずい沈黙に耐えられなくなったのか、シャーリーが口を開く。


「ねえ、グルト。あれ取ってよ!」


「あれじゃわからねえ」


「あの、ルアザ!」


 木に実っている赤い果実を指で差しながら、シャーリーがそう言う。


「……嫌だ」


「えー、取ってよー! お願いっ」


「……はあ」


 そう溜め息をついて、グルトは足元から木の棒を拾い上げた。それに仮想の回転軸を作り――、


「よ――っと!」


 投擲(とうてき)する。

 空中でぐるぐると回る木の棒。

 回転の向き、回転する力の強さ――それらをイドラで操り、木の棒をルアザのツルの部分にぶち当てる。


 その打撃によりツルが切れ、ルアザが落ちてくる。それをグルトは手の平で受け止めると、シャーリーへと差し出した。


「ありがとう!」


 そうお礼を言って、シャーリーがルアザを受け取る。その赤い果実を見ていると食欲が刺激され、グルトがもう一つルアザを取ろうとした時だった。


「グルトの回転運動(センバンキッシュ)ってホント凄いよね。便利だし、わたしもほしいなぁ」


 そんな、言葉が聞こえたのは。


「てめえが思うほど……凄く、ねえよ」


「そうかな。凄いと思うけど」


 やめろ。


「凄くねえって」


「凄いって!」


 やめろやめろやめろやめろやめろ――、


「凄くねえって言ってんだろっ!!」


 グルトの突然の大声に、シャーリーは肩をびくんと震わせる。だが、そんなことではグルトの怒声は止まらない。腹の底から湧き上がる激情が、言葉となって次々と吐き出されていく。


「これはイドラって言ってな! 天の宝玉さえあれば誰でも身につけられるチカラなんだよ! ただの、貰いもんなんだよ……!」


 グルト自身のチカラではない。

 これは両親のチカラだ。

 悪事に手を染め、天の宝玉を入手しなければ、自分にこのチカラは渡らないのだから。


「それのいったい、なにが凄いんだ!? 嫌味かよ! 自分が治癒魔術を使えるからって、おれのことバカにしてんのか……! なあ……!」


 生まれつき魔動器官のない自分。

 四大魔術や身体強化を一生使うことができない自分。

 凡人未満の、自分。


 これまでグルトが見下していた人たちは、みな、自分よりも優れた人間だったのだ。


 意図せず、涙が出てくる。

 怒りながら泣くなんて、かっこ悪い。

 それに、やってしまった。

 完全な八つ当たりをシャーリーにしてしまった。怖くて、彼女の顔を見ることができない。


「それでも、凄いよ」


 予想外のシャーリーの言葉。

 グルトの口から思わず「……ぇ?」という声が漏れる。


「だって、グルトは私にはできないことをできるんだから!」


 そう言って、彼女はグルトに笑いかけた。


「――は」


 改めて回転運動(センバンキッシュ)を――自分自身の負の象徴を、凄いと言われた。なのに、なぜかさっきみたいな嫌な気持ちはしなくて。


「ごめん、急に……意味わかんねえよな」


「ホントだよ! 今回だけはルアザが美味しかったから許してあげる」


 そう言って、シャーリーはグルトに背を向けて歩き出した。小さくなっていく彼女の背中を見つめながら、グルトは手の平に極小の竜巻を作り出す。


「――あ」


 少しだけ、心の中にあったイドラへの嫌悪感が薄れていることに気がついた。



 §



「お、おい……待てっ、そっちはダメだ」


「なんでだよ」


「グルトがいる……!」


「げ――っ」


 聞こえてくるそんな会話に舌打ちをしつつ、グルトは昨日のシャーリーの言葉を思い出していた。


「グルトは私にはできないことをできる、か」


 確かに、そうだ。

 シャーリーは治癒魔術を使うことができるが、回転運動(センバンキッシュ)を使うことはできない。


 イドラに同じ能力は存在しない。

 この先シャーリーがイドラを手にすることがあったとしても、回転運動(センバンキッシュ)は得られない。


「――そうだ。これは、おれだけのチカラだ」


 事実は変えられない。

 環境は変えられない。

 過去は変えられない。


 確かに回転運動(センバンキッシュ)は親からの貰い物だ。自分自身のチカラではない。でも、自分が得たチカラなのだ。


 それに、他の人間だって親から色々なものを貰っているじゃないか。命も体も心も、才能も――元を正せば、全部が全部親からの貰い物だ。おれは単に、それがイドラだっというだけの話。恥じることは何もない。


「さすがに、屁理屈かな」


 それでもいい。

 こうして、前を向けたんだから。



 §



 それから三年の月日が流れ、グルトは十一歳になった。友達と呼べる存在はシャーリーしかおらず、退屈な日常に身を沈めていた。


 そんな、ある日のこと。

 グルトは自分のことを除け者にしたアーサーたちが、Sランク冒険者の話で盛り上がっている姿を偶然目にした。


 そして、ふと思った。

 ――Sランク冒険者になることができれば、もうアーサーたちはおれのことを無視しなくなるんじゃないか? いや、違う。無視できなくしてやるんだ、とびっきり凄い奴になって。


 いま思うと、バカな話だと思う。

 仲良くしたいくせに、無駄にプライドが高くて自分の過ちを詫びることができないから、こんな思考に至るのだ。


「――回転運動(センバンキッシュ)


 その翌日から、グルトは自分のイドラを鍛え始めた。意識して能力を使うと、今まで見えなかったことが見えてくる。


 例えば足裏にトルクを付与するよりも、太ももの付け根にトルクを付与した方が速く走れることを知った。


 また、回転運動(センバンキッシュ)は物体にしか発動できないという思い込みも破壊することができた。


 村の仕事と家事をしながら、そんな学びや小さな気づきを繰り返し――五年が経った。十六歳の夏、グルトは村を出る決心を固めた。


「――ねえ、本当に行っちゃうの?」


 別れの日。

 シャーリーがグルトにそう問いかける。


「ああ、ババアの面倒を見る必要もなくなったしな」


「そっか……寂しくなるね」


「そうだな」


 言葉が途切れる。

 お互い、相手にかける言葉を探しているのだろう。迷った結果、グルトは最初に思いついた言葉をシャーリーに言うことにした。


「じゃあな、シャーリー。また近いうちに会おう」


「わかった。待ってる」


 そう言って彼女は、いつの日かと同じような微笑みでグルトに笑いかけた。



 §



 村を出てから、いろいろなことがあった。

 剣を買い、冒険者登録をして、右も左もわからないまま依頼を受けた。初めての依頼は危ういながらも、無事に完遂することができた。


 だが、二回目の依頼では魔力枯渇に陥り、魔物に襲われて危ないところをナギサに助けられた。その縁で、ユアンがリーダーを務める『一刃の風』に加入し――グルト・フランクリンは今ここに立っている。


「なあ、ユアンはどうしてSランク冒険者を目指してるんだ?」


 依頼終わりの夜道。

 冬の寒さに身を震わせながら、グルトは何気なくユアンにそう尋ねた。


「別に……ただなりたいからなるだけだ。深い意味はねぇよ」


「そうか」


「お前はどうなんだよグルト。どうしてSランク冒険者を目指すんだ?」


「おれは――」


 アーサーたちのことなんて、実はもうどうでも良くて。


「おれは凄い奴になりたいから」


「――は?」


「……前にも言ったよな。おれには魔動器官がねえって」


「ああ、それは知ってるが」


「Sランク冒険者になって証明したいんだ。――別に、魔動器官なんて大したもんじゃねえってよ」


「……そう、か。そうだな。一緒に証明してやろうぜグルト」


「何言ってんだ、てめえには立派な魔動器官があるじゃねえか、バーカ」


「んだと!? 誰がバカだ! ――おい、ナギサっ! なに笑ってやがる!!」



 §



 投げた剣に、グルトがイドラを発動する。極限まで魔力を注ぎ込んだからか、魔術紋が熱を持っていた。


 回る回る回る。折損(せっそん)した剣が異常な速度で回転し、コップの中の嵐(トルニタラネード)によって舞い上げられた砂塵と衝突する。


「――ッ!」


 砂の粒と超高速で擦れ合い、剣が火花を上げる。鼻につく焦げ臭いニオイ。ほんのりと赤く染まった剣が音速に迫る勢いで回転し、


回転する火の粉の剣(スパークブーメラン)――ッ!」


 ユアンへ必殺の一撃を放つ――!

 されど、相手は必殺の一撃を平常に振るうことができる男であり、


「――超神速剣(アクセントブレイド)


 刹那、グルトの剣は跡形もなく消し飛んでいた。その必然の帰結を見届けると、グルトは地面に仰向けに倒れ込む。


 当たり前だ。

 あれだけの一撃を放って、魔力が枯渇しないわけがない。


 ユアンが歩き、グルトの喉に剣を突き付ける。とうとうと、一筋の血が流れた。


「グルト、オレの勝ちだ」


 ああ――本当に、


「……そう、だな」


 さいのうが、いやになる。



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