第27話 〝ユアン・グラネルド〟
「――グルト、どうしてこの場所が」
「寝ぼけてんのか、てめえ。魔剣の気配を追ってきたに決まってんだろ」
「そう、だな。オレもそうだった……」
頭がうまく回らない。
怪我と疲労のせいだろうか。
「それで――さっきからその魔剣の気配がしねえんだが、てめえがなんかしたのか?」
「――は?」
言われて、魔剣の気配が消えていることに気づく。辺りを見回してみても、魔剣の姿はどこにも見当たらなかった。
「どういう、ことだ……?」
「……突然消えたのか?」
「ああ、恐らくは」
「ラナの時と同じだな。ああ、そうだユアン! ラナが見つかったんだ! そう遠くねえ所に倒れてて、外傷はなかった。今はアリスが見てる」
「そうか。それは、良かった」
「そうだな。で、いい加減てめえが半裸なワケを聞いてもいいか? というか、何があったか全部教えろ」
そう尋ねられ、オレはグルトに今まであったことを説明する。グルトはオレの話を最後まで黙って聴くと、「嵌められたな」と言葉を溢した。
「やっぱりお前もそう思うか?」
「ああ、思わねえ方がどうかしてるだろ。状況ができすぎてる」
「……こんなことができるのは、空間操作系のイドラ持つ奴しかいねぇよな」
「たぶんな。断定はできねえが」
確かに、断定はできない。形代の魔剣なんて凶悪なものを持ってる奴だ。もしかしたら、オレたちには想像もできないような能力の魔剣を持っている可能性もある。
……考えても無駄だな。
とにかく、オレたちに害意を持っている奴がいることは間違いない。今のオレはあまり役に立たないかもしれないが、まとまって動いた方がいいだろう。
「グルト、今すぐアリスたちと合流しよう。何かあったらまずい」
オレの言葉にグルトは「そうだな」と同意し、
「おっと、その前にトドメを刺さねえとな」
と、言葉を続けた。
§
グルトの言葉に、ユアンは「――は?」と理解を拒むような声を上げる。
「殺す必要は、ないはずだ。そもそもオレがこいつらを襲ったのは、ラナの傷を移すためであって」
「――――」
「それに、これだけの実力差があれば報復をしようだなんて、考えない……はずだ」
「てめえ、それ本気で言ってんのか?」
グルトの指摘に、ユアンは柄にもなく口を噤んだ。
「こいつらが生きてる限り、報復の可能性はゼロにはならねえ。怨みは人を狂気に駆り立てる。わかんだろ? てめえだって、そういう現場を何度も見てきたはずだ」
確かに、仕事で何度も見てきた。
怨みの念で偽魔術に手を染めたり、無関係の人々に害を為した奴らを。
でも、それでも、
「こいつらが……そうなる確証はない」
「――ッ! それだけじゃねえ! こいつらがギルドに報告したら、おれたちは間違いなく冒険者資格を剥奪される! いいのか!? Sランク冒険者になれなくても!!」
「それは、嫌だ」
「なら――」
「でも」
そう、続きの言葉を紡ごうとした時だった。不意にある夏の日の匂いが、鼻を掠めた。呼応するようにして、遠い記憶が頭の中に溢れ出す。
家族三人で出かけた時の話だ。
訪れた街に、突然大きなドラゴンが現れて、人々を襲っていた。命を、蹂躙していた。
十メートルを優に超える巨体。
けたたましい咆哮。
見た者に死を思わせる鋭い眼光。
遠くからそれを味わっただけでも、オレの足はがくがくと震えていた。たぶん、涙目だったと思う。
でも、近くにいた親父は違った。
オレのことをお袋に任せると、雷霆の如くドラゴンに鋭く迫った。
そして、救った。
背中を抉られるはずだった少年を。
捕食されるはずだった少女を。
無謀にも立ち向かい、尾で体を二つに分けられるはずだった青年を。
翼の風圧で吹き飛ばされ、壁に衝突するはずだった老婆を。
爪牙を剣で弾き、尾を切断し、翼を斬り刻んで救ったのだ。
命を奪うことを優先した太刀筋じゃない。
それは、人を護るための剣舞だった。
とても綺麗だと思った。
心の底から、美しいと思ったのだ。
やっと、思い出した。
今までつまらない意地を張っていたけれど。
オレはSランク冒険者に憧れていたんじゃない。
「オレは人の道を外れてまで、Sランク冒険者になるつもりはない」
オレは親父に――ヨセフ・グラネルドに憧れたんだ。あの人のようになりたいと、強く思ったのだ。
冒険者を志したのだって全部が全部、親父に近づくため。オレはあの剣舞の輝きに、今でも魅せられている――。
「何言ってんだ!? こいつら襲った時点で、人の道なんてとっくに外れてるだろうが!!」
親父のようになりたい。
なれないのなら、冒険者資格なんてくれてやる。オレの呪いは、Sランク冒険者になることではないのだから。
「そうだな。だから、これ以上踏み外すわけにはいかない」
「ああ――そうかよ。てめえの夢は所詮……その程度のものだったんだな。ホント、がっかりだ」
そう言うと、グルトが鍔に手をかけた。
それを見て、ユアンは倒れ伏す三人を庇うように移動する。
「寝てろユアン。そんな体じゃ立ってるのも辛えだろ」
「ああ、早く屋敷に帰らねぇと」
抜剣する両者。
次の瞬間には、甲高い金属音が鳴っていた。心がひび割れるような、とても哀しい音だった。




