第26話 〝流血淋漓〟
「カルフ、俺に一つ案があります……。血のストックを二つほど、託してくれませんか?」
アンバーは無駄弾で砂嵐を発生させると、小声でそんなことを言ってきた。
§
直感があった。
ユアン・グラネルドはカルフではなく、自分を真っ先に狙ってくると。
そして、その直感は見事に当たり、ユアンが俺の体を袈裟懸けに斬り裂いていた。――服の中に忍ばせていた、カルフの血が入った袋ごと。
びしゃり、びしゃりと。
作戦通りに、ユアンの体が赤く染められていく。
「――ッ!」
ユアンは返り血の多さで俺の策に勘付いたようだが、もう遅い。激痛に耐えながら、カルフに視線を送る。頼む、やってくれ、ごめん、相談もなしに――、
「凍血能力――ッ!!」
瞬間、ユアンの上半身の大部分が、赤い氷に包まれた。
「が、アアアアアアアアアアアアアア!!」
あまりの氷の冷たさに、ユアンが絶叫する。
心臓がドクン、ドクンと強く脈打つ。
今、自分がきちんと呼吸をできているか自信がない。体を剣でめちゃくちゃに斬られているような鋭い痛みが、頭を支配してしてしてしてしててててててて。
「ア……ア……アァ、ア」
「――風切!」
冷たさに慣れたのか、頭が少し回るようになる。まだ、死んでいない。ちゃんと生きている。わずかたが、右腕も動く。
魔剣を、振れる――!
「神速ァァァアア!!」
右腕のみに神速を発動させる。それと同時に魔剣に魔力を流し込む。刃が怪しい光を放った。
「ぐ、ううううううう――!」
体を風の刃で裂かれながら、オレは剣を振った。白髪の男の体に新たな切り傷が刻まれ――形代の魔剣の能力が発動する。斬りつけた相手に、自分を含めた任意の人間の負傷を押し付けると言う、恐るべきチカラが。
「――っうううううううううッ!!」
「アンバァァァァァァアア!!」
苦痛の声を上げながら、白髪――アンバーと呼ばれた男が地面に倒れ伏す。対するオレは体から痛みが消失していた。だが、血氷は依然オレの体に残っている。
「――ッ」
瞬間的に、魔剣を手放し。
自由に動く右腕で、強引に上衣を脱ぐ。
「ぐ……!」
氷の割れる音が、皮膚が剥がれる音が、嫌に耳に残った。そして――、
「はああああああああああっ!」
怒りで我を忘れたのか、それとも魔術戦ではオレに敵わないと判断したのか、眼鏡の男が殴りかかってくる。
しかし、零術を使えるオレにその行動はあまりにも悪手すぎる。そう、バカを演じるにはあまりにも遅い――!
「風切――ッ!」
刹那、男が自分の右腕に風の刃を放った。凍血能力を発動するための起爆剤が、辺りにばら撒かれる。
オレはそれを間一髪でかわすと、魔力と体重を載せた拳で敵の腹を殴りつけた。「――がはッ」と苦痛の声を男が漏らす。
血を流すことが武器になるこの男には、風の刃も剣も使えない。だから、ただひたすらに強化した身体能力で相手を殴る――!
「ぐ、がッ、はあああああ!!」
「ぎぃ、ぎゃ、ハ――ッ!!」
脛を蹴り、渾身の拳を打ち込み、暴力という言葉を具現化したような一撃を浴びせる。
それを幾度と食らっても男は倒れず、相手を加害するための自傷行為を繰り返す。傷だらけの体で、必死の形相で、オレに鋭く迫ってくる。
「が、ぐ……! づ、あああああアアア!!」
「ハああア!! グ、ギャッ、オァァア!!」
相対するオレも余裕はなかった。
いくら魔力で身体能力を強化していると言っても、全ての血液を避けることはできない。オレの体の至る所に凍傷が刻まれていく。体が何度も悲鳴を上げていた。
――神速を使って、終わらせるか?
そんな考えが頭を過った時。
不意に、男がバタンと倒れた。
「はあ……はぁ……はっ」
それが演技ではないこと確認し、オレは疲労と痛みに耐えかねてその場に座り込――
「業火放射――ッ!!」
アンバーという男の詠唱が鼓膜を打った。
背中に強く、熱を感じる。
くそ、まだ意識が――神速を。何言ってる、全身には使えない。
身体強化、間に合、え――
「座ってろよ、リーダー」
後ろから、そう聞き覚えのある声がした。瞬間、背中に感じていた熱は消え、アンバーの悲鳴が耳をつんざいた。
そして、黒い髪をした男はこちらにゆっくりと歩み寄り、
「おい、生きてるか?」
目の前に、グルト・フランクリンが立っていた。




