第24話 〝凶行〟
剣から手を離し。
両手で自分の頬を、挟み込むようにして叩く。バチンという音と共に、強烈な痛みが頭を支配する。
痛い、痛いが、これで気持ちを切り替えることができた。まだ辛うじてラナは生きている。近くに治癒魔術を使える人間がいたら、ラナは助かるんだ。
もしいなかったとしても、形代の魔剣という彼女を救う術もある。そして、死ぬことが嫌で自分を犠牲にできないのなら、やることは一つだけだ。
他の誰かにラナの負傷を押しつける。
……我ながら、最低な案だと思う。
でも、最悪の場合それしかない。それしかないんだ。
――覚悟を、決めろ。
「――――」
耳を澄ます。
近辺に人がいるのなら、この魔剣の気配に気づかないはずがない。高確率で寄ってくるだろう。
物音がする。
六時の方向に二人。
――方向からして、グルトとアリスだろう。
仲間を犠牲にして他の仲間を救うなんて、言語道断だ。
二人を意識から外し、神経を研ぎ澄ます。
……十二時の方向に三人。
間違いない。いる――!
「――ッ」
敵意を隠して、接触する。
イドラのチカラを全身に漲らせ、真正面へと猛進する。
――ッ、見えた。
神速を解除し、立ち止まる。
「――あなたは」
三人組の一人――眼鏡をかけた青年から、そう声が漏れる。彼の顔に覚えはない。となると、オレのことを一方的に知っている? 同業者だろうか。
「オレはユアン・グラネルド。冒険者だ」
「ええと、はい。知ってます。『一刃の風』の方ですよね」
「ああ、そうなんだが一つ頼みがあって――治癒魔術を使える人間はいないか? 仲間が傷を負ってしまって、困ってるんだ」
「……だから、イドラを使ってたんですね」
「ああ」と短く答えて、心の中で祈る。頼む、頼むから――
「申し訳ないですけど、うちのメンバーに治癒魔術を使える人間はいなくて……すみません」
「いや、それなら……いいんだ」
神速で間合いを詰めて、攻撃する瞬間にイドラを解除をする。そうすれば、ラナの負傷を押し付ける前に即死させることはないだろう。
狙うは、警戒心が薄い眼鏡の男――!
「こちらからも一つ、質問いいですかね……」
白髪の青年が、そう問いを投げかけた瞬間だった。ユアンの体が雷撃の如く、獲物に迫る。
並の者なら反応どころか、視認すらできない速度。その肉薄をただ一人だけが、止めようと動いていた。
「――ッ!」
今まで黙って会話を聞いていた茶髪の青年が、仲間を護ろうと前に出る。身体強化かイドラを使っているのかは知らないが、速い。速いが――神速と比べてしまうと亀の歩みだ。
その程度の速度では、仲間を守ることはできないだろう。でも、仲間を絶対に護るという、その決意は伝わったから。
獲物を、茶髪の青年に変更する。
雷が避雷針に落ちるように、ユアンが動いた。避雷針となった男は、戦斧を構えることすらできずに――体から、鮮烈な赤をぶちまけていた。
§
「……え?」
あまりに、突然のことだった。
目の前には胴を水平に斬られたマルコスの姿があって。なんで、なぜ、どうして、そんな思いがカルフの頭の中を駆け巡る。
「――業火放射ッ!」
アンバーが下手人――あのユアン・グラネルドに向かって、業火を放つ。それをユアンは風魔術で相殺すると、攻撃の手を緩めることなく僕自身に迫り――、
「劫火放射――ッ!」
上級魔術の詠唱が耳朶を打つ。
それと同時に、赫赫たる炎がユアンに向けて放たれていた。
ユアンが思考する。
上級魔術が実戦で振るわれることは稀だからだ。主な理由は三つ――威力が常軌を逸していることと、魔術の構築に膨大な時間を奪われること、そして魔力の消費が桁外れに大きいことだ。
よって、この短時間で上級魔術を放つことは物理的に不可能だろう。――イドラが絡んでいなければ、の話だが。
「――――」
躯体を焼き尽くす炎が迫ってきているというのに、顔に熱を感じない。目が乾かない。ほぼ間違いなく、これはイドラによって生み出された幻影のようなものだろう。詠唱も偽装と考えたほうがいい。
眼前に迫る幻影。
無視して、突っ切るか?
――いや、視界が幻像で覆い隠されている今、その先に進むのは得策じゃない。
念には念をと、幻影に触れないようにして神速で跳び退る。巨大な火炎が草地に触れる、が――何も起こらない。どうやらオレの推測通りだったらしい。
そう思ったところで、幻炎が着弾した草地の一部が焼き焦げていた。
恐らくだが、初級魔術を上級魔術でコーティングしていたのだろう。咄嗟にこんな罠を仕掛けるとは――侮れない。眼鏡よりもあの白髪の意識を奪うことを優先しようと、ユアンは方針を固める。
「――チッ」と舌打ちをするアンバー。そんな、自分のことを護ってくれた仲間に感謝をしつつ、カルフは今の状況を整理する。
団長は 生きている 。
斬られた傷はそう深くないが、それ以外の打撲傷と火傷は命に関わるものだ。
これは恐らく、あの男が持っている魔剣の能力によるものだろう。情報が少なすぎて、能力の特定はできそうにない。
まあ、どうでもいいか。殺してやる。わからないことをいくら考えても、時間の無駄だ。本当に。
いま、優先すべきは一刻も早く団長に治療を受けさせること。だが、それを目の前にいるクソ野郎が許すとは思えない。
だから――泣き死んで。




