第23話 〝作られた運命〟
「――ユアンっ! 今の!!」
「ああ、わかってる!」
グルトの訴えにそう言葉を返し、ユアンは全身に神速を発動させた。
向かう先は、この異質な気配の発生源。
恐らく、比類なく強力な魔剣のある場所――感覚だけを頼りに、前へ前へと突き進む。
進むたびに、背中が冷たくなるような幻覚に襲われた。全身を針で刺されているみたい。丈夫な縄に体を縛られているような圧迫感。
それら全てを無視して、ユアンは三秒ほどで目的地に辿り着いた。木々が生い茂る森の中。眼前には、大地に刺さる妖しい魔剣と、
「――ラナッ!」
倒れ伏しているラナ。
近くには、その命を飲み込もうとしている泥色の魔物――ロワボヨンボ。
なんで、という疑問が頭の中に広がる。
こんな所にラナがいる理由が、ロワボヨンボがいる理由がわからない。そもそもこの凶悪な魔物は、湿地のようなジメジメとした場所にしか生息できないはずで――。
違う。
違う違う違う違う。
今はそんなことを考えている場合じゃない。
こいつを――殺す!
気持ちを切り替え、地面を蹴った。鞘から剣を引き抜き、魔物を鋭く睨み付ける。
「――――!」
物理攻撃の効きにくい体。
斬った瞬間から再生する治癒能力。
その全てを、圧倒的な神速でねじ伏せる。
一瞬の間に体を十七個に斬り分けると、流石のロワボヨンボも動かなくなった。絶命を確認し、急いでラナに駆け寄る。
「ラナ! ラナっ!」
名前を呼びかけるが、反応はない。体には、打撲によって生じた無数の痣と火傷があった。ラナの不規則な呼吸音が、体に嫌な汗をかかせる。
「なんだ……これ」
わからない。わからない。わからないが、ラナの命が潰えようとしているのは、誰の目にもわかることで。
「治癒魔術――はやく、治癒魔術を」
オレは使えない。
グルトもアリスも使えない。
誰か誰か誰か誰か、いないのか。
治癒魔術が使える人間は近くに、無理だろうそんな都合のいいことは、そもそも近くに人の気配なんて全くしないのに、自分の心音がうるさい、ラナを直視できない、魔力はまだある、この状態のラナを動かしていいのかはわからないが、ラナを背負って、神速を使って急いでミャリールに戻れば、もしかしたら、まだ――
「――ぁ」
不意に、魔剣が目に入った。
運命に導かれるようにして、ユアンが魔剣の柄に触れる。しっかりと握ってその魔剣に魔力を通すと、頭の中に情報が流れ込んできた。
形代の魔剣。
魔力を流して人を斬りつけることで、自分または任意の人間の負傷を相手に押しつけることができる。
「――――」
魔剣の能力を理解すると、ユアンはそれを地面から引き抜いた。
良かった、これでラナを助けることができる。救えるんだ、彼女を。だから、だから、余計なことを考えるのはやめろ。
わかっている。
今のこの状況が、あまりにもできすぎていることくらい。たぶんオレは今、誰かの手の平の上で無様に踊っているのだろう。
それでも、彼女を救えるのなら、罠にだって引っかかってやる――!
「――――ッ」
勢いのまま、ごくりと唾を飲み込み。
魔剣の切先を、自分の喉元へと向ける。あとは、ラナのことを思い浮かべながら、喉にほんの少し刃を食い込ませるだけで――ラナ・クロッティはこれからも生きていける。
だから、だから、だから、だからだからだからだからだからからだからだからだからだからだからだからだからだからだからだからだからだから――死ねよ、ユアン・グラネルド!!
「――っ……はぁ――はぁ――」
呼吸が荒い。
剣を持った右腕が震えている。
心臓の鼓動を強く感じて。
死ね、死ね、死ねと自分の体に命じ続ける。
時間がないのに。
早くしないとラナが死んでしまうのに。
いったい、何をしているのだろう。
無意識に、震える右腕を左腕で押さえつけている自分。この腕は震えを抑えつけ、自殺をするための補助具じゃなく――右腕をこれ以上動かさないための固定具だった。
ああ、と――それを自覚して、ユアンは魔剣を喉元から下ろした。
胸中を占めるのは、ラナを喪う恐怖と、自分への失望だけ。ユアン・グラネルドは結局、仲間のために死ねなかった。
――親父は、名前も知らない誰かのために死ねたというのに。




