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減速の冒険者  作者: 加ヶ谷優壮
第一章 〝二つの幻影〟

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第22話 〝開演準備〟


水巨砲弾(アクアドーラ)っ!」


 ラナが手の平から、水弾を放つ。

 躊躇(ちゅうちょ)なく放たれたそれは、男の目を潰そうと猛進するが、


「――ッ!」


 男がラナの斜め後ろへと空間跳躍をし、易々と避けられる。そのまま男が間髪を容れずに、ラナの右耳に掌底(しょうてい)を繰り出す。


 普通の人間なら反応することすら難しい一撃。だが、ラナには相手の心を読む精神感応(メンタルテレパシー)があった。


 頭を左に傾け、掌底打ちを難なく避ける。男の右手の甲が視界に入った。そして、男は腕を引くでもなく手の平をこちらに向けて、


「――火炎放射(フレイムブレス)


 炎が放たれる。顔全体に熱を感じた。

 初級の火魔術だが、詠唱をすることによって威力を上げているのだろう。人一人殺すには十分過ぎる火力だ。


 掌底と、火属性魔術による二段構えの攻撃。読心対策かは知らないが、ムカつく手法だ。実際、予見はできたが、今の自分の身体能力では放たれる火炎を避けることができない。


 選択に迫られ、両足に魔力を流す。大きく左に跳んだ。男もそれに合わせて移動し、


水巨砲弾(アクアドーラ)ッ!」


 極限まで加圧した水弾を男に撃つ。男はその行動に面食らいながらも、手の平の照準をラナに合わせ、


業火放射(ヘルフレイム)――!」


 水属性中級魔術(アクアドーラ)火属性中級魔術(ヘルフレイム)が衝突する。どちらの魔術も同じ中級であり、互角になると思われたが――


「――ッ!」


 業火が押し負け、ラナの放った水弾が空気を裂いて突き進む。逃れようと、男はイドラを使おうとするが、


「――チッ」


 使えない。

 強大なチカラには必ず、縛りがついて回る。

 それはこの男が持つイドラも、例外ではない。


 イドラ『瞬間移動』(テレポーテーション)

 自分自身、または自分の視界内にあるものを、瞬時に別の場所へ移動することができる能力。対象は生物、非生物を問わない。


 ただし、一度に移動できるものは一つのみであり、移動先もまた自分の視界内に限られる。そして、能力の再使用には、約七秒の待機時間を必要とする。


 ――これらが、ついさっき精神感応(メンタルテレパシー)によって得た男のイドラの詳細だ。


 今現在、男が最後にイドラを使ってから約五秒半。再使用待機時間の七秒を満たせていない。つまり、今この男は瞬間移動(テレポーテーション)を使うことができないのだ。

 だが――、


「――――」


 矛盾している。

 移動先もまた自分の視界内に限られるのなら、あの男はどうやって自分をこの浜辺へと転移させたのだろうか。


 思考を偽装することなんて現実的じゃない。なら、魔剣による能力? しかし、あの時も今も魔剣の気配はしなかった。


 わからない。

 心を読む能力と言っても、私は対象が今考えていることしか読み取ることができない。


 何か……嫌な感じがする。

 早めに決着をつけた方が良さそうだ。


「――っ」


 男が両足に魔力を流し、水弾から命からがら逃げ延びる。思考を読み、あの男は零術(れいじゅつ)の使い手だと理解する。


 身体強化は、一時的な力の増大と引き換えに、筋繊維や神経系に多大な負荷をかける。主に現れる症状は痛みや痺れ。一度使ったら最後、戦闘を続行することは難しくなるのだ。


 ――正に、諸刃(もろは)(つるぎ)と言うべきチカラ。

 しかし、そのチカラを刀刃(とうじん)に変える――反動をなくす方法も存在する。


 一つは治癒魔術。

 当たり前の話だが、損傷した部位を治せば反動はなくなる。自分がさっき使った方法だ。


 あの男の魔力は火属性のため、この方法は使えないだろう。自分やナギサのような、魔動器官で魔力属性を変換できる特異体質ではないことは、イドラによって確認済みだ。


 もう一つは零術。

 自分の体を常に魔力で強化し続け、負荷そのものを負荷ではなく〝平常〟にするイカれた技術だ。


 一度会得しようと試したことがあったが、無理だった。最初の微弱な強化を常時行う段階から、使う魔力がバカにならないのだ。


 しかも、あの精密な魔力操作を肉体が頑強になるまで二十四時間三百六十五日行わなければいけないなんて気が狂いそうになる。


 ユアンくらいの異常者しか会得できない技術だろう、あれは。まあ、ユアンは生まれた時から零術を会得している――肉体が頑強だから、こんなイカれた手順を踏む必要はないのだが。


 そして、いま目の前にいる男も零術を使えることから、ほぼ間違いなく異常者だ。

 手を抜くのは得策じゃない。

 だから――、


「――劇場開演」


 ラナが奥の手を――もう一つのイドラを行使する。

 刹那、世界の一部が変容した。



 §



 冒険者ギルドにて。

 予想外の人物に声をかけられ、マルコスとカルフは目を丸くした。


「あ、姉貴!?」

「く、クシェラさん!?」


 動揺を見せる二人に対して、アンバーは不審そうに赤髪の女を観察する。


「いったいどうしたんスか。こんな時間にギルドにいるなんて」


「ああ、それはね、ちょっとアンタたちにお願いがあって」


 受けてほしい依頼があるのよ――と、片目を黒い眼帯で隠しながら、クシェラ・クルースは言った。



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