第21話 〝イドラ『瞬間移動』〟
「――アリス」
シュニグナ洞窟をぼーっと見下ろしているアリスにそう声をかけると、「な、なにかしら」と彼女らしくない動揺の言葉が返ってきた。
「計画はさっき言った通りだ。洞窟をぶっ壊す許可もちゃんと取ってるから安心しろ」
「……それはわかってるけど」
「別にバジリスクを取り逃しても、別の依頼でAランクに上がればいいさ。だから、お前が心配することは何もない。いつも通りで頼んだ」
「わ、わかったわ」
アリスはそう言うと、シュニグナ洞窟に手の平の照準を合わせた。そして、空中に拳大の土弾を作り出す。
「――星の進化」
その言葉を言い終えるのと同時に、アリスが土弾に触れる。直後、土弾がみるみると肥大化していった。
これが、触れたものを巨大化させるアリスのイドラ――星の進化。このイドラで巨大化させた土弾は、上級魔術さえも凌駕する――!
「――土砲弾!!」
名前に伴わない圧倒的な質量を持つ物体が、シュニグナ洞窟を斜め上から押し潰す。そして、そのまま――、
「アリス――ッ!!」
死んでいく。壊れていく。
アリスの魔術が、土弾が先端から崩壊していく。
こんな現象を起こせるヤツは、『致死の魔眼』を持つ魔物に限られる。ほぼ間違いなく、バジリスクの仕業だろう。
チラリと後ろを見る。
アリスは事前の計画通り、自身の前に土魔術で幾重もの壁を作っていた。
これでバジリスクはアリスを見れない。
たとえ死の視線を受けても、少しの時間は大丈夫だろう。
そう仲間の安全を確認すると、ユアンは魔術紋に大量の魔力を注ぎ込んだ。神速を発動し、高台から一秒足らずで駆け降りる。
平地に着き、魔力を怒涛の勢いで消費しながら、シュニグナ洞窟に辿り着く。アリスが大きな穴を空けたおかげで、光量には困らない。
中にいる残党を斬り殺しながら、奥へと向かう。体は小さく、頭に白い王冠のような模様を持つ蛇――見つけた。
バジリスクへ、迫る。
殺気に気づいた蛇の王は、必死にその原因を断とうとするが、殺せない。速すぎて、その姿を見ることができないのだ。
致死の魔眼の発動条件は、対象を一秒間視認すること。そのチカラを使えなければ、バジリスクはただの貧弱な蛇に過ぎない。
刹那、稲妻のような一撃が、バジリスクの首を斬り落とした。あれだけ強大だった魔物が、紫色の水を吐く物体に成り下がる。
「やった、か」
敵を殲滅したことを確認し、ユアンが神速を解除する。魔力の残りがあと半分――少し、使いすぎたかもしれない。もう少し速度を緩めるべきだったか。
洞窟から出て、アリスのいる高台へ戻る。その途中で、見覚えのある顔を発見し――
「グルト?」
黒髪の青年が、息を切らして立っていた。グルトもユアンの姿を見つけ、近寄り、
「なあ、ラナはこっちに来てないか!?」
「ラナ? 来てないが……」
「あいつ突然消えちまって、屋敷にもいねえんだ……! 自分でもよくわかんねえんだが、何か嫌な予感が――」
瞬間、得体の知れない魔剣の気配がユアンの体を貫いた。
§
白い白い浜辺にて。
ラナが一人の男と対峙する。
「――瞬間移動、種族のイドラですか」
イドラは、四つの種類に大別される。
神速や減速など、自己を対象として発動する能力を洞窟のイドラ。
反対に、自己以外のものに影響を及ぼす能力を市場のイドラ。自己とそれ以外のものに超常能力を付与する種族のイドラ。
そして、一時的に世界そのものを作り変えることができる能力を劇場のイドラと呼ぶ。
男が口を開く前に、ラナがもう一度言った。
「なぜこんなことを? アレが心の内に破滅願望を秘めていることを、クシェラに教えてもらっていないんですか?」
放っておけば、そのうち見られるものを――ラナは暗にそんなことを言っていた。
男が質問に答えようとするが、問いを投げかけた張本人であるラナがそれを拒絶する。
「もういいです。心を読みましたから」
会話と呼べない会話が終わる。
次に始まったのは、荒波のような命の削り合いだった。




