第16話 〝過去に腕を掴まれて〟
深呼吸をして、俺は冒険者ギルドの扉を開けた。中を見る。幸運なことに、ユアンたちの姿はなかった。ほっと胸を撫で下ろす。
中に入り、依頼を受けるために掲示板へと向かう。その途中で、見知った顔に声を掛けられた。
「よう、ナギサ」
「……イヴァン」
懐かしい名前を口にする。
こいつは、ユアンと『一刃の風』を立ち上げる前――俺が『合縁斬炎』というパーティーに所属していた時の仲間だ。
「『一刃の風』をクビにされたって聞いたが、もう新しい仲間は見つかったのか?」
「……いや」
マルコスたちの顔が頭に浮かんだ。
勧誘を断ったことが申し訳なくて、思わず俯いてしまう。
そんな俺の様子を見て、イヴァンが「ははっ」と小さく嗤った。
「なあ、ナギサ! もう一度、俺たちのパーティーに入らねぇか? 歓迎するぜ」
「悪いけど、俺は」
「ああ、そうだよな。聞いた俺がバカだったわ」
自嘲するような薄笑いを浮かべながら、イヴァンが続ける。
「だって、お前は――俺らみたいな〝腰抜け共〟とは違って、Sランク冒険者になるんだもんな」
それは。
いつの日か、俺が言った言葉。
俺たちが袂を分かつことになった――決定的な言葉だった。
「……じゃあな」
そう一方的に話を終わらせて、俺はイヴァンの横を通り過ぎた。直後、後ろから腕を掴まれる。
「待てよ、ナギサ」
ゆっくりと振り返る。
「まだ話は終わってねぇぜ」
茶色の瞳にギロリと睨まれる。
戸惑いながら、何を言うべきか迷っていると、
「――そこまでだ、イヴァン」
そう言って、煉瓦色の髪をした男がイヴァンの肩に手を置いた。
「人に当たるのはよくないぞ」
「……別に当たってたわけじゃねぇよ」
そう言って、イヴァンが腕から手を離した。自由の身になった俺は、事態を丸く収めてくれた男――合縁斬炎のリーダーに軽く頭を下げる。
そうして、俺は掲示板へと向かおうとしたが、
「ナギさん」
無視をしても良かったが、この男――ヴァルターには今さっきできた借りがある。
諦めて、後ろを向いた。
「今、時間は大丈夫か?」
「……少しなら」
そんな俺たちの会話を、イヴァンはつまらなそうに一瞥すると、ギルドから出ていった。
併設されている酒場の席に、二人で座る。
「イヴァン、いったいどうしたんだ?」
前出会した時も色々と嫌味は言われたが、あそこまで攻撃的ではなかった気がする。
「実は、ロイスの行方が知れないんだ。それで、気が立ってるんだと思う。……イヴァンはああ見えて、仲間思いだからな」
――ロイス・オリヴィエ。
合縁斬炎のメンバーで、気のいいヤツだったことを覚えている。
「ここ最近、アイツの姿を見かけたりしなかったか?」
「見てないよ」と返答する。俺の言葉を聞いて、ヴァルターは残念そうに眉を落とした。
「ロイスは強いから、死んだなんてことはないと思うんだが……ナギさんはどう思う?」
何を言うべきか、迷う。
確かにロイスの絶対的焼身刑は強い。だが、人間は案外あっけなく死ぬものだ。
冒険者なんて職業に就いていれば、嫌でもそれがわかってしまう。
自殺志願者と揶揄される職業。
死の危険がある仕事。
それを誰よりも知っていながら、Sランク冒険者を目指すと言った男がいた。憧れや夢のために命を賭ける――その、異常な精神性に強く惹かれた。生物としてのタガが外れた生き方に、尊敬の念すら覚えた。
だから、俺は合縁斬炎を抜け、ユアンと共に一刃の風を立ち上げたのだ。こいつと一緒にいれば、Sランク冒険者になれると信じていた。それ、なのに――
「おーい、ナギさん。大丈夫か?」
その一言で、現実に引き戻される。
「……悪い、えっと、ロイスの話だったよな」
「いや、その話はもういいよ。答えに困る質問をして悪かった。――こんなこと誰に聞いたって、意味なんかねぇのにな……」
瞳に哀しみの色を宿らせながら、ヴァルターがそう言う。それが見ていられなくて、「俺もさ!」とつい大声を出してしまう。
「暇な時、ロイスを探してみるよっ。見かけたら、必ずお前に連絡する」
「そっか、ありがとう」
ヴァルターの作り笑いが、痛々しかった。
§
一人で、道を歩く。
目的地はネグラム草原――そこに、兎のカタチをした凶暴な魔物が棲みついてしまったらしい。今回俺が受注したのは、そいつの討伐依頼だ。
「――――」
……歩くことを、苦痛に感じてしまう。
こんな時、あいつらがいたら――
「なに、考えて……!」
自分の意思で勧誘を断ったくせに、どうして俺は後悔なんかしてるんだろう。
「――っ」
マルコス冒険団の居心地は良かった。
マルコスもカルフも、アンバーも良いヤツで一緒にいて楽しかった。
――だから、怖かった。
関係が深まっていくたびに。
心が通じ合っていくたびに。
あの日みたいに、罵倒されるのが。
あの日みたいに、見限られるのが。
あの日みたいに、軽蔑の目を向けられるのが。
――人に裏切られるのが、怖かった。
怖かった怖かった怖かった怖かった怖かった怖かった怖かった怖かった怖かった怖かった怖かった怖かった怖かった怖かった怖かった怖かった怖かったから、
自分で自分に、嘘をついた。
自分の意思を捻じ曲げた。
「――ははっ」
今更そんなことに気がついて、乾いた笑いが口から出た。
「はははははっ!」
どうしようもなく弱くて、どうしようもなく愚かで、どうしようもなくみっともない俺の姿を、雲居の空だけが見つめていた。




