第11話 〝イドラ『凍血能力』〟
「――ッ!」
声を上げる暇もないくらい、一瞬の出来事だった。思わず、下手人であろうエルヴィスを睨みつける。だが、そんなことをしても状況は何一つ好転しない。
石化が伝播していく。瞬く間に、草が、土が、アンバーの両足が石になる。
もう自分は助からないと悟ったのか、アンバーが俺の目を見る。黒色の瞳で訴えてくる。
――カルフを助けろと。
わかってる。
そんなこと、お前に言われるまでもない――ッ!
まだこの状況をうまく咀嚼できていないのか、カルフは呆然としていた。そんなカルフを強引に抱き抱える。そして、そのまま後ろに跳ぼうとするが――、
「ぐ……!」
無理があった。力が足りない。前を見る。アンバーは既に全身が石化していた。こちらにも、エルヴィスの魔の手が迫ってきている。
時間がない。後ろ歩きをする。そんなの誤差だ。だが、その誤差が勝利をもたらすこともある。
もう魔動器官に魔力は流し込んでいる。加工する。魔力から余分なものを取り払う。属性なんて必要ない。魔力を継ぎ足す。純粋なチカラのみを抽出する。カタチなんて必要ない。いま必要なのは――、
「あああああああああああああ!」
身体強化用に加工した魔力を、両足に注ぎ込んだ。力が溢れてくる。痛い、いたい、いたい。暴発しそうだ。今にも内側から弾け飛びそうだ。骨が軋む。
急いで方向を指定する。落とさないように、カルフを強く抱き抱える。そのまま、俺は後ろに大きく跳んだ。
ひとまず、エルヴィスのイドラから逃れることには成功したが――、
「――ッ!」
カルフを離し、俺は草むらに座り込んだ。両足がビリビリと痺れている。立ち上がろうとするが、足に力が入らない。
今の状況を呑み込むことができたのか、カルフが俺に話しかけてくる。
「ナギサさん大丈夫ですか!?」
「足が痺れてるだけだよ。大丈夫だ」
「――そうか、それは好都合じゃのう」
前方から、辺り一面を石化させた張本人の声が聞こえてくる。庇うように、カルフが俺の前に出た。
「今すぐ団長とアンバーを元に戻してください」
「それは無理な相談じゃのう。ヤツらは既に儂の商品じゃからな」
「――商品、ですか」
怒気を含んだカルフの声を初めて聞いた。「ナギサさん」と呼びかけられる。
「援護を頼んでいいですか」
「ああ、任せろ」
そう気丈に振る舞ったものの、俺はさっきの身体強化で魔力の半分を消費してしまった。それに初級魔術しか使えないし、カルフの役に立てるかどうかわからない。
……やはり、身体強化は燃費が悪いな。
体にかける負担と、得られるチカラが見合っていない。魔力をかなり加工する必要があるから、すぐに使えないのも難点だ。――まあ、クシェラみたいに膨大な魔力量と、才能があるなら話は別だが。
「儂と戦う気かの?」
「当たり前でしょう」
「大事な商品に傷をつけたくないのじゃが……まあ、パテで埋めれば問題ないか」
老骨はそう言うと、口元を歪めて大きく嗤った。
「やるか、小僧」
「言われなくとも――ッ!」
刹那、カルフが懐から茶色の袋を取り出した。エルヴィスが勘づく。あの中に入っているものは、カルフの血液だと。
――不利だ。
俺たちは、あの老人に自分のイドラを話してしまっている。アンバーは唯一話していなかったが……今は物言わぬただの石だ。助力は期待できない。俺とカルフでエルヴィスを倒さなければ。
カルフが老人目掛けて、血液袋を投擲する。「遅ぇ」と嗤いながら、俊敏とした動きでエルヴィスがそれを避けた。
エルヴィスがカルフに迫る。俺はそれを防ごうと、手の平から拳大の土弾を放つ。易々とエルヴィスに避けられた。
カルフが再び血液袋を取り出し――、斜め上に放り投げた。予想外の行動に、俺とエルヴィスが面食らう。
「風切!」
カルフの詠唱。
声に出すことで威力を底上げした風の刃が、血液袋を豪快に切り裂いた。辺り一面に局所的な血の雨が降る。エルヴィスはもちろん、俺やカルフ自身にも血液がかかった。
――そうか!
カルフはどの血液を凍らせるか、自分で選択できるのか。
「――凍血能力」
カルフがエルヴィスの体に付着した血液を凍らせる。後退したエルヴィスから「ぐ……うぅ」とうめき声が漏れた。
すかさず土弾をエルヴィスに向かって放つ。避けられたが、さっきよりも動きが鈍い。少し遅れて、カルフも風の刃を放った。凄まじい速さ――もしかして中級魔術か!?
避けることは難しいと判断したのか、エルヴィスが土の防壁を作り出す。だが、そんなものでは風の刃は防げない。
「――固める意志」
瞬間、防壁の素材が土から石に変化した。




