8:Patchwork
ビル群から十数分歩くだけで、目的地っぽい建物には辿り着いた。目測よりも近かったことに気付かなかったのは、アンダーワールドに薄い霧がかかっていることが影響していると思う。オープンワールドにはなかったことと、背景そのものが白を基調としているので気付くまで時間がかかった。
建物への道のりには確かにボックスを含めた見覚えのあるモンスターが徘徊していたが、レンさんから事前に説明があった通り数は少ない上に明確に避けて進んでいるため接敵することはなかった。
「止まれ」
建物の外壁部分で声をかけられた。
建物は五メートルくらいの高めの外壁で囲まれている。おそらく建物を中心に円形に建設されているのだろう。
モンスターを阻むための壁だとは思うが、飛行系の敵なら壁を容易に超えられるような気もする。ボックスのような低空を浮遊しているモンスターなら問題ないとは思うが…。
見える範囲で建物を見上げると、正面からの見た目は国会議事堂のような形になっている。建物自体も非常に大きく、外側は大抵ハリボテであるNOWHEREの基本構造を考えると違和感がある。
外壁があっても全体の形が分かるくらいには大きい。どのくらいの人がこの中にいるんだろう。
「要件は?」
外壁の正面にはいかにも重たそうなドアがある。その正面に、軍服を着た男の人が二人。一人は縦にも横にも大きい男の人。もう一人は背が低いが真面目そうなしかめっ面の男の人。どちらも戦争映画で見るような銃を持っている。
NOWHEREでは服の性能はほとんど変わらない筈だが、なんでわざわざ軍服を着てるんだろう。
「イツキに会いたい。対面じゃなくてもええから、話ができるように取次頼むわ」
「…関西人が、イツキさんに何の話だ?」
元々しかめっ面をしていた男の人の態度がさらに悪くなった。イツキという人に会おうとしていることが理由なのか、関西弁で話したことが理由なのか。
「ウイルス関連の話や。この辺で起きた事件やさかい、情報交換も兼ねて話したいんや」
「ウイルス?そんな話は誰からも聞いてない。ガセ情報で取り入ろうとしてないか?」
見るからに僕らの事を邪険に扱っているのが分かる。もう一人の大きな男の人はHANAEさんをじっと見ていたので、視線にいたたまれなくなったHANAEさんが僕の後ろに移動する。僕は身体が細くて身長も平均くらいなのだが、HANAEさんが小柄すぎるので十分隠れられる。
「してへんわ。別に中に入ろうとしてる訳やあらへん。イツキと会話できればここで喋ったってもええんや」
NOWHEREでは、連絡先があれば通話ができる。おそらくレンさんはイツキという人との連絡先を持っていないのだろう。連絡先は持っていないのに知り合いというのも少し不思議ではある。
HANAEさんをじっと見ていた方の男の人が、ニヤニヤしながらこちらに来た。それに対応するようにHANAEさんが移動して相変わらず僕を盾にする。
「まあまあ。見るからにアンダーワールド初心者だし、どこかの『ギルド』に入って後ろ盾が欲しいんだろ。イツキさんは無理だが、俺達の下にならつけてやってもいいんじゃないの?」
「…」
覗き込んでくる男の人を僕越しにHANAEさんが睨む。僕ならHANAEさんくらい美少女だとしても嫌な気持ちになる。できるだけHANAEさんを隠そうとするが、大きな男の人に押しのけられる。
「じゃ、デバイス持ってないかボディチェックでも―――」
大きな男の人が伸ばした右手がHANAEさんに触れる前に、レンさんがその手を掴んだ。
そのまま男の人を引き寄せると、右膝が男の人の腹部に突き刺さる。
レンさんから事前に話は聞いていたが、アンダーワールドは痛覚無効の設定がない。現実にはもちろんダメージはないが、仮想空間内でもかなりの衝撃が加わる筈だ。
現実世界で感じる感覚は、全て脳からの電気信号でしかない。痛覚はもちろん、視覚や触覚でさえも。その電気信号を再現できれば、仮想世界でも同じ感覚を味わうことができる。
NOWHERE初期にあったダメージを受けた時の衝撃が大きすぎてクレームが来た問題も、元々のNOWHEREの設定が強力なのだろう。NOWHERE運営の手が届いているところでは痛覚を無効にしたり弱めたりできるが、アンダーワールドでは基本的に現実世界に近い衝撃が走る。
「お前…!」
もう一人の小柄な男の人が慌てて銃を構えようとするが、腕が上がる頃にはレンさんに左手で顔面を掴まれていた。そのまま鉄製の扉に背中から叩きつけられると同時に、レンさんが右手で掴んでいた男の人を投げ捨てるように壁に放ると、動きを封じるかのように大きな男の人の顔の真横に右足で蹴りを入れた。
「デバイスなんぞ使わんでも貴様らごとき眼中に無いんじゃ。さっさと繋げ」
僕らに向けられていないということは分かっていても、相変わらず凄まじい威圧感を感じる。
僕の後ろにいるHANAEさんも、レンさんの豹変具合に僕の服の裾を掴んだまま震えている。
HANAEさんはレンさんのこの状態を見たことが無いので、普段の明るくて優しいレンさんとの違いに驚きと恐怖で大混乱だ。
対する僕も恐怖心はあるものの、見ること自体は二回目なのでHANAEさんほどの衝撃はない。
門番の小柄な男の人は顔面を掴まれたまま、僕達と同じく震えて動けないでいる。大柄な男の人に至っては壁に背を向けた状態で横向きに倒れ気を失っていた。
レンさんは小柄な男の人の顔面を掴んでいた左手を話す。多少浮いていたのか、離された瞬間にその場に手をついて倒れこんだ。鼻と口が塞がっていたのか、何度も咳き込む。実際には塞がっていなくても、塞がっていると感じるだけで自然と呼吸はしにくくなる。僕がナビボットに襲われた時に陥った状態だ。
「何か、音がします?」
HANAEさん言われて耳を澄ませると、何か車のエンジン音のようなボボボボ…という音がうっすら聞こえる。かなり遠くで鳴っているかと思ったが、だんだん近くなってきた。
「…相変わらず趣味悪いな」
レンさんは鬱陶しそうに言いながら、上空を見上げていた。僕もつられて見上げると、ロボット系作品に出てきそうな機械兵が四体、上空を飛んでいた。
考える間もなく四体とも地面に降りてくる。壁の高さと同じくらいのサイズなので、囲まれただけで圧迫感を感じる。
「HANAE、デカいの頼めるか?」
よく見たら、四体のうち一体だけが大きい。大きいと言っても少しだけで、他の三体と形状が違うのでなんとなく分かる程度だ。ライオンでいうオスとメスのたてがみの違い程度。即ち、レンさんが単純に二体多く引き受けたことになる。
僕の後ろに隠れていたHANAEさんが僕の隣に立ち、ハンマーを構えて機械兵と対峙する。
僕達はレンさんと背中合わせになるように立っているが、四方を囲まれたような状態だ。
「ナナシは見てるだけで大丈夫や。但し危なそうなのは避けるように…なっ!」
言い終わる前に、レンさんは正面…僕達の真後ろにあたる位置にいる機械兵に攻撃をしかけていた。
僕も警戒を解ける訳じゃないので、レンさんが具体的に何をしたのかは確認できない。
僕らの正面にいる機械兵が銃を構えた。HANAEさんがすぐさま銃を振り払うようにハンマーを薙ぎ払い、狙いを定めさせないようにする。僕も水風船を投げてみるが、相変わらず何のダメージも発生していないようだった。
僕の魔法が役に立たないのは理解している。というより、威力が規格外すぎてこの場にいる全員を巻き込みかねない。あの時発動した哀属性単体魔法『ソロウ』も、単体魔法なので基本的には攻撃対象にしかダメージが発生しない筈なのだが、威力が大きいがために攻撃範囲が異常に広く、攻撃対象にしなかったボックスまで全滅させていた。直前の攻撃で吹き飛ばされて攻撃対象からかなり距離を取っていた僕とHANAEさんですら、ダメージこそないものの着弾の時の爆風で吹き飛ばされた。
そんな威力の魔法を四方を敵に囲まれた密集地帯で使おうものなら自分たちの状況を悪化させかねない。十分に距離を取ってから撃つか、敵味方もろとも吹っ飛ばすか…この二択しかない。
門番の二人はさっきの状態から動いていない。一人は気を失ったまま、もう一人は手をついたまま呆然とこちらを見ている。この人達が機械兵を呼んだ訳ではなさそうだった。
僕はHANAEさんの邪魔にならないよう、HANAEさんのハンマーの射程外に出る。正面にいた機械兵の背後に回るようにして距離を取った。
「なんやあ?てんで相手になれへん」
前方に全ての敵を捉えられるようになったので、三人相手にしているレンさんに目を向ける。
レンさんが相手にしているのはHANAEさんが相手にしているタイプの機械兵と違い、近接系の機械兵のようだった。三体でレンさんを囲んでいるものの、明らかにレンさんの相手になっていない。
レンさんは薙刀を使って戦闘していた。NOWHEREの武器にも薙刀はあるが、大半のユーザーは薙刀なんて使ったことが無いので練度の高いユーザーはいないイメージが強い。しかしレンさんはちゃんと心得のある動きをしていた。
振りかぶられる巨大な機械の腕を薙刀の穂の部分ではなく、柄を使用して受け流す。そのまま薙刀を回転させるように振るだけで、容易く機械兵の腕を切り落とした。動きに全く無駄がない。
よく見れば、機械兵の一体は既に動きを止めており、膝をつくようにして機体から煙を吹いている。それを確認している間に、二体目の機械兵も崩れ落ちた。これなら三体目も数秒以内に機能停止するだろう。
HANAEさんの方も、時間はかかっているが問題なさそうだ。被弾も特になく、危うい印象も受けない。
「ほぉん。想像以上にできんねんな」
いつの間にかレンさんが僕の隣にいた。案の定、既に機械兵は三体とも無力化されている。HANAEさんは全国でも相当な実力者の筈なのだが、レンさんの方が見るからに実力が上だ。
レンさん自身も実力をちゃんと判断できているのか、HANAEさんに助けが要らないことを理解しているようだった。
「あれ結構強いねんけどな。固いし、早いし。ほんでも銃相手の戦い方も分かっとるし…さすがは大会優勝候補やな」
対戦カテゴリの大会についてはレンさんも知っているらしい。僕は競技シーンを見るのが好きなので全ての地区の参加者を確認しているが、レンさんはもちろん見たことが無い。実力があっても大会には出場しない人もいるとは思うが…。
考えているうちに、HANAEさんが相手にしていた機械兵が動かなくなった。
HANAEさんは一息つくと、ハンマーをしまいながら僕らの方へ移動を始める。
瞬間、レンさんが叫んだ。
「HANAE、下がれ!」
僕は既にHANAEさんに向かって走り出していた。すぐさま僕らのいる場所一帯が暗くなる。
僕がHANAEさんを抱えたまま前方に飛び込むと同時に、上空から巨大な機械兵が降りて…いや、落ちてきていた。
鼓膜が割れそうな程の轟音とともに、地面にヒビが入らないのか心配になるくらいの振動と、降りてきた時の風圧が僕達を襲う。二人分の体重で地面に這いつくばっている筈なのに吹き飛ばされそうだ。HANAEさんも危機を感じているのか、ガッシリと僕を掴んでいた。むしろ痛い。
すぐさま体制を立て直し、HANAEさんを起こす。襲われるかと思って警戒したが、機械兵は僕達に目もくれず、レンさんと対峙していた。
「何の用だ?」
機械兵から機械音が発せられる。僕らはほとんど機械兵の真下にいるので分かりにくいが、さっきの機械兵とは比べ物にならない大きさだった。十メートルくらいの高さはあるだろうか。昔博物館で見た恐竜の化石ですらこんな大きさではなかった。思わず動きを止めてしまうほどだった。
HANAEさんに促され、引っ張られるようにしてその場から離れた。離れてみると、さっきの中型機械兵との違いがよく分かる。装備している武装も違うし、各部位の頑丈さも見るからに違う。NOWHEREのMMOスペースの大型ボスでもここまで強そうではないし、事実強くもないだろう。
「イツキぃ、お前と話すのにはしょーもないアトラクションをやらなあかんのか?金の無駄やで」
「ここらにはお前のように門を通る方法も知らない野蛮人はいないからな」
レンさんが機械兵を睨みながら煽るように言ったが、機械兵の方も即座に言葉を返した。
遠目に見ていても一触即発の空気なのがよくわかる。絶対にあの睨み合いの間に入りたくない。
「自分の地区の人間踏み潰そうとする人間は野蛮人にならんのか?」
「お前の頭では理解できないかもしれないが、二人には当たらないように着地している。どのような行動を取ろうと絶対に当たらないようにな」
…あの口喧嘩にも関わりたくない。二人が早口気味なのでHANAEさんは会話内容をあまり理解できていないようだが、そのまま理解しないでほしい。
「お前のゆ~うしゅうな頭でも想定できん程の高い実力でスマンなぁ?」
「弱い個体を無力化できただけでよくそんなに喜べるな?」
もう既に最初の論点から離れすぎている気がする。日本とスコットランドくらい距離があるな。
「あの二人、仲良いです?」
「…」
純粋な表情で聞いてくるHANAEさんに対し、僕は二人を見ながら微妙な顔で首を傾げるしかなかった。
子供のような言い合いで聞くに堪えないものの、もちろん止める勇気も無いので、HANAEさんが言葉を理解して嫌な気持ちにならないよう、口喧嘩が終わるまで別の話題を振ろうとしてHANAEさんの方を見た時だった。
「ようやく見つけたぞ」
HANAEさんを挟んで向こう側…僕達が進んできた道に、ローブの男の人が立っていた。考える間もなく、横から何かが飛んできてHANAEさんがレンさん達の方向に吹き飛ばされる。確認しようとしたが、すぐさま甲高い鳴き声が鳴り響き、あまりの不快音に耳を塞ぐ。
顔を上げると、複数の種類の金属を無理やり繋ぎ合わせたような見た目をした、巨大な機械の鳥が頭上を羽ばたいていた。イツキさんの巨大な機械兵ほどではないが、その半分ほどの全長はある。
胴体は鉄のような銀色をしているが、翼に関しては銅のようなオレンジ、錆びた銅の深緑、錆びた鉄の茶色など、色合いの悪い孔雀のような見た目をしている。
警戒したまま横目でHANAEさんを見ると、HANAEさんは既に体制を立て直してカラスと対峙していた。
NOWHEREのカラスはMMOスペースでも出現し、厄介な敵としてユーザーに認識されている。
見た目自体は現実世界のカラスを少し可愛らしくデフォルメしたような見た目なのだが、モンスターの強さとしては見た目の可愛さがむしろ腹立たしくなるくらい厄介だ。
デフォルメされている分小さく、動きも素早いので攻撃をヒットさせにくい。上空を飛んでいると近接武器では届かない時もある。
何よりも厄介なのが、強さが変わっても見た目が変化しないこと。大抵のモンスターは強さが変わると進化して大きさが変わったり角が生えたりと変化が起きるのだが、このカラスに関しては見た目が寸分の変化もない。序盤で出てこようが終盤で出てこようが、属性を示す目の色以外は見た目が同じなので、油断して攻撃を貰うととんでもないダメージを負ってしまったり、逆に警戒して強力な攻撃を放つと魔力が無駄になったりする。
その厄介なカラスが三羽。それに加えて、得体の知れないつぎはぎの鳥が一羽。そして、ローブの男の人が一人。全てが僕を囲んでいる。HANAEさんを吹き飛ばした個体ですら、もう僕の近くまで戻ってきていた。
「さあ、こちらに来い」
ローブの人が手を差し出す。直後、僕の左右を固めていたカラスが二羽、どちらも撃ち落とされる。
攻撃が飛んできた方向を見ると、弓を構えたレンさんと銃口から煙を吹いているイツキさんの機械兵がこちらを向いていた。二人がカラスを攻撃してくれたみたいだ。
「ナナシさん!」
すぐさまHANAEさんが僕の傍に来てハンマーを構える。休む間もなく、HANAEさんに気を取られていたローブの人の右手に鎖が巻かれた。
「なんや?お前がウイルス事件の犯人か?」
先ほど弓を構えていたレンさんの手に既に弓はなく、代わりに鎖鎌を構えていた。
レンさんの武器は、NOWHEREでも『ハズレ武器』と呼ばれる変化型武器だ。何種類かの武器を切り替えられる代わりに、扱いが難しい武器をまとめてこう呼ぶ。三種類が最高なのだが、種類が多ければ多いほど武器の難易度が増す。レンさんの武器は薙刀、弓、鎖鎌の三種類で確定だ。
薙刀や鎖鎌の扱いはもちろん、弓も狙いをつけるのが難しい。偏差を考える必要もあるので、ゲームでよくある『弓=簡単』というイメージはNOWHEREにおいては真逆になっている。使いこなせているレンさんの方が少数派だ。元々何か武道をやっているのかもしれない。
「…」
ローブの人がレンさんに顔を向けると、つぎはぎの鳥がレンさんに向かって突進していった。レンさんはすぐさま鎖鎌を消し、代わりに薙刀を構える。機械兵と同様に柄で攻撃を受け流して攻撃しようとするが、金属音とともに弾かれた。
続けざまにカラス二羽がレンさんに突っ込む。機械兵が銃を撃つが、動きが早くて当たらない。
「レンさん!」
「『―――』」
HANAEさんが叫ぶが、次の瞬間にはカラスが両断され、消えた。
レンさんは既に僕達の傍まで移動していた。慌てることなく、落ち着いた表情でローブの人を見ている。全く見えなかったのだが、攻撃したんだろうか?
カラスは消えたが、つぎはぎの鳥は依然として甲高い鳴き声をあげながら飛んでいる。
イツキさんの機械兵が銃を放つが、これも弾かれた。全くダメージが通っていないような反応だ。
「イツキ、そっちは任せる。あの顔隠し野郎はこっちに任せえ」
「…了解」
イツキさんの返事も聞かず、レンさんは既に走り出していた。
機械兵の銃が弾かれたところを見ると、攻撃力に下降補正がかかるレンさんの弓も通用するとは思えない。より攻撃力の高い薙刀は上空を飛ぶタイプの敵に対しては距離的な問題が残る。正しい判断だろう。
突っ込んでくる鳥に対し、HANAEさんがハンマーを合わせる。明らかにHANAEさんのハンマーの方が重い筈なのに、ハンマーだけが弾かれた。
イツキさんの機械兵がもう一度銃を放つ。鳥自体は何の反応も示さないが、一呼吸おいて身体から金属がポロポロと落ちた。しかしそれも少量で、致命的な破損にはなっていない。
つぎはぎの鳥がもう一度甲高い鳴き声を響かせる。僕とHANAEさんは思わず耳を塞ぐが、すかさず鳥がHANAEさんを羽根で叩くように殴りつけた。
「!」
HANAEさんが壁の方向へ転がる。追撃しようとする鳥に機械兵が銃を連射するが、全く止まる気配がない。
HANAEさんは既に何度か攻撃を受けている。しかも、次の攻撃を回避できる体勢も取れていない。確認できないが、体力に猶予がない可能性がある。
まだ距離がある今しかない。
ポケットからスマホを取り出し、ボタンを押して叫んだ。
「『グラド』!」
事前に目を瞑っていたが、案の定目の前で大爆発が起き、後ろ向きに吹っ飛ぶ。距離的にはHANAEさんも爆風に巻き込まれるが、ダメージは入らない距離感だった筈だ。
鳥にダメージが入っていない可能性はある。それでも、爆風によるノックバックと視界悪化であのままHANAEさんをすぐに狙うことはできないと思う。
煙によって視界が晴れると、つぎはぎの鳥はさっきよりも身体が崩れていた。それでもまだ、飛べるくらいの状態ではある。
体制を立て直そうと鳥が羽ばたいている間に、僕はHANAEさんに駆け寄る。肩を貸すようにして起こし、なんとか距離を取ろうと試みる。
さっき魔法を撃った時よりもHANAEさんと鳥との距離が近いので、少しでも距離を取らなければならない。体制を立て直して僕を見据える鳥を、イツキさんの機械兵が強引に抑え込む。
「今のうちに!」
イツキさんが揉み合っているうちに、HANAEさんを安全な距離まで移動させ寝かせる。
戻ろうと振り返ると、機械兵が横向きに倒されていた。機体から煙を吹き出し、動く気配がない。
…僕一人でなんとかするしかない。
モンスターや登場人物のデザインをXで公開しています。
物語をより想像しやすくなる助けになれば幸いです。