6:恐怖心
目を開くと、見慣れぬ部屋に立っていた。
中央にある大きなテーブルとL字型のソファ、向かいには巨大なモニター。
部屋の壁には四角形が積み重ねられたような形の棚があり、いくつかトロフィーとぬいぐるみが置かれている。
「大丈夫ですか?」
HANAEさんの声に我に返り、後ろを振り返る。
座り込んでいるねねこさんと、声をかけているHANAEさんがいた。僕も駆け寄るが、HANAEさんが片手で制した。
「失礼します」
HANAEさんは短く言うと、ねねこさんを抱き上げてソファに移動した。ねねこさんは驚いていたが、HANAEさんは難なくねねこさんをソファに降ろすとその隣に座り、僕を呼ぶ。僕も困惑しながらも、二人とは違う側の片肘に座る。
「ナナシさんのお友達ですよね?」
オープンスペースで僕の名前を呼んだことと、僕の反応で気付いたのだろう。ねねこさんも戸惑いながら頷く。オープンスペースでの一件に驚いているというより、HANAEさんが目の前にいることと、HANAEさんにお姫様のように抱き上げられたことによる恥ずかしさと困惑の表情に見える。
「あの、ここは…?」
恥ずかしさを隠すようにしてねねこさんが口を開いた。HANAEさんは話を続けているが、僕もそれは気になっている。
そもそもHANAEさんが使った『エスケープ』すらよくわかってない。MMOスペースですら聞いたことのないスキルだ。おそらくパーティを組んでいる人間と一緒に転移するスキルなのだろうが…。
「私の個人スペースです。個人スペースかコミュニティスペースならセキュリティボットの影響を受けないので、転送しました」
個人スペースもコミュニティスペース同様、アクセスURLがあれば人を招待することができる。コミュニティスペースと違うのは、個人スペースのアクセスURLは時間経過で変化するということ。要するに、一度アクセスしたことがある個人スペースでも、アクセスの度にスペースの所有ユーザーからアクセスURLを教えてもらわないと入れない。プライバシー保護のための機能だ。
当然、運営の目も届かない完全個室である。ウイルスを作っていようが、動画の違法視聴をしていようが、法律違反行為をしていようが気付かれることはない。そもそもNOWHEREは法律違反に値するような行為は現実世界に比べてできないことが多い。未成年者の飲酒喫煙は当然仮想世界ではできないし、他人に対しての暴力も現実世界には反映されないからだ。
完全個室なのはコミュニティスペースも同じだが、コミュニティスペースよりもプライバシー観念が強固な場所、という認識で問題ない。
「…しばらくは、コミュニティにしか行けないって事ですか?」
僕の質問に、HANAEさんは諦めたようにゆっくり頷いた。オープンスペースに行けない事自体はさほど問題はない。普段から訪れるような場所ではないから、別に何かイベントがない限り何の影響も出ないだろう。
でも、ウイルスが仕込まれている状況は無視できない。どういうウイルスかもわからない以上、放置していると何が起きるかわからない。それこそコミュニティの情報を抜き取られる可能性もある。
ひとつ分かるのは、僕が仕込まれたマルウェアとは別のものだということ。僕の場合はオープンスペースに行っても検知はされず、対戦中に気付かれないように作動するタイプのものだった。
ねねこさんの場合は、オープンスペースでも検知されるタイプの、何に影響するのか分からないウイルス。僕の場合はトオノさん達に解除してもらったが、ねねこさんはどう解決するか。
手っ取り早く運営に相談するのが一番だとは思うが、対応の遅さとウイルスの内容の不明瞭さが不安材料になる。
「…ウイルスを入れられた心当たりは?」
僕の時は心当たりは特に何もなかった。トオノさん達の調査でも、どうやって仕込まれたのかまでは突き止められていない。
案の定、ねねこさんは首を振る。
「私、コミュニティにしか顔を出さないので…。オープンスペースに来たのも、一昨日のスタジアムで現地観戦した時が久しぶりでした」
僕の試合があった時だ。僕とは違ってねねこさんはログイン時にコミュニティに直行していると言っていたので、僕のように毎日必ずオープンスペースに来る人ではない。
だとすれば、一昨日僕と話している間に仕込まれたのだろうか?でも、近くに誰かがいたような記憶はない。空中モニターで大会を観戦している連中にも近付いてはいないので、考えにくい。
「あの…心当たりはないんですけど、つい一時間前くらいにメッセージが届いたんです」
「見られますか?」
HANAEさんがすぐに食いついた。僕の時と同じく、運営を騙ったメッセージの可能性がある。
でも、ねねこさんは首を振った。
「差出人は匿名で、ナナシさんがあの場所に現れて事件に巻き込まれる、って内容のメッセージでした。読み終えたら受信ボックスから消えたのでイタズラかと思ってたんですけど、本当にナナシさんがワープしてきて、そしたらセキュリティボットが…」
僕の名前を出した?それよりも僕の行動を読んでいたことになる。あの状況で僕の行動を読めるのはHANAEさん、トオノさん、サイさんの三人だけだ。いや、HANAEさんとオープンスペースで長々会話していたからそうとも限らないのか?
「それに…ナナシさんにウイルスが仕込まれていて、運営に見つけられたらアカウントが停止になるとも書かれてて…」
「…」
HANAEさんが神妙な顔で考え込む。安易に運営に相談しようとすると、僕が冤罪で捕まるってことだろう。そうなるようにウイルスを作成できる技術があるということだ。普段なら信じないが、直近の出来事を考えると頭ごなしに否定もできない。
HANAEさんは何かを確認するようにUIを操作し始めた。
「コミュニティの他の人は?」
「ずっとコミュニティにいましたけど、みなさんメッセージを受け取ってすらいなさそうです」
やっぱり僕が狙いなんだろうか。実力者でもないと気付いただろうから、僕を狙う理由は残っていないのではないだろうか。そもそも僕が実力者だとしても何をどうしたいのかすら分からない。
このまま放っておくとコミュニティメンバーが次々被害に遭う可能性があるのは分かっているが、運営に相談できないとなるとどうやって解決すればいい?
僕が何も言えないでいると、HANAEさんがねねこさんに言った。
「三日…最悪一週間くらい、待ってもらえますか?情報が分かり次第チャットで連絡しますので」
「え…はい」
HANAEさんはUIを閉じて立ち上がり、僕を見た。
「ナナシさん、行きましょう」
「…」
どこに行くんだろう。心当たりはなかったが、もしかしたらトオノさん達の所かもしれない。僕はトオノさん達がいた場所のURLは貰ってはいないが、HANAEさんは貰っているのかもしれない。さすがにお願いしてトオノさんの連絡先を貰いはしたが。
「あの…」
「ごめんなさい。ちゃんと解決しますので、待っててください」
困惑するねねこさんに対して、HANAEさんは手を握って真剣な瞳で言う。HANAEさんは常に目を見て話してくれるので、これは確かに女性でも顔が熱くなるだろう。
ねねこさんは何も言えず瞬きしていた。そんなねねこさんの状態に気付かないまま、HANAEさんはUIを操作する。僕のチャットに通知が入り、HANAEさんからURLが送られてきていた。
「行きましょう」
HANAEさんが光に包まれるのを見て、僕もURLにアクセスした。
◆
「!?」
トオノさんの所に飛ぶのかと思っていたが、まるで違う場所にスポーンした。
オープンスペースと同じ真っ白な空間に図形が描かれているのだが、建物がオープンスペースよりも多いし、高い。
現実世界の都会のビル群にある大通りのような場所だった。仮想世界では乗り物は見たことないので車道があることに違和感を感じる。
何よりも驚くのが、人が多い。常に人がほとんどいないオープンスペースとは違い、色んな人が立ち話をしたり、座り込んで話している。ざっと見ただけでも十五人くらいはいるだろう。
でも、誰も僕らを見ていない。まるでここにスポーンすることが至極当たり前かのような反応だ。
別の地区のオープンスペース…も考えにくい。オープンスペースではそこらに立っているナビボットや、徘徊している筈のセキュリティボットがいない。それに、どこの地区もオープンスペースは人がいないことが当たり前になっている。こんなに人がいるとは思えない。
HANAEさんは険しい顔でUIを開いて何かを確認していた。さすがに質問したいが、顔つきが真剣すぎて声をかけにくい。
僕もUIを操作して、トオノさんから受け取った連絡先にメッセージを送信してみる。
『存在しないユーザーです』
出てきたポップアップに、僕も顔をしかめる。トオノさんが存在しないユーザーになっている。
仮に着信拒否されているユーザーなら、『存在しないユーザーです』とは表示されない。この表示は、アカウントが削除された時にしか表示されないメッセージだ。
だとしても、昨日メッセージを送った実績のある相手がたった一日でアカウント削除されたとは考えにくい。トオノさん自身が何かしらの技術を使ってアカウント削除に見せかけている、と言われた方が納得できる。
理由はあるんだろうけど、こうなると急に怪しく見えてくる。技術的にも、運営に気付かれないような質のマルウェアを仕込むのも難しくはないだろう。僕の情報を持っていたのも、昨日ではなくもっと前から持っていたとしたら?直前まで一緒にいたんだから、僕がどこにスポーンするのか調査して、ねねこさんにメッセージを送るのも難しくはない。
「…トオノさんに連絡って取れますか?」
ちょうどよくUIを閉じたHANAEさんに声をかけてみると、案の定首を振られた。
トオノさんを探すことが一番の目標になるだろうか。でも、どうやって探すんだろう。
「人に会う必要がある、です。ten minutes、待って欲しい、です」
翻訳機能が利いていない。というより、翻訳機能が利いていないからHANAEさんが無理して日本語で話している。HANAEさんはこの場所に詳しいらしいので、まずは場所についての説明が欲しい。
「いや…」
「それまで、情報収集…をお願いします。できるだけ早く戻ります」
言い終わるが早いか、HANAEさんは僕の発言も聞かずに背を向けて走っていった。
HANAEさんを追う手もあったが、待っていろと言われた手前、僕を連れていけない理由があるのかもしれない。
とはいえ、情報収集と言われても何をどうしたらいいのか分からない。HANAEさんは何か情報があると思ってここに来たのだろうから、ここらを散策していた方がいいのだろうか。
SNSや検索サイトで検索しても、ウイルスやマルウェアの対策についてはさすがに分からない気がする。ネットで解決できる程度のウイルスなら、そんなものは当たり前のように対策されているだろう。
公式の目を誤魔化せるくらい質が高く、対策方法も世に出ていないからこそ使われている筈だ。
考えていると、突然誰かに背後から肩を組まれた。驚いて飛び上がりそうだったが、強い力で抑えられてそれすらできない。
「兄ちゃん、ちょっとこっちに来てもらおうか」
現実世界でもドラマや映画でしか聞いたことのないような、ドスの効いた低い声。過去にオープンスペースで素行の悪いユーザーに絡まれたこともあるが、それすら鼻で笑えるくらいには比べ物にならない緊張感がある。強い力で抑えられているが、それでも恐怖で身体が震えそうだ。
案の定僕は僕は何も抵抗できず、肩を組まれたまま男の人が案内する方へ連れていかれた。
◆
「座れ」
六畳程度の狭く薄暗い部屋の中にテーブルが一つと、向かい合う形で椅子が二つ。それに加えて僕の二倍くらいの肩幅を持つ屈強な男の人が三人。天井は中央についているたった一つの電球の明かりだけが光っていてスポットライトのようになっている。入ったことはもちろんないが、取調室のような空間だった。
というか、建物に入れた事自体が驚きだ。オープンスペースにもスタジアムや水族館等の建物はあるが、建物に入ると同時に自動的にワープされ、別の空間に転送される。つまりはオープンスペースの建物は外見だけのハリボテで、中身は別の空間にある。外見は狭いが中身が広いのはNOWHEREでは当然の概念だった。
しかし、僕が入ったビルは建物そのものを再現したような場所だった。故に狭くて暗く、他の人にも気付かれにくい。
言われた通りに僕が椅子に座ると、顔に刺青の入った五分刈りの男の人が向かいに座った。
まるで映画から出てきた人のように、『いかにも』なスーツを着ている。
「まどろっこしいことは言わん。率直に…兄ちゃん、HANAEとどういう関係だ?」
HANAEさん?
僕が一緒にいるところを見ていて、それが原因で確保されたらしい。もしかしたらHANAEさんのファンで、僕が一緒にいたから気になって声をかけてきたのだろうか。HANAEさんの交友関係は知らないが、誰かと一緒にいること自体が珍しいと思われている存在なんだろうか。
だからといって、どうと言われてもどういう関係なのか僕にも分からない。友人…と呼ぶには関係性が浅いし、ライバルとも言えないだろう。僕如きが手の届く存在ではないことは確かだ。
「素直に言うこと聞いとった方がええぞ。痛い目に遭いたくないならな」
「…」
もちろん痛い目に遭いたくはないが、HANAEさんに迷惑をかける訳にもいかない。
何か誤魔化そうと思ったが、よく考えれば誤魔化す以前の関係性だ。
「…知り合いです」
僕がそう言うと、男の人は眉間に皺を寄せて僕を睨む。ところどころ顔に傷があるのと、顔に入っている刺青が余計に恐怖心をあおる。
「兄ちゃん、ふざけてんのか?」
事実を言っただけです。口が動くのなら迷わずそう言いたい。恐怖心で唇が震えたまま動かない。
何も言わない僕を見て、男の人が立ち上がり、ゆっくりと僕に近付いて―――
「何しとんねん、お前ら」
部屋の隅でワープエフェクトが出たかと思うと、女の人が現れた。黒髪で真ん中分けのボブカットに、一目で体育会系と分かるような、少し筋肉質の体格。身長も女性にしては高く、百六十五センチはあるだろう。
二十代半ばくらいの年齢で見るからに明るそうな人相だが、部屋の状況を見るや否や顔をしかめた。何故か威圧感がある。
「アネさん、何故ここが…」
「質問で返すなや。何しとるか聞いてんねん」
アネさんと呼ばれている通り、刺青の男の人達よりも立場が上なんだろう。にしても、目の前にいる男の人達に睨まれた時より恐怖を感じるのは何故だ?声を荒げてもいないのに、すさまじい威圧感と圧迫感を感じる。
「…」
女の人は何も言えないで気を付け状態で立っている刺青の人を見て舌打ちすると、無表情で僕の方を見た。
「ほな、アンタに聞くわ。何された?」
「急に、連れてこられて…。知り合いと、どういう関係なのか、聞かれました」
恐怖で声を出しにくい。子供の頃、大人に怒られて怒鳴られた時に言い訳するときと同じくらい…いや、それ以上に喋りにくい。
女の人は納得したように数回頷くと、僕を囲む男の人達を見回しながら口を開いた。
「異論あるか?」
「…」
刺青の男の人ではなく、ドアを塞ぐようにして立っていた男の人が無言のまま首を振った。
女の人はため息をついたかと思うと、もう一度僕を見る。
「堪忍な、こいつら頭悪いねん。ウチが代わりに話聞くわ」
ぜひご遠慮願いたい。屈強な男の人三人に囲まれるよりも、今はこの人の方が怖い。
でも、首を振ったら何をされるかわからない。
「お前ら、はよ出てけ。トシ、お前は後で部屋に来い」
僕に話した時とは違うドスの効いた声で言った。女の人からこんな声が出ることを人生で初めて知った気がする。
男の人達は言われた通り、三秒も立たずにワープエフェクトとともに消えた。
女の人はため息をついて頬杖をつくと、先ほどとは打って変わってにこやかな表情を見せた。今までの言動から僕の恐怖心は消えないが、女の人から放たれていた威圧感は消えている。
「なんかトラブったん?アイツら喧嘩っ早いから、些細な事でキレよんねん」
僕は素直に首を振る。
威圧感がなくなったことで、さっきよりは話しやすくなった。というより、ちゃんと説明しないと誤解されるような気がして理解してもらわなくてはならないという焦燥感が湧く。
「知り合いと解散した後、すぐさま肩を組まれて…。僕の知り合いの、知り合いかもしれません」
僕の発言に、女の人は不思議そうに眉をひそめた。
「一応、誰か聞いてもええ?後でアイツらからも聞く予定やし、悪いようにはせえへんから。…たぶん」
多分と言われると少し躊躇するが、確かに後であの人達から報告されるだろう。少し悩みながらも話すことにした。
「…HANAEさんです」
僕がそう言うと、女の人は少し驚いたような顔をした。それから、ゆっくりと背もたれにもたれて天を仰いだ。少しの間無言で考えていたようだが、やがて腕組みしたまま僕を見た。
「合点はいったわ。…ちゅーか、アンタHANAEと知り合いなん?あの子、一匹狼で誰ともつるまないんやと思っとったわ」
「僕もそこまで親しくはないです」
もはや事故で知り合いになったと言っても過言ではない。お互いに知り合いになろうとしてなった訳ではないので、HANAEさんとしては僕と友人になろうとすら思っていなさそうだ。
しかし、女の人は呆れたように笑った。
「そんな訳ないやろ。アンダーワールドに一緒に来てる時点でそこそこの仲やと思うで」
「…アンダーワールド?」
アンダーワールドって何だろう?聞いたことが無い。僕も自分自身がNOWHEREがサービス開始した直後から利用しているユーザーだと思っているが、それでも一度も聞いたことがない。この場所の名称のことなんだろうか?
僕の反応を見て、女の人はもう一度顔をしかめる。
「違う呼び方しとるんか?いや、そんな訳あらへんよな」
僕は何も言えない。違う呼び名があったとしても、そもそもここがどこなのかすら分かっていない状態だ。
女の人は確かめるように、続けて僕に質問する。
「…『デバイス』、知っとるよな?」
僕は首を振る。ナビボットに襲われた時にHANAEさんにも聞かれたが、結局意味が分からず答えられなかった。というか、NOWHEREにログインしたらすぐにあの時ポケットに入っていたスマホを調べようと思っていたが、ログイン直後にHANAEさんに声をかけられ、すぐにウイルス騒動になっていたため確認すらできていなかった。試しにテーブルの下でポケットに手を入れると、確かにスマホの感触があった。
「…」
女の人は唖然としたように口を開けたまま僕を見つめていた。何か信じられないようなものを見るような目だ。
気まずい沈黙が流れている所に、メッセージの通知が来た。おそらくHANAEさんだ。HANAEさんと別れてから余裕で十分以上は経っているだろう。僕を探しているかもしれない。
でも、この人から『アンダーワールド』と『デバイス』についての説明も貰いたい。
「あの…HANAEさんから連絡が来て…」
「…」
女の人は無言で僕を見ていたが、そのまま大きく息を吸って、吐いた。
人間、驚くとこういう反応になるのだろうか。
「…それ、ウチもついてくわ。HANAEにメッセージで一人追加になった言うとき」
◆
「おーい、こっちやこっち」
数分後、連絡した場所でHANAEさんを待っていた。結局、関西弁の女の人は連れてくることにした。何者なのかはわからないが、少なくとも僕よりは情報を持っているのは間違いない。
「…どちら様、ですか?」
不審そうな目で女の人を見るHANAEさんに対して、女の人は握手を求めた。
HANAEさんは百五十センチないくらいの小柄で細身な体躯なので、体格も相まってもはや親子にすら見える。
「『レン』や。よろしゅう」
「…よろしく、お願いします?」
HANAEさんに方言が通じるのかは分からないが、最悪僕が通訳すれば良いだろうか。
「って、よろしゅうちゃうわ。HANAE、アンタ堅気の人間ここに連れて来てんで」
「カタギ?」
…方言ではなく専門用語で翻訳が必要そうだな。HANAEさんにはそんな文化知って貰いたくないが。
というかレンさんは本当に何者なんだろう。
「この小僧、アンダーワールド、デバイス、知らん。オーケー?」
「What…!?」
逆に僕が翻訳できなくなった。というか、HANAEさんにはこの説明で通じているらしい。
「でも、デバイス…skill…what!?」
HANAEさんは信じられないものを見る目で僕を見る。対する僕は、何故驚かれているのか分からない。
ナビボットに襲われた時、咄嗟に放った魔法がHANAEさんの認識を誤らせたのだろうか。
「…なんか分からんが、最初から説明する必要がありそうやな」
レンさんが頭を掻きながら言った。