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5:現実世界

「…」


翌日、僕はNOWHEREのSNSを眺めていた。オープンスペースからさほど離れていないあの地点で大規模な爆発があれば少なからず話題になっていると思ったが、地区のSNSに絞っても昨日の大会やオープンスペースで観戦が盛り上がったという話題ばかりで、爆発の話題どころか違和感を感じたつぶやきすらなかった。


時折見かける僕の凡ミスについて言及しているつぶやきを見て暗い気持ちになるが、それ以上に昨日の出来事が気になりすぎていつもよりは落ち込まない。


トオノさんやサイさんからも情報はほとんど得られず、起きた出来事や説明に関してはほとんど「分からない」の一点張りだった。ローブの人との会話やモンスターへの対応を見るに、全く情報がないとは思えない。僕に言えない何か…それこそ運営側しか知ることができないような情報があるんだろうか?


トオノさん達が何者なのかはわからないが、HANAEさんが何かを依頼し、それに対応できるような部隊だということは確かだ。大会運営でも気付かないようなバグを見つけられる技術力、バグを仕込まれている僕の個人情報やコミュニティ情報をすぐさま特定できる調査力。そして、モンスターに対応できる大会参加者よりも高いであろう戦闘力。

もしかしたら本当に運営部隊の人間で、何かしらの理由があって公表できないだけなのかもしれない。


だとしても、何故あの場にHANAEさんがいたんだろう。


「あの、終わり、ました」


声をかけられて顔を上げる。ちょうど頭の中に出てきていたHANAEさんが不安そうな表情で僕を覗き込んでいた。

僕はスマホで見ていたNOWHEREアプリを閉じ、スマホの画面をオフにして立ち上がる。

もちろんここは仮想世界(NOWHERE)ではなく、現実世界だ。


「…全部ですか?」


「必要、絶対なのは終わり、です」


『今日中に絶対にやらなきゃいけなかったこと』は終わり、ということだろう。

これで昨日頼まれていた『依頼』は終わりになった…でいいんだろうか。


昨日トオノさんから頼まれたのは、HANAEさんの依頼を代わりに対応することだった。

HANAEさんがトオノさんに依頼したのは、『僕のバグ調査』と『現実世界でのサポート』だった。

トオノさんはバグ調査はすぐに対応したのだが、現実世界のサポートに関しては渋っていた。


HANAEさんの具体的な依頼は、『役所での手続きの際の日本語訳』だった。HANAEさん自体はある程度日本語も話せるし聞くこともできるが、漢字は全く読めないらしい。今までも日本には住んでいたので会話は経験があるものの、座学はしたことがないとのことだった。


HANAEさんの言う『役所での手続き』というのは、引っ越しの際に書いて提出する書類関連の事だった。HANAEさんはおよそ十日前、元々住んでいた東京地区から僕達のいる札幌地区に引っ越ししてきた。大会にも、今までは東京地区で参加していたが今回から札幌地区で参加している。

以前、出身であるスコットランドから東京に引っ越した際には親が書類関連を対応したらしいが、今回は親が既にスコットランドに戻ってしまっていて、HANAEさん本人が対応しなくてはならなくなったらしい。とはいえ漢字が全く読めないので、手続きどころか役所の位置まで不安になってしまった結果、トオノさんに依頼した。


トオノさん達は依頼を受けたものの、現実世界でのサポートだったからなのか対応を断ろうとしていたようだ。

そこで、トオノさんよりHANAEさんと仲が良い…と思っている僕に代わりに対応するよう頼んできた。一般人の僕に人の依頼を代わりに受けさせるのはどうなんだろうか。


とはいえ確かにHANAEさんの依頼内容は道行く人にお願いしても親切な人なら対応してくれるかもしれない内容だと思う。HANAEさんが書く漢字全てをスマホで表示して、その上で提出する書類が多いので、既にHANAEさんと合流してから二時間近く経過していることを除けば。


僕自身、人と話すことが得意ではないので普段なら間違いなく断っているが、「HANAEさんへのお礼も兼ねて」と言われるとさすがに断りにくい。しかもHANAEさん本人とトオノさん、サイさんの目がある中でどうやったら断れるのか逆に教えて欲しい。

僕が断れないようにすることがトオノさんの狙いなのかもしれないが…。


そんな訳でHANAEさんと二人、現実世界で市役所の中にいる。保険やら何やらの数枚の書類に書く漢字の全てをスマホに表示して教える、という役割を今まで行っていたが、最後は窓口の人に渡すだけだったので待合ロビーで待っていた。


「…」


それが終わって提出しなければならない書類を全て対応したなら、もうやることはない筈だ。二人とも無言のままここで立ち続けている訳にもいかないので、僕から口を開く。


「他に…」


「今日は…」


HANAEさんが何か言おうとしたのと同時に話してしまった。慌てて口を閉じる。


「…他?」


HANAEさんが首を傾げながら聞き返してくる。発言を譲ったつもりだったが、聞き返されると先に言うしかなくなる。


「…他に、寄るところはありますか?」


僕がそう言うと、HANAEさんは驚きつつも目を輝かせた。


正直、しまったと思った。おそらくHANAEさんはここで解散しようとしていた。微妙な空気を感じつつもあのまま黙っていればすぐに解散になったかもしれない。


「まだ、いい、ですか?」


…チラっと見えた彼女の期待した表情を見ると、良くないとは言えなかった。















「いただき、ます」


あれから十五分後、僕らは定食屋で食事をしていた。

聞けば、HANAEさんは日本に来てからほとんど外食をしていないらしい。コンビニか、スーパーで決まった物だけを買って毎日食事をしてきたとのことだった。確かに、漢字を読めないのであれば外食すると注文ができないと思うかもしれない。実際にはメニュー表のタブレット化が進み、英語表記に変更できたりもするのだが、それは一度入ってみないとわからない。


考えてみれば、買い物の類はNOWHERE内で解決する。NOWHEREのスーパーで買い物をして配達してもらえば異国での生活も問題ない。世界的に共通するものであれば翻訳も問題ないだろう。…ただ、得体の知れないものを買う勇気が湧くかどうかはその人次第だ。僕もNOWHEREのスーパーにある海外特有料理を購入したことはない。お菓子や飲み物類ならあるが。


ちなみに言うと、彼女は英語も話せない。話せるのはスコットランド語で、英語とは異なる言語らしい。例えるならば『英語=日本語』であり、『スコットランド語=秋田弁』だとトオノさんが言っていた。

つまりは方言でしか話せないので、HANAEさんは英語を聞き取れているが、HANAEさんの発言は理解してもらえない、というのが今までだったようだ。英語が話せる店員さんがいても、結局解決にはならなかったらしい。

トオノさんは英語しか話せないが、スコットランド語はある程度理解できるようだ。たまにゆっくり話して貰わないと無理だとは言っていたが。


そして、彼女は日本人とスコットランド人のハーフである。髪の色こそ赤毛…ほぼオレンジの日本人にはない色をしているが、顔の造りは日本人寄りと言える。どう見ても日本人というほどではないが、ヨーロッパ系には正直見えない。スコットランド出身というより、台湾出身と言われた方が納得できる。

NOWHEREでも人気のK-POPアイドルがいるが、HANAEさんの詳しいプロフィールを知らない人たちはそのグループに引けを取らない、と言っていたくらいだ。

要するに、HANAEさんはK-POPアイドルと認められるくらいアジア人の見た目をしていて、そのくらい見た目がいいってことだ。


「日本食、おいし…!」


そんな彼女が、ニコニコしながら僕の向かいでカツ丼を食べている。平日のお昼時を外れた時間とはいえ、周りの人間の視線が突き刺さる。女性の店員さんですら彼女の笑顔に見とれているのだから恐ろしい。

通常、自分の連れが魅力的であれば少し誇らしい気持ちになるのかもしれないが、相手が有名人なことと僕自身が不相応なのでそういう気持ちにもならない。NOWHERE内でのSNSはプライバシー関連も強く、盗撮の疑いがある写真を投稿できない等の安心要素はあるが、バレたらファンの人間に袋叩きに遭わないだろうか。


「お肉、甘い!柔らかい!とても、高級な、お肉?」


僕はメニュー表に書かれた肉の詳細を見ながら首を振る。


「安くて、早くて、美味しい、を掲げたファストフード店なので…」


僕の発言を聞いて、HANAEさんは目を丸くする。但し口の動きは止まらない。

テーブルマナーは少し勉強したと言っていた通り、ちゃんと口のものを飲み込んでから口を開いた。


「fast food?これで、ですか?」


僕は頷く。

当然だがカタカナだけとんでもなく発音が良い。

英語とは発音が違うのかもしれないが、今のところは聞き取れる。


僕の名誉も兼ねて言っておくと、カツ丼を選んだのは僕ではなく彼女である。どこにでもある全国チェーンのとんかつ・カツ丼の店なのだが、以前店の前を通った際に匂いが良くて気になっていたそうだ。まだ食べ始めて五分くらいで、日本人の血を多く引いているであろう小さく細い体躯なのにもかかわらずカツ丼大盛を半分以上平らげていることも驚きだが。


「この、お肉の外側?、は、なにですか?」


パン粉って英語で何だろう?そもそもスコットランドにパン粉は存在するんだろうか?HANAEさんが知らないってことは存在しない?かの有名なフィッシュアンドチップスはパン粉じゃないんだろうか?


「パンを細かくしたものを…油を使って揚げて…一つ食べます?」


諦めた。HANAEさんの頭の上にクエスチョンマークが出始めた気がした。

僕が頼んでいたとんかつ定食の皿を差し出す。差し出したからなんなんだっていう話ではあるが。


HANAEさんは目をぱちくりさせながらもお礼を言い、フォークで一切れを持って行った。そのまま一口食べると、これまた目を見開く。競技シーンでも表情豊かな人だが、記事や動画の中では見たことない笑顔を見せている。


「Crispy!でも、柔らかい!」


クリスピー…サクサク、という意味でいいだろう。出来たてではあるものの、カツ丼は卵で綴じている分サクサク感は薄れる。


「bread…パン、と、油、ですか?みんな、作れます?」


他にも卵が必要だったり、肉を柔らかくするため炭酸水を使ったりするのだが、店舗の製法までは知らないし、説明は無理なので前半部分は無視することにした。


「家庭でもよく作ります。肉以外にも、エビ、クリーム、魚…ハムエッグとか」


メニュー表を見せて、指差しながら誘導する。エビフライ、クリームコロッケ、白身フライ。メニューにはなかったが、ハムカツも揚げ物ではメジャーだろう。

思惑通り、HANAEさんは目を輝かせながら僕の指先を追う。おそらくこれで作り方については忘れてくれるだろう。忘れて欲しい。


「Scotlandより、日本の方が、料理美味しいです。コンビニだけで大丈夫、でした」


イギリス料理が微妙だということはよく言われているけど、スコットランドも同じなんだろうか。国名を聞いたことがある程度でどんな国なのか分からない。


「でも、外食した方が美味しい、です。体験できて嬉しい、です」


店に入ってすぐの時には何のために使うのか分かっていなかったおしぼりも、すでに使いこなしていた。

HANAEさんの知らない日本文化について、聞かれて答える度に目を輝かせて日本を褒めてくれる。ゴミがなくて綺麗とか、電車は時間通りに来るとか、気遣いができているとか。


「お味噌汁、instantと違うです?」


「味噌って何十種類もあるんで…」


僕も料理は多少するけど、米味噌、麦味噌、豆味噌の大分類があって、その中から産地によって分かれる。僕は越中味噌が一番好みだけど、正直他の味噌の違いは意識しないと分からない。


「…全部、completeできます?」


よほど気に入ったのか、制覇する気でいるらしい。僕は首を振る。


「味噌の他にも出汁の違いもあるんで、たぶん無理ですね」


「ダシ?」


…説明はできるけど、日本特有の単語が絡んでくる。またHANAEさんの頭の上にクエスチョンマークが出そうだ。僕は説明を諦めて自分のとんかつ定食を食べ進めた。

気付けば、HANAEさんは味噌汁以外を全て平らげていた。僕の方が量が少ない筈なのに僕は半分も食べ終えていない。僕もHANAEさんを待たせないように箸を速める。


「…日本、好きですけど、外出れない、でした」


僕の食事状況を見て自分が話さなきゃいけないと思ったのか、HANAEさんが飲み終えた味噌汁のお椀を見つめながら言った。


「見た目、日本の人みたいなので、話すと驚く、です。母国語で話すと、伝わらない、でした」


HANAEさんの見た目で日本にいると、外見を見ただけで英語圏の人間だと分かる人物は少ないだろう。容姿を見る限りは韓国アイドル好きの日本人か、韓国人か台湾人の三択だ。日本人の中でも韓国語や台湾語を話せる人間はほとんどいない。多く見積もっても英語を話せる人間の割合の四分の一以下だと学校の先生が言っていた。だから、困っているHANAEさんに話しかけて手を差し伸べようとする人は少なくなる。


だからといって、英語での会話はできない。スコットランド語を理解できる人間が、日本に何人いるだろう?


「…日本語は話さなかったんですか?」


食べる合間に、僕から質問する。気付けば僕から話を振るようになっている。

話下手な僕でも、聞かれたら答えられる。今まではHANAEさんが沢山質問してくれるから、それに返すだけで会話の形になっていた。でも、HANAEさんの表情豊かな感情表現と裏の無い素直な言葉が、普段なら感じる会話への恐怖心を薄めている。


「日本語、難しいの知ってました。だから、トーノさんに言われるまで、会話できるlevelじゃない、思ってました」


トオノさんが会話できることを教えたみたいだ。その割には英語で会話していたような…?

もしかすると、HANAEさんとトオノさんは付き合いが長いのかもしれない。トオノさん側はHANAEさんの名前を思い出せていなかった気もするが。


「トオノさんは、何者なんですか?」


トオノさん達は高い技術力を持っているのは確かだが、見る限り僕と数歳しか変わらない。つまりは、二十歳前後に見える容姿をしている。言っては悪いが、僕と変わらないくらいの年齢で身につく技術なのか分からないし、もしも運営に近い人間なのであれば、もっと謎は深まる。


しかし、僕の期待とは裏腹に、HANAEさんは首を振った。


「分かりません。昨日、知り合いなって…今日、です」


HANAEさんが何かを隠している様子はなかった。昨日初めて会った人間が、バグ調査や現実世界のサポートを依頼するのだろうか?期日的に切羽詰まっていたので現実世界のサポートはまだしも、バグ調査なんて一握りの人間しかできないような作業を依頼できる関係性になるだろうか?

僕がナビボットに襲撃を受けた際にも、HANAEさんとトオノさんは連携が取れていたような気がする。


あの状況で、すぐさまモンスターに対応する行動がお互いに取れるとは思えない。

僕なら、オープンスペースで攻撃を受けている人間がいる時点で困惑してその場に立ち尽くすだろう。


NOWHEREは公式から、『階段のない大型デパート』と説明されている。

それぞれのスペースがデパートのワンフロアになっていて、徒歩で移動できる限りはその場所の定義から外れない。要するに、オープンスペースを徒歩で移動している限り、どれだけ移動しようとその場所はオープンスペースとしてみなされる。


『階段のない』というのは、定義の違う空間に移動するためには徒歩ではなくワープで移動する必要があるからだ。スタジアムの中やコミュニティスペースに移動するためには、URLを指定してワープしなければならない。逆に言うと、異なるURLにアクセスしない限りは同じ場所の定義からは外れない。


だから、昨日僕がいた場所は、『オープンスペース』の定義の筈だった。

オープンスペースを囲む塀の外に出たからといって、その定義は変わらない筈だ。塀を通り抜けた際にワープのラグがなかったことで、僕がワープをした事実はない。

定義がオープンスペースなのであれば当然攻撃行動は取れる筈がない。セキュリティも強固なので、オープンスペースに常駐しているセキュリティボットがすぐさま飛んでくると思っていた。見つけにくい場所でセキュリティボットが飛んでこないとしても、攻撃行動が取れるようにハッキングできる脆弱なセキュリティではない筈だ。


「…ナナシさん?」


HANAEさんに呼ばれて、我に返る。食べるのも忘れて考えにふけってしまっていた。慌てて最後の味噌汁を飲み干す。


「…出ましょうか」


変な空気になる前に席を立ち、店を出た。HANAEさんは会計の時にも値段の安さに目を白黒させていたが、店員さんに流暢にお礼を言って店を出ていた。お礼を言われた店員さんもニコニコしながらHANAEさんにお礼を言っていた。僕がいなければ綺麗で平和な世界だ。















HANAEさんと別れ、家に帰ってNOWHEREへログインした。NOWHEREはIDとパスワードに加えて、生体認証でログインできる。その後、一番最初にスポーンする転送先を選ぶ。デフォルトはオープンスペースだが、コミュニティに所属していればコミュニティスペースも転送先に選べる。

僕が選べるのはオープンスペースとゲーム部屋、そして僕の個人スペースの三つだけだ。いつもはオープンスペースにスポーンした後、ログイン状況を確認してからゲーム部屋に飛ぶ。誰もいなければ個人スペースに移動し、MMOスペースに飛ぶか他のゲームを遊ぶ。今日もいつも通り、オープンスペースに移動する。


「うわっ」


転送が終わり目を開くと、すぐ左隣で誰かが体育座りをしていた。驚いて飛ぶように距離を取った。


「ごめんなさい」


HANAEさんだった。思い返せば、昨日はHANAEさんと同時にログアウトしていたのだった。

NOWHEREでは、ログインした際は基本的にログアウトした位置にスポーンする。昨日、トオノさんから依頼を頼まれた後、詳しい依頼の説明や待ち合わせ場所等を決めるためにオープンスペースに移動した。トオノさん達のいる場所は翻訳機能がオフになっているため、オープンスペースかコミュニティスペースに移動しなければスムーズに会話ができない。かといってコミュニティスペースは開設にお金がかかるので、必然的にオープンスペースで会話する流れになった。

会話しているうちに遅い時間になってしまったので、そのままその場でログアウトした。HANAEさんにもログアウトすることを伝えたので、僕がここにスポーンすることを分かっていた。


今いるのは、オープンスペースのエリア端…僕が三位決定戦で負けた後、試合のリプレイを見るために移動した場所だった。エリア端で目ぼしい建物も特になく、人が集まらない。オープンスペースの中でも一人になれる場所として僕が多用している場所だった。


人が集まらない筈なのだが、HANAEさん…と僕を中心にして、半径十メートル程度の半円状に人だかりができていた。HANAEさんは札幌地区ではアイドルや芸能人くらい人気がある。HANAEさんがいる場所をNOWHERE内のSNSで発信すればすぐに人が集まるだろう。


「お時間ありますか?」


翻訳機能のおかげで、現実世界とは異なり流暢に話すHANAEさんに違和感を感じつつも頷く。

HANAEさんはUIを操作すると、直後に僕にパーティの申請通知が届く。迷わず承認を押すと、UI上にスピーカーマークが現れた。

パーティの申請と聞くとMMOを意識するが、実際に似たような機能である。MMOスペースでは当然、他ユーザーとパーティを組んで遊ぶことができる。もちろん経験値の共有や協力プレイ等に使われる機能なのだが、他にもパーティにしか聞こえないように会話することができる機能がある。それを逆輸入した形で、オープンスペースにもパーティ機能がある。


できることは単純、周りの人間に聞かれないように会話ができる。これだけだ。

普段はオープンスペース自体に人がいないのと、聞かれたくない会話はコミュニティスペースやチャットで行えばいいので使うことはめったにない。僕もオープンスペースで使うのはこれが初めてだ。

UIに表示されたスピーカーマークは、押している間は周りの人にも声が聞こえるようにすることができる。MMOスペースでも機能は一緒だ。


正直周りの人の視線に耐えられないので早急に場所を移動したいが、移動できる場所がない。


「今日はありがとうございました。フレンド登録をお願いしたくて待ってました」


NOWHEREが現代SNSの代わりになっている以上、フレンド機能は当然存在する。フレンド登録をしなくても同じコミュニティに属していれば連絡を取ることはできるが、僕はゲーム部屋以外のコミュニティにも所属していなければフレンド登録しているのも一人だけだ。


もちろんNOWHERE内のSNSで友人を探すこともできるのだが、僕はSNSは見るだけで自分から何かを発信したことはない。なので、SNS上で繋がっている友人もいない。


「…はい」


短く答えると、HANAEさんはUIを操作してフレンド申請を送ってきた。パーティの時同様、迷わず承諾ボタンを押す。HANAEさんが満面の笑みを浮かべると、それに反応するように僕らを囲んでいた人だかりが安心したようにザワついた。普段は表情豊かな人なので、強張った表情をしているHANAEさんに戸惑っていたんだろうか。話しかける勇気もなく遠巻きに見ているしかない気持ちもわからなくはない。


…というか、HANAEさんはフレンド申請のためだけに僕を待っていたんだろうか?これだけの人だかりが出来た時点で、僕なら迷わず僕なんか放っといて逃げ出すが。


特にこれ以上話すことも無いので僕とHANAEさんが微妙な雰囲気になっていると、人だかりの中から誰かが歩を進めて近付いてきた。この状況で近付いてこられるのもすごいが、僕としては助かる。


「ナナシさん…」


誰かと思って確認すると、僕の唯一のフレンド、ねねこさんだった。知り合いだったことに安心しながらも、声をかけようとUIのスピーカーボタンに手を伸ばした時だった。


「危険ナウイルスヲ確認。近隣ノ皆様ハ直チニソノ場カラ離レテ下サイ」


けたたましいサイレンとともに、セキュリティボットが僕達に向かってすっ飛んでくる。

ウイルスとなると、僕がセキュリティ判定に引っかかったのだろうか?でも、なんでスポーン直後ではなくこのタイミングで?


HANAEさんも驚いていたが、すぐさまUIを操作し始めた。

僕はセキュリティボットから目を離さない。僕の方に来るのであれば、ねねこさんやHANAEさんを巻き込むわけにはいかない。別のエリアにファストトラベルして、少しでも二人は関係ないことをアピールした方がいい。


「…え?」


しかし、セキュリティボットが取り囲んだのは僕でもHANAEさんでもなく、ねねこさんだった。

ねねこさん本人も驚いた様子でセキュリティボットを見て戸惑っている。


「警告。タダチニウイルスヲ削除シテクダサイ」


明らかにねねこさんに向けて警告している。何故僕じゃない?ねねこさん自体も少し前からここにいたはずだから、スポーン時には何の問題もなかった筈だ。僕に話しかけようとした瞬間に警告が出たってことは、やっぱり僕が関わっているのか?


「ナナシさん、あの人にパーティ申請出してください!」


HANAEさんに言われるがまま、フレンド欄からねねこさんにパーティ申請を出す。ねねこさんは困惑しながらも承諾し、パーティ欄に追加された。


「規約違反者ヲ確認。監査室へ連行シマス」


「『エスケープ』!」


セキュリティボットがねねこさんを襲撃しようと動き出したと同時にHANAEさんが叫んだ。僕ら三人に、同時にワープエフェクトがかかる。

セキュリティボットがユーザーに触れると、強制的に監査室に飛ばされる。オープンスペースで揉め事が起きたりした際、強制的にユーザーを連れて行って処罰するための機能だ。別の場所にワープしようとしても、完全にワープしきらないと監査室行きになる。


HANAEさんが素早く距離を詰めてねねこさんの腕を引っ張る。セキュリティボットとねねこさんが接触する寸前、ねねこさんがワープしたのが見えた。

安心する間もなく、僕は光に包まれた。

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