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4:理解不能

突進してくるボックスをHANAEさんがハンマーで振り払う。相変わらずハンマーの振りは早くないものの、たった一撃でボックスが光になって消える。


HANAEさんは、選手として戦うときも常に同じステータス配分で戦っていた。WMカテゴリ以外にもOMカテゴリにも顔を出していてどちらも高い結果を残しているが、ステータス配分を変えたことは記録上一度もない。相手の戦闘スタイルが何だったとしても、自分の配分は絶対に変えない。


その配分は、攻撃力特化。腕力にもほとんど振らず、ただひたすら攻撃力が高い。通常の物理攻撃特化は、攻撃力と腕力に同じくらいステータスを振って、高い攻撃力と手数を両立させる。腕力にステータスを振らないと、攻撃速度が遅くなってしまい攻撃を当てることが難しくなる。


HANAEさんは常識外のステータス配分でも結果が残せるほどのプレイヤースキルがある。同じステータス配分を真似したユーザーは何人もいるが、結果を残せているのはHANAEさんだけだ。


「…」


ちょくちょく被弾するものの、さほど問題なく対処できている。敵の攻撃を的確に予測し、重量のあるハンマーの振りに無駄がない。


僕も何もしないまま立っている訳にはいかない。浮いたままのボックスに向かって、水風船を投げつけた。

予想通り、理由はよくわからないが通常攻撃はできる。オープンスペースだけど、攻撃ができるエリアなんだろうか。


「!」


水風船は確実にヒットしたが、ボックスは微動だにしない。

NOWHEREの攻撃には基本的にノックバックが伴う。僕の水風船も効果は小さいが例外ではない。だからこそ、ノックバックすら発生しないのには理由がある。


おそらく、僕の通常攻撃でダメージが発生していない。

攻撃がヒットしてもダメージがない場合、ノックバックは発生しない。

ボックスはノックバック無効のモンスターではないから、僕の通常攻撃が弱すぎるか、ボックスの防御力が高すぎるかのどちらかになる。

でも、ボックスは防御力が高いタイプのモンスターではなかった筈だ。攻撃自体も喜属性のボックスに当てているから、相性不利もない。それでもダメージが発生していないとなると、極端に僕の攻撃力が低いのだろうか。


そもそも、僕のステータス配分はどうなってる?僕と相手のレベル差は?

状況が全く理解できない。


「デバイス、ない?」


顔だけを僕に向けて、HANAEさんが僕に聞いた。休む間もなく飛んでくるボックスの迎撃ですぐさま背を向けたが、間違いなく僕に聞いた。


でも、僕はこの状況で使う『デバイス』に心当たりはない。


NOWHEREでもデバイスと呼ばれる機器は存在するが、主にコミュニティスペースで使うスピーカー等の遊び道具でしかない。初期からNOWHEREを利用しているユーザーだと自分自身でも思っているが、戦闘で使用するデバイスなんて聞いたことが無い。


「!?」


背中に急に衝撃が走り、前方に思い切り転がった。HANAEさんの質問を考えていて、背後まで気が回っていなかった。

体制を立て直して背後を見ると、少し離れた位置でナビボットが跳ねている。

今まで電源が切れていたというのに、急に電源が入ったのか。見た感じローブの男の人が操作しているように見えたが、遠隔で操作しているのだろうか。


ナビボットの腹部が開き、光る。ビームのような光線がHANAEさんを襲う。


「っ!」


HANAEさんはハンマーのヘッド部分で受けた。NOWHEREの武器の中でも巨大な形状をしているだけあって、防御性能は高い。ヘッド部分を盾にすれば簡単に身体が隠せるだろう。


自分に飛んできていないからこそようやくビームと判別できた。そのくらい早い。それに、腹部が開いてからビームが放たれるまでの間隔も短い。腕を上げるという小さい動作で済む分、武器で防御するのはまだ可能かもしれないが、完全に避けるのは難しいだろう。


事実、ひっきりなしにビームを放ってくるナビボットに対して、HANAEさんも険しい表情で防御することしかできていない。あのナビボット、ローブの人と会う前は僕の様子見すらしていたので、手加減していたのだろうか。事実、ローブの人も僕の実力を図るような言動をしていた。


「xxxxx!」


突然、HANAEさんが僕に向かって何か叫んだ。同時に、僕を囲むように黄色のキラキラした菱形が現れた。

僕が防御姿勢を取った次の瞬間、爆風とともに後方に吹き飛ばされた。ボックスが取る攻撃行動の一つ、対戦でも使われる楽属性魔法の『エンジ』だった。


爆風の勢いが強く、横向きに転がる。不幸中の幸いか、囲まれていた状況から脱出して僕だけが集団から離れた構図になった。これで背後を警戒する必要はなくなる。


「…?」


転がった際に違和感を感じ、パーカーのポケットを探る。いつも身に着けているグレーのパーカーのポケットから出てきたのは、大きめのスマホだった。


NOWHERE内にスマホは存在しない。スマホでできる全ての機能が、NOWHEREのUIで完結するからだ。

通話はもちろん、動画再生やメモ、ストップウォッチ等、スマホよりも便利且つ高性能に色んな機能を扱える。


当然、何故僕のパーカーのポケットにスマホが入っているのかはわからない。

もしかすると、これがHANAEさんの言う『デバイス』なんだろうか。


ボックスを警戒しながらスマホの画面を見る。直後、HANAEさんがナビボットのビームを防御しきれずに僕の近くまでノックバックされた。それでも、体制は崩してない。


「逃げxxxxます?」


HANAEさんが僕の方を向いて言った。正確に聞き取れていないけど、おそらく「逃げられるか」と僕に聞いている。表情に全く余裕はない。

僕は正直に首を振る。あのナビボットの攻撃速度と、残っているボックスの数、自身の体力状況。さっき貰った魔法が楽属性、つまり哀属性の僕が耐性を持つ属性だったから受けられたものの、僕に有利な怒属性はもちろん、喜属性や哀属性でも耐えられたか怪しい。

それを加味すると、逃げようとしてもその前に僕の体力がゼロになるのが先なのはすぐにわかる。

HANAEさんの体力状況を見ることはできないが、HANAEさんもナビボットが出てきてから明らかに被弾が増えた。逃げることを提案してきたのも、状況が厳しくなったからだろう。


そもそも体力がゼロになったら何があるんだろう?オープンスペースでリスポーンするんだろうか?でもHANAEさんがここまで必死なら、何かデメリットがある筈だ。


HANAEさんにビームが放たれると同時に、『エンジ』のエフェクトが現れる。

何かを考えている余裕はなかった。スマホの画面に表示されているボタンを押し、一番近いところにいる楽属性のボックスに向けて、左手を前に出して叫んだ。


「『ソロウ』!」


「!?」


視界が急激に真っ青になると同時に、前方で大爆発が起きた。爆発地点は結構先なのに、爆風に巻き込まれて後方に吹き飛ぶ。ハンマーを持ってるHANAEさんですら吹き飛ばされているのが視界の端で見えた。今日だけで何回地面に転がったんだろうか。


うつ伏せの状態から体を起こして前方を見るが、土煙が濃くて敵が何体残っているのかもわからない。

HANAEさんは僕の少し前方で片膝をついていた。僕の方を気にしているようだったが、敵の警戒も怠る訳にはいかないのだろう。敵への警戒を弱めてはいなかった。


僕自身も、魔法の威力に驚きが隠せない。そもそもスキルが発動したことにも驚きだ。スマホに表示された魔法を発動するかしないかもわからないまま、適当に唱えただけだ。あの状況で何もできることが見つからなかったから、体力がゼロになる前に試すだけ試しておこうと思った。それだけだった。

そもそも、いつの間にか僕のポケットに入っていたスマホが何なのかも理解できてない。スキルが発動したってことは、僕のスマホなんだろうか。


「っ!」


ようやく晴れてきた土煙の中が光ったかと思うと、HANAEさんにビームが飛んできた。ポン、ポンという音とともに、土煙の中からナビボットだけが跳ねて出てきた。


またしてもナビボットの腹部が開く。HANAEさんと二人で思わず身構えるが、ビームは飛んでこない。

直後、HANAEさんが脱力したのが分かった。何事かと目を凝らすと、モニターの表情が消えていた。ローブの人が現れたときのように、電源が落ちたようだ。


「何があった?」


しかし、現れたのはローブの人ではなく、カーディガンの人だった。HANAEさんが警戒を完全に解いているところをみても、この人は味方らしい。

ナビボットの電源を切ったのもおそらくこの人だ。ナビボットの対処法を知っていたのだろうか。


「うっ…」


安心して力を抜いた瞬間、最初にナビボットの電撃を受けた時の頭痛が戻ってくる。あの時よりも強い痛み。今までの人生でもこんな頭痛は始めてだ。脳味噌を直接鷲掴みにされているような感覚。耐え切れずに、うつ伏せに倒れた。


「xxxxxx!?」


HANAEさんが僕に駆け寄って何かを言っているが、聞き取れない。

止まない痛みに耐え切れず、言葉も出せないまま、僕は意識を手放した。















目を開けると、綺麗な天井が見えた。微かに柑橘系…おそらくオレンジの匂いがする。ここ数年で一番寝覚めが良いかもしれない。

心地よさを感じつつ、身体を寝かせたまま伸びをする。気付けば、カタカタとキーボードをタイピングする音が聞こえた。


…タイピング音?


ゆっくりと身体を起こす。見慣れない部屋の端にあるソファーで寝ていたようだ。

現実世界の自分の部屋ではなく、NOWHERE内で目覚めたことを理解する。接続エラー等は起きていないようだった。

ぼんやりしながらも周りを見渡すと、二十畳くらいの広めの部屋の中心に大きなテーブルがあり、椅子が四隅にそれぞれ置かれている。そのうち一つだけ人が座っており、僕のいるソファに背を向けた状態でテーブルの上に置いてあるパソコンを見ながら黙々とキーボードを叩いていた。


「…?」


僕が起き上がったのに気が付いたのか、その人が振り向いた。


爆発してると言ってもいいくらいにボサボサな髪形に、NOWHEREでもあまり見ない、綺麗とは言い難い人工的な白に近い灰色の髪色。髪色とは対照的に濃いグレーのワイシャツに、薄い桃色のネクタイを緩くしていて、その上から白衣を着ている。


無頓着であると言い切れる身だしなみとは異なり、顔立ちは思わずハッとするほど綺麗に整っている。表情こそ無気力で無表情、それに眼鏡をかけていてわかりにくいが、それでも綺麗な顔立ちなのが理解できるくらいだ。

顔立ちを変更したり、メイクも細かく設定できるNOWHEREでさえも、こんなに綺麗な女性を見たことがない。そのくらい衝撃だった。


「…」


驚いている上に状況も呑み込めていない僕が呆然としていると、女の人は僕を見て何事もなかったかのようにパソコンに向き直り、再びキーボードを叩き始める。


起き上がって時間も立ち、綺麗な人にじっと見つめられたことで緊張もあったので、さすがに頭が冴えてきた。今置かれている状況こそ分からないが、意識を失う前に何が起きたかくらいは思い出せる。

僕に全く興味を示さない女の人を横目にステータスを確認すると、僕の体力と魔力は最大値まで回復していた。あの状況からリスポーンした可能性もあるが、今この状況を鑑みると考えにくい。


メッセージの受信BOXを確認すると、運営と思われる人間から送られてきたはずのメッセージは消えていた。ゴミ箱にも見当たらず他のメッセージは残っているので、明らかに作為的に消されている。時間は午後六時十五分。ナビボットに接触したのが六時より前だったから、あれからさほど時間は経ってない。


僕がUIを操作している間も、女の人は気にせずキーボードを叩いていた。僕が起き上がっていることもUIを見ていることも分かっている筈だが、全く気にも留めていない。


さすがに僕が口を開こうとした時、端にあるドアが開いた。


「…起きたなら連絡してくれよ」


入ってきたのはカーディガンの男の人だった。黒のジーンズに無地の真っ白なシャツ、その上から少しだけ長めのカーディガンを着ている。身長は高くないものの、スラっとしていて身なりが整っているように見える。少し前髪が長いが、目が大きくて暗い印象も受けない。雑誌モデルに乗っていてもおかしくはない顔立ちだろう。


「指示を受けた覚えはない。それに、意識を取り戻してから約一分二十秒程度。状況も整理させずに会話をして混乱を広げる方が―――」


「オーケー。俺が悪かった」


視線も合わさずキーボードを叩きながら淡々と話す女の人に、男の人は肩をすくめて諦めたような顔をしながら、僕の目の前にある席…ちょうど白衣の女の人の隣の席にある椅子を回し、僕の方を向いて座った。

一瞬僕の方を見たが、すぐさま思い出したかのようにUIを開いた。僕の方を見ないまま、口を開く。


「聞きたいことは色々あるだろうけど…とりあえず、君が受け取っていたメッセージは運営を騙る偽物だったことは先に言っておく」


さすがに僕も予想はしていた。ローブの人が僕を実力者だと勘違いしてコンタクトを取ろうとしてきたことは言動からなんとなく察することができた。

直後、ファストトラベルのエフェクトとともに、部屋の隅にHANAEさんが現れた。

カーディガンの人がUIを閉じたところをみると、HANAEさんに連絡を取っていたのだろう。ポツリと「早いな」と呟いたのも聞こえた。


「大丈夫、です?」


HANAEさんの発音に違和感を感じつつ、頷いた。僕の反応にHANAEさんは安心した表情を見せると、カーディガンの人に向き直る。


「xxxxxxx、xxxxxxx」


「あー…。xxxxxxx」


平然と会話しているようだが、全く内容が分からない。カーディガンの人が僕を見て不思議な顔をした後、思い出したかのように言う。


「ここは翻訳機能が効かないから、必要なら翻訳パッチ入れようか?」


「得体の知れないユーザーに渡されたパッチを即決で受け取れると?」


僕が何かを言う前に、白衣の人が画面を見たまま言った。その言葉に、カーディガンの人は無言で白衣の人を見た。何か言いたげだが、何も言わずに僕の方に向き直る。この人には悪いが、正論だと思う。


HANAEさんが日本語圏の人ではないことは知っていた。元々対戦においては全国区レベルの実力者の上、NOWHERE黎明期の選手でもある。NOWHERE内でインタビューや特集を組まれた過去もあるので、直接の交流がなくても大体のプロフィールは知ることができるくらいには有名な人だ。


それでも、NOWHEREにおいて海外言語の翻訳は基本装備だったので、言葉が理解できない現実に直面するとは想定してなかった。翻訳機能はあるとはいえ細かなニュアンス等を伝えられる程正確ではないので、もちろん機能をオフにして自力で会話することもできる。オープンスペースでは常に翻訳される設定に、コミュニティスペースはコミュニティのオーナーが変更できる。

思えば、時折HANAEさんの発言を聞き取れなかったり、発音に違和感を感じていたのはこれだったのだろう。


カーディガンの人はHANAEさんに何か言い、僕の隣に座らせた。密着という訳でもないが、そこそこ距離が近くて緊張する。

カーディガンの人は再度UIを開きながら、口を開いた。


「えーっと名前は…『名無し(ナナシ)A(エー)』…あぁ、『ナナシア』って読むのか」


「…」


僕の名前の読み方は全然「ナナシエー」が正しい。そんなお洒落な読み方をされるとは思わなかった。

…でも、間違っているものの間違っていると言いにくい。普通の人なら簡単に言えるんだろうけど、初対面の人達に囲まれた状態では口を開くこともなかなかできない。


「俺は『トオノ』。あっちが『サイ』。…彼女とは知り合いなんだろ?」


カーディガンの人はトオノさん、白衣の人がサイさんというらしい。HANAEさんを紹介しようとして名前が出てこなかったところをみると、そこまで深い関係ではないんだろうか。

振る舞い的には、本当にただ忘れただけのようにも見えるけど…。


投げかけられた質問に、僕は首を振る。トオノさんが不思議そうな顔をした。

絞り出すように声を出す。


「…WMカテゴリの対戦相手だっただけで、面識はありません」


トオノさんは納得したように頷いた。

チラっとHANAEさんを見ると、UIを開いて何かを操作していた。普通なら中身が見える距離だが、特別に設定をしない限りは他人にUIの中身を見られることはない。それも相まって、距離が近いにもかかわらず僕のことを全く意識していないようだった。


「サイ、解析の結果は?」


「ユーザーとしては極めて優良。非公式なサイト・コミュニティにアクセスした履歴なし。唯一所属するコミュニティもセキュリティは甘いものの人も多くなく違法行為も無し。コミュニティ内に要注意ユーザーもいない。大会の参加も、ロビーとプレイヤー側の会場だけにしかアクセスしてない」


サイと呼ばれた白衣の女の人はスラスラと答えた。手は止めずに動かしたまま、顔も動かさないまま。


「…」


僕はと言えば、出てくる内容ももちろん、情報量に驚きが隠せない。

個人情報に近いアクセス履歴や参加コミュニティまで、この短時間で簡単に調べられるものなんだろうか。


NOWHEREではできることが多い上、情報の流出が致命的になる。

普段の買い物でも、アクセスURLを知っている一部の人間だけが利用できる店も少なくない。

家にいたままオフィスにいる時と変わらない作業ができるので、企業のリモートワークにも当然活用されている。プレゼンテーションに有用な機能も多く、アクセスURLを知っているユーザーだけが参加できるという機能も相まって、商談や経営会議にも使用されることもある。

完璧とは言えないが、海外言語の翻訳機能もある。だから、直接商談するよりもNOWHERE内で商談する企業の方が多い、というニュース記事を少し前に見た。


僕がメインで利用しているゲーム部門も、既存のゲーム機を全て集めたくらいのゲームができる。僕の所属する『ゲーム部屋』でもボードゲームをやったりすごろくをやったりするが、それもVR空間でアトラクションができる。

利用人口が増えたことで様々なゲームが競技化、及び記録化し、今ではほとんどのゲームにランキングが実装され、アカウント名が表示される。


そうなってくると、ゲームの所持権は当然アカウントに紐づく。本やDVDについても同様であり、今では現実世界に何もなくても『NOWHEREのアカウントさえあれば、衣食住以外は解決する』というキャッチコピーが出回っているほどだ。

逆に言うと、衣食住以外をNOWHEREで管理していることになる、アカウントの乗っ取りやハッキングなんて起ころうものなら、文字通り身ぐるみ全て剝がされるくらいの被害に遭うだろう。


アカウント登録者は日本だけでも人口の九割以上と言われている。おそらく極端な低年齢層と高年齢層以外はほとんどが利用しているだろう。

そのくらいユーザー数も多く、アカウント情報の取り扱いの難しさも相まって、NOWHERE運営の対応は非常に困難を極めている。問い合わせのサポート部隊はいつでも人手不足、且つ仕事量が膨大と噂されていて、簡単な問い合わせですら三日から一週間程度の時間が必要になる。バグ報告の結果なんて、一年かかっても返ってくるかわからない。


「…但し、コミュニティの催しを公開で行った履歴あり。視聴者は多くはないけど、これが原因の可能性あり」


だからこそ、この人達が短時間で僕の、というか僕が所属するコミュニティの情報まで調べ切れていることが不思議でならない。移動する時間も含めれば、十数分くらいでこの情報が出たことになる。

HANAEさんがこの場にいること、雰囲気の緩さ、見た目の若さから、勝手に運営側の人達ではないと決めつけていた。もしかしたら、運営の中でも高い地位にいる特別な部隊みたいな人達なんだろうか?


「わざわざUIにマルウェアを仕込んでわざと負けさせた後、運営を偽ったメッセージで自分の設定したフィールドに誘い出して襲撃。ブラックアウト中にハッキングしてアカウント情報を抜こうとした…ってとこか」


ポンポンと出てくる情報に困惑はするものの、内容に納得はする。発言から察するに、HANAEさんとの対戦中の出来事がマルウェアによるバグだったことも分かってるみたいだ。HANAEさんに勝ってほしかったユーザーが負けさせるために仕組んだのかと思っていたけど、アカウントハックが目的だったのか。

『自分の設定したフィールド』は気になるけど、攻撃可能区域に設定したってことなんだろうか。ナビボットを配置したり、ボックスを召喚したり、確かにフィールド設定を変更していればできるような気がしないでもない。


この人達の調査力が予想外のものであるように、今のNOWHEREのハッキングスキルもそこまでできるようになっているんだろうか。ゲームにおけるチートがどうのこうのくらいは聞いたことはあるけど、NOWHERE自体へのハッキングはあまり有名ではない。それこそ都市伝説レベルの話だ。


トオノさんはHANAEさんをチラリと見ると、僕に向かって言った。


「彼女にはお礼を言っといた方がいいな。君の異変にすぐに気付いて俺達に調査するように頼んできたから、取り返しがつかなくなる前に君に遭遇できた」


「…」


僕が驚いているのを見て、トオノさんは微笑みながら続けた。


「気持ちはわかるよ。試合中のちょっとした動きだけで異変を察知して、視線の動きとか君の判断傾向がいつもと違うって言い始めた時はさすがに気のせいだと言いたくなったし」


思わずHANAEさんを見る。しかし、HANAEさんは僕の視線に気付くことなくUIを操作し続けていた。


「あまりに必死だからダメ元で調査したら、キッチリ君視点でしか見えてないエフェクトがあって、バグを調べたら意図的に入れられたマルウェアが原因。んでもって現在進行形で偽メッセージで呼び出されてる。新しいOSインストールして再起動待ってたら勝手にもう一回再起動して時間を潰された時の気分だったよ」


…最後の例えはわからないが、HANAEさんもリプレイを追っていたみたいだ。もちろん試合中も不可解な表情をしていたけど、ただの凡ミスで終わらせずにちゃんと原因を探ってくれていた。

相変わらず、僕は結果が覆って欲しいとは思わない。でも、HANAEさんが調査を他人に依頼するほどあの凡ミスに違和感を感じていたことになる。

僕のことを評価してくれていた。それだけで、僕が対戦カテゴリに出場した価値は十分にあった。


「…xxxxxxx?xxxxxxxx」


HANAEさんが僕たちの様子を伺いながら、トオノさんに何かを言った。今のやり取りで、HANAEさんのことを言っていると気付かれただろうか。悪いことは一つも言っていないのだが、こういう場面には何故か陰口に気付かれたような感覚になる。


「…」


トオノさんが悩むようにして天を仰いだ。しかし、すぐさま思い出したように僕を見る。

話の内容は全く分からないが、嫌な予感がした。


「彼女へのお礼も兼ねて、一つ頼まれてくれるか?」

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