18:本題
リザさんを誘導したのがHANAEさんの所属する組織である『チィリン』ということは、ムラタさんはチィリンの人間に誇張した情報を渡されたことになる。
そもそも、あのビルのような建物に何故リザさんがいたのか、僕は全く事情を知らない。依頼を出してきたココさんもリザさんがいなくなったことしか知らないのだから、リザさんがどうやってあの場所まで移動したのか僕は知らない。
「俺とサイがリザさんのいた建物に行った時、その場にいたユーザーがチィリンの下っ端でした。名前を借りてる程度の下っ端とも呼べない連中だけあってただの愉快犯かと思ってましたが、ナナシア…彼と戦った男に渡された情報と情報元を調べた結果、チィリンが明確にリザさんを狙って事件を起こしたという推測が立ちます」
「…」
リザさんは俯いて苦しそうな表情をしたまま何も言わなかった。時折僕の方を見るが、僕は何も反応できずにその場に立っているしかなかった。
「詳細は省きますが、彼の友人がチィリンの上位組織メンバーではないかという疑惑がかけられています」
リザさんの視線を感じるが、僕は敢えて気付かないフリをしてトオノさんの方を見たまま黙っている。
「彼はアンダーワールドに来てから十日程度しか経っていません。これがどのくらい危険なことなのかすら分かってない」
「まさか、そんな人をあんな場所に…!?」
リザさんは信じられないものを見るような目でトオノさんを見た。その中には非難の感情も混ざっている。
命の危険があるということは僕も理解している。でも、僕も何もできないという訳じゃない。何かできることがあるのなら、行動しない後悔はしたくない。
「危険だと分かってても友人のために危険な場所に行く。同じ行動をした人間の発言とは思えないですね」
「…」
リザさんは苦い顔をして黙り込んだ。少しの沈黙の後、リザさんがトオノさんを見ながら口を開いた。
「…何があったか、把握してるんですね」
「ええ、目的が達成されてないってことも含めて。上手くいけば、リザさんの問題も解決できるかもしれないですよ」
あのビルのような建物はチィリンを名乗るユーザーが使っていて、リザさんは何か目的があってそこに行った。但し、途中で失敗して目的が達成されていないということだろうか。
リザさんは僕をじっと見る。
「…それでも、危険なことには変わりないですよね」
「ですね。俺だけならまだしも、彼が無事に帰ってくる可能性は今のところ一割もない」
トオノさんが平然と言い、リザさんは何も言わずに俯いた。この二人にとってはそれが受け入れられることであり、驚くようなことではないのだろう。
「まあ、リザさんが教えなかったとしてもチィリンの所には行くんですけどね。そもそも彼が諦めるとは思えないし」
僕は頷く。どれだけ危険があると言われても僕は断念する気はない。リザさんの時と同様、ここで諦めてしまったら、僕は一生後悔すると思う。
「リザさんが情報を渡してくれるのなら、彼が生き残る可能性が多少は上がるって感じですかね」
リザさんがどんな情報を持っているのかも分からないが、確かに危険は減るかもしれない。どっちにしろ敵のアジトに乗り込むのなら、情報は多い方がいい。
レンさんと会話している時と同様に、トオノさんは神経を逆撫でするような態度で飄々と何事もなく言葉を発する。リザさんは睨むような視線を向けながらも、トオノさんの言っている事に反論はしなかった。
事実、間違ったことは確かに言っていない。
「彼が無事に帰ってくるよう依頼をする事は?」
「できない依頼は受けられません。万全の状態だったリザさんで無理なら、ウチの武力要因でも対処できるか怪しい。一応俺も出ますが、ご存じの通りこういう案件には向いてない」
武力要因はシキさんの事だ。トオノさんの話からすると、シキさんよりリザさんの方が強いのだろうか。リザさんの『繋げる力』は特別なものだと思うが、それでも僕としてはシキさんの方が強く感じる。万全の状態のリザさんというのがどのくらいの実力なのか全然分からないが、僕にとってのシキさんが超えられない壁すぎて想像もつかない。
トオノさんの「こういう案件には向いてない」は、おそらくは戦闘に向いてないという意味だろう。なんとなくだが、シキさんが戦闘、サイさんが技術、トオノさんが情報という役割になっている気がする。
もう一人いる筈の人の役割も気になるところではあるが…。
「…」
「俺も無責任じゃないんで、一応彼に警告はしましたけどね。この場にいる時点で、リザさんが彼を止めるのはほぼ不可能かと」
トオノさんの言う通り、僕は昨日解散した後、トオノさんから長文のメッセージを受け取っていた。
これから起こるであろう事と、自分の身に起こり得る最悪の展開まで事細かに説明を受けた上で、それでも知り合いのために行動することを決めた。
もちろん恐怖心がない訳じゃない。ただ単純に、『これからの人生』と『今起きている問題』を天秤にかけた結果こうなっただけだ。
トオノさんにも、現実世界での自分の状況と抱えている感情を伝え、納得を得た状態でこの場に来た。
当然、トオノさんにも危険はある。それでも同行する事を受け入れてくれただけでも僕は感謝しなければならない。
「…わかりました」
リザさんは諦めたような声色で言うと、真剣な眼差しで僕を見た。少し身体を起こして僕の両手を掴み、僕に言い聞かせるように話し出す。
「私のためとか、そんなことは考えなくて大丈夫です。自分のことだけを考えて、安全に帰ってきてください」
「…」
またしてもリザさんの服装が乱れかけていたが、僕の頭にも視界にもそんな考えは一ミリも入ってこなかった。ただただ約束はできないという思いから、返事をすることができなかった。
「時間がないですね。連絡は後程訪れる金髪を通じて行ってください。それまでは、手紙の中にあるリストを頼りに行動すればなんとかなるかと」
遮るように、トオノさんが自身のスマホを見ながら今までより早口に言った。
「…ありがとうございます」
「お礼はあなたの同僚に言ってください。今回手遅れにならなかったのは、何も告げずに姿を消したリザさんの異変にすぐに気付いたあの子のおかげですよ」
ココさんのことだ。確かに、ココさんの依頼がなければリザさんがいなくなったことがトオノさんに伝わるのはもっと後になっていた筈だった。このご時世、突然姿を消して全てが手遅れになった後に話題なることも少なくない。
…その中の何割がウイルスのせいにされているのかは定かではないが。
「俺達も早めに出よう。そろそろ戻ってくる頃だしな」
「…?」
詳しいことは分からなかったが、僕は頷くことしかできなかった。
◆
「悪かったな、あっちでは急に解散して」
「いえ…」
リザさんの病室を出ると、逃げるようにすぐさま病院からも出て解散し、指示のあった通りにNOWHEREへログインした。
「あの病院にいる人間の一部は俺達…リザさんを狙ってる。あの場で話すと誰に聞かれてるか分からないからな」
「…あの病院に、チィリンの人間がいるんですか?」
もしもあの病院にチィリンのメンバーがいるのであれば、リザさんが置かれている状況はかなり危険なものになる。確かに、リザさんの病室に入った時にトオノさんは「危険な状況にいる」や「入院する病院も操作されている」と言っていた。それは、そういうことだったのだろうか。
「いや、そうじゃない。少なくともチィリン自体はあの病院には全く関わりはないだろうな」
「…?」
だとすると、リザさんは複数の組織に狙われているのだろうか。確かに、あの病院に組織のメンバーがいるということが分かっているのなら、リザさんから情報を貰わなくても他にチィリンに近付く手段はあるように思う。
曖昧な表情をしていた僕に対して、トオノさんは組んでいた腕を解いた。
「どこから話すか迷ってたが…今から話すのは三つだ。『今後の動き方』、『チィリンについて』、『セカンドスキル』。この三つだ」
一本ずつ指を立てながらトオノさんが話すが、僕は病院の件が頭に引っかかったままだった。
僕の表情からそれを察したのか、トオノさんはため息交じりで口を開いた。
「病院について聞きたいのは分かるが、最後まで聞けば全部理解できるよ。『セカンドスキル』っていうのがリザさんの『繋げる力』で、なんでリザさんが狙われるのかってことも全部説明するから」
トオノさんの発言は非常に合理的で冷徹ではあるが、その分説明が分かりやすい。説明が大雑把なレンさんや、感覚的すぎて理解できないシキさんから聞くよりは絶対にこの人から聞いた方が良い。
「まあ、順を追って説明する。『今後の動き方』についてだが、リザさんからURLを受け取ってチィリンの持つ裏カジノにアクセスすることになる。そこでチィリンの人間と接触して情報を引き出すのが当面の目的だな」
「…裏カジノ?」
結局、今日は時間切れによってリザさんからチィリンの情報を聞くことはできなかった。シキさんがリザさんの護衛に行くようなので、そこで改めてシキさんが聞いてようやく動き出せると思っていた。チィリンが裏カジノを持っていることすら僕は知らなかったが、トオノさんは既に知っていたのだろうか。
「レンが言ってた、『チィリンが札幌で始めた新しいシノギ』っていうのがこの裏カジノのことなんだよ。裏カジノを経営してること自体はレンでも掴めるくらいの情報だったけど、そこのURLは限られた人間しか知らない」
プライベートな空間であれば、URLを知らなければ建物には侵入できない。ハクの建物も実際にアンダーワールド内にあるのだが、URLがなければ誰も入ることはできないしアクセスすることもできず、存在を知ることもできない。
確かに、会員専用のシステムを用いたお店は現実世界・仮想世界問わず存在する。その会員としての証が、URLを知っているかどうかなのだろう。リザさんも何らかの方法でURLを入手したことになる。
「URL自体はシキを通じて今日中に手に入ると思う。そこから先どう動くかは基本任せるが、助言するなら数日後の方が良いだろうな」
「…理由を、聞いても良いですか?」
トオノさんは頷く。
「一つは、単純に実力が足りないから。数日間でも当然足りるとは思えないが、知識を入れるだけでも確実にスキルアップする方法がある」
さっき言っていた『セカンドスキル』というものだろう。でも、どうして今まで僕に伝えなかったんだろう。仮所属で荒事をしない予定だったというのもあるとは思うが、ハクの戦闘プログラムでもセカンドスキルというものについては説明どころか言葉自体出てきていなかった。
「もう一つはレンの存在だな。現状競争みたいな形になってるから、どこかで和解しないと最終的にぶつかる。レンが持っていないであろうURLを渡す代わりに、URLにアクセスするタイミングを合わせるように交渉しておくのがいい。数日間ならレンが自力でURLを入手することもないだろうし」
レンさんの組織の介入がないのであれば特に急ぐ必要はない。でも、トオノさんの見立てなら数日間でレンさんが辿り着いてしまうようだ。それなら確かに、レンさんが自力で入手する前に交渉してしまえば焦らなくても良くなる。
「同時にアクセスするなら、向こうは向こうで勝手に暴れることで結果的に足りない戦力をレンが補ってくれることも見込める。難しいとは思うが一緒に行動すればレンが先に見つけて手遅れっていうリスクも減るしな」
「なるほど…」
もちろんレンさんに情報を渡さずにURL入手後すぐに乗り込む手もある。その場合、僕とレンさんとの間に軋轢が生まれることは予想できる。トオノさんの言う通り数日後にすれば、レンさんとの仲違いを生まないまま、そして僕も数日間の準備期間を作ることができる。
「レンはあれでも情に厚い。情報を渡すっていう恩を売っておけば後々都合が良いだろうしな」
関わった期間は短いながらも、レンさんの優しさは僕も理解しているつもりだ。トオノさんのような合理的な考えがなくても、単純に人として無下にしたくはない。
「まあ、今後の動きについては今決めろって訳でもない。チィリンの話について進めよう」
僕は頷く。
「チィリンは、元々大阪で活動していたマフィア組織だな」
…マフィア?
「まあ、日本の暴力団の海外版だと思えばいい。レンのところも海外に手出してるし、海外組織が日本でも仕事を始めたってとこだな」
「…」
レンさんが極道なのはさすがに勘付いていたが、相手がマフィアだとは思ってもいなかった。テレビやゲームの世界でしか実物を見たことがないが、何故か勝手に黒スーツの銃を持った人が頭に浮かぶ。日本の暴力団と同じだと思って大丈夫なんだろうか。
「レンを良く言う訳じゃないが、暴力団にも色んなのがいる。レンの組みたいに犯罪行為を進んでしないのもいれば、詐欺、薬物みたいな犯罪行為のオンパレードのも。チィリンは後者だな」
「…」
「少し前、女性バーチャルアイドルがアンダーワールド内を男性マネージャーと二人でいたところ、突然通りがかった集団に性的暴行を受けた。拘束されて何もできずに見ているしかなかった男性マネージャーもその後同じく集団暴行に遭い、アカウントのダメージによって二人とも強制ログアウト」
「―――」
「ハッキング技術によって二人の個人情報が抜かれたらしく、脅迫行為によってなのか精神的ダメージなのかは分からないが男性マネージャーは自ら死を選んだ。バーチャルアイドルの方は精神ダメージでしばらく昏睡状態だったが、目が覚めて錯乱状態」
「…」
「その時の動画が撮られていたようで、犯人は挑発的な文面とともにその動画を被害者の同僚であるバーチャルアイドルに送りつけた。…その後のことは、当事者みたいなもんだし言わなくても分かるだろ?」
ココさんからの依頼を受けた時、僕もココさんについて少し調べた。リザさん、ココさんの事務所に所属しているバーチャルアイドルは現在二人。但し、二人になったのはつい最近のことで、精神的負担によって一人卒業という形を取っていた。それが、被害者の女性…。
記事自体は僕も見ていたが、精神的負担と書かれていただけだからバーチャルアイドルにはよくある誹謗中傷等によるものだと思っていた。それが、こんな内容のものだったとは思ってもみなかった。
ネットニュースにはなっていたのに大事になっていないのは、世間的に公になっていないアンダーワールド内の出来事だったからだろうか。それにしても、そんな事実を誰が隠蔽しているんだろう。
「これから君が相手をするのは、そういう組織だってことを忘れないように。まあ、実行したのは上から命令されただけの下っ端だから、それよりも遥かに酷い仕打ちを受けるかもな」
これから自分もその組織に乗り込む立場だというのに平然と言ってのけている精神力は相変わらずよく分からないが、今までの話も普通の事のように話している所を見ると、こういうことが日常茶飯事で慣れているのかもしれない。シキさんは戦闘にこそ慣れているが、ココさん達とリザさんの話をしている時は不必要に身体を動かしたり誰とも目線を合わせようとしなかったりと、普段と少し様子が違ったような気がしていた。
「とは言っても、最近出てきた組織ってこともあって俺達も全然追ってなかったから、子供の集まりみたいな組織じゃないってことと、札幌地区ではさほど規模が大きくないことくらいしか情報はない。チィリンって名前からしてもアジア系だろうなって予想がつく程度だな」
僕も少し調べたが、『チィリン』は日本語に言い換えると『麒麟』になり、中国神話に登場する空想上の生物のことらしい。平和や幸福の象徴として扱われているのだから、組織の名前としても使われているのだろうとなんとなく予想ができる。
「今話した二つはここ数日で変化する可能性もある。どう動くか次第だが、情報が入ったら共有するよ」
トオノさんは一息ついて深めに呼吸した後、僕を見た。
「さて、ここからが長くなるが…ここまでで確認することは?」
「…URLにアクセスするのを、数日後にしようと思います」
数日間の猶予があればもう少しチィリンについて情報を集められるかもしれない。考えれば考える程、トオノさんが提示した数日後にURLにアクセスする案が一番いい。
「オーケー。レンとの交渉はどっちがやる?」
レンさんと普通に会話する分には引け目を感じることはほとんどない。だが、交渉となると僕では心もとないというのが正直なところだと思う。言ってはいけないことを知らないうちに言っていたり、レンさんを不快な気分にさせてしまうかもしれない。
「…お願いしても、いいですか?」
「いいよ。まあ、俺がレンと話した方が訓練時間が増えるだろうしな」
レンさんを不快にさせるという点ではトオノさんの方が心配ではあるが、不機嫌なレンさんを対処できる能力もトオノさんの方が間違いなく高い。単純に、今までのやり取りを見ても交渉や説明に一番長けているのもこの人だと思う。
「じゃあ、最後だ。…もう一度確認するが、この話を知った時点で君は普通の人生には戻れないし、おそらく近い将来死ぬことになる。それでもいいね?」
「…はい」
トオノさんから、この件には関わらない方が良いということはちゃんと事前に連絡された。昨日と今日、じっくり考える時間を貰って、尚且つリザさんの病室に行く日程を遅れさせる提案までしてもらったが、それでも僕はあまり悩むことなくこの件に関わることを決めた。
元々、自分自身期待もせず、期待もされないような道を進んできた。今までも、当然これからも。
トオノさんには、ある程度経緯も気持ちも伝えている。それでも少しは反対されたが、押し問答になることもなく納得してくれた。
だから当然、今でもその気持ちは変わっていない。
「この仮想世界…『NOWHERE』にはルールがある。知っての通り、全てのユーザーは属性を割り当てられていて、独自の武器とスキルを持つ。例えば、レンなら怒属性で変形武器、それと身体強化系スキル。君の場合は哀属性で水風船、スキルは…まだ分からないんだったな」
僕はまだ自分がどんなスキルを持っているのか知らない。自分の属性の基本魔法は使えないユーザーの方が珍しいとのことなので、『アグリ』や『ソロウ』といった基本魔法は誰でも使えるのだろう。
レンさんのスキルは、身体強化?それだけで物理無効の鳥に攻撃を加えられるとは思えない。だが、それよりも…。
「…スキルについては、テーマがあるんですか?」
「テーマか…まあそうかもな。人によっては片手剣系スキルばかり覚えるユーザーもいれば、魔法系スキルばかり覚えるユーザーもいる。生まれた時からジョブが決められてるとでも思えばいいよ」
ジョブと言われると分かりやすい。剣士のジョブであれば剣スキルばかり覚えるだろうし、魔法使いのジョブであれば魔法ばかり覚えることになる。
「一応、MMOスペースのように『スキルの書』みたいなものはある。武器スキルみたいに装備している間使えるんじゃなくて、一度使えば永遠に習得したままにできるよ。とんでもなく高額だけどな」
MMOスペースには、レアドロップ等でしか手に入らない『スキルの書』がある。トオノさんの言った通り、一度使用すれば永遠にそのスキルを覚えることができるようになる。強力なスキルの書が手に入ったことによって自分の装備やジョブを変えたりするユーザーもいるくらいだ。
もちろんMMOスペースでも非常に高額で取引されているが、現実世界でも存在するとなるとどのくらいの金額になるのだろうか。
「このルールだけなら、アンダーワールドで一番力をつけるのは誰だと思う?」
僕の水風船のような特別に劣っているものはあっても、基本的にユーザーに与えられた武器の中に優劣はない。相性によって明確な有利不利はあっても、大きな利点がある武器は大きな難点も伴うことがほとんどで、全てをトータルで見た場合は一部を除いてバランスが保たれている。
「スキルの数が多いユーザー…?」
スキルを使った方が強力な攻撃ができるのだから、武器よりもスキルの方が重要になる。
但し、使用条件を満たしていないとスキルは使うことができない。剣スキルを持っていても槍を持っているのであれば、それはスキルがないのと同じだ。
スキルの書がアンダーワールドにも存在するのであれば、より多くのスキルを持っている人間の方が強い。最初に選ばれる武器とスキルが噛み合ってなかったとしてもそれを補うことができるし、あらゆる事態に臨機応変に対応することができる。
トオノさんは一度頷くと、言葉を続ける。
「その後、『デバイス』っていう自分の武器を変更できる要素が発見された。この場合はどうなる?」
『デバイス』は、最初に選ばれた武器以外にも使える武器だ。
要するに、このNOWHEREという世界全体が大きなMMOで、武器やスキルを集めて強くなることができる。
オープンスペースは、MMOに設置された国のようなもの。攻撃不可だったり、アトラクションや建造物が用意されていたり。
レンさんの言っていた『NOWHERE』が『地球』で、『オープンスペース』が『国』という意味がようやく分かってきた。
普通のMMOと違うのは、物語がないことと、レベルの概念がない…正確には、レベルの概念が見えないこと。そして、取り締まる人間がいないことによる『法律』がないこと。
以上を踏まえると、一番強くなるのは…。
「…デバイスとスキルを、たくさん持っているユーザー?」
「うん。『スキルの書』や『デバイス』を金で買えるなら、より強力なものを買えるユーザーが当然強い」
アンダーワールドでお金が重視されるのも当然の理由だ。そして、公序良俗に反してでもお金を手に入れれば、アンダーワールドを自分のものにできる可能性すらあり得る。
「NOWHERE運営の下にあるMMOスペースに存在するスキルの書は、アンダーワールドのスキルを基に作られてる。だから、未だMMOスペースに実装されていないスキルの書も全然ある」
MMOスペースで実装されているスキルは僕もある程度把握してはいるが、それよりも多くのスキルがあるとなると、リザさんの繋げる力はそれに値するのだろうか。でも、スキル名称を唱えていなかったり、色々と従来のスキルとは異なる力のような気がする。
「今までの話を踏まえて、今現在アンダーワールドで一番強いのは誰だと思う?」
アンダーワールドにはまだまだ知らない場所がたくさんあって、誰も到達したことのない場所がいくつかある。そこに強力なスキルの書があるとするのなら、一番手に入れるのが容易になるのは実力があるユーザーだろう。実力があるということは、つまり…。
「…お金を一番持っているユーザー」
お金で武器とスキルを揃えればそれだけで強くなるし、探索がしやすくなるので普通の人間が手に入れられないような貴重なスキルの書の入手も楽になる。個人名は分からないが、一番お金を持っているユーザーが一番強くなり、強くなる速度も加速していくのは明白だ。
しかし、トオノさんは首を振った。
「そうはいかないのが、このNOWHEREっていう世界なんだよ。ここにはもう一つ『追加ルール』があって、限られた人間にしか使えない力が存在する」
「…追加ルール?」
トオノさんは僕に背を向けて数歩だけ歩いて距離を取ると、もう一度僕に向き直った。
「正解は、『追加ルール』を使えるユーザーなんだよ。デバイスやスキル、金なんてなくても、この追加ルールを使えるだけでこの世界の頂点に立てる」
「…」
「この『追加ルール』は、NOWHEREの基本ルールを無視できる。攻撃不可の設定が行われた場所で攻撃したり、移動不可の設定が行われている場所でも移動したり…基本ルールしか使えない人間にとっては対処できない存在になる」
リザさんの『繋げる力』は、この『追加ルール』にあたるのだろう。条件はあるようだったが、移動不可を設定していた筈のハクの会議室から移動することができていた。
「…リザさんは、『繋げる力』以外にも何かできるんですか?」
トオノさんは上を見た。言葉に悩んでいる時に出る、トオノさんの癖だ。何度か見たのでさすがに僕も気付いた。
「定義が結構難しいんだよな。テーマ的には『繋げる力』以外にはできないって認識でも良いとは思うけど…。まあ、これもジョブみたいな認識でいいと思う。『繋げる力』を持っているジョブってことで」
明確には分からないが、なんとなく言いたいことは分かった。要するに、セカンドジョブのような存在があって、リザさんにとってはそれが『繋げる力』ってことなのだろう。そして、そのセカンドジョブの力はNOWHEREの法則を無視できる。
「『追加ルール』を使える人は、限られてるんですか?」
セカンドジョブという言い方をしてしまうと誰にでも使えそうな印象を持ってしまうが、限られた人間にしか使えないと言っていたところを見ると、そういう単純なものではないことくらいは僕も理解できる。
「そうだね。追加ルールに気付いてる気付いてないとかじゃなくて、本当に使えるユーザーと使えないユーザーに分かれてる。そして、その割合は全ユーザーの0.1%もいない」
NOWHEREの規律や設定を無視できるユーザーが大量にいれば、オープンスペースのような場所は今頃破綻している。規律を作ったところで意味がなくなるからだ。
逆に、追加ルールを知っている人間はオープンスペースでも力が使えるのに、どこにも話題に出ていないことになる。それだけ数が少ないということだろうか。ないとは思うが、平和的な考えの人しかいないのか…。
とにかく、リザさんはその中の一人ということだ。
「君は頭が良さそうだから、そろそろ理解してきただろ?NOWHEREのルールを無視できるユーザーを邪魔だと思うのは誰だと思う?」
「…」
答えは既に出ているが、それが真実だと思いたくないという気持ちがある。
ここ数日間の出来事で既にグラついているが、長年信用してきたものにいきなり裏切られた感覚だ。
人の命に関わるような事件が複数存在しているのに真実が出ない。そういう情報を一瞬でも外に出さないような対策を行えるのは、人の命を管理・計測するのに容易な場所が必要になる。
四、五年前くらいにできた、設備の整った大きな病院。NOWHEREでの広告活動が盛んなのは、今のNOWHERE運営と業務提携を結んでいるからだ。札幌以外にも似たような大型病院がある都市はある。
過剰ともいえる病室のセキュリティと、外よりも中の方が危険という言葉が全て繋がる。
追加ルールを覚えている人は表に出てこないのではなくて、表に出ることができないんだ。
リザさんが狙われているのは個人的な恨みなんかじゃなくて、『NOWHERE運営から邪魔な存在として命を狙われている』。
「理解が早くて助かるよ」
僕は何も言っていないが、トオノさんは僕の反応だけで察したようだった。
「じゃあ、実際に『追加ルール』を体験してもらおうか。本来この世界は、一瞬の油断もできないような場所だってことを知らないとな」
ルールを外れる力がどのくらいのものなのか。NOWHEREの設定を無視できるのは大きいことだとは思うが、相変わらずリザさんが驚異的な存在だとは未だに―――
「―――」
突然視界が傾いて、思わず声が出たが、出なかった。身体の感覚に異変を感じて辺りを見回そうとするが、見回せない。
傾いた視界がそのまま下の方へ移動していき、視界も徐々に狭まっていく。何が起きているのか理解できないまま、左頬から地面に激突した。
…左頬から?
自分の身体が視界に移ってようやく、自分の頭と胴体が繋がっていないことを理解した。
崩れていく自分の身体を見ながら、狭まっていく視界の中でトオノさんの声が聞こえた。
「|Welcome, to the UNDERWORLD」
イラスト担当の協力を経て、作者Xにてナナシ、シキ、HANAEのデザインを公開しました。
今後とも更新していく予定です。




