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仮想世界の、もうひとつの裏世界  作者: 晴れ
バーチャルアイドルと裏カジノ

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16/16

16:結果と過程

「…」


声が出ない僕に対して、トオノさんが助け舟を出すように補足する。


「レンが大阪からわざわざ札幌地区に来てたのは、札幌地区のアンダーワールドで活動してる組織を追ってたからだ。俺達は特に追ってなかった案件だが、レンが調べた結果、その組織にあの子が関わっていることが分かって俺に連絡が来た」


「もしかしたらナナシも関わってるかもしれへんと思っとったが、見る限り違いそうやな」


レンさんが僕に疑いをかけていたようだが、僕の反応を見て違うと思ったらしい。そのくらい、僕が取り乱しているのが見ただけでわかるということになる。


「俺もさっきまで違う案件に関わってたから、まだ確信になっているとは言えない。…九割くらいかな」


それは、ほとんど確定しているのと同じだ。


「ま、何にせよ良かったわ。ナナシには手ぇかけんで済みそうや」


僕には、ということが何を指してるのか聞かなくても理解できる。口に出したくもないし、想像したくもない。未だにトオノさん、レンさんの言葉が信じられない。


「HANAEが関わってる噂は昔からあったが、確実な証拠はずっとなかったんや。新しいシノギを始めたことでシッポを出した感じやな」


でも、心の奥底では色々なものが繋がってくる。レンさんの部下がHANAEさんと絡んでいる僕を見て、僕もその関係者じゃないかと思って取り調べをしようとしていたのだろう。

そして、競技シーンでのHANAEさんの並外れた強さ。あれは、そういう組織に位置していて戦い慣れしていたからこそ身に付いたものなのかもしれない。というより、強くならなければいけなかったのか。


「…間違いじゃ、ないんですか?」


絞り出すように声を出した。いつもの人懐っこい笑みすら浮かべていない、真剣な表情のレンさんがこちらを向く。

レンさんは一度トオノさんを見た後、短くため息をついた。


「まあ、ハクとはいえど最近まで一般人やもんな。信じられんのも無理ないわ」


「というより、ナナシアにとってはここ数日があまりにも激動すぎて追いつかなさそうだ」


トオノさんの言う通りだ。僕がアンダーワールドに来るきっかけになった三位決定戦から、まだたったの一週間しか経っていない。NOWHEREを利用していた三年間がたった一週間で根底から覆るような出来事ばかりが起きたこと、今までの人生で出会った人たちを優に超えるくらいの関係性の人たちが急激に増えたこと。そもそも三位決定戦まで進めたことですらちょっとした事件だったのに、それを上回る出来事だらけで思考が追いつかない。


「アンダーワールドの全貌も把握できんくて当たり前や。普通の人間が来るような場所ちゃうわ」


アンダーワールドは娯楽やコミュニケーション目的で世間に普及している、『NOWHERE』の延長ではない。出入りしている人間がアンダーワールドに関わらせないように配慮するくらいには普通の人間が来る場所ではない。


「今のアンダーワールドは私利私欲のために存在しとる。HANAEがつるんでるのも、金のために裏カジノを運営してるグループや」


「…HANAEさんが、お金のために?」


HANAEさんは高額の賞金がかかる数々の大会で好成績を出していて、競技シーンに関わるプロモーションにも参加している。対戦カテゴリ黎明期の選手ということも相まって、HANAEさんがお金に困っているとは思えない。普段から余程豪遊していない限りは生活に困ることのない収入はある筈だ。お金の使い方に困っている想像すら容易にできる。


「アンダーワールドに関わる理由は金だけやあらへん。オープンスペースと違って、アンダーワールドは無法地帯や。大抵のことは力か金で解決できるし、大きな組織に属すれば報復が怖いヤツは手出してこんくなる。アホみたいに高い技術力を持ってる奴なら大会の参加者についての情報をステータスの正確な数値まで知ってるやろうし、当然買う人間もおるよ」


アンダーワールド内ではかなりの金額で情報のやり取りがされていることは僕も理解している。この数日間で新しくハク宛に来た依頼の中に、情報を入手してほしいという内容のものがあった。

通話回線のハッキングをする技術があるのだから、当然他人のメッセージ内容を見ることができるような技術もあるだろうし、暗証番号を抜き取るような技術もあると思う。おそらくトオノさん達もやろうと思えばできるのだろう。


相手によってステータスの振り方を変更するプレイヤーならまだしも、常に同じステータスで戦うHANAEさんには大会参加者の情報はあまり必要ない。実際に三位決定戦の際に僕のステータス変更には面食らっていたし、大会に関する情報は買っていないと思う。…大会以外の情報を買っている可能性はあるのかもしれないが。


「…HANAEさんは、組織に属するのを嫌がってたんじゃ?」


「逆やな。既に組織に属してたから、今までの勧誘を全て断ってたとも取れる」


「…」


目を逸らそうとしていることくらいは僕も分かっている。でも、そうでもしないとこの後レンさんが出す()()が決まってしまう。


「何にせよ、ナナシが関わってないと分かっただけでもええわ。それ確認しに来ただけやからな」


関わっていたら、僕はどうなっていたんだろうか?


声に出すことはなく、俯きながらも見上げるようにしてレンさんを見ていたが、レンさんは多少反抗的な僕の視線も意に介さず、トオノさんがいる筈の方を見た。


「一応聞いとくけど、ハクとしてはこの件にどう関わるつもりなんや?」


トオノさんも慣れたもんだと言わんばかりに、全く動揺することなく飄々とした口調で答える。


「いつも通り無関係…と言いたいが、別件の手掛かりになり得る存在ではある。そっちがどういう結果にさせるか次第だが、確保しておきたい人脈なのは確かだな」


レンさんが無表情になり、見下ろすような視線をトオノさんに向けた。


「無理やな。既にこっちの人間を数人手にかけとると分かった人間をそのままにさせて納得できるほど甘ったれた集団やないわ。…もちろん、ウチもな」


レンさんがピリついた空気を出し始めるが、それくらいで今の僕の気持ちは切り替わらない。普段の状態なら震え上がっていたかもしれないが、それ以上の何かが僕を押さえつけていた。


「まあ、優先順位はそれほど高くないから手間をかけてまで関わる気はない。当人達で勝手に解決してくれる方が助かる」


冷たい発言に聞こえるが、トオノさんは間違ったことは言っていない。アンダーワールドは一つ間違えば命を落としかねない場所だということはリザさんの一件で僕も理解できている。受け止められるかどうかは別にして、理解することだけなら。


自分と無関係な人間のために危険だと分かっている場所に行くのはこの世界ではリスクでしかない。

それこそ、普段の依頼のように報酬が発生するならまだしも、今回の件に関しては報酬どころかメリットもほとんどない。


「今回の件はトオノとぶつかるのが一番の懸念点やったからな。アンタが出てこないのが分かっただけでも収穫やわ」


「あくまで今のところってだけで、明日には言ってることが変わるかもしれないけどな。それに、そっちのやり方に納得できない人間がここにいるのは事実だ」


トオノさんの方を見なくても、僕に向けて言っているのが理解できた。トオノさんの言う通り、僕はそれで納得できる訳がない。もしもレンさんの話が全て本当だったとしても、トオノさんが協力的ではなかったとしても、レンさんの方針を受け入れる訳にはいかない。


「…もういっぺん言っとくが、アンダーワールドは私利私欲のために存在しとる。アンタみたいに事故で来た人間も当然おるが、ここに居続けることを選択してる時点で普通の世界で生きてるヤツやない。何かしらの無法行為はしてて当たり前や。HANAEも、アンダーワールドにいる時点でそういう人間ってことや」


「…」


何も言わない僕に対して、レンさんは厳しい口調のまま言葉を続ける。


「こっちはナナシが知り合うよりもずっと前からHANAEの事を追うとる。悪いが、ナナシがどう弁解しようが今まで調べた結果は変わらんし、ウチのHANAEに対する印象も変わらん」


「…」


「HANAEがナナシのダチってことはわかっとるし、勿論HANAEが誰に対しても攻撃的やないってことも理解しとる。それでも、ウチの人間に手ぇ出したことを無かったことにする訳にはいかんのや」


レンさんの言っていることも理解はできる。でも、僕は首を縦に振ることはできない。

HANAEさんを擁護できる明確な理由はない。それでも、同意はできない。


黙りこくっている僕に対して、僕を諭すようだったレンさんの口調が威圧感を含むものへと変わる。


「まあ、これでも敵対するならそれでもええよ。アンタに恨みはないが、その場合は遠慮なくいかせてもらうだけや」


「随分単純で早計な主張だな」


いつの間にか自分の席に座っていたトオノさんが、僕達の方を見ないまま呆れたように言った。

真剣な表情で僕を見ていたレンさんが、怒りのこもった目でトオノさんを見た。


「…文句でもあるんか?」


「納得させるための情報が足りてないって事だよ。自分視点の結果だけを言って意見を通すのは、会話をしてるようでただの一方通行にしかなってない。上に立つ人間が()()()()()だと、下の人間の信頼を知らない間に失う」


煽るかのように両手を広げて肩をすくめながら、相変わらず自分の目の前にあるモニターを真っすぐ見たままトオノさんが言った。


「偶然では済まされんくらいに要素は揃っとる。ハッキリ言って、HANAE以外の犯人が考えられんレベルや。それでもまだ覆せるっちゅうんか?」


段々とレンさんの声にドスが効いてくる。トオノさんの隣の席に座っているサイさんもやり取りを聞いていないかのようにキーボードを叩き続けているので、余計にレンさんの癇に障るような状況になっている。


「今のナナシアに必要なのは結果じゃなく過程。つまり『誰かを手にかけた事実』じゃなくて、『誰かを手にかけた理由』がないと永遠に納得できる訳がない。それを明確にできない時点で一方通行でしかない」


トオノさんは左手で頬杖をつき、目の前の画面を右手でスクロールしながら言葉を続ける。


「例えば、顔面に刺青の入った屈強な男にいきなり肩を組まれて脅迫紛いの言葉をぶつけられた場合、襲われたと勘違いして反抗的な態度を取るかもしれない。それを見ていた取り巻きが頭に来て殺し合いになりました、の場合はどっちが悪いんだろうね?」


レンさんは言葉を出さないままトオノさんを見ていた。


「もちろん、そんな事情は全くなくてただ強盗目的で襲いました、の可能性もある。その事実を明確に提示できるならちゃんと納得させられるだろ?さっきの例え話みたいに、人によって良し悪しが変わるような状況だったことが分かってから、初めて一方通行じゃない『議論』や『対話』が始められる。今のレンの話は過程を明確にしないまま、結論だけで話してるから一歩通行になったまま理解を得られないんだよ」


混乱していた頭の中がハッキリと整理されていく。当の本人は一度もこっちを見ないで理路整然と話しているが、それだけで僕の身体の中心にあった熱が冷えていくのが分かった。


「箱の中身を口頭で伝えても、実際に箱を開けて見てみるまで信じることができない。箱に執着のある人間なら尚更だ。もしも中身を見せないまま箱を処分すると、一生疑念が残る。その疑念を晴らしたいなら、中身を見せて納得させるしかない」


トオノさんの言う通り、僕が納得できるだけの理由が欲しい。僕が見てきたHANAEさんは、誰かに悪意を向けて犯罪行為をするような人物ではない。対戦相手が誰だったとしてもリスペクトを持って真摯に向き合える、他人を思いやることができる人の筈だ。


それが全て僕の思い込みで本当は違うというのなら、レンさんが下すであろう判断にも、同意はできなくても辛うじて受け入れることはできる…かもしれない。経緯と、理由と、HANAEさんの気持ちが知りたい。


「話を戻すと、文句はない。結果が全てっていう理論で生きてる人間もいるだろうし、それを無理矢理曲げさせるほど興味もないしな。単純に、こういうのが人の上に立つ人間として信頼を得られてることに驚いて独り言が出ただけだ」


言葉には棘しかないが、態度から見ても本当に興味は無さそうだった。レンさんはトオノさんを見たまま数秒間黙っていたが、やがて溜息をつきながら頭を掻いた。


「…アンタが言うことは全部正しく聞こえるねんな。毎度毎度、年下とは思えんわ」


「正しいとか間違いなんて人それぞれなんだから、今回はたまたま意見が合っただけかな」


依然として興味無さそうにトオノさんが言う。レンさんはいつもの柔らかい表情に戻って僕の方を向いた。


「アイツの言う通り、確かに目先のことしか見えてへんかったわ。こっちも、ナナシに手出さんで済むならその方がええしな」


柔らかい表情に戻ったと思ったが、一瞬だけ顔を引き締めて僕を見た。


「できるだけナナシを納得させる情報を集められるようにやってみるわ。但し、絶対にとは約束できん。会話すらできん可能性も当然あるからな」


僕は頷く。同時に、レンさんよりも先にHANAEさんと接触しなければならないことを自覚する。

もしもレンさん…もしくはレンさんの部下が先にHANAEさんと対面した場合、取り返しのつかないことになりかねない。


「ハクとしてはこの件について情報は持ってないんか?アンタらなら―――」


レンさんがトオノさんに向かって話しかけた時、ちょうど二人の間にシキさんが現れた。ココさん達との会話が終わって戻って来たようだ。


「あれ、まだ取り込み中?」


「今終わったとこだよ」


トオノさんの言葉に、シキさんは僕達を見て首を傾げる。


「…そうは見えないけど?」


「別件で連絡を貰って助かったから、ナナシアに取り次いで欲しいって頼みを聞いたとこだ。あとは当人達で勝手に解決するって段階」


ムラタさんと戦闘した際にシキさんが来たのは、レンさんが僕の伝言をトオノさんに伝えてくれたからなのだろう。トオノさん本人は別件で来れなかったが、レンさんからの連絡は確認していたからシキさんを僕の所に向かわせたということだろう。


「ふーん…ウチの新人に難癖つけに来たの?」


シキさんはレンさんを不審そうな目で見る。レンさんもさっきまでの柔らかい雰囲気から戻り、レンさんを睨みつけていた。


「違うわ。ウチで追ってた事件の犯人がナナシのダチって事が分かって、ナナシが関係者やないってことを確認しに来ただけや」


途端にシキさんが顔をしかめる。


「追ってたって…『チィリン』のこと?」


「せやで。ナナシのダチ…HANAEのことは前から追ぅとってん。実行犯の容姿と武器が一致してたことと、日本語がほぼ話せんっていう共通点があった事から容疑者程度にな。その後、チィリンが札幌地区に手出し始めたと同時にHANAEも札幌地区に移動してきたことでほぼ確信になって、ついさっきチィリンの名簿にHANAEがいることが判明して確定した。同時に本人ともメッセージが繋がらんくなった」


『チィリン』が何かは分からないが、話を聞く限りでは確かにHANAEさんしか考えられない状況ではある。レンさんではなく僕だったとしても、そこまで情報が揃っていればほぼ確信してしまう。


「チィリンのメンバーと友達?どういうこと?」


シキさんが僕を見る。僕が説明する前に、レンさんが口を開いた。


「ナナシはなんも知らん筈やで。HANAEが札幌地区に移動してきた後に知り合うてるし、しかも大会の対戦相手としてや。仲良うなった経緯も聞いた限りは事故みたいなもんやったしな」


アンダーワールドに初めて来た時、僕を助けてくれたのはHANAEさんだった。一人であれば逃げ切れたであろう状況で、明らかな足手まといのために身体を張ってくれた。

思い返せば思い返すほど、HANAEさんが悪意を持って誰かに手を出すとは思えない。


「アンダーワールドの人間が大会参加?…なんか色々裏がありそうだね」


「それを調べるために動こうとしてる段階や。ハクとしては動かんらしいが、情報もないんか?」


シキさんはトオノさんを見た。


「…動かないの?」


「他に優先するものがあるのは知ってるだろ?割く人手(リソース)もないし、着手できたとしても後の方になる」


ハクに来ている依頼は僕も見ることができるが、仮所属ということもあり一部の依頼は渡されていない。内容の想像も難しいが、危険な依頼や極秘の依頼もあるのだろう。


「チィリンってそこそこな組織だったと思うけど、この子を一人で動かすってこと?」


「待てって言って待てるなら俺も動くけど、当然無理だろ?止める権利もないしな」


僕は頷く。


「…蓮華(れんげ)のとこで一緒に動くのは?」


「その名前で呼ぶなや」


レンさんが一喝し、シキさんがバツが悪そうに目を逸らした。わざとではないことが伝わったようで、レンさんもすぐに気を取り直して言葉を続ける。


「そもそも目的が違うとる。こっちはHANAEを仕留めるため、ナナシは助けるためや。途中まで一緒に動けても、最終的にはぶつかるやろな」


僕も、HANAEさんにどんな理由があってもレンさんがそう簡単に納得するとは思えない。いずれレンさんと対峙することを、今から覚悟しておかなければならない。


「まあ、すぐに接触できる訳でもないしな。どっちも大して情報持ってないんだろ?」


「…そういうトオノは持ってるんか?」


「少し遠いがアテはあるな」


サイさん以外の三人の視線がトオノさんに集まる。本人はその視線に全く気にすることなく自分の画面を操作していた。


「…いくら積んだらその情報は貰えるんや?」


「どれだけ積んでも無理だね。事情云々じゃなくて、それ以前に…」


トオノさんが上を見る。言葉を探して考えているようだった。


「…まあ、大雑把に言うと俺が動かないと手に入らない情報だな。チィリンについて知ってそうな人間を知ってるが、この中だと俺以外は接触できないってこと」


レンさんが少しの間トオノさんを見ていたが、諦めたように話し出した。


「まあええわ。そこは時間の問題やと思うしな」


レンさんはずっと前から追っていたと言っていたこともあって多少の情報は持っているだろう。少なくとも、HANAEさんどころかチィリンの名前も、そもそもアンダーワールドのことすらほとんど知らない僕とは明らかにスタート位置が違う。


レンさんよりも先にHANAEさんと接触しなければならないのに、このままだと確実にレンさんの方が先にHANAEさんに辿り着く。僕ができることはたくさんある筈なのに、何から始めたらいいかすら分からない。


「…」


ふと顔を上げると、いつもの無表情でシキさんが僕を見ていた。思わず僕が目を逸らすと、シキさんは振り返ってトオノさんの方を見た。


「抱えてる依頼を私が代わりにやるのは?」


今までずっと自分の画面を見ていたトオノさんが、初めて僕達の方を向いた。


「アンタの代わりに私がサイと別件を片付ける。それならこっちを進められるんじゃないの?」


「できるけど…手が空いてなかったんじゃ?」


トオノさんは驚いているというよりも、何を言っているのか分からないと言った表情をしていた。


「こっちは調整するし。抱えてる依頼も大体把握してるから引き継ぐ手間もかかんないでしょ」


「まあ、それでもいい…か。あの人に会いに行くなら今やってる件にも繋がるかもしれないしな」


トオノさんが上を見て考えながら言った。言い終わると同時に、僕を見ていつも通り飄々と話し始める。


「じゃあ、俺と動くか。今日…は時間的に会えないだろうから、明日からってことで」


「その情報、こっちには流せるようになるんか?」


会話を終わらせようとしたトオノさんを遮るようにレンさんが言った。僕としては、レンさんには情報を渡さない方が都合が良い。

でも、トオノさんがレンさんに言ったように、レンさんも自分の目で見て、自分の耳で真実を聞かないと同じことの繰り返しだ。


トオノさんは目線だけで僕を見ていたが、何の反応も示さない僕に痺れを切らしてレンさんの方を向く。


「要相談で。そもそも情報が得られるって決まった訳でもないしな」


「了解や。明日連絡するさかい、そこで決めようや」


「ああ、俺じゃなくてナナシアに連絡してくれ。たぶん見ないから」


遠回しに、レンさんへの情報提供の裁量を僕に任せたと言っているのだと理解した。僕らがどんな情報を得たとしても、そこから全ての情報を伝えるのか、それとも一部の情報しか渡さないのか、全て僕が決められることになる。

…トオノさんなら本当に見ないかもしれないと思う気持ちは置いておいて。


レンさんにも真意は伝わっていると思うが、レンさんは特に食い下がることもなく了承して帰っていった。


「じゃあ、シキと色々話さなきゃいけないからナナシアも外してくれ。明日は早い時間から動き始めるから遅れないようにな」


心の整理がつかないまま、僕は曖昧に頷いて会議室を離れた。















ワープエフェクトと共に少年が姿を消した後、会議室に残った三人は少しの間黙っていた。

数秒後、サイがトオノを見て頷くと、トオノが話し出す。


「…じゃ、引継ぎとリザさんの件の報告から―――」


「その前に、一つ確認」


シキがトオノの発言を遮って口を出す。トオノは何も言わず、シキの発言を待っていた。


「私が口出さなかったら、あの子はどうなる想定だったの?」


「言った通り、俺が動き出すまでチィリンには辿り着かない。結局俺が合流して、そこからだな」


「もしも辿り着いた場合は?」


「まあ、死ぬね」


トオノは表情を変えることなく淡々と話し出す。


「チィリンは大きくはないが甘い組織じゃない。レンのとこよりも遥かにタチが悪いし…レンはともかく、レンの部下よりは数倍戦闘力がある筈だからな」


「…それでいい訳?」


トオノは肩をすくめた。


「最悪のパターンは、ナナシアが『あっち側』に行かないこと。俺達の目の届く所にいるのがベストだが、無関係の所で消える分には面倒が減って助かる。何か問題が?」


「…」


シキは無表情にトオノを見ていた。それでも、異を唱えることなくトオノの話を聞き続けていた。

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