15:ベータテスター
「ほら、来なよ」
無警戒でツカツカと歩いていくシキさんに対して、男の人はジリジリと下がっていく。
隙だらけのようにしか見えないのだが、シキさんと対峙したことのある僕なら理解できる。表情、声、構え、何一つ変えなくても、ただ近寄るだけで相手に威圧感を与えることのできる人間が存在する。
「武器も持たずに…正気か?」
男の人の言葉に、シキさんは辺りを見渡す。
「ここ、蘇生できないんでしょ?武器なんて使ったらさ―――」
ダランと力なく、やる気なく男の人を指差す。
「―――アンタが死んじゃうでしょ。話聞く前に」
「このッ!」
シキさんの挑発するような言葉を受けて、我を忘れたように男の人が吠えながら槍を突き出した。
「っ!?」
早すぎて過程が見えなかったが、気付いた時にはシキさんが右手で槍を掴んでいた。正確に顔面に向けて突かれた槍を首を右に傾けただけで回避し、その上で右手で槍を掴んだのか。
僕はあの槍の攻撃を認識することすらできなかったが、シキさんには完全に見えているらしい。
攻撃を繰り出した男の人も、目の前の光景が信じられないというような表情で、明らかに動揺を隠せていない。
「…いいの?ボーっとしてて」
静かに言ったシキさんに、男の人は我に返る。慌てて掴まれている槍を抜こうとするが、両手と片手の腕一本の差があるにもかかわらず槍はほとんど動かない。
「『半月槍』ッ!」
スキルのモーションを使って無理矢理振り払おうとしたが、シキさんの拳が男の人を捉える方が早かった。
たった一撃で成人男性を十数メートル離れた壁まで吹っ飛ばす。男の人が動かなくなるのを確認しながら、シキさんはため息をついた。
「復讐っていうのもわからなくはないけど、情報に踊らされすぎ。アンタも、リザも」
呆れるように言いながら、シキさんが僕の傍に来てしゃがみ込む。UIを短く操作すると、もう一度男の人の方を向いて立ち上がる。
「リザと一緒に戻んな。私もアイツ連れていくから」
「リザさんには…」
移動制限があって移動できない筈、と言おうとした瞬間に、シキさんが僕の言葉を遮るように口を開いた。
「移動制限は元からサイが設定したものだから、私が解除できない訳ないよ。メッセージ制限は誰がやったか分からないけど、おそらくリザを中心にしてかけられてる。多少距離を取れば影響を受けないから、後で試してみな」
リザさんを中心にメッセージ制限がかけられているという説明に納得した。僕が誰にもメッセージを送れなかった理由は建物ではなく、リザさんの近くにいたからだったようだ。アンダーワールドに移動できるか確認した時に一瞬だけメッセージが送れそうになったのは、リザさんを砦に残していたことでメッセージ制限が一瞬解除され、直後にリザさんが移動してきたから結局エラーメッセージが出た。リザさんの移動制限については予想通り、ハクが設定していたようだ。
シキさんは顔だけ僕に向けると、指先でなぞるように僕を指差した。同時に、僕とリザさんにワープエフェクトがかかる。
「…ま、よく頑張ったよ。ゆっくり休みな」
不敵に笑いながら言ったシキさんを見て、僕は安心して目を閉じた。
◆
「じゃ、始めようか」
約一時間後。シキさんが用意した部屋に僕を含め四人の人間がいた。
ハクの会議室と同じくらいの大きさの部屋だが、ハクの会議室よりも物がない。椅子とテーブルだけの、本当に話をするだけの部屋のようだった。
NOWHEREでの身体の損傷は、別の場所に移動してしまえば元に戻る。だから、さっきまで動きがおかしくなっていた僕の腕や脚は健康な状態に戻っている。一番最初にナビボットに襲われた時のような精神面へのダメージはないので、気を失うようなこともなかった。
「まずは依頼の話かな。全員知ってる通り、リザは無事。今はログアウトして病院で精密検査中…これで依頼完了ね」
「…」
ココさんは仏頂面のまま黙っていた。リザさんは無事に助けられたものの、状態的には良いとは言えないだろう。
リザさんは十日以上現実世界には戻っていないため、あの倉庫のような場所から離れた後、体調を優先してすぐにログアウトし現実世界に戻った。表情が暗いのが心配だったが、僕にかけられる言葉はなかった。
「ハイ、終わり…といきたいけど、まあ無理だよね」
ココさんが仏頂面なのは、リザさんの状態だけが要因ではない。さっきまでリザさんを殺そうとしていた男の人が目の前にいるからだ。
あの倉庫のような場所ではフードを被っていた上に周りが明るくなかったので分かりにくかったが、少しお洒落なスポーツ刈りと呼べるような短髪に無精髭という風貌だった。その割に顔の造りは少し幼さを感じる見た目で、正直年齢が分からない。
但し、はっきり見えるようになったおかげですごく怖い表情だったことがようやく分かった。戦闘中にこの人の表情が見えていたら怖気づいていたかもしれない。
今いる部屋がコミュニティスペース扱いなので攻撃行動は取れないが、それでも今にも襲い掛かってきそうな敵意を感じるような表情だ。
「恨みがある人間が、恨みを晴らさずに生きてる。その状態でも、これまでのことは忘れて、明日からは顔を合わせてもニコニコ仲良く…できる?」
「…」
男の人は無言でシキさんを見つめた後、静かに首を振った。シキさんも納得したように何度か頷く。
「ま、そうだろうと思って今こうやってこの場を設けてるワケ。説明とか苦手だし、普段ならぶん殴ってそれで終わりなんだけどね」
シキさんが両手を頭の上で組み、椅子の駆動式背もたれにもたれかかった。説明役だというのに、既に説明する気がない。ココさんや男の人もそんなシキさんを見て不満そうな顔をするが、力の差を分かっているのか口には出さない。
「まずはー…リザのプロフィールについて。はい、ココ」
「…なんで私が」
「つべこべ言わなーい。アンタ幼馴染でしょ?まさか知らないの?」
シキさんはもはや身体を反らして後ろを見ていた。柔軟体操くらいでしか見ない体勢だ。
ココさんはムッとしながら口を開く。
「…小中は一緒だけど、高校は女子校、大学は美大。あの子自分のことあんまり喋んないし、あとは年齢とか好きなものくらい」
「問題。リザの家族構成は?」
ココさんの言葉を遮るように言ったシキさんに、ココさんが顔をしかめる。少しの間シキさんを睨みつけて黙っていたが、ポツポツと喋り出した。
「…妹がいたけど、リザが大学の頃に亡くなってる。だから、今はお父さんとお母さんとリザの三人」
ココさんの答えには表情一つも変えず、自身の爪を見ていたシキさんが目線だけでココさんを見た。
「ブブー、不正解。リザの家族はもういない」
「…は?」
「全員死んでるよ。四年前に」
シキさんは顔色一つ変えずに言った。対するココさんは信じられないような顔でシキさんを見たまま絶句している。
それを聞いた男の人は、眉をひそめながらシキさんを見た。
「…それを俺に聞かせて、自分と同じ境遇だから許せって言うのか?」
シキさんは質問に見向きもせず、答えることもせずに自身の爪を見ながら口を開いた。
「ココ、リザの父親の名前は?」
「…」
ココさんはさっきと同じ状態で動かなかった。目の焦点も合っていない。シキさんが話した事実に驚きを隠すことができず、呑み込めてもいない状態だった。
シキさんは目線だけでココさんを見ると、諭すように短く言葉を発した。
「ココ」
シキさんの低い声にココさんはビクッと身体を震わせると、目が覚めたかのようにいつもの状態に戻った。
「リザの父親の名前」
「沢田、剛…」
さっきまでのココさんだったら、答える理由を聞いていたと思う。受け止めきれない事実を聞いたところに突然質問をされて、ほとんど反射的に答えたように見えた。
だが、ココさんの答えに男の人がすぐさま反応した。その場に立ち上がり、今度は男の人が信じられないような顔をする。
「理解した?アンタがやろうとしてたのは本当に敵討ちになってんの?」
「リザが…そんなはずは…」
「ない?本当に?アンタが今まで手に入れた情報は、本当に確証のある確かなものだって言えんの?」
詰めるように言うシキさんに、男の人は何か言おうとするものの言えないままだった。シキさんはそのまま言葉を続ける。
「私が嘘の情報を言ってアンタを味方につけようとしてるって疑ってもいいよ。リスク負ってまでアンタを見逃した上で、あの程度の実力で私達がアンタを味方につける価値があるって思うかどうか、よく考えな」
「…」
説得力というよりも、事実が物語っていた。今ここでこの人を見逃すメリットが僕達には一つもない。見逃さない場合にこの人がどうなってしまうのかは想像したくないが、見逃すことでリザさんがこれからも危険な目に遭う可能性は高くなる。
「そういう訳でアンタは生かしておく。ボスに報告するなり、適当に姿を消すなり自由。もちろん、引き続きリザを狙うのもね」
「ちょっと…!」
「ただし―――」
口を挟もうとしたココさんを遮って、シキさんが顔を上げる。
「次は、容赦無くお前を殺す。実行犯が別にいたとしても、関わってると分かった時点で最優先で殺しに行く」
「―――」
途端に凄まじい殺気を放ち始めたシキさんに、ココさんも男の人も震え上がる。僕はシキさんの隣にいて正面から受け止めていない分二人よりはマシだと思うが、それでも冷や汗が流れる感覚が止まらない。
しかし、言い終わった瞬間にシキさんはすぐさまいつもの無気力な状態に戻った。僕があの殺気の矛先にいた場合、二度とリザさんを狙おうとは思わないだろう。おそらく、僕の右斜め前にいるこの男の人も。
「リザが絶対正しいとは言わない。リザが原因で人が死んだのは事実だし、アンタの気持ちも分からなくはない。でも依頼として引き受けた以上、私達に関わるところで依頼関係者に問題が起きるのは容認しない」
シキさんは既にいつもの無気力無表情な状態に戻っているのに、ココさんも男の人も身動き一つしない。できないと言った方が正しいとは思うが。
「とはいえタダで見逃すとココも納得できないだろうから、アンタには『大侵攻』の説明をしてもらう」
リザさんが狙われた理由は、おそらくこの『大侵攻』が理由だ。リザさん本人には襲われた心当たりがあったようだが、依頼主であるココさんや何も知らない僕はリザさんが狙われる理由が理解できない。だから、見逃す代わりにそれを説明して貰うということになる。
「ココも、それでいいね」
「…はい」
出会った時から傍若無人な態度を取っていたココさんだが、シキさんに対しては完全に従順になっていた。
「この二人は最近アンダーワールドの存在を知ったような知識だから、内容は考えるようにね」
男の人は疑問を持った顔で僕をじっと見た。僕にはその意図は分からない。
僕のハッキングスキルにも疑問を持っていたようだし、僕がアンダーワールドに最近来たことを疑っているのかもしれない。
男の人はしばらく僕を見ていたが、ソファに腰を下ろして一度深呼吸すると話し始めた。
「…今から四年前に、『大侵攻』というNOWHERE内で大規模な争いがあった」
「ちょ、ちょっと待ってよ」
話し始めた瞬間、ココさんがすぐさま止めた。自分の活動の場だということもあって、すぐさま年数の違和感には気付いたようだ。とはいえ、僕も口に出さないだけでココさんと同じような反応をしている。僕もサービス開始からNOWHEREを利用しているから、男の人の発言にはすぐに引っかかった。
「NOWHEREが出来たのは今から三年前でしょ?四年前ってNOWHEREには行けないじゃん」
ココさんの言う通り、NOWHEREがサービスを開始したのは三年と少し前になる。だから、四年前の出来事というのは普通に考えればありえない。
ココさんの反応に男の人はシキさんを見る。シキさんは無言で肩をすくめて反応を返した。
「…この仮想世界は今のNOWHERE運営がサービスを開始する前から存在する。何年前、何十年前、下手したら何百年も前から―――」
「それは知ってるって。そうじゃなくて、サービス開始してないのにどうやってここに来たかってことを聞いてんの」
NOWHEREという空間が、今の『株式会社NOWHERE』が実用化させる前から存在していたことはレンさんも言っていた。でも、確かにココさんの言う通りサービスを開始していないのなら、どうやってNOWHEREにアクセスしていたのだろうか。
「世界初の仮想空間プラットフォームを使用するのだから、当然試験運用がある。NOWHEREのベータテストが開始されたのが五年前だ」
ベータテスト。確かに行われていたのであれば納得できる。でも、NOWHEREのベータテストは公には行われていなかった。僕もNOWHEREのベータテストには参加したかったので、サービス開始後に見逃してしまったのかと調べ直したことがある。でも、どこを探してもそんな情報は見つからなかった。
「リザ…それにシキさんも、ベータテスターってこと?」
シキさんは目を閉じて首を振った。
「私はそうだけど、リザは違うね。…アンタは?」
「ムラタだ」
一瞬の沈黙が流れる。
「…何が?」
「俺の名前だ」
「ああ、そう。で、結局どっちなの?」
シキさんは興味がないと言わんばかりに話を進める。僕も一瞬、ムラタというベータテストのようなものがあったのかと思ってしまった。
「俺もリザと同じく、NOWHEREより前だ」
「…いや、NOWHEREより前ってどういうこと?」
ココさんが眉間に皺を寄せながら口を開いた。かくいう僕も話の内容が理解できていない。
「この仮想世界を普及させたのは、『株式会社NOWHERE』…つまり今のNOWHERE運営で間違ってない。但し、先に発見したのは別の人物だ」
「…NOWHERE運営がここを見つけてそのまま実用化した、じゃないってこと?」
ムラタさんは少し悩んで、口を開く。
「その説明も間違っていない。『どっちが先に見つけたか』という話をするのであれば、先に見つけた人物は今の運営とは別にいた」
この仮想世界を見つけた人物は二人いたが、後に見つけた方が先に『NOWHERE』として実用化して普及させたということか。後に見つけた方、つまりはNOWHEREのベータテストに参加していたのがシキさんで、先に見つけた方、NOWHEREになる前のベータテストに参加していたのがリザさんとムラタさんということになる。
「なんでリザは参加してたの…?」
ポツリと呟いたココさんに、ムラタさんはシキさんを見た。
「さっきの話が本当なら、沢田剛…リザの父親が、先に発見した人物だ」
「え…」
リザさんの父親が第一発見者なのであれば、確かにリザさんがサービス開始より前にNOWHEREにいてもおかしくはない。リザさんの言う『繋ぐ』も、もしかすると今のNOWHERE運営の人が見つけていない技術だったのかもしれない。
「まあ、そこは端折っていいよ。ここにいる全員が正確な情報を持ってないだろうし、憶測で話してもしょうがないしね」
ココさんはそれでも聞きたいというような顔をしていたが、口には出さなかった。シキさんも正確な情報を持っていないことになるんだろうか。
「話を戻す。NOWHEREのベータテストを開始して一年後、『大侵攻』と呼ばれる大きな争いがNOWHERE内であった。何十人規模で人が死んで、その中に…俺の家族と、リザの家族も含まれている」
ココさんは黙って下を向いたままだった。何かを質問しようとしている気配もない。
僕自身は人が亡くなっていることに実感が全く湧かないが、ムラタさんの言葉が嘘だとも思えなかった。
疑っている訳ではないが、当然出てくる疑問はある。
「…人が亡くなっているのに、ニュースには出てない?」
独り言のように質問した僕を見て、シキさんが僕の方を見て口を開く。
「五年前、一番人が死んだ出来事は?」
人が一番死んだ出来事と言われても、その頃には仮想空間という言葉自体が世間に浸透していない。当然ニュースに取り上げられるような大きな出来事もなかったと思うが…。
「…ウイルス?」
答えられない僕の代わりにココさんが答えた。シキさんが頷く。
「正解。感染率が高い上に致死率もそこそこあるウイルスで、自宅や病院内で亡くなる人が多かった。強化版インフルエンザなんて呼ばれてたね」
NOWHEREのような仮想世界が流行したのは、確かに世界規模で流行したウイルスの影響も大きかった。
外出を自粛しなければならない状況によって在宅勤務やリモート授業での対応が増え、その結果、娯楽として繁栄していたNOWHEREがビジネス目的でも使われるようになり、社会に浸透していった。
ウイルス自体はNOWHEREが発足する前から出てきていたが、感染者はしばらく減らずに最近ようやく落ち着いた。ウイルスが落ち着いても、既に社会現象を飛び越えて生活の必需品と化していたNOWHEREは廃れることなく、そのまま生活の必需品になり続けている。
外出することすら控えなければならなかった時期は毎日のように死者の報告がされていた。間違いなく、あの時期で一番人が死んだ原因ではある。
「まさか、それが…?」
「NOWHEREで死んだ人間は大半がウイルスが原因で死んだことになってるよ。ウイルスでの死者が多いから少しくらい増えても大丈夫と思ったんだろうね」
てっきり仮想世界関係のニュース限定で探してしまっていたが、現実世界での事故に偽装しているということなのか。多くの人間が死んでいるからこそ、多少の偽装でも誤魔化せる…のだろうか。
「そんなこと、できるんですか?」
信じられないような表情でココさんが聞くが、シキさんは当然のように頷いた。
「今じゃ仮想空間なしの暮らしは考えられないでしょ。娯楽のほとんどがNOWHEREで解決するし、現実世界以上の体験ができる。それくらい世界中に普及するってことが発見された直後から分かってたから、多少の犠牲には目をつぶれってとこかな」
つまり、『仮想空間に危険がない』という間違った情報に政府も目を瞑っていることになる。
…もしくは、政府も騙されていて、騙せるような情報操作を行っているか。
「…」
ココさんも言葉が出ていなかった。今まで気軽に使っていたものが急に危険なものに見えてくる感覚。
何故か数年前に更新の止まっている個人サイトに載っている実体験や、動画投稿サイトで荒唐無稽な陰謀論や都市伝説を見て、そんなことある筈ないと思いながらも心のどこかではほんの少しの恐怖を感じている時に似ている。
「NOWHERE運営は昔から多少の不祥事程度は揉み消せるくらいの金は持ってたし、仮想世界の発展は政府も絡んでた。実際にオープンスペース内であれば危険は無いんだし、ベータ段階で人が死のうがリリース後に問題が起きないんなら、目先の大きな実益欲しさに『本当のNOWHERE』のことは政府ぐるみで隠すだろうね」
さっきまで感じていた少しの恐怖が急激に大きくなり、背筋が凍るような嫌な感じがして、思わず出てきそうな身震いを必死で止める。
ココさんは何かに気付いたような顔をして、怯えながらシキさんに質問する。
「リザの、妹は…?」
違う、関係ない、と言ってほしいという顔だったが、シキさんは悩むことなく即答した。
「そうだよ。私が知る人間の中で、一番最初にNOWHEREで死んだ事実を消されたのがリザの妹、沢田葵だよ」
ココさんはこれ以上何も言えなかった。後の時間は全て沈黙したままで、他の人の会話が聞こえているのかどうかすら怪しい様子だった。
「リザの父親…沢田剛が仮想世界を発見して、人間社会の発展のために色々研究して試行錯誤した結果、出てきた結論は『危険』。沢田剛は仮想世界を人間社会に普及させない方が良いって意見を提出してたけど、それを撥ね退けて仮想世界の実用化を強行した奴等が出てきた。それが今のNOWHERE」
危険だけど、有益だったり便利だから安全に配慮して使われている。そういうものは身近なところにもありふれてはいる。原子力発電のような大規模且つ危険性の分かりやすいものもあれば、火や刃物のような当たり前のように使っているせいで危険性を忘れそうになるものもある。
いや、危険性のあるものを危険性のないものとして世間に告知しているからそれ以上にマズいのか。
でも、オープンスペース内であれば規律がある。隠蔽されている可能性もあるが、オープンスペースでは身に危険が及ぶような事件も過去起きていない。僕やねねこさんに仕込まれたウイルスについても、結局は攻撃不可の枠組みを超えることはできないと教えられた。オープンスペースだけで完結するのなら、確かに問題はない…のだろうか。
「ま、この情報も確定じゃないから鵜吞みにはしないようにね。あくまで私が持ってる情報ってだけ」
「…お前は、『大侵攻』にはいなかったのか?」
「私達は―――」
シキさんが答えようとした瞬間、ワープエフェクトが現れる。ムラタさんが身構えるが、シキさんは予想していたかのように驚きもしなかった。
「…まだだったか?」
現れたのはトオノさんだった。今までどこに行っていたのか分からなかったが、僕達の状況は把握していたような言い方だった。
「大体終わったよ。緊急?」
「いや、用があるのはナナシアだけだ」
僕?
シキさんは眉をひそめて少し考えたが、すぐにいつもの無表情に戻って僕の方を向く。
「いいんじゃない?ほとんど喋ったし、後は私に任せて行きなよ」
ココさんの様子も心配だが、僕にできることがあるかと聞かれれば無い。
「じゃ、会議室に来てくれ。シキは任せる」
「了解」
シキさんが返事をするかしないかくらいのタイミングでトオノさんが消えた。僕も移動しようとUIを開いた時、シキさんに頭を掴まれた。
驚いて身体が跳ねたが、すぐさまシキさんの顔が近付いてきて逃げられなかった。
「私もアイツも、アンタに話してないことはある。でも、こういうのに関わらせたくないから話してないってこと、覚えといて」
僕だけに聞こえる音量でボソッと言い、僕の後頭部に撫でるように添えられていた手と同時に僕から離れた。
今回の件も、僕が変に首を突っ込まなければ僕自身は安全だった筈だ。ハクでの仕事も、元々僕は話を聞くだけで依頼の内容に関しては関わることすらしていない。ハク側としても今回の件は予想外であり、話に出てくる『大侵攻』やNOWHERE運営の実態に関しても、僕には教えずに元の生活に戻そうとしてくれていたのだと思う。あくまで僕のことを考えて、僕に情報を渡していないこと自体は理解できている。
それはおそらく、隠している情報の中身が深すぎるからだ。
僕だって、NOWHEREが人の生き死にに関わっていることをまだ正しく呑み込めていない。
「ほら、行きな」
いつもと変わらない無表情で手を払うように動かすシキさんに無言で頷きを返し、会議室に移動した。
◆
「お、ようやっと来たわ」
会議室に飛ぶと、周りの状況を確かめる前にすぐさま話しかけられた。しかも、少し前に聞いたばかりの声だった。
「とりあえず座ってくれ。ナナシアも疲れてるだろうし、手短に行こう」
「せやな。聞くこと聞くだけやわ」
会議室にいたのはトオノさん、サイさんに加えて、レンさんがいた。服装も着物のまま、さっき会った時と同じ格好だった。但し、アンダーワールドで会った時と違って表情がかなり険しい。
そして、それは…僕に向けられている?
違和感を覚えながらも席に座ると、すぐさまトオノさんが口を開いた。
「結論から言おう。君の友人のHANAEが、とある事件の主犯格という裏が取れた」
僕の時間が止まった。




