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仮想世界の、もうひとつの裏世界  作者: 晴れ
バーチャルアイドルと裏カジノ
13/14

13:行動

「…」


会議室のドアを開けると、誰もいなかった。

誰もいないのは初めてのことではないが、僕一人きりだと何故か居心地が悪い。


ココさんの事務所を訪れてから二日が経っていた。

あの日からログアウトしている時以外はほとんど全て戦闘訓練に時間をあてていた。シキさんがいる時はシキさんと、いない時は一人で。

訓練所には相手がいなくても訓練できるような仕組みが用意されていて、任意のモンスターを召喚して戦闘訓練をしたり、ゲーム感覚で特定のハッキングスキルを表示された順番に起動させていく単純なものや、謎解きを兼ねた応用問題のようなプログラムもある。僕がさっきまでやっていたのはスキル面ではなく、身体能力を高めるためのフィールドでパルクールプログラムをやっていた。


実力がついたかと聞かれればよく分からない。プログラムの難易度を上げると人間を辞めているのかと疑うくらいの難しさになるので、ただただ必死にやっているだけと言われればそれだけのような気もする。

全てのプログラムをクリアする頃にはおそらく余裕で対戦カテゴリで優勝できるだろう。…あと十数年はかかりそうだが。


シキさんとの戦闘訓練でも勝てたことは一度もない。ステータスを調整しても、ハンデを貰っても勝てなかった。正直、今のままでは勝てるビジョンも浮かばない。反応速度、運動神経、身体バランス、力、経験、スキル等、あらゆる面で元々の人間性能が違いすぎる。


トオノさんやサイさんにも訓練相手になってもらいたいのだが、二人の姿はココさんの事務所の件から全く見ていない。リザさんの捜索に予想以上に時間がかかっているのかもしれない。


休憩のために自分の席…もとい、シキさんの隣の席に座った。この席の主はいまだに見たことがない。散らかっている机の上のものが動かされた形跡もないので、本当に存在するのかそろそろ疑い始めている。


「…」


机の上のCDに手を伸ばす。スケボーを持った女の人を男の人四人が見上げているパッケージ。CDの横に出てきた再生ボタンを押すと、二曲目『スターフィッシュ』がかなり大きめの音量で再生された。

慌てて音量を下げる。大きめの音量で音楽を聴く人なんだろうか。


仮眠室も購入したCDを聞くことができる仕組みになっていた。睡眠時の香りも十種類くらい選べたし、枕や布団の柔らかさも身体が沈むくらい柔らかかった。NOWHERE睡眠は手を出してしまうととんでもない費用がかかると言われているが、それでも僕の個人スペースで実現させようか悩んだくらいには至福の体験ができる空間だった。


目を閉じて思い出していると、曲が終わった。今日はシキさんも来ないみたいなので、休憩を終わらせてプログラムの続きをやろうと立ち上がる。単純に今の自分を磨くならプログラムでいいけど、新しい技やハッキングスキルを覚えるなら誰かに教わるしかない。どちらも大事なのだが、いつでもできるプログラムよりは新しい技術の習得の方が優先度が高い…ような気がする。


会議室を出て、エレベーターに向かって歩く。B1Fは端に会議室が二つあり、逆側の端に仮眠室が三部屋。会議室は一部屋しか入ったことがないが、向かいにあるもう一つの会議室は大人数で会議する時に使う大型部屋らしい。B3Fは全て訓練所になっていて、通路自体がそもそもない。B2Fは行ったことがないのでわからないが、個人の部屋と作業場?があるようだ。


エレベーターのボタンを押そうとした時、仮眠室のドアが開いた。誰もいなかったのではなく寝ていただけだったのだろうか。


でも、ドアから出てきたのは知らない女の人だった。綺麗な黒髪のロングヘアに、袖が膨らんでいるタイプの白のブラウスに黒のロングスカート。女性にしては背も高いけど、僕より少し低いくらいだろうか。最近出会ったレンさんとシキさんが高すぎて僕の中の基準がバグりそうだ。

ただ、気分が悪いのか右手で額を押さえているので表情は分からない。


「…!」


と思っていると、顔を上げて僕を見た。僕を見て驚いている…というよりは、怯えている?


僕が普段座っている席の主だろうか。乱雑な机の上の状態からは想像できないほど清楚で真面目な印象を受ける見た目だし、音楽もパンクロックを聴くとは到底思えない。


「…」


なんとなく会釈を返す。初めて会う人に対して笑顔で挨拶できるほどの社交性は僕にはない。

そんな僕の様子を見て怖い人ではないと理解したのか、足元がおぼつかないまま僕の方へに歩いてきた。

僕はそれを見て少し後ずさりする。俯いたままふらふら近づいてくる様子が貞子感があって怖いのと、元々人付き合いが得意じゃないので近付かれると身構えてしまう。


僕の気持ちとは裏腹に、女の人は僕の腕を掴んだ。結構な勢いで掴まれたが、力強さは感じられない。見た目通り体調が悪いのだろうか?


「助けてください…!」


「!?」


助ける?この状況で何から?


「起きたら、知らない部屋で寝ていて…ここ、どこですか!?」


「…」


僕に身体を預けるようにしながら僕を見上げる女の人を見て、僕はなんとなくで声を出す。


「…リザさん、ですか?」


女の人がまた怯えた表情に戻り、僕の手を離す。


「なんでそれを…?」


反応を見るに、この人はたぶんリザさん本人だ。動画とは姿が違うので確信がなかったが、外見の変更ができないアンダーワールドであるこの場所と、外見を変更できる個人スペースで姿が違うのは普通のことだろう。しかも、バーチャルアイドルという個人を特定されると困る職業の人なのだから尚更だ。


僕以外に誰もいない状態でリザさんがここにいるのは不思議だが、ハクの人じゃないのであればリザさん以外に考えられる人はいない。


「…リザさんがいなくなったから、探してほしいっていう依頼があったんです」


ココさんの名前は出さない方がいい筈だ。依頼主の情報はなるべく隠すようにと一番最初に話があったし、ココさん自体も()()()()()()()()()リザさんを敵視しているから、ココさんがリザさんを心配しているとは知られたくないだろう。僕もまた足で壁ドンされたくない。


「…依頼、ですか?」


僕は頷く。


「…僕達は、NOWHEREの…探偵みたいなことをやってます。依頼されたことを色々解決する部隊…みたいなものです」


「じゃあ、私をここから出してください!誰にも連絡できないし、アンダーワールドにも移動できなくて…!」


そこまで言って、リザさんは額を押さえてフラついた。手を出そうとしたが、女性に触るのはどうなのかと思って何もできなかった。壁を支えにしてなんとか倒れずにいるリザさんを見て、僕は後ろを振り返る。


「…まずは座りましょう」


額を押さえたまま頷いたリザさんを見て、僕は踵を返して会議室に向かって歩き出す。ドアを開け、リザさんが通るのを待つ。すぐ傍にあるソファに促して、僕自身はトオノさんの席から椅子を持ってきて座った。奇しくも僕が初めてここに来た時と同じ状況だ。

UIを開いてメッセージウィンドウを起動し、宛先をトオノさんに設定する。


『現在接続できません』


エラーのメッセージポップアップが出てきた。既視感のある光景だが、前回のエラーとは内容が違う。

前回はアカウントが削除されたときに表示される『存在しないユーザーです』のあまり見ないメッセージ。今回のメッセージは誰でもたまに見るメッセージだ。


NOWHEREのメッセージや通話は、仮想空間ではなく現実世界の通信回線を使用している。自分の家が停電になってしまったり通信回線が悪いと、稀にこのメッセージが出ることがある。

それに加えて、『外部と連絡が取れない部屋』もある。NOWHERE内で試験を受ける時や受験会場、面接を受ける時等、外部に情報を漏らしたくない際に使用される部屋がこの設定の時がある。

あとは、部屋に関係なくユーザー自身が一時的に外部連絡を遮断するケースもある。NOWHERE内で仕事をする場合、休憩中以外はこの設定にしておくように規定で決まっている企業もある。

リザさんの捜索過程で外部連絡が取れなくなるのも不思議だが、絶対ないとは言い切れないので仕方がない。


宛先をトオノさんからシキさんに変更するが、同じく『現在接続できません』のメッセージが出てきた。

サイさんの連絡先は知らないので状況は分からないが、三人は同じ場所にいるんだろうか。


「すみません、落ち着きました」


リザさんに言われ、UIを消す。顔色が悪いのは変わらないが、さっきの立てなくなりそうだった状態からは回復していた。


「…ここから出られないっていうのは?」


「そうなんです。ワープしたり、メッセージウィンドウを起動しようとするとエラーが出て、どこにも移動できないんです…!」


移動できないのはまだ理解できる。僕でも、目を覚ました時に知らない場所にいると怖くなって別の場所に移動してしまうと思う。ただ、移動されてしまうとその後でコンタクトを取るのが難しくなってしまうので、一旦移動できないようにして一通り説明した後で設定解除…というのは理には適っていると思う。

ただ、メッセージを送れないのは理由がわからない。すぐに親族に連絡するべきだとは思うし、そもそも起きたことを知らせるためにトオノさんに連絡するようにメッセージを残しておくべきではないのだろうか。


「…ログアウトもダメですか?」


ログアウトも制限されているのなら、この依頼の内容が根本的に変わってくる。

だけど、僕の悪い予想は当たらなかった。


「ログアウトはできそうです。でも、ログアウトするとしばらく戻ってこれないので…」


さすがにログアウトはできるようだ。でも、リザさんの言い分を聞くにログアウトはしたくない…のだろうか。NOWHEREにログインしている状況でも現実世界の自分の周りの状況は確認できるので、リザさん自身が病院内にいることは理解しているだろう。確かに病院内にいる今の状況なら、一度ログアウトすると検査や事情聴取の嵐、その後もNOWHEREにログインするための機器の検査、体調を戻すためのリハビリ。詳しくは分からないが、僕が今予想したものの二倍くらいはタスクがあるだろう。


「…ここに来る前のこと、覚えてます?」


「…」


リザさんは俯いて苦しそうな顔をする。思い出せないのではなく、言いたくないというような表情なのが僕でも分かった。リザさんを攻撃したい訳ではないので、質問を変える。


「…何日間、意識がなかったのか覚えてますか?」


「たぶん、一週間くらいだと思います」


ココさんが言っていた情報と合わせると、リザさんと連絡が取れなくなったのはおよそ十日前になる。

意識を失ったのが一週間前となると少しズレているが、今のところ大きな問題ではないように思う。


トオノさんとサイさんは何故リザさんをこの建物に放置しているのだろうか。リザさんを捜索して、無事に見つけて蘇生できたというのはなんとなく察するが、放置してまで解決しなきゃいけない何かがあるんだろうか?


いや、連絡が取れないところを見ると二人が何か危険な目に遭っているのだろうか。接続できないというのは二人が、リザさんのようにNOWHERE内で…。


急いでメッセージウィンドウを起動し、宛先をココさんに設定した。


『現在接続できません』


同じエラーメッセージが出てくる。続けざまにHANAEさん、ねねこさんを対象にしても同じエラーが出た。

さすがに僕の宛先全員が危険な状況に陥っているとは考えにくい。特にねねこさんはアンダーワールドに来たことがない人だ。さすがにありえない。


このメッセージの制限はリザさんではなく、この建物にかけられているのだろうか?それなら僕とリザさんが同じエラーが出ているのは納得できる。ただ、連絡もなしに建物に制限をかけるだろうか?


僕はログアウトしている時間以外は全てこの場所で戦闘訓練をしていたし、休憩中もさっきみたいに会議室で座っていた。正直、ログアウトしている時は大体食事か睡眠の時間だし、そのログアウトしている時間自体もかなり少ない。ハッキリ言ってここ数日は『廃人』と呼べるレベルに達しているだろう。

僕のその状況を、少なくともシキさんは理解している。訓練漬けの僕を心配するようなことすら言っていた。


だからこそ、僕がこの建物にいることは簡単に予想できるだろう。そう考えると、この制限をかけたのはハクの人間ではない気がしてくる。


「あの…」


リザさんの声で我に返る。リザさんそっちのけで深く考えてしまっていた。


「…すみません。僕も今メッセージが送れない状況だったので確認してました」


「あなたも…!?」


僕も移動できないのだろうか。確かめる必要がある。


「…ワープできるか試してみます」


立ち上がり、札幌地区のアンダーワールドを移動先に設定してみる。僕の身体が光に包まれ、目を閉じた。















「…」


目を開けると、問題なくアンダーワールドに到着した。この前来た時と同じ位置。周りの状況を見ても何も問題はない。


やっぱり、リザさんの移動制限はハクが設定したものだろう。ログアウトはできるけど、NOWHEREの別の場所には移動できない。当然僕には何もしていないので移動制限はない。

メッセージ制限に関しては、他の誰かがあの建物にかけた可能性がある。試しにメッセージウィンドウを起動し、トオノさんを宛先に設定すると、問題なく進んで…。


『現在接続できません』


ハクの拠点に居る時はすぐにエラーが出てきたのに、この場所では一瞬だけメッセージが送れそうになってからエラーが出た。建物にエラーがかかっているんじゃないのだろうか。


「!?」


考えていると、僕の真後ろにワープエフェクトが現れた。本来、ユーザーに近い距離にはワープしないように設定がされている筈だった。どれだけ近くても、二メートル前後は距離が確保される。でも、今は僕の五十センチ背後、振り返ったら肩がぶつかるくらいの距離にエフェクトが出てきた。


すぐさま前方に移動して身構える。メッセージ制限をかけた人物なら、僕が移動するのを待ち構えていた可能性もある。


「…え?」


しかし、エフェクトと共に現れたのはリザさんだった。移動制限がかかっていた筈なのに、どうして移動できるんだろう。


「ごめんなさい。私一人じゃ出られなかったので、『繋ぎ』ました」


「繋いだ…?」


リザさんが額を押さえながら続ける。


「ナナシさんの移動先に、私自身を繋ぎました」


「…」


説明を言われても結局意味が分からない。ハッキングスキルの一種なんだろうか。

ハッキングスキルだとすると、周りが認めるほどの技術力を持つハクが対策していないとは思えない。仮にリザさんがハクよりハッキング技術に長けているとするなら、ハクの拠点で目が覚めた時にあそこまで取り乱さないと思う。リザさんの情報もちゃんと集めている筈なので、技術力を見誤っていた…も考えにくい。


リザさんが一人じゃ出られなかったと言っている通り、僕が移動したことが問題なんだろうか。対策のためには僕にメッセージを残せばいいが、メッセージ制限でそれはできない。


…また、僕が原因なのか。


「ナナシか?」


突然呼ばれて、狭まっていた視界が広がった。聞き覚えのある声の方を見ると、


「…」


「どしたんや?鳩がテッポー喰らって死んだときの顔しとるで?」


…それはもはや慣用句ではない。というかそんな場面を見たことがあるのだろうか。

以前見た時と見た目が違いすぎて一瞬誰か分からなかったが、言葉と雰囲気でレンさんだということが分かる。姿を変えているのではなく、化粧や服装、髪型が前とは違う。

この前はパンツルックのスーツ姿で仕事のできる女性という雰囲気だったが、今着ているのは着物と羽織。真ん中分けのボブカットだった髪型が前髪を下ろしたものに変わっていることもあり、日本人形のような見た目になっている。化粧もわざと日本人形に寄せているのかと思うような紅い唇に切れ長の目をしていた。人と目を合わせるのが苦手な僕が思わず凝視してしまう程の変わりようだ。


「…お見合いでもしてきました?」


「なんでやねん」


レンさんの背後にいたスーツの人が僕の発言に対して反応するが、レンさんが軽く目配せしただけで怯えたように直立状態に戻った。頭の中に浮かんだ言葉を考えずにそのまま発したが、僕も発言には気を付けなければならない。


「このカッコか?今日は厄介なかいご…集まりがあってなぁ」


今絶対会合って言いかけた。別に言い直す必要はないと思うが、言い直すってことは後ろめたい理由でもあるのだろうか。


「普段なら羽織だけ着けて中はTシャツなんやが、今日はちゃんと肌着まで和服やで。…中見るか?」


「見ません」


挑発するようにニヤニヤしながら着物の首元を引っ張り始めたレンさんをすぐさま止める。後ろの男の人の顔が怖くなるので問題になるような行動をしないでほしい。


「んで、その綺麗なおねーちゃんは?」


リザさんを見ると、レンさんを見て不思議そうな顔をしていた。今までの会話でレンさんが普通の人ではないということに気付いていそうだが、警戒している様子はない。レンさんの後ろにいる男の人の圧力だけで普通は怯えそうだが。


「…レンさんですか?」


リザさんが確かめるように言う。ここまで、僕は一度もレンさんの名前を呼んでいない。レンさんはリザさんのことを知らないようなので知り合いということはないだろうし、見た目だけで…それも着物を着ている状態なのにレンさんだと気付いたことになる。

もしかして、レンさんの見た目は着物を着ているのが『普段の状態』なのか。


「おう、レンちゃんやで。どっかで()うたか?」


「いえ、面と向かっては…」


リザさんはどうやってレンさんを知ったんだろう。当然レンさんはオープンスペースで有名な人ではないし、レンさん自身は気さくで明るい正確なものの、どちらかというと近寄りにくいタイプの人間だろう。


「アネさん、時間が…」


「おお、もうか」


後ろにいる男の人がレンさんに声をかける。会合があるって言っていたが、これからなのだろう。

時間を確認するレンさんに対して、僕は思い出して声を出す。


「レンさん、一つだけお願いが」


「ん?ええよ、短いのなら」


時間が無いと言っている中なのに足を止めて貰えるのはありがたい。ここでレンさんに会えて本当に良かった。


「後ででもいいので、トオノさんに伝言をお願いします。僕がメッセージ妨害を受けていることと、僕と()()で会ったこと」


僕の発言にレンさんは一瞬顔をしかめたが、何も聞かずに頷いた。ハクが情報を外に出さないことを理解しているからこその反応だった。

トオノさんはレンさんからのメッセージを無視しているが、さすがに目は通している筈だ。だから、メッセージ制限のないレンさんからメッセージを送ることができれば、時間はかかっても必ずトオノさんの目に留まる。


時間も無い上にリザさんに余計な不安も与えられない。さらにレンさんへの守秘義務もある。これでトオノさんに伝わってくれることを祈る。


「ええで。時間もかからんし、移動中にやっとくわ」


ほな、と言いながらレンさんは男の人と一緒にワープした。NOWHERE内で会合…というのは珍しい気もしたが、現実世界の場所も取らないし便利といえば便利なんだろうか。


「レンさんと知り合いなんですか…?」


「…一応」


リザさんが僕をまじまじと見てくる。ほんの少し尊敬の感情がこもっていそうな目だった。本当にただの知り合いなので、尊敬されるような価値は僕にない。レンさんの性格と優しさのおかげで親しく見えるだけだ。


「…それで、移動して何を…?」


リザさんがログアウトしたくないのは、まだNOWHEREで何かやることがあるからだろう。メッセージ制限をかけたのが誰か分からない以上、正直ここでトオノさんを待ちたいというのが本心だが、リザさんの問題を解決できるならその方がいい。


リザさんは思い出したようにハッとした表情になった。僕がレンさんと知り合いだということに余程驚いて忘れていたのだろうか。


「友達が…リコちゃんがまだ、私がいた場所にいるんです…!」


ココさんにリザさんにリコさんと全員似た名前だが、僕は『リコ』という名前に聞き覚えはない。ココさんやリザさんのようなバーチャルアイドル関係の人ではない…と思う。


でも、リザさんが監禁されていたのか体力が尽きていたのかは分からないが、あの場所にいたのはリザさん一人ではなかったとするとトオノさんとサイさんはその人に気付かなかったのだろうか。捕らわれていた建物がリザさんと同じでも同じ部屋にいた訳ではないのかもしれないし、体力が尽きた場合は姿が消えるので見逃した可能性はゼロではない。


トオノさんとサイさんがその人を探してまだ帰ってきていない…というのも可能性はあるものの考えにくい。リザさんを助けて戻ってくることができているので、もう一人のリコさんにも時間はかからないと思う。リコさんの存在には気付いていない上で、リザさんよりも優先する何かがあったと考える方が自然だ。


「…それなら、さっきの場所で待っていた方が良いと思います」


時間はかかるかもしれないが、レンさんに会えたおかげでトオノさんには事情が伝わる筈だ。拠点で待っていれば戻ってくるだろうし、三人一緒に行動していないのであれば、シキさんがそれよりも早く戻ってくることも考えられる。

それに、メッセージ制限がかかっていることは明らかに想定外だ。意図は分からないが、誘われている気がしないでもない。


「ダメです!私があの場所からいなくなったことが気付かれると、リコちゃんが危なくなる…!」


「…」


リザさんの言い分も尤もだ。NOWHERE内で体力が尽きた場合に蘇生できるかどうかは状況次第になるが、相手もそれを理解しているのなら蘇生できない状況を作り出せるだろうし、もしも既に体力が尽きていても一度蘇生させた後にもう一度蘇生できない状況を作って手にかける…というケースもある。

想定したくもないが、逃げられないのをいいことに()()を受けていることも視野に入る。


それに、ハクの情報収集力なら『NOWHEREでログアウトできなくなって数日間経っているユーザーが何人いるか』という情報くらいは簡単に集められると思う。それなのにリコさんに気付かなかったということは、リコさんの情報はどこにも出回っていない。既に入院しているリザさんはまだしも、リコさんの現実世界の身体は一刻を争う状態かもしれない。


でも、リザさんと僕だけで解決できる問題だとは思えない。結局何もできずに終わってしまうのが分かっている。


「…ごめんなさい。私は一人でも行かせてもらいます」


リザさんの声に迷いはなかった。リザさん自身もどうなるかは予想がついている筈なのに、恐怖の色が少しもない。『行動しなかった後悔』を知っている人の声だった。


僕は俯いたまま、深呼吸を一つする。


行動する理由は自分のためだけでいい。自分のことだけを考えた選択肢を取ればいい。

心の奥底にいる僕自身は変えられないし、変わらない。例え生まれ変わったとしても、元になった素材は価値も見いだせないような僕自身のままだ。それを受け止めるだけだ。


もう一つ、深呼吸をする。


「僕も行きます」


僕自身を守るために。『行動しなかった後悔』で後で死にたくならないように。

僕の心を守るために進もう。

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