第94話 ズレ始める思惑
(ディー、助けて……)
もはやマキの精神は限界。
いっそ流れに任せて、この人に身を預けてしまってもいいんじゃないかしら。
なんて考えつつも、そんな事は出来ないという想いに駆られ、心の中だけで腹心であるプロディへと、マキは助けを求める。
(満更でもなさそうだと思い、見守っていましたが――)
主からの声無き声をマキの腹心であるプロディは即座に察すると、躊躇う事無く研一とマキを引き離す為に動き出す。
マキーナ国から呼び付けた賓客であるとか、救世主だなんて関係ない。
主人であるマキの為なら相手が何者であっても、自分がどうなろうとも牙を突き立てるのが、プロディという者の生き方であったし。
(初対面だというのに、お嬢様に馴れ馴れしいにも程があります。救世主だか何だか知りませんが、少しは反省して頂きましょう!)
単純に軽薄にも程がある研一の態度が、プロディの気に障っていた。
マキが助けを求めている以上、もう遠慮する事はないとばかりに研一を背後から取り押さえようとする。
「おいおい、部下の躾けがなってねえぞ?」
だが、研一に不意討ちは通用しない。
敵意を持った何者かが襲い掛かってきた瞬間から視界がスローモーションになる上に、俯瞰視点で周囲を見渡す力がスキルによって備わっているからだ。
取り押さえようとしてきた逆に研一は地面に引き倒すと、手を後ろに捻って動きを封じる。
「遊んでほしいってんなら後で遊んでやる。けど、今は邪魔すんじゃねえ」
(ゆっくり見えていて、あの動きか。今まで会った中で一番強い人かもしれない……)
それでも背後からの奇襲という事でプロディの動きが単調でなければ、こうも簡単に取り押さえる事は出来なかったかもしれない。
矢と同じくらいの速度で動くベッカを、遥かに凌ぐ速度であった。
「俺はメインディッシュは、最初に頂くタイプでな。今は、こっちのお嬢さんにしか用がねえんだよ」
研一は地面に組み伏せたプロディを、踏み付けるようにして動きを封じながら立ち上がり、再び視線をマキへと戻す。
その瞬間、研一は初めて気付く。
「プロディ様をあんな容易く……」
「あんな方がどうしてマキ様のような女に、あそこまで……」
マキーナ国に転送されていきなりマキの高笑いに注目させられ、全力の悪役演技に集中していて気が回っていなかったが。
どうにも周囲の雰囲気がおかしい。
(そういえば何で、このマキっていう党首を守ろうとする兵が居ないんだ?)
プロディが襲ってきたのは背後からであり、研一とマキの間を遮る者は居なかった。
今聞こえてきた声だって研一の視界の外、横や後ろからだ。
何よりも――
「ほ、本当に私でよろしいんですの? 魔力はないですし、機械弄りばかりしていますから、手だって荒れてて油臭いかもしれませんし……」
もじもじとしながらも。
期待しているように、チラチラと視線を向けてくるマキの姿に研一は自分は何かトンデモナイ失敗をやらかしている事を、ようやく自覚した。
「い、いけません! マキ様!」
さて、ここからどうすべきかと研一が考えるよりも早く。
踏み付けているプロディが必死に叫ぶ。
「そのような行為に耐えられる程、マキ様の御身体は――」
「解かっていますわ。行為までなら何とか耐えられるかもしれませんが、子を宿してしまった時は、確実に私の命は尽きてしまいますわね」
そもそもマキが魔力を大して持ってない理由は、魔力欠乏症という生まれ付いての病を患っているからだ。
これは名前の通り魔力が極端に少ない状態で生まれてくる事なのだが、これは単純に魔力が少ないだけで留まらず、身体も非常に弱く繊細なのである。
そして、この病を患ったまま、三十歳を超えて生きた人間は現在、一人も確認されていない。
――しかも、原因不明な上に希少な病であり、完治した者こそ居るモノの、何が切欠で完治したのかが全く判明していない。
そんな身体で性行為なんて激しい運動をしようものなら、ほとんど自殺と変わらないだろう。
「解かっておられるのでしたら――」
「ですが、ただ生き長らえるだけの人生に意味なんてありませんの。どうせ私は長くは生きられないのですから、それならば国の為に身を捧げた名君として我が名を、国の歴史に永久に刻み付けたい。その想いは、ディーが一番知ってくれてますわよね?」
「…………」
知っていたし理解出来たからこそ、プロディはマキが王を倒す事に協力したのだ。
ただ長く生きていたいだけならば――
死ぬ事を願われて王の元で飼われて居た方が、王と戦う事に比べれば、よっぽど安全ではあったのだから。
「それに国の為にその身を費やすだけで終わると思っていた人生に、僅かな時間になってしまうとはいえ、こうして女としての彩りを添えられる機会を下さったんですのよ?」
(もう五年もしない内に、私は逝ってしまうもの。愛し合うどころか、殿方に恋する事すら出来ないまま、死ぬものだと諦めていましたのに)
そんな中、国よりも何よりもマキが欲しい。
お前の身体さえ手に入るなら、魔族なんていくらでも相手してやるという研一の姿は、マキからしてみると好印象でしかなかったし。
何より――
(ディーでなく、真っ直ぐに私を見て下さった方……)
魔力の高さで評価が決まる価値観が根付いてしまっているマキーナ国において、実は党首であるマキの評価は、決して高くはない。
プロディのおまけとしか思われてないのが現状というか――
さっさと死んでプロディが党首になってくれればいい、なんてマキに聞こえるように噂されてしまう事さえある始末なのだ。
マキ自身、プロディの力に大きく助けられている自覚が強くあり、自分なんてプロディのおまけに過ぎないと半ば諦めに似た形で周囲の言葉を受け入れていたのに。
(この方の腕の中で死ねるというのなら、悪くありませんわ……)
研一はプロディに目もくれず、ひたすらにマキにアプローチを続けていたのだ。
もう完全にマキの心は、研一に射貫かれていた。
「救世主様」
「……おう、なんだ」
「女としての私は、今すぐにでも貴方にこの身も心も、命さえ捧げたって惜しくないと思っておりますの。ですが、私には党首としての責任がありますわ」
だからと言って、その恋に溺れ、全てを投げ出すマキではない。
今すぐにでも研一を抱き締め、口付けをしたい気持ちを必死で抑えて、党首として救世主に言葉を告げる。
「我が国に起こっている問題を解決して下さったなら、私の事は如何様にして下さって構いませんの。それまで、どうか待っては頂けないかしら?」
「いいぜ。契約成立だな」
マキの言葉に、研一は二つ返事で頷く事しか出来なかった。
もしここで、「信用出来ない。今すぐにでも抱かせろ」なんて告げたなら。
それならば仕方ありませんねなんて言いながら受け入れられてしまいそうな雰囲気しかなかったし。
(……これは俺には無理だ)
ここで全部揶揄っていただけとでも言って。
憎まれるように仕向けるのが、一番効率が良いだろう事は解かっていた。
それでも残り少ない命の相手を心の底まで傷付ける言葉を放つ事は、どうしたって研一には出来なかったのだ。
(本当に半端過ぎて嫌になる……)
その気なんて欠片もないのに心にもない言葉を適当に並べて。
心を弄んでいるのに今更過ぎるなんて、自己嫌悪に研一の心は深く深く沈んでいく。
「……あれ程激しく求めて頂いたのに、お待たせしてしまい申し訳ないですわ。その、全てが解決した後でしたら、私の身体が許す限り。貴方様の想いをぶつけて頂けたらと思いますの」
けれど、それが皮肉にも研一の魔力を急激に上昇させており。
傍から見たら、マキとの情事を楽しみにしているような姿にしか見えなくて。
マキは恥ずかしそうに。
それ以上に期待と嬉しさに満ちた微笑みを零して、研一に愛される日を思い浮かべたのであった。




