第92話 鏡のような二人
「センちゃん、ちょっといいかい?」
サーラとの会話を終え、自分の部屋に戻った研一はセンに声を掛ける。
どうも研一が帰ってきた事にも気付かないくらい熱心に、本を読んでいるようだった。
「あ、研一さん! えっと、その、気付かなくてごめんなさい。それとお帰りなさい」
「ただいま、センちゃん。随分夢中だったみたいだけど、何を読んでるんだい?」
女神の加護でこの世界の文字を読めるとはいえ、それでも他人が読んでいる本を勝手に覗き見する趣味は、研一にはない。
「えっと、その――」
「ああ、ごめん。言いたくないなら無理に聞かないよ」
本当にただの興味で声を掛けたのだが、どうやらあまり研一には見せたくない本なのかもしれない。
気まずそうなセンの姿に、すぐに引き下がろうとする研一であったが――
「……戦いに使える魔法が載っている本です」
センからすれば研一に嫌われたりしてしまう方が、読んでいる本を知られる事よりも、遥かに耐えられない事だった。
おずおずと本を見せて、説明を始めていく。
――ちなみに『生き残る為の基本魔法』と本の表紙には書いてあった。
「もしあの時、私がマニュアルちゃんに守られるだけじゃなくて、戦える力を持ってたならって思って……」
「センちゃん……」
ここでそんな事は気にしなくていいなんて、研一には言えなかった。
だって結局、肝心な時に何も出来なかったのだ。
これで無責任に自分が守ってみせるからなんて言えるほど、図太くて恥知らずな神経はしていない。
「私には、お母さんから受け継いだ魔族の力があります。ちゃんと勉強して、訓練したら、きっと強くなれると思って」
「……そっか」
まだ小さいセンが、そんな事を考えないといけない事に研一の顔が悲しそうに歪む。
けれど、それが更にセンの向上心を刺激する。
(ただじっとして、守られてるだけじゃ駄目なんだ……)
確かにセンが強くなろうと思ったのは、マニュアルちゃんの件が原因ではある。
もし自分がマニュアルちゃんに庇われるだけじゃなく、共に戦う力を持っていたなら、結末は違っていたのかもしれないという思いは強い。
けれど、それだけではない。
(今のままじゃ、どうしたって研一さんは私を子どもとしか見てくれない……)
ゲスタブの件で、思い知ったのだ。
研一の一番はセンだと、ゲスタブもマニュアルちゃんも言っていたが――
(それって単に私が一番頼りなくて守らないといけないからってだけの話なんだよね……)
少し前までは、それでも研一の一番ならいいなんてセンは思っていた。
――むしろ、弱いままで居れば、ずっと研一は自分の事を見ていてくれるなんて考えた事がなければ、嘘になるだろう。
(けど、それじゃあ駄目なんだ……)
テレレの努力が無駄でない事を証明する為の猿芝居。
怒りに暴走したドリュアスの民が、研一の仲間であるセンにまで手を出す可能性を考慮して、研一は先にセンをサラマンドラ国へと逃がした。
その事に加え、マニュアルちゃんの件も含めて、センは心の底から実感した。
守られるだけじゃあ、いざとなった時に隣に居る事なんて出来ない。
隣に居る為には、それを選べるだけの強さが必要だという事を。
そして――
(私の事で、研一さんにこんな顔なんてさせないようになるんだ!)
申し訳なさそうな顔で自分を眺めている研一の姿に、更にセンは意欲を高めていく。
自分が隣に居る間は、研一を笑顔に出来るような――
研一の傍に居るのが相応しい、そんな女の子になるんだという決意を固めて。
「あ、それでベッカさんに用事って何だったんですか?」
そこでセンは研一が部屋を出ていく時に、ベッカに用事があるというような事を言っていた事を思い出して。
その事で何か話があるから、話し掛けてきたのだろうと思い至り、研一に尋ねる。
「ああ、それなんだけど――」
そこで研一は言い難そうな表情でセンに事情を始める。
救援を求めているマキーナ国は既に魔族からの攻撃を受けている、ドリュアス以上に危ない場所だからセンを連れて行けないという――
要約すれば、そんな話。
「ごめん。出来るだけ傍に居るって約束したのに、全然守れてなくて」
何も言わずに話を聞きながら。
それでも寂しそうに顔を曇らせたセンの姿を、見て居られなくて。
研一は咄嗟に頭を下げようとするが――
「ベッカさんが面倒見てくれるんですよね! ずっとドリュアス国に居て話せてなかったし、今から凄く楽しみ!」
読心の力で研一の気持ちを察したセンは、研一が頭を下げるより一瞬だけ早く。
自分は大丈夫ですとばかりに笑って、安心させようとする。
「……ああ。ベッカも話したがってたからさ、今まで話せなかった分、目一杯、話してやってくれ」
けれど、下手な作り笑いで研一を騙せる訳もなく。
顔の作りなんて全然似ていないのに。
二人はまるで鏡合わせでもしているかのように、お互いを気遣いあった不器用な笑いを浮かべたのであった。
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