第9話 救出作戦
「姫様に内緒でそんなモノを私に調べさせて、どうする気だ?」
あれから一週間ばかりの時が流れた。
さすがにサーラもずっと研一に張り付いてばかりも居られないらしく、ベッカを研一の警護において、会議などで離れる事が増えている。
その隙に頼み事をしていたのだが――
(最初は聞く耳持ってくれなかったけど、言う事聞かないなら夜にサーラをとても言えない目に遭わせるって言ったら、即行で動いてくれたな……)
武闘派な印象で調査なんて頼んでも時間が掛かるだろうという予想に反し、仕事は迅速にして丁寧。
知りたかった事は大体把握する事が出来た。
――意外にも渡された資料は紙であり、写真のような物も添えられていた。
(やっぱ異世界だろうと何だろうとゴミみたいな奴は居るよなあ……)
ベッカに頼んだのは、奴隷扱いの子ども達を多く所有している権力者達の内部調査。
その結果は予想通りどころか、予想を遥かに上回る反吐が出るようなもの。
(そうだよな。魔族が人を孕ませられるなら、逆が出来ないかって考える奴も居るか……)
過去の戦いで捕まえていた魔族の女を好き放題に嬲り、そうして生まれた子どもを労働力として売り飛ばす。
勿論、人間の母親を殺して生まれた忌み子として。
――これは魔族の生命力が普通の人間に比べれば桁違いな上に、出産の周期も人間とは比べ物にならないくらい早いからこそ出来る悍ましい所業であった。
「……もし貴様がその所業に憤りを覚えて手を降そうなどと考えているのなら、どうか思い留まってはくれないか?」
「俺がそんな事すると思うか?」
「……私は思わない。けれど姫様は貴様が本当はそういう善人ではないのかと期待している節がある。そうでなければ責任感の強い姫様の事だ。貴様と私を二人きりになんてしないだろう」
ベッカに言われて初めて気付いた。
もしベッカに危害を加える可能性が高いとサーラが思っているのなら、いくら腕が立つとはいえベッカのような見目麗しい女でなく男数人で監視させるだろう。
それなのにベッカ一人だけを研一の傍に置いている理由。
そんなのはサーラの居ない隙に研一へ嫌がらせをしようとしてくる者達への、牽制や警護以外にある訳がない。
――そして、サーラがその役を任せられるのは腹心であるベッカだけ。
「はっ、どんだけ頭お花畑なんだよ……」
「こればかりは私もそう思う。貴様なんかのどこに信用する要素や優しさなんて見出せばいいのか、初めて姫様の心を疑ったくらいにな」
「その割に随分と俺に生意気な口利くじゃねえか。何だ、手籠めにでもされたいのかよ」
「……かもしれないな」
吐き捨てるように力なく放たれたベッカの声が、自嘲でもするように渇いて響く。
「……魔人の落とし子達が不当な扱いを受けているという噂は前からあったんだ。それでも私は母親を殺して生まれてくる者の因果。そんな者達への救済に労力を割くくらいなら、今は国の防衛に集中すべきだと思い、あえて深い調査をせずに目を瞑り続けてきた」
もし本当に不当な扱いを受けている事が解れば、姫様は放っておけないか、あるいは泣く泣く後回しにするしかない、と心を痛めるだけだからなんて付け加え――
ベッカは音が聞こえる程に強く歯を食い縛って話を続ける。
「だが実際はどうだ? 行われていたのは虐待なんて言葉では生温い下劣で鬼畜な所業。こうして産み落とされた子達に何の罪がある? むしろ保護され手を差し伸べられるべき子達ではないか……」
もはやベッカの目は研一を映していない。
ただ怒りと罪悪感を抑え込めず、感情のままに言葉が漏れ出しているだけ。
「それは私だって魔族は憎いさ。滅んでしまえばいいと本気で思ってる。けど、こんなのは復讐にしたって、人として許される範囲を超えている……」
(この人もサーラみたいに良い人生を送ってきたんだろうな……)
この鬼畜の所業の裏にあるのは魔族への憎悪や憤怒で、おそらく大切な者を奪われた復讐心があるとでも思っているのだろう。
確かに中には、そういう者も居るのかもしれない。
けれど、この手の事を平気な顔をして続けられる人間なんてのは、単に自分さえよければ相手がどうなっても気にならない人種が大半で、単に自分の利益や快楽の為に他人を消費しているだけだろう。
「今すぐに部隊を上げ、そんな連中は粛清するべきだと感情は言っている。少しでも早く子どもを保護すべきだと心から思うが――」
それで終わって万々歳なんて単純な話の訳がない。
事件を切欠に魔人の落とし子という存在をこれからどう扱っていけばいいのかという、あまりに大きな問題提起がなされてしまう。
「それでも私には見捨てる道しか選べない。それがどれだけ罪深い事なのかと解っていてもだ。こんな悪党、貴様に汚されても文句など言えまいよ」
その問題に向き合う余力が今この国にはない。
異世界から勇者を召喚しなければならない程に追い詰められている状況なのだから。
「はぁー、お前もサーラと一緒でつまんねー女だなあ」
そうして断罪すべき悪を見逃し、救うべき子どもを助けに行けない自分なんて研一に好き放題犯されてしまえばいいなんて本気で思っているらしいが――
確かに立場上、責任等がないとは言えないだろう。
国の状況的に見逃すしかないから仕方ないだなんて開き直りもせず、罪悪感を抱く事だって間違いだとは思わない。
「抱かれたがっている女を犯しても何にも面白くねえだろ」
だからって研一がベッカを犯したところで悪党に罰が降る訳でもなければ、子どもが助かる訳でもないのだ。
お前には手を出す気はないと告げつつ、それでも恨まれ続ける為に禄でもない計画をベッカへと告げる事にする。
「だからこうして、お前等みたいなつまんねー奴じゃなくて新しいおもちゃを調達しようと頑張ってるんじゃねえか。感謝してくれよ」
言いながら渡された資料で顔を隠すようにして眺めている真似をする。
楽しそうな表情でも見せられれば完璧だったが、はっきり言って見ているだけで胸糞が悪くて破り捨てたいくらいだが、そんな事をすれば今まで胃痛を堪えてでも続けてきた悪党の演技が全て無駄になる。
「き、貴様! そんな非道を許す訳――」
「あぁ? ついさっき見捨てておいて今更善人ぶって邪魔しようとしてんじゃねえよ。大体この馬鹿共に使い潰されるのも、俺におもちゃにされるのも大した違いなんてねえだろうが」
「理屈的には、そう、なのかもしれないが――」
「安心しろ、良い案があるんだって」
計画は至って単純。
救世主様への貢ぎ物という名目で、魔人の落とし子達を街の人間に差し出させる、たったそれだけの話。
それで差し出さず隠す相手には、強制捜査だと言って踏み込んでしまえばいい。
(家族みたいに大事に接している人も中には居るんだろうが……)
引き裂く事になるのは心苦しいが、それは後から何とか対処していく方向で進めるしかないと研一は考えている。
表立っては大事にしている素振りを見せて、裏ではストレス解消のサンドバッグや性欲の捌け口みたいに扱われているなんて事は、この手の話では有り触れ過ぎており――
異世界だろうと例外ではないのは、もう解ってしまった。
「これでもこっちは救世主らしく気を遣ってやってるつもりなんだぜ? こいつ等ならどれだけおもちゃにしたって誰も批難しやしねえ。何せ今までだって放置されてきてるんだからな」
無論、そんな事は表に出さない。
あくまで下劣な欲を解消する為に、誰からも文句が出そうにない子どもが便利だとアピールしていく。
「だが、そんな事……」
「それとも新婚の人妻でも探して攫って来た方がいいか? 確かに、そっちの方が興奮するかもしれねえなあ」
「この下種がっ!」
もしこの提案をしたのが研一でなければ、今更何の意味があるのかと思いながらでも、こんなふざけた計画を持ち掛ける相手を殺そうとベッカは戦っただろう。
たとえ刺し違える事になっていたとしても。
けれど、不意を突こうと手も足も出ない事は既に嫌という程に解らされている上に、これからの魔族との戦いの切り札。
機嫌を損ね過ぎる訳にもいかず、ベッカにはこの提案を跳ね除ける事が出来ない。
「さぁて、それじゃあ早速行くとするか」
もっとベッカに気を遣えた立ち回りがあったのかもしれないが、あまりの鬼畜の所業に我慢の限界。
気を遣う余裕もなければ、立ち止まる気だってない。
今すぐ問題の館まで走り出して、何もかもぶち壊してしまいたい程に。
「ま、待て! まずは最低限の話を姫様に通して――」
「お、何だ何だ? 俺の性欲処理道具の調達を大事な大事なお姫様に積極的に手伝わせたいってのか? 従順な忠犬かと思っていたが中々どうして拗らせてんなあ」
「……地獄に堕ちろ」
それでも衝動に任せて全てを台無しにせずに済んでいるのは、ベッカの前では悪人の演技を貫き通さなければ全部無駄になってしまうという――
義務感に似た意地のお陰。
(ごめん。でも全部叩き潰すから今回は勘弁してほしい……)
心の中だけでベッカに告げつつ。
研一は資料の中で最も胸糞悪くなった権力者の住んでいる館へと急ぐのであった。